親の心、親知らず
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“ママ、元気ですか。
私はまいにち元気です。”
この日は長引く夏の暑さをより一層感じる中、名前は屯所の趣のない庭で草むしりに勤しんでいた。
…と言うのは体面上で、実際はゴミ袋に土の残った草をほんの数十本入れた所で、屯所の高い塀で出来た日陰に隠れている。
彼女の頭には顔をすっぽり影で覆えるほどの麦わら帽子と、首にはしっとりと柔らかくなった手拭い。
ぶかぶかして慣れない軍手を外してしまって、「あっちぃ…」とようやく汗で垂れた前髪を拭えた。
食堂に行って冷えた飲み物でも貰おうかと思っている矢先、頭上でコロン、と音がした。
気を取られて上に目をやると、突然彼女の体の前に丸っこい影が降ってきて、「うわぁ!!」と驚いた。
振り向いて、にゃおん、と鳴いた。
正体は鈴を首につけた猫だった。
薄茶・黒・白のまだら模様が特徴的な猫は名前の事も関せず、まるで知ったようにさっさと庭を歩き始める。
猫が歩くたびコロコロ鳴る、名前がその後を着いていくと、そのまま外廊下に飛び乗ってしまった。
「えっ」と驚いている間もなく、外廊下を伝って、なんとも厚かましく…この猫は障子のわずかに空いた隙間から一室に入って行ったのである。
そのすぐ横の柱に掲げられた『局長室』という文字にも気付かず、名前は猫を追いかけた。
「おお、どうした名前ちゃん」
「うわっ!こ、近藤さん」
部屋の真ん中に座っていた近藤の姿にまた驚いて、「猫が」と口走ると、その猫は彼の膝元に頭を擦りつけて鈴を鳴らした。
どうやら常連らしかった、近藤と気に留めた様子なく猫の好き勝手にやらせている、堂々と畳の上で寝転んでも咎めない。
「たまに来るんだよ、ウチに」
「名前は何ていうの?」
「さぁ、どこの猫かも知らないからなぁ。名前を勝手に付けていいもんかもわからねぇし」
そう言って太い指先で鈴を転がした、猫は気持ち良さそうに目を細めている。
艶やかな毛先がエアコンの風に当てられてそよめく、そういえばこの部屋は涼しい。
「名前ちゃん、今日は何やってたんだ?」
「草むしり」
「そりゃ暑ぃだろ。ちょっと涼んでから再開すりゃいい」
「はぁーい」
“真選組のとん所には、ネコがきます。
スズがついてるので、かい猫ですが、名前がわからないので『みけこ』って呼ぶことにしました、メスです。
みけこは近藤さんの部屋にあそびにきます。
近藤さんは、「みけこはオレにホレてんだ、オレには心に決めた女性がいるからその気持ちには答えられねぇが」と言ってますが、多分近藤さんの部屋がすずしいからだと思います。”
尚も草むしりは続く、近藤の部屋で体の熱が冷めるまで涼んでいても、庭に戻ればまた熱が戻ってくる。
思えば水分補給をしに行くつもりだったのに、猫のせいでそれもすっかり忘れていた。
何とか昼のうちに長く伸びている草だけ抜き終えなければ、今朝は鬼の末裔みたいな男に「サボったら飯抜きだ」と脅されたので、目立つ草だけ抜いてゴミ袋をかさ増ししよう。
日が傾くと西日が強くなる、これが真昼の日差しよりも眩しくて、肌がジリジリ焼けるようだった。
「いじけてんのかい、お嬢」
振り返らずとも誰だかよく分かった、朦朧とする頭のまま手癖のように草をぶちぶち毟る。
「草むしり中」
「へぇ、そりゃご苦労なこって」
「…総ちゃん、手伝ってくんないの?」
「なんで?」
まあそう言うとは思っていたが。
涼しげな口調の沖田に反して、名前は額にじわじわと汗を浮かべる、ついでに中腰のまま長時間居るのも辛かった。
「コンビニ行ったらパピコの新しい味があったんで、買って帰ってきたらお嬢がいじけてたんでさぁ」
「へー、何味?」
「“飲みかけのまま冷蔵庫に2日間放置していたサイダー味”」
返事をする気力もなく、「ふーん」と返してやると、なんとあの沖田が「分けてやらぁ」と言った。
それに驚いた名前が振り向いて、「え!!」と歓喜混じりに声を上げる。
沖田はコンビニのビニール袋からアイスの包装袋を手に取った、暑さに晒されて水滴まみれのそれは清涼感溢れる青色のパッケージ。
