Eden Will Drown
甘美な世界に割れたヘイロゥを冠として君臨する、そのうつくしさを前にすれば……人は否応なく耽溺する。
「あッ……ん、ッ――エゼル…」
「はい」
「……っ、あ……もっと…」
「ふふ……もっと?」
エゼルは指の腹を鉤型に曲げ、フェデリコが悦ぶ箇所を重点的に刺激してみせて。その度ごとに腰を跳ねさせて身を委ね、もっと、と強請る言葉を告げさせる。
「それとも……他のところ、触ってほしいんですか?」
「ん、んんッ……!」
咽喉が締め付けられたかのような嬌声をフェデリコは漏らしたが――その細腰は既にじっとりと汗ばんでいて。エゼルの指に纏わりつくような弛緩の狭間にすら、快楽を待ちわびているかのようだった。
がく、がくと首が上下して頷くさまを見遣やれば、エゼルの悦に満ちた微笑はかんばせからはみ出るように大輪を咲かせた。
「……良いですよ、フェデリコ先輩」
「ッあ、あッ……あ!ん、ん……ぅ……」
「もっと……気持ちよくなりましょうね?」
エゼルはフェデリコの耳裏に口付けを落としながら――その指を引き抜く。ローションと腸液に塗れ、ナイトライトに照らされながら――てらてらと妖しい光沢を纏う其れがフェデリコの視界に入り、恥辱を煽る。
「でも……ちゃんと言ってくれたら、もっともっと気持ちよくします」
熱い吐息を零してしどけなく横たわる恋人の姿にはほのかな恍惚すら浮かんでいる――うっとりとした心地に導かれながらも、エゼルは急き立てることはなく、それでも弱味を握ったと言わんばかりに言い含めては指を窄みへ伸ばす。
粘膜の縁をなぞれば、フェデリコは腰を浮かせて指に縋った。そこを繰り返し指の腹で擽れば――こそばゆい感覚を伝えるが、躰はそれをもう望んでいなかった。
「エゼ、ル……っん」
「はい?」
首を傾げて笑みを零せば、それだけで羞恥に揺らぐ双眸――なによりも愛する感情は留まることはなく、心臓を深々と貫く熱を以てして伝わり。エゼルはその甘美な味わいに酔い痴れる。
こんなにも。冷たいと言われるような、ひとの。たおやかで、か弱い42グラムを掴み、そしていまこの場に繋ぎ止めている実感。
躰をすっかり作り変えてしまっても尚、心には爪痕ひとつ残して、いない。だから。だから、だから。
「あッ……ん、もっと……」
「もっと――何ですか」
エゼルはフェデリコの耳裏に口付けては、その耳殻に舌を這わせる。ぬらり、とした感触にフェデリコの躰は跳ねて。その反応が愛らしくて堪らない。もっともっと、と強請る。
――この愛らしいひとを、みっともなく、欲に堕としたい。
「……っ、あ……」
「なんですか…?」
蜜蝋色の声と言葉。声のトーンは、嗜虐に――途端に低くなる。そのまま。エゼルの指をきつく咥え込んだ窄まりは、ひくついて。熱を孕んだ粘膜は淫らに蠢き、彼のペニスを待ち侘びて。
「…貴方の…ペニスを……」
その淫らさの片鱗。フェデリコの脳内は、直接的なことばを使うことを拒んでいたが……エゼルは彼の脇腹をゆるゆると撫ぜる。骨盤の下、恥骨の上。余すところなく這い上がった五指の感覚が、胎内への甘美な快楽に変換されて。
「ふふ。何処に……どうしてほしいんですか…?」
会陰を撫で上げて。軽く圧迫し――恍惚すら含んだ声色で、彼は呟く。
「言ってくれないなら……分からないです」
ほどける。溶ける。溶け堕ちる。玻璃に灯る藤色のほのお。
エゼルの指はフェデリコの胎内をゆっくりと押し拡げては――鉤型に折り曲げる。その形を記憶させる。細くも存在感のある指のかたちが胎内に突き刺さるだけで。フェデリコはあまく鳴いて、しまう。
「ッ――! ぐ…ぅう、ッ」
「ねえ、先輩――言ってください――言って……」
「あッ!ん……あ、あ」
その囁きが鼓膜を擽るだけでも、ぞくぞくと背筋が震えてしまう。かんばせを蕩けさせながらも指を締め付けるものだから、エゼルもふと息を詰めた。
