Turn Your Love Around
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子ブタくんは全く見覚えのない女の子の部屋で目覚めた。
気づけば全身は薄汚れたタオルで包まれているし、開けっ放しになっていたドアの向こうからはほのかに浴室特有の華やかな石鹸の匂いが流れてくる。
そして短い前足をめいっぱい動かして、ズキズキ痛む頭のたんこぶを触ろうと格闘していると、軽い足取りの音が近づいてきた。
「ぶ、ぶきぃ!」
「あ、起きた」
子ブタくんはひどく動揺していた、人馴れしていないから、なんて野生動物じみた理由などではない。
目の前の少女、名前はまるで全部わかっているみたいに「なによ、雨でずぶ濡れの中助けてあげたのに」と湯上りで火照った頬を膨らませながら、濡れた髪の毛をタオルで拭う。
「お風呂沸いてるけど、お母さんもお父さんも帰ってきてないから、今のうちに入って来てよね」
「ぶ、ぶきぃ…」
「なによ、面倒になるのは嫌じゃない。うちのお父さん、あんたのことまだ怒ってるんだから!」
子ブタくんは背筋が凍った、今すぐにでもこの家から出てやろうと慌てて蹄を床に擦り付けて走ると、いとも簡単に名前の手に捕まってしまった。
「この恩知らず!」名前が叫ぶ、「泥だらけの足で走り回らないでよね!」そのまま背中を引っ掴み、お風呂場まで親切心で連れて行く。
「ぶっ、ぶきぃ!」
「なによ、今さら子ブタのふりなんかしちゃって」
「ぶきぶき!」
「怒ってるの?そりゃ婚約証明書なんて引っ張り出したのは悪いと思ってるけど…だって仕方ないじゃない、乱馬くんが教えてくれないだもん!」
「ぶっ…?」
浴室のドアががらり開いた、生温い湯気が身体中にぶわりと舞う。
「これに懲りたら、さっさと名前教えてよね。そしたら、婚約破棄してあげる、早乙女乱馬くん!」
ぼちゃん、子ブタが乱暴に浴槽の中へと飛沫をあげて落ちていった。
ぶくぶくと細かい泡はそのうち水面の揺らぎと一緒に音沙汰もなくなった、それから数十秒、浴室は静まり返る。
どうも様子がおかしい、名前は不安になった、いくら彼の正体が早乙女乱馬だとわかっていてもさっきまでは小さな子ブタの体だ、あんまりに手荒に扱いすぎただろうか。
「ち、ちょっと…」
呼びかけても浮いてこない、これはまずい。
「乱馬くん!」
名前は着替えたばかりの服が濡れるのも構わず、浴槽の中に両腕を突っ込んだ、湯を掻き分けると濃い湯気が目に入ってうまいこと開かない。
浴槽の底の方までぐっと腕を伸ばすと、何かが触れた、人間の腕だ。
ぐっと掴むと、さっきまで音沙汰もなかったはずの水面からボコボコと泡立って、ざばりと大げさな音を立てて黒い影が浮上した。
「へ……」
ぼたぼたと濡れた髪の毛から滴を垂らすのは、早乙女乱馬なんかじゃなかった。
「こ、子ブタくん……」
「………」
彼こそが名前の意中の人だった、なんとも気まずい時間が流れる。
「さ、さおとめらんま…」
子ブタくんはわなわなと震えてその名前を呼んだ、そして大きく叫ぶ、「女の敵め!あかねさんだけに飽き足らず!」そう言うやいなや大きく飛沫を上げて浴槽から這いずり出て、着の身着のままで名前の家を駆け回った。
「ち、ちょっと!」
幸いな事に、まだ外は雨だった、これが雨上がりなら大事件だっただろう。
せっかく人間の姿に戻ったはずの彼はすっかり子ブタの姿になり、怒り任せにどこかへ走り去ったのである。
所変わって天道家、早々に帰り着いた乱馬は濡れた体をタオルで拭きながら畳の上に置かれた大げさなリュックサックと番傘を蹴った。
通りがかったあかねがその大荷物を見つけて、「あら、良牙くん来てるの?」なんて聞いてきょろきょろと見渡していたので、「子ブタくんなんていねーよ」と小さな声で吐き捨てるように言った。
ざあざあと飽きもせず降り続く雨、バチャバチャと雨樋を伝って落ちていく音とは別に、何かが飛沫を上げて庭を駆け回っている。
「ぶきぃぃいいー!」
「うぎゃあああ!」
「あら、Pちゃん」
乱馬の顔にべったりと張り付いた泥んこだらけの正体、あかねが可愛がっている子ブタのPちゃん。
おかげさまで風呂に入ったばかりの乱馬の顔は同じく泥だらけだ、「かわいそうに、雨に濡れちゃったのね」とあかねが案じてやるのはいつものこと、ちょうどいいから泥を落とすついでにPちゃんの体も洗ってあげてなんて、この子ブタにだけは優しいのだ。
つまみ上げられながらブキブキと喚き散らす威勢のいいブタは雨ざらしにされたことをさぞや怒っているんだろう、日本語をちっとも話してくれないので一切伝わらないが。
「うるせーな、子ブタちゃん、っと」
ばしゃん、綺麗な放物線を描いて子ブタは大きな浴槽に落ちていった。
瞬間、ざばりと水しぶきが上がった。
「乱馬、きさま…」
「おめー、顔突き合わすたびに同じことしか言わねぇのな」
「貴様だけは…生かしておけねぇ…」
「なんだよ、噛み付いてきたのはそっちだろ」
また大きな水しぶきが湯気とともに上がる、湯に紛れて筋肉のよくついた足が乱馬を襲ってきた。
浴室なんて足元の覚束ない場所で戦いたくなんかねぇんだけど、石鹸で滑り気のあるタイルでうまくバランスを保ちながら、一方的な攻撃をひたすらに避ける。
「いい加減はっきりしやがれ!」
「なにをだよ!」
「あかねさんのみならず、あっちこっちで女と見れば見境なく!」
「なんの話をしとるんだ、おめーはよ!」
浴室の壁が乱馬の背中に触れた、目の前に拳が迫る、さっと下に潜って避けた。
壁にめり込んだ拳の間から、粉々になったタイルの破片が降ってくる。
「とぼけるな!』
「だから、なんだっちゅーんだ!」
「『婚約証明書』だ!」
「こんっ…」
つるりと足が滑った、慌てて体勢を立て直す。
「おま…なんでそれを…」
「答えろ!」
「名前に聞いたのかよ!」
「名前、さん…!?」
脱衣所からパタパタと軽い足音が聞こえてきた、彼らよりも頭ひとつ分小さな背丈の影が、「乱馬、何を騒いでんのよ!」と声かける。
まずい、乱馬は慌てて水栓をひねって、蛇口からどばどばと注がれる桶にたっぷり冷水を入れてから、襲い掛かってきた男にばしゃりとかけた。