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名前はものすごく機嫌が悪かった、別に誰かと喧嘩したとかそういう訳ではないけど、今日に限ってはどこに行くやら何をするやら、やたらと人の視線を感じていた。
放課後、やっとその視線から解放されると思って鞄に教科書やノートを詰め、さっさと教室を出て、下駄箱で外履に履き替える時もずっと誰かに見られている気がする。
「…あのね、乱馬くん」
校舎の角から人影が見える、そしてそれは面白いようにびくりと肩を震わせた。
2人は学校近くの森林公園のベンチに座った、ここは緑が生い茂るだけで遊具も何もないし、たまにすれ違う人はといえば犬の散歩か手持ち無沙汰に時間を持て余してる若いカップルぐらい。
「言いたい事があるなら面と向かって言ってよ」名前は缶ジュースに口づけながらぶすくれて言った、乱馬はぎくりとして、「うーん」と誤魔化した。
「あのさあ、婚約、なんで破棄したいの?」
「……は?」
名前はきょとんとした、乱馬は頬をちょっと赤く染めながら後ろ手に首裏を掻いている。
「なんでって…前から乱馬くんが言ってたことじゃないの」
「いや…ううん、まあ…そーだけど」
しどろもどろになる、どう言い繕えばいいのか、乱馬には分からなくなってきた。
そう言えば小学生の頃に彼女が転校すると知らされた時もこんなふうだった、あの時は藁にもすがる思いで父親に教えを乞うたけど、今は自分で考えるしかない。
自分の胸の中に引っかかるもの、喉に刺さった魚の骨みたいな、言ってしまえば乱馬と名前のふたりの関係性について。
「もしかして、その、あの後良牙と…付き合っちゃったりして…?」
「………」
しかしとっても残念な事に、この切り口は大きな間違いだったようだ。
「誰があんな…」
「ん?」
「優柔不断変態ブタ男を好きになるもんか!!」
森林公園の木に巣作っていた鳥たちが一斉に羽ばたいていった、名前の怒号に恐れをなして。
乱馬も同じく、咄嗟に自分の身をベンチの裏に隠してしまった。
「ご、ごめん」乱馬は謝った、あれだけ良牙のことを気にしていたから、きっとあの後2人は上手く行ったんだろうと思ってたばかり。
だがそんな仲睦まじいとは程遠い間柄になってしまったようである、知る由は彼女の怒声どおりだ。
「ふられたのよ、私。なんにも言ってもいないのに」
「ん?」
「『諦めてくれ』だってさ」
「はあっ?」
なんのこっちゃ、乱馬は首を傾げた。
私だってわかんないよ、名前は呟いた、それからぐっと唇を結んでしばらく黙る。
「わたし、別に…ふさわしい男になって欲しいなんて思ってない」
自分の気持ちを誰かに伝える時、泣きそうになるのはなんでだろう。
名前はいつもそうだった、だからそういう時は何もしゃべらないで、ごくんと飲み下してから、誤魔化すみたいにちょっとした嘘を吐くのがお決まりなのに。
乱馬の顔がぐにゃりと歪んでいく、それでもよく分かるくらいに彼はわたわたと慌てていた。
「なっ、泣くなよぉ」
「泣いてないっ」
「泣いてるって!」
乱馬は慌てて服のポケットというポケットを全部探ってみたが、ハンカチはおろかポケットティッシュもない、こういう時のために常日頃から持っておきなさいとかすみさんにやんわり言われていたのに。
仕方ないので自分の服の袖を差し出す、名前は首を横に振って乱馬に背を向けた。
意地っ張りめ、乱馬は丸くなった背中に心の中で悪態をつく。
だけどお互いに顔が見えていない今なら、ちゃんと話せるような気がした。
「俺はさ」
名前は鼻を啜る。
「ほ、ほんとのこと言うとよ。俺はおめーが、その…キス、してくれたこと、あの時は嬉しくてたまんなくて、舞い上がってた」
子供の頃の話だ、自分が好きだと思っていた女の子が自分の懸命な思いを乗せた紙切れを受け取ってくれて、それからキスをしてくれたのだから、喜んで当然だと思う。
だけどそれからずっと、彼女がいなくなってから子供ながらに思った事がある、「あんまりにもズルすぎる」と。
自分は思いの丈を伝えたのに、たった一言「ありがとう」だけで済ませて、そのまま逃げるようにいなくなって、結局なんの答えもくれなかった。
「だから、婚約破棄なんて言うなら、俺にだって言いたいことぐらいある」
「…………」
名前は乱馬の方を振り向いた、意を決したみたいに真っ直ぐに彼の方を見つめる、その少し潤んだ眼差しに乱馬はどきりとした。
「あのね、乱馬くん。今度はちゃんと目を開けて」
そのままじっと見つめ合う、名前の手が顎を撫でるような素振りをして近づいてきた、心臓の音がうるさい。
照れ臭くて目を閉じて視線を逸らしそうになる、名前の顔が近付く、半開きになった濡れた唇を意識せずにはいられなかった。
「乱馬くん…ちゅっ」
「………ん?」
唇に何かがふにゃりと当たった、だけど彼女の顔はちゃんと見える、代わりに肌色の何かが2つぴょこんと立っているのがぼやけて見えた。
ようやく唇から離れて見えたものは手で作った狐。
「乱馬くんにキスした犯人」
「………」
乱馬は愕然とした、まさか自分が交わしたファーストキスのお相手は『指先』だったなんて…。
「ほんとはね、すごく嬉しかったの」
名前はようやく言えた、と呟いた。
親の転勤のせいでまともに友達と呼べる関係も築けなかった頃、乱馬だけは同じような境遇で仲良くなれた唯一の存在。
そんな彼が自分のために必死に考えて引き止めようとしてくれた証拠があの『婚約証明書』だった、だから今の今までずっと大切に持っていた。
だけど別れが辛かったのは何も乱馬だけじゃない、名前だって同じことだったけど、言えば泣いてしまいそうで素直にそう言えなかった、だから誤魔化すみたいに、いつもと同じようにいたずらをした。
「だからね、乱馬くん。私たち、『婚約者』じゃなくて、『お友達』に戻りましょう」
名前が切なそうに笑った、乱馬は「うん」と釣られるみたいに答えた。
どうしてだか胸がざわつく、まるで今日が最後の日みたいだ、胸のつかえが取れた思いがするのに、今度は穴がぽっかり空いたような気持ちがするのはなぜなんだろう?