親の心、親知らず
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
真選組の屯所の門には、毎朝必ずかわら版が届く。
昨今、テレビやらスマートフォンやらでいとも簡単に情報は得られるのだが、こうして未だに紙媒体が届くのはこの屯所に潜むローテク人間の為としか言いようがなかった。
このかわら版は食堂の長机の隅っこに日毎置かれている。
何となく手持無沙汰に、箸を片手にペラペラと捲る隊士もいなくはない、大抵はテレビ欄やら4コマ漫画目当てだろうが。
「あ!」
と、声を上げたのは食堂内の紅一点・名前だった。
彼女も同じようにかわら版を捲っていたら、紙と紙の間に、バサリとやたらカラフルで質感の違う印刷物が落ちてきたので、それを持ち上げると何やら見つけたようだ。
「うるせぇよ、あと箸はちゃんと手を添えろ、行儀がわりぃ!」
その横でいつものマヨネーズご飯を掻き込む目つきの悪い教育係の土方が、歯と歯の間で宙ぶらりんになっている箸を注意する。
名前は一枚のチラシを見せつける、『特売日』という文字にしか目がいかない。
「ここ、ママがパートで働いてるスーパー!」
「あん?」
「あ、でも店舗が違うっぽい、けど名前は一緒だよ」
じゃあチェーン店なんだろ、と土方は答えた。
あ、そうそう、と名前は味噌汁を啜った。
「お袋さんはずっとそこで勤めてんのか」
「うん、あたしがチビん時からだよ」
ふーん、と適当な相槌をしながらふと考えてみる、コイツのチビの頃なんてどんなもんか、少なくともプリン頭じゃないだろうが。
名前は小鉢の沢庵を箸で突き刺す、だからよぉ、と土方が横から口を挟みそうになる前にさっさと口の中に放り投げて、ボリボリと咀嚼しながら話し続けた。
「ママがパート行ってる間は、昼間ずーっとあたし一人」
「…女手一つだからな」
「まー別に寂しくはなかったかなぁ、慣れてたし」
椀の底に溜まった味噌っかすまで啜る、妙に塩辛い。
あーでも、と名前が思い出したように唸る時には、既に土方の盆の食器は空っぽだった。
「風邪ひいた時も一人ぼっちだった時は、ちょっと寂しかったけどさー」
名前は手元のスーパーの特売チラシを折り畳んで、またかわら版に挟み込んだ。
その会話の内容を土方はよく覚えている、つい3日前の事だった。
現在、土方は狭い畳の部屋の上で胡坐をかきながら、ようやく電子音の鳴りやんだ棒状の機械を、咥え煙草で睨んでいる。
傍らには名前がいる、肩まですっぽりと掛け布団で隠して、夜着のままくったりと寝転び、どこか朦朧とした様子だった。
「37度9分…」
はぁあ、と溜息を吐いてしかめ面。
今朝、局内のお転婆娘が一向に食堂に来ない事に気づいたのは、局内一地味な男の山崎だった。
食べ終わった食器の後片付けに、ふと土方の隣の席がぽっかりと空いているのに気付いて思わず「あれ、名前ちゃんはどこっすか?」と訊ねたのがきっかけだ。
それで土方が朝餉を済ませた後、自室の隣を尋ねてやると、障子戸はピッチリと閉められており、何やら静まり返っていた。
きちんと部屋主に声を掛けてからゆっくり戸を開けると…名前は気怠い顔をして布団の中にいたのである。
「風邪だな」
ズルリ、と品もなく鼻を鳴らした。
いつもの威勢はどこへやら、土方が「腹出して寝てたんだろ」だの「それとも、テメーまたこの寒い中サラシ巻いてブンブンブンブンやかましくチャリ乗り回してたんじゃねーだろーな」だの小言を言っても、「うー」と唸り声を上げて布団の中から首を横に振るだけ。
調子っぱずれな彼女の様子に、土方は少しだけ不安を覚えた。
「今日は1日中寝てろ、あとで薬持ってこさせる」
そう言ってこの部屋を離れようと立ち上がると、ふと自分の足元に違和感を覚えて視線を落とす。
自分のズボンの裾を、名前が赤い顔で掴んで皺を作っている。
「とし…今日は仕事…?」
こっちまで調子っぱずれる、どうしていいか分からず、もう一度座り直した。
「わ、分かったよ。また後で様子見にくっから、な?」
苦し紛れにそう言うとようやくズボンから手を離したので、ほっと胸を撫で下ろしながら部屋を後にする。
