Turn Your Love Around
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結局、名前も乱馬も、右京も良牙も優勝商品を手にすることはおろか、決勝進出まで届かなかったのである。
噂によれば呪泉郷ツアー旅行券を手にしたのは町内でテニスダブルス歴60年という超ベテラン老夫婦だったらしい、どんな試合が繰り広げられたのか気になるところだが、全員ほとほと疲れてしまって観戦する気が起きなかった。
「それにしても…」
乱馬は名前の腕の中をちらりと見た、「全然起きねーなこいつ」と悪態つく。
黒い子ブタが目を回して、名前に抱かれたままだ。
「狸寝入りなんじゃねーの」
乱馬がぽかりと一発、拳を入れた「やめたりや、乱ちゃん。幸せそうやないの」とニコニコしながら右京は止めた、そういう自分はちゃっかりと彼の隣で並んで歩いている。
幸せそうだ、右京がそう言えばそんな風にも見える気がする、名前は胸で眠っている子ブタを見つめると自分もそういう風に見えるのかなと唇を慌てて結んだ。
「そういえば、名前ちゃん…」
右京がにんまりと笑った。
「なんで乱ちゃんより、良牙と行きたいん?」
「え」
乱馬と名前、2人同時にぎくりとした。
「旅行、良牙と行きたい言うてたやろ」と追い詰めるように右京は言う、だけど本音を言えばこの場で誰よりも理由を知りたいのは乱馬の方だ。
名前は「そりゃ、だって…」と視線を俯かせて少し後ろめたそうに言った、「可哀想じゃない」と。
「そりゃ最初は乱馬くんも子ブタになるもんだと思ってたけど、乱馬くんは水をかぶると女の子になるわけでしょ。でも良牙くんは子ブタじゃない、これじゃあんまりにも可哀想だわ」
「え…?」
「だから、『一緒に行きたい』んじゃなくて、良牙くんに呪泉郷に行って呪いを解いてもらいたいの」
それに、と言って名前は右京を少し恨みがましそうに見つめた。
「乱馬くん、言ってたじゃない。『良牙はうっちゃんにぶた玉の具にしてやるぞって脅されてる』って…」
乱馬は冷や汗を垂らした、すぐ隣から殺気を感じる、そしてそれは決して気のせいなんかじゃなかった。
ぱちりと瞼を開けた時、良牙はよく見知ったテントの天井が映るのに首を傾げた。
体は重たいが、手足の指は自由に動く、人間の姿に戻っている。
さっきまでテニスコートにいて、試合をしていて、そうしたらいきなり水流に飲まれて…と順番に思い出していったが、どうして自分がテントの中で横になっているのかさっぱり分からない。
するとテントの外から雑草を踏みしめるような音が近づいてきたので、辺りを確認するためにゆっくりと出入り口から顔を覗かせる。
「良牙くん…」
名前だ、良牙は慌てて赤くなる顔を隠すようにテントの中に顔を向け、彼女に背を向ける。
情けないことにあの後、試合のことはぽっかりと穴が空いたみたいに記憶がないのだ、『2人きりで旅行に行く』と息巻いていたことだけははっきり覚えているのに。
良牙は一向に名前の方を向かない、どうして彼女の前だと後ろめたい気持ちになるんだろう、俺が不甲斐ないから?
それとも、彼女にしたはずの約束をひとつも守れないから?
「あの、やっと、お話ができると思って…」
名前は良牙を前にすると上手く言葉が繕えない、どうしてこんなにギクシャクするんだろう、やっぱり私がいたずらしちゃったから、変な女だと思って避けられてるんだろうか。
だったら別に、この人にこだわる必要もないのに、どうして気になって仕方ないんだろう?
「あのね、お母さんもお父さんも、良牙くんにお礼がしたいってずっと言ってたの。良牙くんのおかげで日本に帰れたみたいなところあるから…」
やっと言えた、名前はほっとしたような、まだ胸に何かがつっかえるような感じがする、まるで喉に魚の骨が引っかかってるみたい。
あんな悪戯したからだろうか、あんなことさえしなければ、この人は自分に背を向けたり、後ろめたい気持ちになんかならなかったのに。
「名前さん」今度は良牙が名前を呼んだ、胸がどきりとする、振り返った彼の目は真剣そのものだ。
「俺は、きみにふさわしい男になるために、強い男になると決めたんだ。そして、その時が来るまで、俺は姿を消そうと思っていた…」
「う、うん…」
やっぱり何か勘違いしている気がする、名前はたじろいだ。
「だけど、その、俺は…きみの側にいると、カッコ悪いところばかりで、ちっともきみにふさわしい男になれそうになくって」
「うん」
「そのっ…せっかく、きみが、ききき、キス、してくれたのだって、俺は、その…」
「………」
名前は心の中だけで思い切りため息をついた、そしていよいよ、本当のことを言おうと決心がついた。
「良牙くん、あのね…」
「だから、俺のことは諦めてくれ!」
「……は?」
2人の間を遮るみたいに、びゅうと夜風が吹いた。
名前は何も言わなかった、ただ呆然と立っていて、それから暫くして思い出したみたいに靴底が土を擦る音が聞こえる。
「そっか」名前は消え入りそうなくらい小さな声で呟いた。
諦めるって何を、別に私から何かお願いしたわけでもないのに、ばかみたい。
「バイバイ」
胸がちくちくする、これ以上ここにいたら、思ってもみないことをたくさん言ってしまいそう。
名前は走って逃げた、靴底がアスファルトに擦れる、今更になって手首がじんじんと痛んで、涙が出てきた。