縦向きに破いて、あの独特の形をした2連のアイスを取り出し、パキンと2つに割った、そして輪っかのついたフタを捻り切って、フタを名前に渡した。
「はい」
「………」
確かにアイスが少量こびりついている、ほんのわずかだが。
名前にはもう大声で抗議する元気も残っていなかった。
大人しくその渡してきたフタを受け取ろうとすると、それすらも取り上げられてしまった。
そして代わりにもう片方のアイスがそのまま入ったビニール袋を名前の顔に押し付ける。
突然頬に襲ってきたひんやりとした刺激に、思わず「ぎゃああ!」と色気なく叫ぶと、沖田はパクリとアイスを口に咥えた。
「じゃ、ついでにゴミ捨ても頼みまさァ」
と涼しげな顔で言って、さっさと歩いて行ってしまった。
“総ちゃんがパピコを半分くれました。
味はただの砂とう水を冷とう庫に入れて冷やしかためた感じでしたが、すごく暑かったのでおいしかったです。
あとで総ちゃんにお礼を言ったら、「案外アイスが美味しくなかったもんで、ただの残パン処理係を探してたら、たまたまお嬢がいたんでさァ」と言われました。
なんだかムジュンしてる気がしましたが、総ちゃんはドSなのでしかたがないです。”
「業務報告しろ」
「草むしりした、猫がいた、総ちゃんにアイスもらった」
「………」
紫色と橙色が合わさった空の下、名前は日焼けで赤みを帯びた腕を後ろ手に組んで、市中見回りから戻ってきた土方に語る。
ゴミ袋の中はパンパンに膨れ上がって、屯所の庭は細かい草は残るものの地面は穴ぼこだらけだ。
「お前の1日は常人にゃ理解が及ばねーよ」
「草むしりはちゃんとしてるじゃん!」
「あーハイハイ、お疲れさん」
気持ちのどこかこもっていない労いの言葉を贈りながら、土方は隊服の内ポケットを漁った。
すでに煙草を咥えているのに、尚も煙草を引っ張り出すのかと思いきや、それよりも随分大きくて薄い物を名前に差し出す。
「ほら、買ってきてやったぞ」
白い小鳥の絵が囲んだ便箋に、淡いピンク色の封筒が一緒に入った『レターセット』なる物。
数日前に食堂で流れていたテレビのニュース番組のワンコーナーで、「今、手書きの文通が大ブーム!」と謳って、百貨店の文房具コーナーにある様々なレターセットが紹介された。
名前は文通なんて興味も無かったが、カラフルで色んな柄のそれらを見るうち、ふと今頃どこかのスーパーで必死にレジ打ちしてるであろう母親の顔を思い出した。
それで土方に「このレターセットが欲しい」とテレビを指差して言ったのだ…本当は鳥のイラストの方ではなくて、風船が沢山描かれていた方が欲しかったんだけど。
「ありがとう!!」
女学生達が沢山いる中、可愛らしいレターセットを手に取るのは土方にとって大層恥ずかしかっただろう。
「文房具屋で万引き犯を捕まえたからついでだ」などとそれらしい嘘は言ってみたが、日に焼けて真っ赤に焼けた頬を緩ませる名前にはあまり意味がないようだ。
“トシがこのレターセットを買ってくれました。
草むしりもがんばったので、ごはんもちゃんと食べることができました。
その日のメニューはエビフライで、トシは「昼メシおそかったから腹がすかねぇ」と言って1本多くわけてくれました。
少しマヨネーズがかかっていたけど、サクサクしていておいしかったです。”
「…夏休みの絵日記かよ」
だって手紙の書き方知らねーもん、と名前は恥ずかしそうに反論した。
レターセットを貰って、早速母親宛に手紙を書こうと筆を走らせたはいいが、途中で締めの言葉が思い浮かばず、恥を偲んで隣室の土方に見せた。
土方は煙草をふかしながら、「あのネコなぁ、屯所の中に入れんなって近藤さんには何回も言ってんだけどなぁ」とか「なんだよそのアイス、名前からして食べる気がしねぇ」とか言って、最後に冒頭の台詞を吐いたのである。
「まぁ、お前らしくていいだろ」
そう笑って、土方は名前に便箋を返した。
ほんとにいいのか、と思いながら、名前は返された便箋を二つに折り畳む。
「今日はもう早く寝ろよ」と柔らい物言いで言うので、「はーい」と素直に返事をして、彼女は自室に戻った。
“おこられたり、あつかったり、まいにち大変だけど、がんばってます。
ママも体に気をつけて、仕事がんばってね。
名前より”