親の心、親知らず
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12月29日、この日の真選組屯所は朝から大忙しだった。
各々が廊下の大通りに貼りだされた1週間の当番表を再確認すると、やたらと色めいた会話が聞こえてくる。
局長である近藤は朝礼で年度末の挨拶を添え、厨房の女中らはすでに早朝から姿を見せないし、屯所のあちこちでは隊士らが溝と言う溝の拭き掃除に勤しんでいる。
師走の29日は所謂『仕事納め』の日である。
大晦日と3が日、所帯持ちの隊士を優先に、年長者や遠方に帰省する者などは長期休暇に入るが、それ以外の者は交代制の勤務に当たる。
それは今年も通例通りで、仕事納めから5日間の当番表はほとんど同じ名前が羅列していた。
「で、お前はどうすんだ」
土方は名前に訊ねた、当然母親と一緒に過ごすのだろうと思っていたが、彼女は案外淡泊に答えるのだった。
「帰んないよ」
「お前…たまにゃあお袋さんに顔見せてやるとかねぇのかよ」
うーん、と彼女は考えるふりをしながら外廊下の窓を雑巾で乾拭きした。
別に母親の元に帰りたくないわけではないし、むしろ顔を見せられるんならそうしたいぐらいだ。
ただ、彼女からしたら年末年始は家族で迎えられるものではない、というのが通例なのだった。
「だってママ、人手が足りないからってパート行っちゃうし」と名前が言うと、土方は少し気まずそうな顔をして「ああ、そうか」と煙草の煙を吐き出した。
そう言う土方も年末年始は人手の足りない公務に駆り出されるので、屯所に引きこもりっきりなのは言うまでもない。
「まー屯所にいりゃ、悪さもできねぇわな」
「……しねーよ」
舌をべっと出して土方を威嚇した、そんな彼女の様子に土方は意地悪く笑った。
そして大晦日、世間がついに訪れた年の瀬に少々色めく中で、名前は何するでもなく屯所の休憩所にある真四角の炬燵でうつらうつらと船を漕いでいるのだった。
時刻は午後7時、テレビ番組は毎年おなじみの男女対抗式歌番組が流れているが、賑やかな雰囲気とは裏腹に屯所内は静まり返っている。
炬燵の卓上には市民より差し入れで貰った蜜柑の皮が3枚ほど積まれていて、桜色の湯飲みの中身は冷えてしまった飲みかけの緑茶。
ストーブは灯油が切れてしまったので部屋も暖まらないが、灯油缶を引っ張り出して補充するのも億劫なのだ。
そうしているうちにテレビから聞こえた歓声にハッと目を覚まして、すかさず畳に転がっていたスマホを確認する…時刻は午後8時、着信履歴もメッセージも来ていない。
「結局1人かぁー」
これじゃあ実家に帰っても変わんないじゃん、と思いながら冷えた緑茶の残りを啜った。
歌番組なんてほとんどのアーティストの代表曲も分からないのに、この日に限ってどうしてか無性に観たくなる。
明るい楽曲でも悲しい楽曲でも賑やかな拍手をくれる観客の存在が、今の名前にはとても有り難かった。
蜜柑の皮が4枚になった、5枚になった…その辺りで、屯所の廊下をドスドスと大股で歩く音が聞こえる。
それが大きくなって、休憩所の前辺りでピタリと止まったかと思うと、立て付けの悪いガラス戸が揺れながらガラリと開いた。
「うーっ、寒かったぁ~!」
「おかえりなさーい」
蜜柑をひと房パクリと口に放りながら迎えた人物は近藤だった、外の寒さに身を悴ませながら、行火の暖求めて炬燵の中に足を突っ込む。
つけっぱなしのテレビ番組に目配せをすると「お、年末って感じだなぁ」と言いながら、隊服の上着を脱いで畳の上に雑に放った。
名前はホッとした、彼の男らしい野太い声も、歌番組の観客みたいに賑やかさに一役買う存在だ。
卓上に散らかった蜜柑の皮を見るなり、近藤は「名前ちゃん、手ぇ見せてみな」と言うので素直に両手を差し出すと、爪先が真っ黄色だと笑った。
気づけば時刻は午後9時に変わっている、新年まであと3時間。
炬燵の熱に慣れたのか、しばらくしてから近藤が掛け布団から這い出て、夜着に着替えるついでにとストーブの中の空の灯油缶を持って休憩所を出た。