腹の中をぞりぞりと擦る感覚に気をやった隙をつき。一際つよくそこを押し上げれば息を悖らせるのを見て――さらに弄ぶ。腹の裏を押し上げた指で前立腺を挟み混むようにしながらゆっくりと引き抜き、そして再び突き入れれば。
胎内からもたらされる浅ましい淫慾。卑陋な泥濘、アバランチは耽溺を画き、蔓延り。籠絡され、飲み込むように喉を鳴らして。沈んでいくがままに神経を伝って。溺れる、快楽のアナロジーを掻く指に翻弄される。逃げ場のない熱ばかりが臓腑を灼いて、脳髄すら溶かしていく。
幾度も、幾度も擬似的な挿入の感覚を擦り込む。
「あ、うぁ……ん、ッ…!」
エゼルの笑みは歪んでいた――藤色の瞳には陶酔が浮かんで。あまく蕩けて、いた。今にも蕩け落ちそうなたおやかな視線は、いとおしさに満たされながらも慾に飢え。胎内の疼きすら飲み干してしまえばいい、とばかりに貪欲に強請る素振りすらあるようで。煮え立つ、あさまし、淫蕩の気をフェデリコは感じ取る。
その目が。滴るような恋慕を孕んだ双眸が、絡み合った瞬間――ぞくぞくと背を駆けた甘い毒に、彼は零してしまう。
フェデリコの胎内を抉る指先は、蕾が綻ぶかたちに合わせて動きを変える。指の腹で襞を撫でれば悦ぶ箇所として擦り込んで。指をゆっくりと引き抜き、半分程度のところで再び胎内に押し入れれば、雄を求めるように腰が揺れる。
口を大きく開いても声は出てこず、悩ましく身をくねらせてエゼルの頬に触れた指先は肌理を撫ぜるばかり。
「あ……ん…ッ――私の、肛門に…挿入してください…貴方の、ペニスを――」
それだけ言ったところで――羞恥に唇を震わせるが、胎内に走る淫らな衝撃には、耐え切れるものではなかった。声、それどころかまともに言葉を吐き出すことも叶わず。
そんな恋人の痴態を目の当たりにして、エゼルは恍惚としながら指を引き抜くと。その手で彼の腰を掴み、引き寄せ。
ひく、ひくん、と慄く縁に切っ先をあてがっては――蕩然と。撫ぜられる感覚のもたらす情欲が、如何ほどのものかを知らしめるかのように、抜き差しする。
望むものはもう、目の前にあった。
ゆるゆると首を持ち上げるように、頭を浮かせてエゼルを見上げたフェデリコの表情は――胡乱な陶酔に満たされていた。今や何よりも愛おしい青がとろけていた、そのさま。
「挿れてほしいなら、ほら……」
急き立てることはなく、浅い箇所を彷徨っていた熱源によって。ようやく〝つよい〟刺激が齎された途端。
「あッ!あ、あッ…ん、う――」
胎裡を貫く期待で、より明瞭なる快楽を求めてしまうが故に、エゼルのものを包んでいる襞はうねりながら待ち焦がれて――蠢くばかり。
「言って、いいんですよ」
強請ったのはそちらなのだから。そう言わんばかりのエゼルの視線に、フェデリコは最早頷く他はなかった。
伸びた足先は幾度となく痙攣し、伸張している。その襞を掻き分けるように、ゆっくりと押し入る質量がもたらす悦楽を、知っているから。
もう既に――理性は蕩けていた。
「んッ……あ――ッ、はァっ」
「ふふ……先輩のなかも、もうすっかり……僕の形になってきてますね」
ゆっくりと胎内に入り込んでくる雄を悦ばせるように。吸い付いた襞はうねり、絡み付いていく。生き物の如く蠢きながら、ペニスが入りやすいように。その狭隘の締め付けに悦んで抽迭を繰り返していけば、それだけで甘美な快楽が二人を責め立てた――密着すれば互いの温度を伝え合い。
纏った汗が混ざる感覚に陶酔するエゼルは、何度もフェデリコの胎内で己を擦り、掻き回す。
「っあ、ッ…駄目です――」
「……なにが、いけませんか? 先輩…」
ずるずると雁首の段差に前立腺を引っ掻かれる感覚は――言葉に出来ずともフェデリコの躰を戦慄かせるには十分だった。
彼の腰元のクッションの位置を調整し、突き上げやすい位置に――一点を狙い易い位置に導いてから、エゼルはフェデリコの鎖骨へと口付けを落とす。
何度も。沈溺し、揺蕩う。
蠢く腰の動きはその所有権を主張せんと絡み付く。エゼルがするりと下に手を伸ばしたさきでは――情欲の儘に膨張して蜜ばかりを漏らすフェデリコのペニスが、待ちわびている。
