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午前10時、名前は第1ターミナルの出発ロビーで両手をズボンのポケットにしまいながらつまらなそうに電光掲示板を眺めていた。
ロンドン行きの直行便は出発まであと50分、保安検査場のゲートには大きな荷物を持った人でたくさん溢れかえっていた。
「お父さん遅いわね」隣にいる母が呟いた、搭乗するはずの航空会社の受付カウンターでは何やら父親が身振り手振りで説明している姿が遠くに見える。
名前にしてみればそんなに慣れていない光景ではなかった、小さい頃から急な出向とやらでこうして無理に空港に連れて行かれたことなんて山ほどある。
しばらくするとようやく父が何かを片手にして大きなキャリーバッグを引きずりこっちへ戻ってきた、「取れた取れた!」と喜んで掲げるのは航空券だった。
「急いでゲートに入らないと」
母が父の背中を押す、家族3人はロンドン行きの飛行機にのるゲートの入り口へ向かった。
「ちょっと待った!!」
雑踏の多い広いターミナル内で、ひときわ大きい声が響いた。
名前ら家族が振り向いたのはもちろん、その空港内の誰しもの注目がすべて集まった。
一体どんな輩が騒いでいるんだと思いきや、名前はぎょっとした、あんまりに見知った顔だからだ。
「り、良牙くん」
「あら、子ブタくん!」
母親はこんなところで会うなんて奇遇ね、と呑気に言っていた。
とうの名前はどうしてここにいるのか全くわからなかった、ただ良牙のすぐ後ろにはかなり疲れ果てた様子の乱馬と空港職員がいる。
「ど、どうしたの2人とも…」
「名前さん、聞いてくれ!」
良牙は名前の目の前まで歩み寄ると、ぐっと顔を近づけて真剣な眼差しで見つめた。
一体なんなんだ、「諦めてくれ」なんて一方的な言い方をしてきたのはそっちのくせに、わざわざ空港まで追いかけてきて。
驚きや喜びや怒りや、色々な感情が混ざり合って頭の中を駆け巡る、だけど今は目をそらすのも忘れてしまいそうになるくらい戸惑っていた。
「お、おれは…、おれは、きみの前ではカッコ良くて、余裕がある男になりたいって思ってるけど、水をかぶればブタになるし、カッコ悪いところばかりだ。それに、きみが側にいると言葉もぜんぶ忘れて、なんにも言えなくなる。だからおれは、きっといつまでたっても、きみにふさわしい男になれないって思ったんだ」
良牙くん、と名前は呟いた。
「おれはきみに諦めてくれと言ったけど、おれは…おれは、やっぱり、きみを諦めたくない」
名前は俯いた、最初から最後まで自分勝手な男だ、どうして私の気持ちは考えてくれないんだろう。
そう思いながら、胸を高鳴らせている自分がいる、頬が緩んでいく。
「おれはずっときみのことを待っているし、それまでには絶対に、ふさわしい男になる!」、真剣な眼差しで言った、とてもスマートな言い方ではなかったけれど、彼らしい素直な話し方だと思った。
「だからイギリスに行っても、おれのことをずっと待っててくれ!」
良牙は叫んだ、乱馬はそれを遠巻きに見て拳をぐっと握った、その隣にいた空港職員は疲れきった冷ややかな目で見ていた。
「…え?」
一世一代の大告白、名前はなぜかきょとんとした顔で間抜けな声を上げた。
そんな様子の2人に、名前の母が近寄って、良牙の肩をぽんと叩いて笑顔で言った、「子ブタくんもお父さんのお見送りに来てくれたのね、できた子じゃない」と。
「お、お見送り…?」
「…あの、なにか勘違いしてるみたいだけど…」
イギリスはお父さんの単身赴任で、私たちはお見送りに来ただけなんだけど…。
数分して、父はイギリスロンドン直行便の飛行機へと搭乗し、飛行機が飛び立つのを展望デッキから母親と名前、それから乱馬と良牙で見送った。
飛行機のジェットエンジンが轟音を鳴らす、流線型の機体が滑走路を滑るみたいに走り、そのうち鳥みたいに羽ばたいた。
青々とした空の下、名前はちらりと隣を盗み見る、良牙の横顔をちゃんと見たのはこれが初めてだと思った。
視線に気がついて、良牙も名前の方を見た、お互いに視線がぶつかる。
「良牙くん、ありがとう」
何に対しての礼なのだろう、わざわざ空港まで父を見送りに行ったことなのか、それとも自分が空港の中でした一世一代の大告白のことなのか。
どちらでも良いか、良牙は名前が今隣にいることだけを幸せだと噛み締める…もちろん、ゆくゆくはもっと距離が縮まればいいと思っているけど。