親の心、親知らず
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周知の通り、真選組の問題児である名前の寝室は鬼の副長のすぐ真隣に存在する。
これは健康優良不良少女である彼女が集団暴走行為や不純異性交遊や夜遊びなどの非行に走らぬよう、厳しい監視下に置くためである。
土方も腑には落ちないが与えられた役目をきちんとこなすよう、言われたとおりに毎晩静まり返った屯所の自室で耳をそばだてていた。
ところが気を張りすぎてしまい、ある晩に名前の部屋の襖がゆっくり開いた事に慌てて飛び出して、彼女の腕をつかんだ。
「夜な夜な抜け出して何するつもりだテメー!」
「ああん!?離せやポリ公、何もしてねーだろ令状持って出直してこいやコラ!」
騒ぎに目を覚ました近藤や沖田などの隊士らがざわめきはじめ、あっという間に廊下に集まり始める。
寒々しい真暗な廊下、夜着のまま腕を掴まれながらも吠え散らかす名前の様子はどこかおかしかった…やたら足をバタバタしてるというか…。
近藤が2人の間に仲裁に入ろうとすると、名前は叫んだ。
「なんだよ、便所にいく自由もままならねーのか!健康的で文化的な最低限度の生活も送らせてくれねーのかよぉお!」
えっ、と驚いて腕を離した。
その隙に名前はバタバタと走って人混みをかき分けて厠のドアをばたんと閉めた。
その背中に「名前ちゃん!女の子なんだから、お手洗いって言いなさい!もしくはお花摘み!」と近藤が叫ぶ。
土方は呆気にとられたように口をポカンと開けた、バツが悪そうに頭を掻いた後、冷ややかな視線に耐えきれず自室に戻るのだった。
それから、夜に厠へ行く事に関しては、土方はさして厳しくは当たらなくなったのである。
またあくる晩、名前は尿意を覚えて布団からむくりと起き、静かに襖を開けて廊下の先にある厠を目指した。
しんと静まり返っている所内を寝ぼけながらゆっくり歩くと、コツンと目の前に何かが音を立てて転がる…思わず目で追いかけると、それは何の変哲もないただの小石だった。
コツン、また小石が同じところに転がる。
軌道に沿って外を見やる、高くそびえ立った外壁、その屋根の所に人影が見える。
「名前!」
囁く程しか聞こえないが、夜の静けさの中にはよく響き渡る、確かに自分の名前が呼ばれた。
思わず声の方へ目をやると、意外なものが屋根に乗っかっている。
「リュウジ!」
シッと人差し指を口元に当てて「騒ぐな」とジェスチャーする、名前は口をふさいだ。
思わぬ人物の登場に名前の目は輝く、自分の戦友であり、恋人でもある彼の存在は、胸を熱く躍らせた。
「リュウジ、あんた出所できたの!?」
「いや出所っていうか…俺、そもそもボコボコに殴られてただけだし」
まあともかく無事でよかったよ、とリュウジは言った。
背中にはバイクのエンジン音が幾重にも重なって聞こえるので、他の仲間とも一緒なのだろう。
一体どうやって自分の居場所を知ったのかと名前が訊ねると、彼女の母親から聞いたらしい。
そして彼女が憎き敵である国家権力の犬の奴隷に成り下がっていると勝手に勘違いをし、助けに来たという。
しかし思ったよりもこの塀は高かった…14歳の少女にはどうあがいたって登れもしないだろう。
救出できる時間も限られている、国家にマークされている自分たちがやって来たと知られては、容赦はしないだろう…というのは、リュウジの持論だ。
「とにかく時間がねぇ、お前にこれを渡しとく!」
手を伸ばして渡してきたのはノートのページの切れっぱしを折り畳んだものだった。
「こン中に暗号が書かれてる…俺らしかわかんねェ秘密の暗号だ、この通りに迎えにくっから、待ってろよ!」
そう言い残すと塀の向こう側へ消えた、エンジン音が遠くなる。
渡された紙を広げて見た、びっちり書かれた秘密の暗号、名前はにやりと笑った。
「リュウジ…やっぱアンタ頭脳派だよ、ケンカは柄じゃないんだよね」
