短編
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私は子供の頃から手癖が悪かったから、この年になるまでずっとスリや詐欺で飢えを凌いできていた。
でもこの稼業というのは一つの土地に長く身を置くことは難しいので、北へ北へと逃げて行ったら、挙句北海道に辿り着いたのだ。
そこで出会った顔に大きな傷のある軍帽の男と、アイヌの小柄な少女が金塊を探して旅をしているので、是非お前の力が借りたいというので同行することになった。
…というのは、真っ赤な嘘、勝手に私が付いてきちゃったのだ。
私は生まれてこの方身一つで生き抜いてきたので、刀や銃や弓などの道具をまともに扱ったことがない。
なので山籠りをするにも狩猟は出来ず、二人をただ待つだけの穀潰しだったのだ。
軍帽の男・杉元はアイヌの少女・アシリパちゃんには甘いくせして、妙齢で果物ならちょうど食べ頃の女である私にはかなり辛辣だった。
「お前、また俺の金とっただろ」
その理由は、私に心当たりがないとは言えないが…。
「え、ええーっと、どうだったかなー?」
「目が泳いでるぞ、よくそんな分かりやすい態度で自分が詐欺師やら適当言えるもんだな…ホントはそれも嘘なんじゃないのか?」
杉元は女の子相手だというのに着物の襟を引っ掴んで、それはもう鬼の形相で私を睨みつけていた。
彼がこんな態度をするのは今のところ、私に対してだけではないかと自負している…襟元を掴んでいる拳の締め付けが苦しくなって、私は降参を呼び掛けた。
「ぐぇ…苦しい…、もう勘弁してぇ…」
「か・ね・か・え・せ」
逆にパッと手を離されると閉じかけていた気管が一気に解放されて、そこに大量の空気が押し寄せ嗚咽の混じった咳が止まらなくなった。
その隙に杉元は私の体をくまなく探り始めた…脇の下から順番にポンポンと叩いて、着物の袖を振るとチャリンと小銭の音が聞こえる。
「出せ!」
「キャー!佐一ちゃんのスケベ!」
「佐一ちゃんって呼ぶな、誰がスケベだ!てめえの棒みてーな体ベタベタ触っても楽しくねーよ!」
ドスンと雪で冷たい地べたに二人でなだれ込んで、やれ金を返せだ着物を脱げだの、夜中だというのにぎゃあぎゃあ騒ぎ出す。
私を押し倒してきた男の顔面に、片手で寄せた雪玉を思い切り投げてぶつけてやった。
「うるさいぞ、二人とも!」
せっかくのおねむの時間を邪魔されたアシリパちゃんにアイヌ民族の処刑具…ストゥで二人して散々叩かれたところで、ようやくこの戦いは終わった。
杉元はアシリパさんに叱られたのがかなり効いていたので、私は幸いにも今晩盗みを働いたことについてこれ以上追及されなかった。
あの金を盗んだのは別にそこまで不純な動機ではない、やり方は純粋ではないけど。
彼らに恩義を返すにはどうしても元手が必要だった。
翌日、私は町に向かい、杉元から預かった金を袖に入れて町内を徘徊していた。
私は森や山の中では全くのでくの坊だが、こういう場所では自らの実力を遺憾なく発揮することが出来るのだ。
そのためにはどうにか、腹が立っても耐え忍んでくれ杉元…。
私の袖はそう大した金も入っていないのに、走ると大げさにチャリンチャリンと音が鳴った。
黒い軍服姿の男が2人、前を歩いている。
この広く、森林の多い北海道では私の噂なんて広まるにもたかが知れてるに決まっているのだ。
「すみませーん、軍人さーん。ちょっと両替を…」
「お前、詐欺師の苗字じゃないか?」
あれよあれよという間に、私はお縄になってしまった。
ついに捕まった、私は一体どこに送られるのか…ここから近いところだったら、やっぱり網走監獄になるのだろうか。
それであればついでに杉元やアシリパちゃんのために役目を果たせるかも知れないと思ったが、恩義を忘れて薄情な行いをする私を二人は許さないだろう。
私が身柄を引き渡されたのは、なぜか警察署ではなく陸軍第七師団の小さな駐屯地だった。
ガタイのいい軍人2人に門のすぐ前まで連れられた所で麻の毛羽立った袋を頭に被せられたので、正確に自分がどこにいるかは分からない。