「こんなに――」
思わず指先で張り詰めるペニスを擦り上げたエゼルの声は、うっとりと濡れていた。その声だけで、彼は己の中に潜む獣が理性を食い破らんとする恐怖に駆られて。しかし甘い陶酔に無思考化されるが故に抵抗できない。
己のものと比べれば細い手指の形、そして蠢きとともに貫く感覚が脳髄を震撼させていく。彼の金糸から滴る汗が、薄紅の滲んだ肌を叩く。互いに伝ったその汗が生々しいほどに込み上げる官能を煽り立てる。清廉、潔白。そんな姿態の〝天使〟たちから、雄欲の匂いが立ちのぼる。
殊更に躰の芯を貫かれ。ぞくぞくとした悦楽に、フェデリコは背を仰け反らせた。身の裡は、淫らな色をした肉棒に串刺しにされて。恥じらいも忘れて、ゆるやかな律動に合わせて腰を揺らす。
「僕のペニスをこんなに咥えて……もう、僕じゃないと駄目ですね」
「ッあ!ん……ッ、エゼルっ――」
「……先輩……フェデリコ先輩…」
エゼルの指先がフェデリコの乳首の周囲だけを刺激する――乳輪、胸筋、そこから。乳腺へ。躾けられた躰は、刺激を寸分違わずに拾い上げてしまう。それどころか増幅される快楽。彼の指の腹や、爪先が尖端に触れる度。声を上げながら、誘うように肢体がくねるばかり。
エゼルの口角は戦慄いていた――真赤な舌で口唇を湿らす仕草に、フェデリコは否応なしに淫靡さを感じてしまう。視線と視線が絡まり合う――藤色の瞳からほとばしった色は喜色と呼ぶには淫猥で濃艶で――それ、は。彼が決して知らない情慾だった。
「あぁ……先輩……」
喜悦は喉から零れ落ちていく。囁きとともに耳孔に捩じ込まれる濡れた音は、フェデリコの鼓膜を辿り、脳内に浸透していく。
自分を乱しているその全てに恍惚としているのはエゼルも同じだ。おのれの腕のなかにある彼の躰がびくびくと跳ねることで――そこがもっとも敏感な性感帯であることが伝わる。は、はッ、はっ――と、忙しなく呼吸を乱しながら。
快楽の余りに涙ぐんだ瞳が。切なげにエゼルを見つめていることに、彼は気付けない。そうしている間にも背を駆け上っていく情欲の正体に、フェデリコは気付いてはいない。愛欲と情慾と共に。下生えを擦り合わせ、腰の動きは彼の意思とは関係なしに速まっていく。
「――! あ、っあ! や……ッ、エゼル、エゼルッ――」
「いや、じゃないでしょう?」
――フェデリコ、と。出逢ってから、彼の口からは一度たりとも聞いたことのなかった〝単純な〟呼称が、おのれの下で繰り返される。敬称のつかないその響きが、理性を爛れさせる。耽溺しきった時間の中心。そのすべての奴隷のごとく、彼は。
もう十分にゆるんでいた隘路は――胎を肉襞を掻き分けられる感覚にさえ甘く震え。
「あッ……ん、ん! や……っ、あ」
「いやじゃないです、よね」
疼く意識を慰めるかのように乳首を撫で上げられ。フェデリコは花芯と紛うほどに膨らんだそこを擦り上げられ――赤く色付き実を結んでゆく。募るばかりの淫欲に煽られてしまえば快楽のみで脳髄を陥落させられる苦痛よりも――甘美な悦楽の方が勝り、その身も世もなく乱れてしまえる。
口を開けば溢れ出そうになる言葉を、しかし飲み下すことができず。フェデリコは嬌声をあげる。
耐えきれずに吸い付いた首筋からは雄の匂いがする。幾度も塗り重ねられた匂いなど最早正確には認識できなかったが、エゼルの匂いが己に侵食していくその感触が、在る、のだから――目蓋を閉じるだけでは、到底堪えることは出来ない。肺腑を満たすように縋る呼吸縋る指先そして言葉。逞しい雁で胎内を掻き分けられたかと思えば抜け出る直前まで腰を引かれ――最奥は寂しげにひくついて。エゼルのペニスが胎内を穿つ度に、奥まで突き入れられれば。襞は悦んで絡み付く。
「だめですよ、先輩……〝おしおき〟です」
「っあ――エゼル、ッ――」
エゼルは抱き込んだフェデリコの腰を強めに掴み、数度貫けば。堪え切れずといった様子で彼は声もないまま絶叫し、その身の裡に迎えた刺激で押し出されるように子種を散らしてしまう。
