短編集
僕は生まれつきなんでかポケモンが何を喋ってるかなんとなくわかる。
なんでもかんでもってわけじゃないけどそのポケモンと少し関わると徐々に分かっていく。
だが僕は…あまりこれを嬉しく思ったことはない。
「ねーぇ、暇よ。かまいなさい」
もぐもぐとご飯を食べる僕の目の前にちゃぷんと水の中を泳ぎながら近付いてくる。
陸地に半身だけ乗り出してじっと僕を見つめる。もちろんそこには笑顔なんてなくムスッとした顔だけがある。
サンドイッチを頬張って無理やり飲み込む。
水で流し込んで声の主に近付く。
『シャワーズ、今日もご機嫌ななめだね』
「な、なによ、別に最近かまってくれないからってわけじゃないから」
彼女はシャワーズ。少しだけ気が強くて滅多に弱気なところを見せない。
自分の通ってる学校のプールや水辺に大体いる。僕が入学して、話が通じることを何故か察せられてから何かと絡んでくる。悪い気はしないんだがポケモンとずっと話してるのを見られてからは人間の友達は少しずつ離れていってしまい今もいつも通りひとりでご飯を食べていたところをいつも通りシャワーズが絡んできたといういつも通りの図だ。
陸地にあがって毛(?)づくろいをし始めるシャワーズは日に当たってキラキラ輝いて見える。尻尾のヒレを上下にペチペチしながらペロペロと手や腕を舐めている。
「……何見てんのよ」
思わずじっと見つめているとジトッとこちらを睨んでくる。
女の子なんだからもう少し可愛らしい顔をすればいいのに…なんて思っていても口にしたら海の藻屑にされるんだろうな、と頭の中の自分に苦笑いしながらあはは、と笑って誤魔化す。
そんな僕にシャワーズは自らずんずんと近付いて顔を近付ける。
「言いたいことがあるなら言いなさいよ!いっつもそうやってうじうじしてるんだから!」
『わっわっ、近いよシャワーズ…鼻がくっついちゃう』
後ろにのけぞりながらそれだけ言うときょとんとした顔をしてからきれいな水色の顔を火照らせて顔が真っ赤に染まっている。
閉じていた目を開くとわなわな震えるシャワーズ。
『しゃ、シャワーズ…?』
「な、なによ!!!別に照れてるわけじゃないから!!馬鹿!!!」
口早にそれだけ言ってばしゃーんと水の中に潜っていった。
その水しぶきをもろに浴びて全身びしょびしょに濡れた。水に潜ったシャワーズを水面から覗くと顔だけ隠してお尻だけ見えていた。
クスクス笑ってシャワーズを見つめる。
『いっつも素直じゃないんだから』
そうボソッと呟いて彼女の名前を呼ぼうとしたとき、突如後ろからドンッと押されてシャワーズのいるプールの中へと突き落とされた。不意に水の中へ放り投げられたため息を吐いて思いっきり水を飲んでしまった。
『…!おぼっ…』
目を閉じてばたばたともがく。とりあえず上へ、上へ、ともがくが息が苦しくて思考力も体力も削がれていく。
もうだめだ、そう思ったとき僕の意識は途切れた。
『……ごぼっ!げほっ、げほっ』
次に僕が目が冷めたときは酷く息が苦しくても、ちゃんと酸素があった。
たくさん飲み込んでしまった水が逆流してむせながら吐き出す。
一通り吐き出して呼吸が落ち着いてきた頃、服をぎゅっと掴まれていることに気がつく。
そちらに視線を向けると今にも泣き出しそうなシャワーズが僕の服を力いっぱい握っていた。
「よかった…よかった……!」
彼女が泣きだしてしまった時、周りを見渡してようやく思い出した。
僕は誰かに突き落とされて溺れてしまった。
そしてきっとそれをシャワーズが助けてくれて、そのまま突き落とした犯人を撃退したのだろう。
僕らの周りには3人ほど男が倒れていた。
そのままシャワーズが窒息しかけた僕を助けてくれたのだろう。
『…ケホッ、シャワーズよく、僕を助けれたね…』
「ば、はかにしないでよあんたのこと助けることくらい余裕よ」
『……あれ?どうやって息吹きかえしてくれたの?普通なら人工呼吸とか…』
言いかけた僕の顔にシャワーズのヒレがクリティカルヒットした。鼻が折れそうだ。
ヒレの隙間から見えたシャワーズはぷいっと顔を背けて顔を真っ赤にしていた。
何であんなこと…とぶつぶつなにか喋っている。
「おーーーーーい君だいじょーーーぶーーー?」
遠くの方から白衣を着た女性が駆け寄ってくる。
保険医の先生だ。
ハァハァと息を切らしてこの惨状を見回す。
「この光景もすごいけど、さっきのシャワーズもすごかったねえ!人工呼吸するポケモンなんて初めて見たよ!!!」
あっはっはっと笑う先生にシャワーズは硬直して僕の方を見る。
僕は呆気にとられてシャワーズを見つめ返す。その瞬間僕はまたヒレを顔面に食らった。
イテッと怯んでる隙にざぶーんと音がして全身に水がかかる。
『まったくもう…素直じゃないなぁ…』
「あっはっはっ!あれは、そう!人魚姫だったねえ!」
『人魚姫…ですか』
真っ赤な鼻を抑えながら先生の言葉に想像する。
クスクスと笑って放った僕の言葉に先生は驚いていたがすぐに笑って僕の背中をバシバシと叩いていた。
そのまま保健室に連れてかれた僕は熱を出して苦しむことをまだ知らない。
そして僕の言葉をそっと水中で聞いていた彼女の嬉し涙もまだ僕は知らない。
『人魚姫はバッドエンドだから嫌ですね、あの子…シャワーズは僕が幸せにしたいですから』
僕達の進展は亀のように遅くてもいつかはハッピーエンドな物語のように幸せへと向かうだろう。
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