Turn Your Love Around
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保健室には誰もいないのに、鍵はかかっていなかった。
とにかく体を横にしたかったので、養護教諭を待つ体力もなく、空いたベッドに勝手に寝転んだ。
マスクが鼻に当たって苦しい、外して仰向けに体勢を変えると、天井についた蛍光灯がだんだんと遠ざかっていく気がした。
名前はいよいよ目を閉じた、ぼんやりして気持ちいい…そのまま眠りこけてしまった。
しばらく経って保健室のドアががらりと開いた、入ってきた教諭ではなく、運動着のまま不自然に肘を庇っている乱馬だ。
キャッチボールで思いの外高く上がったボールを調子よく追いかけていたら、気付かないうちに植え込みに突っ込んでしまった。
しかもどうやら枝にはトゲがあったらしい、なんて事ない浅い切り傷だったが、血が止まらない。
「せんせー、消毒液とバンソーコちょうだい」
返事もなければ教諭の姿もない、きょろきょろ室内を見渡すと、いつもはカーテンがかかっているはずのベッドの上からにょきっと足裏が生えている。
覗き込むと寝息を立てている名前がいた、しかもさっきまでつけていたはずのマスクも外れて唇が見える、乱馬はどきりとした。
どうも今朝から名前の唇が晒されるたびにどきどきする、飴を口に放る時とか、リップクリームを塗り直す時とか。
そんなに見ては失礼だとわかっているのに、釘付けになるくらい見つめてしまう。
気づけば名前の顔はすぐそこにあった、すやすやと健やかな寝息が聞こえるくらいには。
艶やかな唇の間から吐息が漏れる、「ううん…」と悩ましげな声と一緒に。
「い、今なら…」あかねもうっちゃんもいないし、ごくりと生唾を呑んだ。
一体何が『今なら』なんだ、胸の内で自問自答を繰り返しながら、納得のいく答えが出る間もなく、乱馬の唇は名前の唇に吸い込まれるように…。
「あれっ、誰かいるのー?」
がらりとドアが開いて、今度はお目当てだったはずの養護教諭が戻ってきた。
乱馬は勢いよくベッドとは反対方向に飛んで、当初の目的もすっかり忘れたまま、やたら赤い顔をして保健室から逃げたのである。
ピピ、と体温計の音が鳴った、37度5分、熱がぶり返してきた。
結局午後からの授業は休むことになり、名前は教室で荷物をまとめて準備をする、やたら乱馬が視線を合わせてこないのが気になるが。
いつもよりも随分ゆっくりとしたペースで帰路を歩いていたが、それでもすぐに息が上がる。
体温計なんてなくても徐々に自分の体温が上がってくるのはなんとなくわかる、暑くもなくむしろ涼しいくらいなのに額に汗が滲んだ。
「うう…」頭がぐるぐる回る、どこぞの知らない家のブロック塀に体を委ねて、そっと目をつぶり、しばらくこの目眩が飛んでいくのを静かに待つ。
「名前さん、名前さん…」
誰かが自分のことを呼んでくれてはいるが、名前には応じることもできないし、その姿を目を開けて確認することもままならない。
そのまま重力に引かれて体はずるずると落ちていった。
響良牙はまた長い放浪の旅(一週間ほどの迷子)を終えて、天道家近くの路地をひたすら歩き回っていた。
ちょうど出前の最中だった猫飯店の看板娘のシャンプーはその後ろ姿を見ていたが、かき入れ時なのでとくに挨拶も交わすことなく横目に見たまま無視して自転車で走り去る。
とうの良牙はずさんな地図を片手にまた同じ角を曲がり…と、歩いている最中で胸が跳ね上がるような思いがした。
なんと名前がぐったりして塀にもたれかかっているではないか。
良牙は慌てて駆け寄り、随分か弱そうな体をゆっくり支えて呼びかけた、「うう…」と眉間に皺を寄せるくらいで目を開きもしないし、まともに答えてもくれない。
まだ薄手の制服のブラウスにはじんわりと汗が触れ、生暖かい体温を感じる、よく見れば彼女は口元にマスクをしているし、風邪を引いているようだ。
こうしちゃいれないと良牙は名前の体を抱き支えて、すぐ近くの空き地を探した。
熱に魘される彼女のためにテキパキと手慣れた手つきでテントを組み上げ、寝袋を敷き、その上にゆっくりと名前を寝かしたのである。
「あいやぁ」
シャンプーは思わず出前の帰りであることも忘れ、自転車を漕ぐ足を止めてその一部始終を見入ってしまったのである。
「すみにおけない男ね」とにやりと笑い、また店に戻るべく自転車を漕いだのだった。