荒川の御嬢さん【シリーズ】
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お嬢は若に似ている、いや若がお嬢に似ていると言った方がいいのか?
二人とも共通して言えるのは、案外ワガママで、急に予定も関係なしに電話を掛けてきて、買い物やら何やらに付き添われることだった。
若の場合は足の具合が良くないので仕方がない、ただお嬢に関しては、こちらの予想の範囲外の頼み事が多いから困る。
ある朝、昨晩に組の兄貴らと夜遅くまでキャバクラに付き合わされたというのに、枕元にほったらかしにしていた携帯電話がけたたましく鳴っていた。
着信はお嬢から、それも履歴はずらっと彼女の名前、朝8時に事件か事故かと飛び起きて電話をかけ直した。
だがしかし、要件は全く緊急性を持たず、「新宿に新しくできたフルーツパーラーに行きたい」だった。
俺はなるべくなら今日は辞めて欲しいと思った、こんな酒臭い姿で彼女に会うのは気が引けるし、浴びる程飲まされたせいか体調はすこぶる悪い。
なので「ホントに俺なんかでいいんすか?ご友人と一緒に行かれた方が…」なんて言ってみたら、お嬢は少し押し黙って、何とも言いづらそうに話をした。
「…この前、居酒屋に行った友達が…行くんなら、『彼氏』と一緒に行ったら、って…」
と、恥ずかしそうに言われたら、俺は行くしかなかった。
とりあえず俺はアパートの狭い浴室に入り、数十分もシャワーを浴びて、ボディソープもたっぷり塗りたくった。
ただ一張羅のスーツは酒や香水やありとあらゆる臭いがして、着ていた当の本人である俺ですら眩暈がするほどだったので、丁度押し入れにしまっておいたミツセレクションの野球少年スタイルで行くことにした。
まあ…一応『デート』のつもりで行くんなら、お嬢が褒めてくれた服装で行った方がいいだろう。
昼過ぎの2時、お嬢をご自宅までお迎えに上がった時、丁度若がリビングにいた、どうやら寝起きだったようで機嫌は最悪だった。
俺を見るなり「なんだそのチャラい格好は…」と睨んできたのだが、言ってることはこの前のおやっさんと変わらなかったので、親子なんだなとしみじみ思う。
支度が終わったばかりのお嬢はなかなかの気合の入れようだった(この言い方、果たして女の子にしていいのかわからないが)、唇が普段よりもほんのりピンクに染まって、ぷっくりしている。
おやっさんが「ようイチ、名前のことをよろしく頼む」と言っていたので、多分俺が彼氏の代わりだって事は知らされていないらしい、もしバレたら半殺しじゃ済まないだろう…。
お嬢のご友人が紹介してくれたフルーツパーラーの近くまではタクシーで向かった、新宿駅東口の百貨店が近くにある方で、俺はあんまり馴染みがないから彼女の後をついて行く。
雑居ビルの2階にあるという店の場所は案外すぐわかった、なぜなら外階段の下の方までずらりと客が並んでいたからだ。
俺は気が遠くなる感じがしたが、楽しみにしているお嬢のために仕方ない、しかし前日の酒がやたらしつこく残って立ち眩みもする。
並んでいる客はほとんどカップルのようだった、だからお嬢のご友人が薦めるのも少し納得が行く、あんな人の目を憚らず手を握ったり肩を抱いたりする男女だらけじゃ、この待ち時間は苦痛になる。
お嬢はすっかり目を伏せていた。
この地獄を耐え抜いた1時間、ようやく俺たちは店に入ることが出来た。
通された席に置いてあるメニュー表には、苺やメロンやバナナなど、フルーツパーラーと言うだけあって果物を使ったデザートばかりだった。
お嬢は店のおすすめである苺パフェを頼むと言い、「イチは?」と聞かれたが、何にも食べる気がしない。
「い、いやぁ、俺は水だけで十分っす!」
「………あっそう」
そう言うとお嬢は少ししょんぼりした、確かにこういう時は同じように何か食べるのが礼儀だろう、と思った俺は慌ててメニューを開いて、やたら果物が豪勢に盛られたプリンなんちゃらを頼んだ。
確かにフルーツは美味しかった、苺も酸味がさっぱりして、バナナは濃厚でねっとり甘い、少し卵感のある硬めのプリンに生クリームというバランスは、ほとんどの女の子が大好きだろう。
俺も案外子供舌だから、こういう甘いものは大好きだ…二日酔いなんかじゃなければ。
これは一応デートなので、会計は俺が申し出た、レジのお姉ちゃんが気を利かせてんのか「あら、素敵な彼氏さんですね」なんてお嬢に話しかけていたので、俺は鼻高々な気分だ。
ところがこのプリンなんちゃらとか言うヤツが、未だ酒の残る俺の体に徐々にダメージを食らわせてきたのである。
店を出た後、俺はお嬢に「どこか行きたい所はあるんですか?」とお伺いを立てると、「うーん」と少し悩んだ後で、もう少し歩いたところにあるらしい雑貨屋に行ってみたいと言った。
お嬢もどこにあったかは覚えていないが、前にこの辺を歩いていた時に偶然見つけたらしい、ということで彼女の記憶を頼りにそこへ向かう事にした。
歩き始めて数十分、すでに『もう少し歩いたところ』では済まない距離まで到達したが、未だその雑貨屋は見つからない。
それどころか確実に俺たちは神室町の方へ戻って来ている、そして俺は歩く度に徐々に体力が奪われていくのを、ホテル街の辺りで実感した。
「い、イチ、どうしたの?」
「す、すんません…実は昨日、飲みすぎちゃって…」