ただ、やたらに埃臭くて鼻がむず痒いのと、兵士が扉を開け閉めするのに古木が擦れ合う音がするので、かなり長い間使われていない納屋か何かだろう。
兵士が乱暴に私の体を放り投げると、宙に浮いた体が雑多に置かれた何かにぶつかって煩く音をたてた。
「貴様、軍人にたいして盗みや詐欺を働きながら、あの不死身の杉元やアイヌの小娘やらとつるんでいるな」
「………」
「あいつらの居場所を吐いたら、全部帳消しにしてやろう」
ここまでろくでもない人生を歩んできたけど、私も一人の人間だ、せめて死ぬなら誰かのために役に立って、自分のために泣いてほしいと思っていた。
麻袋の隙間から人影は見えたが、顔までははっきりと分からない。
腕を後ろ手に拘束されているので、抵抗もままならず、地べたに体を預けたまま。
兵士は面白がってちょっと私の太ももを足の爪先でつついたり、手で体中をベタベタ触ったりしたので、ふと昨晩の杉元とのやりとりを思い出したが、あんなに面白いものじゃなかった。
喋らず抵抗もしない私の足をぐっと広げて着物も全て捲れ上がってるのを笑っている兵士たちに、一番年のいっていそうな兵士が声をかけた。
「さっさと杉元のことを吐かせろ、バケツに水を汲んでこい!」
その数分後、木製のバケツに水がたっぷりと入った、あのタプタプと聞こえる音がして、わざと私の頭のすぐ横で置かれた。
「嫌でもすぐに喋りたくさせてやる」
麻袋を被せたまま、バケツの中の水をバシャバシャと頭からかけられた。
水を含んだ袋は顔中にぴったりくっ付いて、穴という穴を全て塞ぐので呼吸が出来ず、酸素を求めて開いた口の中に全部流れてくる。
さすがにもう苦しくてたまらず、腕は使えないので頭を地面に強く擦りつけて麻袋を脱ごうとするけど、肌にぴったりくっついてしまったらそれも叶わない。
バケツの水があとどれくらいで空っぽになるのか、それを考えるよりも先に全部が苦しくて、死が目前に迫ってきているのを感じた。
水の勢いが止まった。
なおも肌に張り付き全ての穴を塞いでいることは変わらず、苦しさでもがいていた。
そしたらパッと口元の布が剥がれて、一気に気管へ空気と水が押し流され、咳が止まらなくなる。
やっと呼吸が出来る、苦しさの中で麻袋からようやく解放された目をゆっくり開けると、ぼやけた視界にはあの軍人たちは一人も見えなかった。
「す…、す、ぎ…」
夢でも見ているか、もう自分は死んでしまったんだと思った。
杉元は私を米俵みたいに、ご婦人に対する態度ではないお粗末な抱き方をして兵舎の納屋を抜け出し、獣道すらない裏山から森の中へ隠れた。
納屋の中には男が3人ほど倒れていた、いつの間に彼はここへ忍び込んだのだろうか。
水でぐっしょり濡れた袖の中の小銭がどうしてかうるさく鳴っている。
「…ありがとね、佐一ちゃん…」
「佐一ちゃんって呼ぶな。…お礼ならアシリパさんに言えよ、あの子がお前を助けてこいって言ったんだからな」
やっぱり、いつもの杉元だ。
嬉しいのと、ちょっと気まずいのがあって、私は何にも気にしていない素振りをしようと調子の良い事ばかりが勝手に口から出た。
「ごめんね、そんな怖い顔しないでー…あ、そうだご褒美あげようか、佐一ちゃん」
「うるさい」
「素直にならないと損よ、お姉さんが接吻してあげる、ほら、チュー」
杉元の肩にぶら下がったまんま、唇をとんがらせた。
…するとガサガサと背の高い草木を分けて歩いていた杉元の足が急にぴたりと止まった。
それを不思議に思ってると突然、その肩から引き摺り下ろされて、太い木の幹に強く体を押し付けられる。
「ほんとにいいんだな?」
「へぇ?」
「しろよ、俺に、今すぐ、ここで!」
杉元の怖い顔が目前に迫って、少し恐怖心を覚えた。
頭の後ろにはささくれだった木肌の感触がするので、逃げられない。
昨晩、あんなに冗談めかしてじゃれ合っていたのに、彼が本気で怖いと思ったのはこれが初めてだ。
「…するわけないだろ、アホ」