誰に言った訳でもないのに、なぜかすれ違う隊士らは彼に「お嬢、風邪ってホントですか!?」と言ってくる、察しがいいのか、自分の素知らぬ所ですでに噂は回っているのか。
「うるせーよ、黙って持ち場に戻れ!騒いだら切腹させんぞ!」と怒鳴りつけると、皆「お前が一番うるせーよ…」とでも言いたげな顔で逃げて行った。
当番表には午前中はパトロールと書いていた。
だからそれにきちんと従ってパトカーに乗り込んだのに、運転席の沖田は謂れのない言葉を投げつけてくる。
「いいんですかぃ、ほっといて」
「ああ?いいからさっさと出せ!」
何の事を責められいるのかは、敢えて言われなくても分かっている。
面白くもなさそうに返事をした沖田が仕方ないといった風に車を発進させると、やたらと法定速度をキッチリ守った走り方で、市道を駆け回る。
後ろにべったりくっ付いた一般車の運転手は、イライラしているが追い越しも出来なければクラクションも鳴らせない、既に長蛇の列が出来上がっていた。
それにしても、さっきからやたらとコンビニが通り過ぎる度に気になる、煙草は十分に蓄えがあるし、喉も渇いていないし、催している訳でもない。
土方は助手席でどこかそわそわして、やたらと胸ポケットにいれてた時代遅れの携帯電話をパカパカ開く。
着信履歴なはい、ほっとしたような、不安が大きくなるような…ユサユサと貧乏ゆすりまで始める。
(ちゃんと薬持って行ったんだろうな、そもそも腹に何も入れてねーのに飲んで良かったんだっけか?拗らせたらどうすりゃいいんだ、やっぱり女中にでも面倒見させりゃ良かったか…)
と、自分の世界に没頭していると、キキーっと大げさな音を立てて車体がガクンと揺れた、口からポロリと落ちた煙草の火が膝のあたりを焦がした。
「あっちぃい!テメー、何やってんだ!!」
沖田は停車した車内で自身のスマートフォンを見せつけてくる、テクノロジーの差を誇示しているのかと思いきや、その画面には何やらゴチャゴチャと文字が表示されていた。
「土方さんとはここでお別れですぜぃ」
近藤さんからの直々の命令なんで、その裏付けはスマートフォンで繰り広げられている沖田と近藤のやりとりでされた。
所変わってコンビニエンスストア、この店舗は真選組の屯所が近くにあるせいか、隊服を着た男が客として来ることも珍しくはない。
が、咥え煙草で堂々と入店し、電話で何やら怒鳴り散らしながら店内を物色する瞳孔ガン開きの隊士は初めての事だった、顔に似合わずプッチンプリンだのレトルトのお粥だのを見境なしにレジカゴに放り込み、「あとは!?何買やぁいいんだ!?」だの「ポカリ!?アクエリアスじゃなくてか、あん?どっちでもいい!?」だのと騒ぎ立てるので、他の客は早々に出て行ってしまった。
レジ打ちの店員は台に置かれたカゴの中を確認する…プリン、お粥、ハーゲンダッツ、ポカリ…大体の察しはついた。
極めつけに「おい、ピエピタってのはどこだ!」と言いつけてくるので、憶測は確信となる。
また所変わって狭苦しい畳の部屋、冒頭のように名前が掛け布団を首まで隠すようにして、今朝よりもぐったりした様子で横たわっている。
土方は手元の体温計を確認して、思わず驚嘆の声を上げそうになる。
「さ、38度5分!?」
名前はバツが悪そうに布団の中に潜る、彼女の傍らには飲みかけの水が入ったコップと封の開いた解熱薬の袋がしっかりある。
頭をがしがし掻いたあと、腕を組んで「おい」と声かける、名前はおずおずと布団から出てきてしかめ面の土方を見やった。
「薬飲んだもん…」
「飯食わねーからだよバカ、体力つけなきゃ下がるもんも下がらねーだろ、粥買ってきたからさっさと食えやオラ」
「やだ食べたくない…」
「じゃあプリンは?食えんだろ、普段人から奪い取って食うくらいなんだからよ」
「……いらなーい」
「おら、アイスあるぞ、ハーゲンダッツ。イチゴの奴でいいんだよな、アレ違うっけ?」
「……………」
「じ、じゃあ、ポカリ!ポカリ飲めよ、な!これで大体どうにかなるから!」
「…………とし、うるさい」
頭がガンガンする、と弱弱しく言われてしまうと、さすがに黙ってしまうのだった。