そりゃさして暑くもないのに脂汗をだらだら垂らしているのを見れば、誰だってぎょっとするだろう。
お嬢があわあわして周りをきょろきょろする、「タクシー…どこだろ…」と丸まった俺の背中を優しくさすりながら言った。
ただ残念ながらこの辺りは滅多にタクシーが停まらない、仕方なくお嬢は俺に「向こうまで歩ける?」と少し開けた通りを指さした。
そこはどう見たってラブホテルが立ち並ぶ街だ。
いやいや…それはまずいだろう。
しかしお嬢は焦る俺の言葉なんて聞いてくれない、そもそも若と一緒で俺の言う事を聞いてくれた試しはない、あまり力が入らない俺の体を無理矢理ホテル街の方へ引き連れていった。
思った通りにホテル街には昼間にも関わらず男女が体をくっつけ合って歩いている、まあ俺達も他から見れば同じような物だろう、ただ介抱して貰っているだけなんだが。
だからこんな姿を誰かに見られたら…と思ったら、胸やけと共に眩暈がきた。
「うう…」
「イチ!ねえ、ほんとに大丈夫?少し休む?」
「や、休むって…」
「ほら、ここに『休憩』って書いてるから…」
ご休憩2時間2,900円から。
前にも言ったが彼女は荒川真澄の箱入り娘である、箱って言ってもそんな木箱とかそんなんじゃない、火事でも耐えられるレベルの金庫くらいだ。
「だ、だだだだ、ダメです!お嬢!」
「なんでよ、だって体調悪いんでしょ!?ここは休憩出来ますよって書いてるから、ほんの2時間くらいだけど楽になるでしょ!」
「違います!違うんすよ!」
「何が違うの!?」
さすがです荒川のおやっさん、これはアンタの教育の賜物です。
ラブホテルの前で男女が入るか入らないかぎゃあぎゃあと騒ぐ、お嬢はこの休憩と言う文字をそのままの意味だと誤解している…いや、曲解している俺の方がおかしいのか?
しかしラブホテルになんか入った瞬間、あんなモノやこんなモノまで嫌でも目に入ってきてしまう。
力強くホテルの中に入れようとしてくるお嬢に、俺は力の限り抵抗した、願わくばこんな姿を組の誰にも見られませんように…。
「………あ、アニキ……」
ミツ、どうしてお前はこんなにタイミングがいいんだろうか。
若い女を連れて偶然ホテル街を歩いていた弟分にばっちり見つかった。
「いやあの…違ぇんだ」
「だ、大丈夫っす…おやっさん達には…内緒にするんで…」
「違ぇんだって!誤解だ!」
「…イチ?いいから早く入ろうってば」
「ああ!お嬢!話がこじれるからぁ!」
弟分の誤解は解けない、親指を立てて「お嬢に恥かかすのだけはやめてくださいよ…」と笑顔で言って、そのままテメーの女を連れてさっさと逃げて行った。
俺の極道人生は終わった…いや人生そのものが終わったかもしれない。
未だはてなマークを頭に浮かべているお嬢に、「すんません…なんか大声出したら治ったみたいっす」と空元気に言った。
何とも納得が行っていない彼女だったが、偶然通りかかった空車マークのタクシーによって命拾いした。
酒もすっかり抜けきった後日、今度は朝っぱらから携帯電話に若から着信があって、やっぱり履歴にずらりと並ぶ若の名前に俺は慌てて飛び起きた。
事件か事故かと思ったら、用件は「今晩クラブに行くから迎えに来い」だった、別に朝一にする話でもないだろう…。
という事でご自宅までお迎えに上がった訳だが、広いリビングでのんびりテレビを見ていたお嬢が俺の顔を見るなり気まずそうに目を逸らして、さっさと奥の自室に閉じこもってしまった。
俺は何かした覚えもなかったが、その後やって来たおやっさんに今度は俺が気まずさを覚えて姿勢を正したが、とてもにこやかに「この前は名前が世話になったな」と言ってくれたので、とりあえずは余計な話は伝わっていないようだとホッとする。
それで俺を呼びつけておいた張本人は数十分経った頃にようやく現れる、「行くぞ」と言われて俺は車椅子を押し、外で待たせていたタクシーに乗り込んだ。
「イチ、お前…親父に隠し事あるだろ」
「へっ?」
その突拍子もない質問に俺は間抜けな声を上げた。
若はにやりと笑って、俺の言葉を待っている。
「隠し事っすか…?」
「俺の部屋は姉貴の部屋と隣同士なんだぜ。イヤでも聞こえてくるんだよ」
「聞こえる?」
「電話の声。アイツ、友達だかなんだかにベラベラ喋ってたなぁ」
俺はピンとは来なかったが、何となく嫌な予感がした。
「えーっと…」と心当たりがないふりをしたが、若はいよいよ止めをさしてきた。
「『休憩』しようって誘われたんだろ?」
俺はそれはもう、凄まじい勢いで膝を折った、タクシーの後部座席のシートの上で土下座を決めるのなんて俺くらいだろう。
「頼みます!どうかおやっさんにだけは言わねぇでください!」と言えば、若は「どうすっかなぁ」と含み笑いをして窓の外を眺めている。
まさか口止めすべきはミツではなく、お嬢の方だったとは…どうりでさっきよそよそしいと思ったら、あのご友人が全部入れ知恵したのか。
俺はもう、絶対にあのフルーツいっぱいのプリンなんちゃらなんて一生口にしない…いやもう酒なんて当分飲みたくもない…なんて考えておきながら、結局若に連れられていった先のクラブで酒もフルーツも嫌と言うほど程堪能させられるのだった。
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