親の心、親知らず
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今朝、仕立て屋が訪ねてきて、風呂敷に包まれた品物を届けに来たと門前の隊士に託けた。
近藤が嬉しそうに名前を局長室に呼び出して、風呂敷を預けると、また部屋を出て行った彼女の帰りを土方と待ち侘びる。
10分ほど経ってようやく戻ってきた彼女は、プリン頭はどうあれ、まさに『馬子にも衣装』だと思ったのだった。
「おー、サマになってるなぁ、なあトシ!」
黒を基調とした下地に金糸の刺繍、丈のピッタリ合ったボトムは少しばかり少女を大人びて見せる。
名前は少し不機嫌さを醸しながらも、大袈裟に褒めてみせる近藤の言いように照れているようだった。
同調を求められた土方は「まぁ、いいんじゃねぇの」と答えてやったが、内心は面白くない。
元ヤンのクソガキが、真選組の隊服を着るなんて、烏滸がまし過ぎる。
ともかく、これでようやく外に連れ出せる。
屯所の中でちょろまかと動かれるのも、そろそろ嫌気がさしていた頃だった。
この日は初めて名前をパトカーの助手席に乗せて、市中の見回りを行う事にした。
彼女は初めて乗ったそれに大層はしゃいであちこちを弄り回ったが、それもすぐに飽きたのか助手席に大股開いて座り、今度はスマホを弄り始める。
土方は苛立つ気持ちを抑えながら、大人しくハンドルを握った。
発車から数分後、名前はある事に気づいてしまった。
「おい、トシ」
「あ?テメー喧嘩売ってんのか」
「パトカーって充電器ないの?」
「ねぇよ」
まあいいか、と名前は諦めた。
充電は残り30%ある。
パトカーは江戸の中心部を少し離れて、かぶき町の入り口辺りをドライブしていた。
すると無線入電を知らせる電子音が鳴った、ガサガサと雑音混じった中に声が聞こえてくる。
「至急、至急。警視庁本部から真選組、現在指名手配中の攘夷浪士が目撃されたとの通報あり。場所はかぶき町3丁目の繁華街付近、現場近くの隊士は急行せよ、どうぞ!」
俺じゃねーかよ、と土方は舌打ちして、傍受した無線に返事をした、「こちら土方、至急現場に向かう、了解」とあの煌びやかな夜の街の丁度入り口あたりにあるコンビニで一度停車する。
当然、自分も連れて行って貰えるんだろうと、この緊急事態になぜか勝手に胸を躍らせている名前に「降りろ」と命令した。
「えー?」
「お遊びじゃねぇんだよ、足手纏いだ。この辺でたむろってろ」
「いつまでぇー?」
「知るか!終わったら連絡してやらぁ!」
名前は手持ちのスマホをチラッと見た、充電はすでに残り13%になっていた。
慌てふためく名前をよそに、土方は言うや否や、パトランプを点灯して、足早に車を発車した。
けたたましく鳴るサイレンの音に、かぶき町の住人らは顔をしかめて煙たがっている様子。
名前は不安を覚えたが、すぐに戻ってくるだろうと思い、コンビニに入店した。
涼しくて明るくて、食べ物も飲み物も雑誌もあるそこなら何時間でも過ごせる…と思ったのは最初の5分だけだった。
思えば小銭すら持っていないし、雑誌コーナーには今週号のジャンプも置いてない。
仕方ないのでサンデーを手に取った、愛読していた訳ではないのでほとんどの漫画の内容は分からなかったが、いい暇つぶしにはなったと思う。
スマホをまた確認した、気づけば残り充電9%。
こうなると暇つぶしにこいつを頼れない。
名前は次のコンビニに着くまでかぶき町を散策する事に決めた。
土方から連絡があれば、走ってまた戻って来れば良いと思ったのだ。
昼間はほとんどの店が寝静まっているが、その外装や突き出しの看板に夜の匂いが消しきれない、刺激的で不思議な空間。
あっちの角はどうだろう、こっちに曲がるとどうなるんだ、そうしているとあっという間に次のコンビニに到着した、一体どのくらいの時間つぶしになっただろうかとスマホを見ると、名前は悲痛な声を上げた。