また1人になるが、どうせすぐに戻って来ると名前は思ったが、その後すぐにガラス戸がまた開いた。
「うわ、寒っ。なんだ、灯油切れですかぃ」
入れ違いで沖田が休憩所に入って来る、蓋の開きっぱなしだった灯油ストーブに文句垂れながら、唯一の暖房器具である炬燵に体をすっぽり入れ込んだ。
「せーまーいー」
「こっちはお勤め果たしてきたんでぃ、少しは労わってくれてもいいんじゃねぇの?」
「ぎゃっ!足つめてー!」
炬燵の行火で温まった名前の裸足に、沖田の冷えた足がぶつかって悲鳴を上げる。
その様子に止めるでもなく、沖田はにやけ笑いのまま彼女の露出した肌の部分を狙ってやる、名前は狭い炬燵の中で逃げるように足を動かすので、今度は天板に膝をぶつけて悲鳴を上げた。
2人がぎゃあぎゃあ騒いでいると、またガラス戸が開いて、重たい灯油缶を片手にした夜着の近藤が部屋に入って来る。
「お、総悟帰って来てたのか」
揺らせばタプンと音が鳴る灯油缶をストーブの中に仕舞いこんで、蓋を閉めるとすぐに金網を上げて、点火棒をそこにさし込む。
カチカチと音が聞こえた後、ボッと燃え上がるような音がした。
「トシは?」
「ありゃあ多分、初詣手待ちの参拝客の渋滞にはまってますぜ」
「こりゃあ戻ってくんのは新年明けになるかもな」
「……そーなの?」
名前は少し、がっかりしたように呟いた。
掛け時計の短針はすでに11時に迫っている。
そろそろ大晦日の歌番組も終盤、大御所歌手が派手な衣装を身に纏って、沸き立つ歓声に目を潤ませていた。
近藤が真向いで欠伸をしたので、名前もつられて欠伸をしたけれど、ちっとも眠くはない。
目尻の端っこに溜まっていた涙がポトリと蜜柑の皮に落ちたところで、ガラス戸の向こうからバタバタと忙しない足音が聞こえてきた。
ぴしゃりと大きな音を立てて戸が開いたので、思わず背筋がピンとなる。
「あ」
「おっ」
「…間に合いやがったか」
三者三様と言った感じで出迎えた人物は、もちろん土方だ。
外が寒かったからなのか、急いで戻って来たからなのか、肩で息をしながら休憩所へ入って来る、その片手には屯所近くのコンビニ名が書かれた大きなレジ袋。
それを炬燵の卓上にドンと置くので、名前は慌てて散らばった蜜柑の皮をゴミ箱に捨てた、レジ袋の中身は雪崩を起こして卓上に広がる。
「何これ」
「年越し蕎麦だよ、ほらポッドの湯入れろ」
赤色のパッケージが特徴的なカップ蕎麦が4つ、土方はせっかちにそれらの透明なフィルムを剥がし、蓋も次々に開けていくので、電気ポットから湯を注ぐのも急かされるのだった。
湯で麺がふやけるまでの間、今日の公務について各々が愚痴を言い合うのだ、途中で万事屋にあってどうたらこうたらとか。
そのうち歌番組も終わってしまって、テレビはとうとう年明けを待つ人々や寺の釣り鐘の中継場面に切り替わった。
3分経ってるのかどうかもあやふやなまま、4人は一斉にカップ蕎麦の蓋を開ける、もうもうとした湯気が顔をくすぐって良いニオイがする。
「今年も1年、お疲れさん」
「毎年毎年、同じツラで年越すのもいいかげん飽きらぁ」
「今年はあたしがいるもーん」
「ハハ、そうだな!今年は名前ちゃんが増えたな!」
除夜の鐘がテレビから鳴り響く、名前の顔は綻んでいる、カップ蕎麦の出汁が温かくて旨い。
気づけば炬燵の四面が全て埋まっている、卓上には汁だけ残ったカップが4つ並んで、ストーブの暖気が部屋中に漂っていた。
「あ、カウントダウン始まった!」
「10、9…ほら、トシも言えって!」
「俺ぁやらねーよ!」
8、7…と近藤と名前が手振りを加えながらテレビ中継に映る参拝客と一緒になって口ずさむ。
6、5…と言ったところで、名前は土方と目が合う、年相応にはしゃぐ彼女の姿に、少し満足げな表情だった。
4、3…なので、片肘ついた土方の右手を無理に引っ張って、自分の手振りに合わせてやった。
2、1…土方は少し焦りながら、恥ずかしさを覚えながら、それでも彼女から手を振り解こうとはしなかった。
「新年、あけましておめでとうございます!」