次の日の朝、土方は自室で欠伸をしながら手癖に首元のスカーフを上手く巻き付ける。
遅寝の名残がある頭でぼんやり今日の予定を思い出していると、予見も出来ずに勢いよくスパーン!と開く障子戸の音に眠気が飛んだ。
「な、なななななんだ声くらいかけろ!」
「漢字辞典貸して!」
「あン!?」
言うや否や、ずかずかと不躾に部屋に入って来て、文机に立てかけていた辞書を一つ掴み取って、足早に出ていく。
何だアイツ、なんで漢字辞典なんか必要なんだ…と疑問は残るものの、さして気にも留めずに仕事の準備に戻った。
次の日、土方は溜まりに溜まった書類仕事を片付けるために1日内勤を志願した。
辞書と辞書の間に不自然にポッカリ出来た空間、アイツはいつ返すつもりなんだと思ったが別段必要と言う訳でもないので気に留めずに作業に取り掛かる。
作業開始1時間後、静まり返った室内にスパーンと叩きつけるような音とともに障子戸が開いた、心臓がひっくり返るかと思った。
紙の上に走らせたペン字はぐにゃりと曲がっている。
「テメー声かけろって何回言えば」
「これなんて読むの!?」
半紙にでかでかと、へったくそに曲がりくねった文字、紛れもなくこの少女の字。
『呉』
「…くれ?ご?」
「わかった!」
またピシャリと襖を閉めた、昨日の漢字辞典と言い、やけに勉強熱心じゃないか?
俺には関係ねーや、と思ってまた紙をペラッと捲る。
再び現れた静寂、紙を捲る音、インクが紙の上をすべる音。
スパーン!と音を立てて、風がびゅうと入り込んだ。
バサバサと飛び立つ書類たち。
「テメーはぁあああ!!」
「この字は!?」
「なんでこのクソ忙しい時に漢字クイズに付き合わなきゃいけねーんだ!!」
また半紙いっぱいに書かれた下手くそな漢字一字、『慈』。
「……『じ』、いや『いつく』しみ?」
「オッケー!」
バタバタと忙しない足音が遠ざかったかと思うと、また暫くしてやって来て、いきなり漢字クイズ。
ついには戸さえ閉めなくなった、書類仕事は全然進まない、むしろちょっと楽しくなってきた節まである。
『餓』
「が」
『環』
「『たまき』…いや、『わ』か?『かん』とも読むっけな」
何問かクイズをこなすが、正解は決して教えてはくれず、すぐに自室に帰るだけ。
そのやりとりも気づけばパッタリ無くなった、一体何だったんだと思い出した頃には既に机上の書類の厚みは薄くなっていた。
何の気なしにさらさらと滑らせていたペンが急に止まり、目頭を押さえながら空にペン先を切った、うーんと唸る。
書くべき漢字をド忘れした、なんとなく形は覚えているんだが、細かい造形が思い出せない…日ごろ、メールやらの自動変換に頼りきりになっている弊害がこういう所に現れる。
色んな手段があったのだろうが、この時土方は昨日の名前とのやり取りを思い出した、『漢字辞典』だ。
久しぶりに自室から抜け出し、隣室に声を掛けようとしたが戸が中途半端に開いていた、そこから見える限りでは部屋主はいない。
どうせ部屋を訪ねてくるだろ、そもそも俺のだし、と思いながら畳に転がっている漢字辞典を拾い上げる…と、普段空っぽの文机の上に、珍しく半紙やら何やらが溢れかえっているのを見つけた。
そのど真ん中に、ノートブックのページを破いたメモのような物を見つけて、その異様さに驚く。
まずこの部屋主の書く文字ではないし、何よりも…びっちりと書かれた漢字の量。
「な、なんだこりゃあ?」
思わず咥え煙草を落としそうになる。
『雷襲之 下津夜右火 呉善煮慈
浦之 紺美煮餓環之 戸子露煮 威流
威死尾 菜下手 愛頭 巣流
葉死呉尾 喪津手 野簿津手 恋』
まさかあんなチャランポランのプリン頭が、漢詩なんてものを嗜んでいたとは…。
呆気に取られた土方だったが、ある規則性に気づいた途端、自分でもびっくりするほど、スルスルと脳内に入って来たのである、その『漢詩』の真意が。