荒川の御嬢さん【シリーズ】
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お嬢の合コンが始まるのは今週金曜日の午後7時から、神室町の外れの方にある居酒屋で行われるらしい。
なぜそんなことを荒川組の組員が全員知っているのか、それは初めての合コンがあんまりに楽しみ過ぎて、お嬢が若に喋ってしまったからだ。
そしてその様子をおやっさんが偶然耳にしてしまった事から事が始まる。
俺は結局、弟分のミツを頼り、服も全部買い揃えてもらう事になった。
それでアイツに言わせれば「兄貴…今どきパンチパーマはねえっすよ…」という事なので、仕方なく自慢の髪形を帽子で隠す。
当日、居酒屋の方へ行く前に事務所に行き、おやっさんにその服装についてお伺いを立てに行くと、「今どきの若ぇのはそんなチャラチャラした服装なのか…」と言われたり、沢城のカシラには「服のサイズがデカ過ぎなんじゃねえのか?」とか小言を貰った。
確かにミツに選んで貰った服は肩幅が余るくらいブカブカだった、おまけになんでこんな野球チームみたいなジャンパーに、何度も洗い古したような薄い色の緩いジーパンなんだ、と言ったら、「そういうデザインなんですよ!」と言われてしまった。
ついでに自慢のパンチパーマは後ろ前にした野球帽で隠されてしまった、ホントに今どきの男はこんな野球少年みたいな格好なのか?
午後6時過ぎ、確かにおやっさん達が言っていた通り、お嬢は居酒屋に女のご友人達5人くらいと一緒に入っていった。
薄化粧にその辺の女の子と変わらないようなワンピースとブーツという服装は、はっきりいってあの荒川真澄の娘と誰も気付くわけがないだろう。
だからこそ、沢城のカシラはああ言ってあくまでも組の体裁を保つような言い方をしていたが、単純に「娘に変な虫がつかないように見張れ」というのがおやっさんの本音だ。
合コンが始まって2時間あまりが経過した午後9時、いよいよ俺の携帯電話に痺れを切らしたおやっさんから電話が来たが、未だお嬢は居酒屋から出て来ない。
明らかに焦りを見せる声だった、「イチ、何とかして居酒屋に入れねぇか?」と言われたが、あんな大衆向けの居酒屋チェーンにはさすがに1人では入りづらかった。
別にいかがわしい事が出来る店でもないんで大丈夫っすよ、と言うと「そうか…」と諦めてくれたようで、ようやく電話が切れる。
しかしまぁ、合コンっていうのは初めての男女同士が集まるっていうのに、そんなに2時間以上も一緒にいて楽しいもんかね。
なんて思いながら近くの店の壁に寄りかかっていると、通り掛けの若い女の子2人が「あの…」と話しかけてきた。
「お兄さん、1人ですか?」
「へ?」
「今から遊びませんか?」
俺は予想外の言葉にビックリした、少し派手目の格好をした彼女らに、俺は任された職務も忘れて付いて行ってしまいそうになったが、ぐっと堪えて「い、いやぁ、彼女を待ってるんで…」と言うと、あっさりと食い下がられる。
あれが所謂逆ナンってやつか、ということはこの野球少年みたいな格好もあながち女性受けは悪くはないし、俺も捨てたもんじゃないって事だ!
とヘラヘラしていたら、見張り対象だった居酒屋の店前が騒がしくなった。
酒が入ってテンションも声量の調整も分からなくなった酔っ払い独特の声が聞こえて、俺は慌てて視線を戻す。
見覚えのあるワンピース、あれは間違いなくお嬢だ、どうやら丁度お開きのタイミングらしい。
「じゃあ、この後カラオケ行く人ー!」
ヘラヘラした態度の男が手を挙げてそう叫んだ、女子の黄色い声が元気よく「ハーイ!」と返事をする。
で、方やお嬢は…左手首に着けていた腕時計をちらりと見て、きょろきょろと女友達たちを確認する、すでに手を挙げている彼女たちに挟まれて、気まずそうな顔だ。
「名前、行かないの?」
「え、えーっと…どうしよっかな…」
「えー、名前ちゃん行かないのぉ?」
人一倍声がデカい男が、迷っているお嬢の前にずかずか来て、「もうちょっと一緒にいようよー」なんて言いながら、無理矢理肩を引き寄せた。
俺は心底怒りを覚えた、荒川のおやっさんがどうのこうのとかじゃない。
惚れた女がどこぞの知らない野郎にべたべた触られて、黙って見てられると思うか?
