Turn Your Love Around
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名前は最初の待ち合わせ場所だった森林公園に向かった、生垣の茂みの向こうには背中を丸くした良牙の姿がある、その頭には耳が生えているし、尻には栗毛のふわふわしたしっぽもある。
体育座りになってこじんまりしている彼の背中に名前は語りかけた。
「ねえ、きみ…昨日の狸くんでしょ」そう言うと良牙は驚いた顔をして振り返り、みるみる眉をへにゃりと歪ませて、目からぽろぽろ涙を流し始めた。
さすがにその顔でわんわん泣かれるのはちょっと戸惑う、良牙もとい『狸くん』と呼ばれた彼は「ごめんなさいっ!」と頭を下げる。
「ぼくは、ぼくは名前さんに恩返しがしたかったんです。ここで名前さんを見かけた時、きっとデートをすっぽかされたんだと思って、いたたまれなくなって…」
狸くんは決して騙してやろうとしていた訳ではないようだった、名前は泣きわめく彼の頭を撫でて、にっこり笑った。
「良牙くんのふりして、デートしてくれたのね」そう言うと狸くんはしょんぼりしながら「はい…」と答える。
だけど…と狸くんは続けた、「もう半分は、違います」、頭を撫でてくれた名前の手を取って、良牙の顔つきのまま赤く潤んだ目で見つめる。
「名前さんと一緒にいて、美味しいものを食べて、手をつないで。ぼく、すごく幸せでした。だって、名前さんのことが大好きだから」
どきりとした、だけど仕方がないでしょ、だって狸くんの今の顔は良牙くんの顔だもの。
名前は俯いて自分の表情を隠した、「ほんとはもっと一緒にいたかったですけど」そう狸くんが言うと、ポン!と音を立てて白い煙が沸き、狸くんの体を隠した。
もくもくとした煙がようやく巻いたと思えば、目の前にいたのは正真正銘の狸だった。
その様子をちゃっかり見ていた乱馬は「あーあ、化け狸に先越されてやんの」と本物の良牙をからかった。
「なんだか、ちょっと切ないわ」とあかねはぽつりと呟いた、そりゃそうだ、だってあの狸は叶わない恋をしているのだから。
「いろいろとお世話になりましたっ」
狸の少年は風呂敷にたくさんの人間の食べ物を詰め、人間たち4人にぺこりと頭を下げた。
どうやら彼は山から下りて出稼ぎに来ていたらしい、この時期は銀杏の実や大ぶりのどんぐりがたくさん取れるので、それを探しに来ている途中で狐に絡まれ、名前に出会い、結局コンビニでお菓子やおにぎりやサンドイッチを恵んでもらうことができた。
「あの、また遊びにきてもいいですか?」
狸はもじもじしながら上目遣いに聞いた、「良牙くんに化けないならね」と言うと、「もうそんな卑怯なことはしませんっ」と力強く答える。
そのまま狸は山に帰っていった、4人は手を振って見送った、小さな後ろ姿がもっと小さくなってやがて見えなくなるまで見届けた。
するとあかねが「あー!」と叫ぶ、乱馬とあかねは本日の重要な任務をすっかり忘れていたのだ。
さらに2人と別れて、名前と良牙のふたりっきりになった。
「あの、名前さん…」
良牙は後手に頭を掻いて、照れくさそうに言った、「今日は本当にすみません…」と。
方向音痴なのはよく理解していた、だから今更わかりきっていたことだろう、弁解なんて必要もないのにと思うのに良牙は事の経緯をべらべらと喋る。
絶対に遅れないようにと昨夜にはこの町に来て、森林公園を目指している途中に大雨に降られ、子ブタの姿になった。
それでも無我夢中で走っていると何か茶色い獣が踏んづけてきたので、仕返ししてやろうと追いかけている最中に狐のような獣がさらに2匹踏んづけてきて、気絶していると気が付けばなぜか天道家の居間におり、約束の時刻をゆうに通り越していたのだ。
約束通りの時間に間に合えば、今頃は…と悔しがる良牙、それを聞けば彼も名前とのデートを楽しみにしていたことはよくわかる。
だけど時間はすっかり夜だ、もうデートを楽しむ時間なんて当然ない。
本当のことを言えば、あの狸が羨ましくって仕方なかった。
あんなに素直になれれば、こんなに悩むこともないのに。
「良牙くん」
名前が呼ぶと振り向いてくれる、少し赤い頬をしている。
今日、狸くんが良牙くんの代わりになってくれてよかった、そんなことを言えば彼はがっかりするだろう。
手持ち無沙汰な様子の良牙の手をさらりと取って、ぎゅっと握った、少しだけ良牙の肩がびくりと跳ねたが、握った手は振りほどかなかった。
「家まで送って行って欲しいの」
「…もっ、もちろんっ」
少しぎこちない言い方をしたけど、良牙は固く手を握り返して、ゆっくりと帰路を歩いていく。
いつもより小さな歩幅は名前に合わせてくれているのか、それともこの時間が終わるのが惜しいからなのか、じんわりと温かく湿っぽい手のひらに名前は頬が緩むのを止められなかった。
人里離れた山の上、小さい狸は大きな風呂敷包を草の上に置いてふうと息を吐いた。
今夜は満月だった、ここからではさっきまで見えていたビル群はもう見えない、風呂敷包を解いて開くと豪勢な食べ物がたくさんある。
ぐううと腹が鳴いた、三角形の形をしたパッケージを爪でひょいと掴んで、不器用ながらにビニールの包装を解いた。
少し形が歪になってしまったそれにはハムやレタスやチーズが挟まっている、手のひらで押すと柔らかくてすぐに潰れそうになる、ゆっくりと丁寧に口に運んだ。
喫茶店で食べたほどではないけれど、あの人と一緒にいたときほどではないけれど。
「おいしいなあ…」
ぽつりと呟いた、だけど誰も返事をくれない。
ぽろぽろと涙を流しながら、ひとりぼっちでサンドイッチを平らげたのだった。