どこをどう押しても真っ暗な画面、ここにきて充電切れだ。
名前は慌てて踵を返した、しかしほとんど見覚えのない道、どうからどうやって来たのかも忘れてしまった。
どうしたもんかと考えていた矢先、ある物が目に映る。
コンビニの軒先に停まった原チャリ、鍵刺さったままじゃん。
「いや、ちょいちょいちょい、何やってんの!?」
ふと名前の背後から、コンビニの自動ドアの音とともに聞き慣れない成人男性の声が、まるで原チャリに跨る彼女の行動に非があるかのように聞こえてきた。
「何って、原チャ乗ってんだけど」
「見りゃわかるよ、それ俺の原チャリなんだけど」
「鍵付いてたから」
「いやいや、鍵付いてるからって人のパクんないでくれる?」
「捨てられてんのかと思った」
「んなワケねーだろ、昨日タイヤ交換したばっかりだよバカヤロー!」
ひとしきり言いたいことを言い切ったあたりで、週刊少年ジャンプ片手にしたやる気のなさそうな出で立ちの男性は、ようやく原チャリから降りた名前の姿を頭の先からつま先まで見た。
「って、真選組じゃねーか。国家権力振りかざして人の原チャパクってんじゃねーぞ」
しかも…と続けて、「ガキじゃねーか。なに、そんなにおたく人手足りないの?」と言われたので、「海に行けばいっぱいいる」と言い返すと男はそれ以上の問答は煩わしいのか早々に切り上げた。
「んで、こんな所でお巡りさんは何やってんの」
「見てわかんねーの?暇つぶししてんだよ」
「税金泥棒の鑑だな、人の原チャリ盗んで暇つぶしってどんな世紀末だよ、マッドマックスかよ」
名前はお陀仏になったスマホを見せて、悪態づく一般市民に事情を説明してやった。
するとこのやる気の欠片もない目をした男は「あのねー」と続けて、コンビニ前のスタンド灰皿の横を指さした、そこには重厚なガラス造りの箱の中にある『公衆電話』なるものが鎮座している。
名前は首を横に振った。
「使えないもん」
「これだから最近の若いもんはさぁ…スマホばっか弄って公衆電話の使い方も知らねぇのかよ。あのな公衆電話ってのはな、まず10円用意するだろ。そしたら受話器を…あれ、取る前に入れるんだっけ?」
「小銭持ってない、あと電話番号しらない」
万事休す、男は誰に繋がっている訳でもなく手に取った受話器を静かに置いて、後ろ頭をポリポリ掻いた。
ちなみに110番などの緊急通報の場合においては、受話器を上げて赤色のボタンを押すか、そのままダイヤルすれば硬貨やテレホンカードなしで繋がる。
今一度、男は名前の姿をよくよく見た、一丁前に隊服を着てはいるが、その小さな体のどこにも刀を帯びていない。
全くの丸腰じゃないか、ただでさえ散々辺りで恨みを買っている人斬り集団のくせして、こんな腕の細っこい子供をその辺でぷらぷらさせていれば、よからぬ事を考える輩もいるだろう。
このご時世に不用心なことだ、とコンビニ前でヤンキー座りをかましているプリン頭を見て思うのだった。
「しゃーねぇなぁ…」
男は思った、俺も何だかんだ言って甘ぇんだよな。
このプリン頭が食べ物ではなく、今頃事務所で酢昆布齧りながら昼ドラを観ているであろう人物と重なって見えたのだ。
「真選組サマ宛にチャーターしてやるよ、請求は荷受け先で」
「…何オッサン、配達やってんの?」
「お兄さんだよバカヤロー。俺ぁ運送屋でも郵便屋でもねーよ、万事屋だ」
名前はぶっきらぼうに渡された半ヘルメットを受け取った。それをあご紐をだらりと垂らしたまま被り、先に跨ってハンドルを握っている『万事屋』とのたまう男の背中を追いかけて、その後ろに同じように跨る。
その時にはすっかり、彼女の頭の中では『この辺でたむろってろ、終わったら連絡してやる』という土方の言葉は残ってなかったのだった。