「おう、今終わったのか?」
「………は?」
良い調子で盛り上がっていたムードも、全部ぶち壊しだ。
見知らぬ大男が割って入るんだから無理もない。
「えっ、い、一番…なんで…?」
お嬢は俺の顔をじろじろ見て、ようやく分かったのか、それでも男に肩を抱かれたまま驚いている。
彼女のお友達の一人が名前を呼んだことに気が付いて、「え、知り合いなの?」と聞くと、お嬢は「えーっと…」と濁し始めたので、俺はすかさず彼女の肩から無理矢理野郎の腕を引き剝がした。
「イテッ、何すんだよ!」
「帰るぞ、おじょ…えーと、名前」
「へっ?あ、う、うん…」
お嬢の名前を呼び捨てにするのは気が引けたが、今の俺は彼女の彼氏…という事だ、致し方ない。
すっかり合コングループの空気は白けてしまっていた、しかしお嬢のご友人の1人が「も、もしかして…名前の彼氏サンですか?」と痛い所を突かれたので、俺はお嬢が否定するよりも先に「ハイ」と答えた。
そしたら彼女らがきゃあきゃあ騒ぎ始めて「うそ!IWGPのナガセくんみたーい!」とか「彼氏サンもこの後一緒にどうですかぁ?」とか言ってくる。
俺はこういう女の人の言う事に弱い、何て言って断ろうかと思っていると、お嬢はどこかムッとした表情をして「ううん、帰ろ」と腕を引いた。
「じゃあねー、お幸せにー!」
「バイバーイ」
何も会話もなく、引きずられるように居酒屋から腕を引かれて歩いた後、ご友人達の姿が見えなくなった角の辺りでようやくお嬢の手が離れる。
不機嫌なオーラを感じ取った俺はスタスタ歩くお嬢の後ろを付いて行くことしか出来ず、「す、すみません…」と謝罪した。
「…別に、お父さんのせいでしょ」
「ま、まぁ…この辺は危ないんで、帰りは送るようにって言われて…」
でも居酒屋に入るところから見張ってました、なんて言ったらストーカーだなんだと思われるだろうか、と考えていた。
お嬢が急に立ち止まって、くるりと振り返る、顔はムッとしているが、俺の頭のてっぺんからつま先までくまなく見渡して、「何その格好」と言った。
「あ、ど、どうっすか、似合います?」
俺はこの気まずい空気から脱却したいがために、口ばかりしゃかりきに動かす、「俺としちゃあ、いつものスーツの方がイカしてるって思ったんすけど、ミツの野郎がこういう服が今流行りだっていうんで…ホントにこんな野球少年みたいなのがいいんすかね?」…そんな風に喋っていると、お嬢は「ふーん」とあんまり興味無さそうに言って、またスタスタ歩き始めた。
「…またその服、着るの?」
「へ?」
「だ、だから…」
背中しか見えないお嬢が何か言った、でも雑踏に紛れて聞こえない。
俺は急いでその背中を追いかけて、ようやく彼女に歩幅を合わせて歩き出した、俯いて歩くのでその顔がどんな表情をしているのかは分からなかった。
「に、似合ってるってば…」
そんな振り絞るように言われたお褒めの言葉に、俺はすぐ舞い上がる。
照れ隠しにべらべら喋るのは俺の癖なんだろう、「なんか、お嬢のご友人がなんちゃらくんに似てるって言ってましたよね!ソイツ、俺にそっくりなんすか?」とか「そういやさっき、その辺の女の子にも声掛けられたんすよ、やっぱりこういう服がウケるんすかねー!」なんて調子の良い事を言ってたら、段々お嬢の機嫌が急降下していくのを肌に感じて、ヤバイと思った頃には遅かった。
「…知らない。それに私、キング派だし!」
一体何がトリガーだったのか、俺は分からない。
というよりキングって何だ…トランプの話でもしているんだろうか。
せっかく横並びだったのに、お嬢は勝手に足早になって、俺はその後ろ姿を追いかけるしかなかった。
とにかく、俺は本日の職務を全うし、無事お嬢の身柄を荒川のおやっさんのご自宅まで送り届ける事が出来た。
おやっさんも安心していたようだし、これで一件落着だ。
ミツに見繕って貰ったこの野球少年みたいな服装は…俺の趣味では毛頭ないが、せっかくお嬢が褒めてくれたので、クリーニングにでも出して仕舞っておこう。
また買い物に付き合わされた時にでも着て行けば、お嬢も俺に惚れ直したりしてくれないかな、なんて邪な事を考えながら、俺は薄い煎餅布団に横になって1日を終えたのである。