間抜けな声を上げる私とは裏腹に、杉元は私から体を引いてさっと背を向けた。
「お前がいっつも適当な嘘つくから」
「す、杉元」
「…1つくらい本当のこと、まともに言えねえのかよ」
そのまま歩きだそうとした背中をただ見送る事は出来なかった。
たくましい腕を引っ掴んで、濡れた髪の毛を外套を着た背中に押し付ける。
心臓がどくどくと音を立てて止まらない、こんなこと1度や2度の話じゃないけど、今はすごく体が熱くて、なんだか幸せで堪らなかった。
余裕じゃない私の表情はそんなに変なのか、振り返った杉元の顔はなぜか驚いているように見える。
「もう…、ホントのこと、何て言おうとしてたか、忘れちゃった…」
手を伸ばして彼の傷が入った頬に触れたら、会話をするみたいに彼の手が私の頬に触れて交差した。
そうしたら杉元の顔が近付いてきたから、私も目を瞑ってあげる、昨晩言い合いをしてじゃれ合ったのがまるで嘘みたいよね。
「ん……、ん…」
私の唇に、杉元の同じものが重なった。
くっ付いては離れて、くっ付いては離れてって、子供のお遊びじゃないんだから。
「佐一ちゃん、舌、出して…」
「佐一ちゃんって言うな…」
多分、向こうも堪らなくなって、唇を無理に押し付けてきた。
二人の舌が絡み合って、口の中が掻き混ざっていくと、どんどん彼の鼻息が熱くて荒くなるので、なんだか頭がクラクラしてくる。
「…ねえ、何で私の居場所がわかったの?」
お互いの舌をくすぐりながら、開けっ放しの口で聞いた。
杉元はごくんと口内に溜まった唾液を飲み下して、ちょっと睫毛を濡らした目で私を見ながら答えた。
「鈴だよ」
「鈴?」
「お前の袖の中、まさかずっと小銭が鳴ってるんだと思ってた?」
袖を持ち上げるとチャリンと鳴った。
杉元はその袖口に無理に腕を突っ込んで、ジャラジャラと小銭をかき回した後、何かを握って手を抜いた。
広げた手の中には小さな紐付きの鈴が、ころころ鳴っている。
「お前が今朝アホ面して寝てる隙に、アシリパさんが仕込んでた」
「アシリパちゃん…」
「これならどこ行っても飼い猫みたいにすぐ音で分かるだろ」
ずっと持っていろ、と私の手に無理やり握らせて、全て話終わったら間髪入れずにまた唇をぶつけてきた。
どさくさに紛れて体中をべたべた触る手つきは、やっぱり昨晩の杉元とは全然違った。
「スケベ…」
「う、うるさいな」
「へたくそ」
「…嘘吐き女」
そう言って太ももをまさぐっても、はなから水でぐっしょりなんだから、確かめようがないでしょ。
アシリパちゃんはずぶ濡れの私にびっくりしていて、「一体どこで水を浴びてきたんだ」とすぐに起こした火にあてられた。
杉元は追手を気にしてか少し辺りを見てくると言ってどこかへ行ってしまったので、パチパチ弾けるような火の音をアシリパちゃんと囲んでいた。
「アシリパちゃん、ありがとう」
「うん?何がだ?」
彼女がそう言ったので、私は呆気にとられた。
「えっ、いや…、だって私が第7師団の連中に捕まったの、杉元くんに知らせてくれたのアシリパちゃんじゃ…」
「え!名前、第7師団に捕まっていたのか!?」
「ええ!?」
私の聞いた話と、彼女の話は全て食い違った。
お互い驚いた顔をしているのは、多分よそからしたらとても滑稽な話だろう。
アシリパちゃんは木の枝を火にくべながら、一通り今日の流れを話してくれた。
「杉元は名前がここを離れたあと、しばらく経ってから出かけると言って発ったんだ」
「へ?じ、じゃあ、この鈴は?」
帯に仕舞っていた小さな紐付きの鈴を見せると、アシリパちゃんは首をますます傾げた。
「それも私じゃない。今朝杉元がお前が間抜けな顔で寝てる時にそれを袖に入れて、小銭数枚と換えていた」
アシリパちゃんが平然と、誤魔化すわけでもなく言ったので、私は顔のにやけが止まらなかった。
…そしたら、彼女は「どうした!?そんな気持ち悪い顔して、捕えられた時に何か食わされたのか!」と割と失礼なことをさらっと言ってのけた。
佐一ちゃん、貴方も存外、嘘が下手よね。