はあ、と思わず溜息を吐いたのは誰に対してでもなく、自分に対してだった。
こんな事は最初から分かり切っていた事ではあるが、目の前で人が苦しんでいるというのに、こうしていざ何もしてやれる事がないと思うと、自分の無力さを思い知るのである。
何しろすぐ側の人間が一体何をして欲しいのか、何をすれば苦しさから解放されるのかが分からない…思いつく限りのお節介も、ついには「うるさい」と突っぱねられる始末だった。
それで、ふと思い出した。
ビニール袋の中にはまだ残っている、秘密兵器が。
「おい、ピエピタ、ピエピタ貼ってやるから」
「……ぴえぴた?」
「デコ出せ、ほら」
ビニール袋から引っ張り出した大きめの箱。
それ冷えピタ…と名前は心の中で訂正した。
太くて爪の短く切った不器用な指先が粘着質なシートのフィルムをうまく剥がしきれない、ベチャッとくっ付きあったそれをもう一度広げて、少し汗ばんで熱い名前の額にぴったりくっつける。
じんわりと広がる冷たい感覚より、小さな額を大きく覆う不器用な手がくっつく方が、名前にとっては一番気持ちよかった。
「便利だなピエピタ、氷嚢要らずだな」
「……うん」
染み渡る清涼感、噛み締めるように名前は目を閉じる。
畳の上に置かれた3連のプッチンプリン、温められてすらないレトルトのお粥、汗をかいて溶けかかっているアイスクリーム、ぬるくなったポカリ。
用なしになった冷えピタのフィルムをぐしゃぐしゃに丸めて隊服のポケットに入れると、「よし」と一区切り付けたように土方が呟いた。
名前は思わず布団から手を伸ばして、また今朝のように彼のズボンの裾をぎゅっと掴んだので、情けなくも尻餅をついてしまう。
「おい!」
「……へへへ」
熱のせいでくたくたになった笑い声をあげた。
「なんかさぁ」
「あ?」
「パパがいたら、こんな感じなのかなぁって…」
風邪ひいた時も一人ぼっちだった時は、ちょっと寂しかったけどさー。
3日前に交わした会話をまた思い出す、あの時みたいな生意気にケラケラ笑う彼女はいない、食い意地も張らないし、無闇やたらと突っかかることもない。
調子っぱずれる、ほんとに、勘弁してくれ。
胸が窮屈になる気がして、土方は居たたまれなくなって、自分が貼ってやった冷えピタの所に手を置いた。
さっきまで冷たかったのが、もうすでに生ぬるい。
「外回りはもうねぇけど、事務仕事が残ってんだよ」
「……うん」
「テメーの文机、貸せよ」
名前はもう一度目を閉じた、パタパタと静かな足音が遠のいていくがすぐに戻って来るだろう。
思った通りに近づいてきた足音とゆっくり閉まる障子戸の音、薄目でぼやけた視界にはすぐ近くに自分よりずいぶん大きな背中が丸まっていた。
時代遅れなペンの音、紙を捲る音、一定のリズムを刻んでいく、その心地良さに目を瞑る…。
次の日の朝、また真選組の屯所にかわら版が届いた。
いつも通りに食堂の長机の隅っこに置かれている、それを掬い上げて、器用に片手だけで広げて目で文字を追いかける。
紙と紙の間に挟まれたカラフルな印刷物を横にいる少女が抜き取って、もぐもぐと咀嚼しながら同じように眺めている。
「ハーゲンダッツが安くなってる」
「へー」
「トシ、今日パトロールじゃん」
「だから何だ」
「買ってよ、ハーゲンダッツ」
「何で買ってやらなきゃならねーんだよ!そもそも昨日買ってやったばっかじゃねーか!」
「だってアレ溶けてデロデロだったし、てかあたしイチゴ派じゃねーし、クッキークリーム派だし」
「知らねーよ!」
ぎゃあぎゃあ、朝の食堂が賑わう。
その様子を遠巻きに見ながら焼き魚をつつく沖田に、すでに食後に熱い茶を啜っている近藤が呟いた。
「知ってるか、総悟ぉ。子供ってのは、寂しいとか甘えたいとかって時に、よく熱出すんだとよ」
「……へぇ、器用なもんでさぁ」
昨日、朝から高熱で浮かされていたのが嘘のようだ、そう思ったのは沖田だけではなく、食堂内の隊士らもだろう。
どうやら夕方頃にはすっかり熱も下がっていたらしい、厨房の女中がそう言いながら椀に白飯をよそっていた。
小生意気に突っかかって来る名前、いつもと変わらない。
(年中風邪引いとけや、クソガキ!)
フン、と土方は小鼻を膨らませた。