親の心、親知らず
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
その晩、大江戸卍會通称エドマンの構成員であるリュウジは、どこか物憂げに明るい満月を見上げた。
後ろには同じ志の仲間(ダチ)がいる、まさかこのままブレーキ踏んで後退するワケにはいかねぇ、俺らはただ真っ直ぐ突き進むしかねーんだ。
同じ旗を掲げる二輪車が3台連なる、リュウジの背中に身を預けるヤツは今は誰もいない、そう今は…。
族車はとあるコンビニの前で同じように停車した、此処はただのコンビニじゃない。
特攻服を着た彼らはピリピリとした空気感を覆っている、そうすでにここは敵の縄張りなのだ。
「お前ら、気合い入れてけよ。勝てば官軍、負ければ賊軍だ、俺たちに明日はねぇ」
「えっ、今のめっちゃカッケーじゃん、何その言葉、俺も言ってみてぇ!」
どこか興奮冷めやらぬ様子だったが、今一度気を引き締める。
ここのコンビニの名前は『ブシノイチブン 真選組屯所前店』。
彼らの目的は捕らわれてしまったリュウジの彼女、名前をあの高い塀の向こうから救い出す事だった。
リュウジの考えた作戦は非の打ち所がない程に完ぺきだった、暗号化した手紙を名前に渡し、その手紙に記された日時と場所通りに向かい、ある手段で引きずり出す。
その手段とは、リュウジの片腕である少年の用意した秘密兵器…『多機能はしご スキップステップ』、なんと10段階調節可能で高さや用途によって自由自在な、一家に一台は欲しい優れもの。
1か月の返金保証つき、今回なんと別売りの滑り止めパーツまでつけてポッキリ10,000円。
そんな謳い文句に弱い少年の母がテレビ視聴の合間に買った優れものだ。
これならあの高い塀もちょちょいのちょいだ。
だが油断はできない、彼女を上手く連れ出して自宅に送るまでは。
ついに約束の時刻を回る、静寂に包まれた満月の夜、仲間の一人が道端の石ころを握りしめた。
スマートフォンの時計の表示が変わる、ついに時は来た。
塀の向こうへ思い切り石を投げた、コツンとした音は木製の何かに当たって跳ねた事を示す。
すると砂利を擦って歩み寄って来る音が聞こえる、リュウジは安堵したのも束の間、10段階中の最大まで引き上げたスキップステップを高い塀に立てかけた。
塀の向こうから壁を擦るような音が聞こえる。
間違いない名前だ、リュウジは急いで梯子を上る、塀の屋根にひょっこりと顔のような影が見える、あと少し…。
「くぉらあああああ!!テメェええええ!!!」
「うわぁあああああああ!!」
リュウジはスキップステップから転げ落ちてしまった、ちなみにお客様都合による事故や故障に対しては返金保証は対応していない。
塀の屋根に足掛ける人影は満月に照らされ明るみになる、勿論名前じゃない、さすがにこんな煙草に焼けたオッサンみたいな声は出さない。
「うわっ、こいつ公園にいたポリ公じゃん!」
仲間の一人が声を上げた。
リュウジは困惑した、こんなはずない、自分たちしか通用しないはずの暗号が見破られるなんて…それより、肝心な名前がいない。
「な、なんでわかったんだよ!」
「ああーん!?クソガキのやるこたぁ全部お見通しなんだよ、くっだらねー小細工しやがってよ!」
公園にいたポリ公…もとい「土方」は、あの折れ曲がったノートの切れ端を見せつけ、ペラペラと、あっけなく読み解くのだった。
「らいしゅうの げつようび ごぜんにじ
うらの こんびにがわの ところに いる
いしを なげて あいず する
はしごをもって のぼってこい!!」
その場にいる少年ら全てが恐れおののいた、まさか暗号解読まで捜査が進んでいるのか、自分たちの組織の危機を感じる。
しかしリュウジはめげなかった…救い出せないのならばせめて、名前の安否が知りたい、彼は叫んだ。
「名前はどこに隠した!俺らの計画を知って、どっかに閉じ込めてんだろ!」
ああ?と土方は機嫌悪そうに顔をしかめて、まったく見当違いな彼の言いように鼻で笑った。
丁度その頃、土方の背中の方でペタペタと廊下を裸足でくっつけながら歩く音が聞こえ、それから「なにー?」と寝ぼけたような少女の声が聞こえた。
その声を逃さず、リュウジはもう一度叫んだ、「名前ー!!」…その声に、驚き慌てふためいた少女が走り寄って、来るなと焦る土方の制止も聞かずに屯所の内側に立てかけられた梯子を上り切った。
「えっ、リュウジ!?」
土埃に塗れた自らの彼氏の姿を目の当たりにして驚くが、それよりも驚いたのはリュウジの方だった。
「名前!手紙通りにしてくれって言ったじゃん!逆になんで驚いてんの!?」
「えっ、あ、今日だったの!?」
「そうだよ!書いてただろ!ちゃんと読んだー!?」
「ちゃんと読んだし!辞書使ったりとか、分かんない字とか人に聞いたりとかしたもん!」
名前は慌てて夜着の懐にくしゃくしゃにして入れていた、解読文を取り出した。
土方は「貸せ!」と無理やりにぶんどって、広げてやると月明り頼りに読み上げた、インクのかすれた、どこかよれた感じの平仮名の羅列。
「らいしゅうの しもしんよみぎひ くれよしにいつくしみ。
ほの こんみにがかんの としろに いりゅう。
いしお なへた あいかしら すりゅう。
はしくれお もしんて やぼしんて れん」
空気がひんやりと固まった、ただ一人名前だけは「来週ってところは分かったんだけどなー」とごちていた。
土方は読み終わると、せっかく解読した努力の証をぐしゃぐしゃに丸めて、紙くずにしてリュウジ向かって投げつける。
そして一言。
「どうやら、テメーのツレのおつむの弱さを見誤ってたようだな」
昨今、パソコンやらスマートフォンやらの便利さにかまけて、現代人は『調べる』という努力をしない。
今日も屯所の中ではあっちでカチカチ、こっちでピコピコ。
予測変換は漢字を多く知る良い機会だ、誤変換とは言っても、そこから知らない漢字の読みが覚えられる。
プカプカと紫色の丸っこい煙を口の中から吐いて、土方はスマートフォンにお熱な近藤をからかうように言った。
「そんなスマホばっか弄ってると、読み書きできなくなるぜ、近藤さぁん」
「あ?いーんだよ、どうせそのうち書類仕事だって全部スマホ一つで出来るようになるから、そしたら紙の辞書も用なしだ、予測変換で一発よ」
「調べるって努力が大事なんだよ、な」
そう声かけられた少女、名前はぶすくれながらも文句ひとつ言わず、足の感覚がなくなるまで、廊下で正座を続けている。
首からヒモで引っ掛けられたプラカードにはこう書かれている、『わたしはかんじがよめずにだっそうにしっぱいしました』。