フェデリコが放った精は彼の腹の上で抽迭を続けるエゼルのペニスや鍛え上げられた腹筋に掛かり。残滓は陰茎から溢れ出して。鼠径部の柔肉に流れ――そしてそのすべては二人の間でぐちゅ、ぬちゃと音をたてる淫猥な蜜となる。
「ああ……こんなに沢山漏らして……いけない人ですね……」
「ッあ、あっ――申し訳、ッ――ぁ――」
そんな彼らしくない言葉に息を詰めることもなく。呼吸を荒げながらエゼルは抽迭を速める。普段は寡黙でいっそ高潔なかんばせが甘い吐息を零しながら、おのれの手によって善がり狂う様を見ているだけでも興奮が高まり。その興奮は、逞しいペニスの膨張に直結する。胎内を抉る質量の変化、その感覚にフェデリコの涙は留まることを知らない。
「……好き、です――貴方のことが、僕はっ…」
エゼルの声を聞きながら。フェデリコはびくびくと背を仰け反らせてもはや言葉らしい声もろくに吐き出せずにいる。触れる肌が灼かれるほどに熱い。発火したように体温が急上昇する感覚。それが〝高み〟故であることはよく分かっていた。エゼルが腰を引き、雁首で前立腺を抉り上げれば――その刺激でまた、ぴゅく、ぴゅく、と潮を零す。
「先輩は? 先輩は、僕のこと……」
熱に浮かされたままのそのことば。何を言わんとしているかなど言うまでもないはずなのに――理性など蕩け落ちているから。それでもなおそのことばを口にする勇気は湧かず。ただ小さく頷いてしまうだけに留まる。徐々に追い詰められていく――不意に浮いた視界で瞬いたような景色さえも忘れ、喘ぎを喉から洩らす――その生理的な涙の痕は、快楽の証左だった。
「エゼル、っ――エゼル――」
頑是無く、身も世もなく。ただ、己を乱す青年の名を呼び続けるフェデリコ。彼もまた灼かれるほどに熱い。快楽に、気が触れそうで――ただただ、躰の芯に流入しているこの感覚の正体も知らず。背部を駆け上がる焦燥感に従ってその華奢な躯を掻き抱くだけ。
「何、ですか……っ、先輩」
耳元でささやかれるかすれ声は熱を孕んでいる。浅ましいことであると分かっていてもその呼気を直接受ければすっかりほてりきったフェデリコの肢体は粟立ち、より深く彼を求めようとしてしまう。
「…私、も……貴方に、好意を……! ッ、ぁ――っ」
そうして与えられ続けている衝撃に押し出されるようにして零れる言葉は、もはや意味を成さない――それでも、エゼルは満足げに笑んだ。その微笑が何を意味しているのかなど、彼には分からない。
睦言を呟きながら愛撫を送り、なお貪るのは悪癖だろうか。エゼルは思ったが、抱き縋るフェデリコの手は緩まることを知らない。
「僕もです、先輩……」
そう囁きながらエゼルはフェデリコのペニスを扱く。その先端に滲み出る蜜を指先で掬い取り、塗り込めていけば彼はまたも声なく達してしまい、その肉筒が蠢くことに耐えるよう。エゼルは天を仰ぎ、きゅッと唇を引き結び――大振りに腰を打ち付ける。
ひかり、ひかり、と。あおいろ、青が、白が。しろが。彼の翼から散る。ひかり、ひかり――美しい黒翼から、ちらつく色彩の残像。眩さの奥には艶やかな――死の匂いを――色香を放っており、エゼルはそれを見るたびに総身が震えるような心地を覚える。その質は恐怖に近いが――それよりも。遥かに、熱を帯びていた。ああ。その背中の美しさ。
この世の果てとは斯様な場所ではないかと思うほど。その傷の、罪のひとつひとつに至るまでが。美しくあるだろう細やかさに見惚れてしまえば時の流れを忘れ、存在のすべてに魅入られたいと思ってしまう。
彼はまさしく高潔だった。その躯は純潔に在った――エゼルにとって、フェデリコはディラックの海と同じく捕えることが難しかった。何よりも青を溶かし込んだ瞳はこの世の色を模していながらも、まるで空が人の形をして生まれてきたかのような錯覚さえ抱かせた。かんばせの、清廉さたるや。彼の翼から散るひかりがそうなるように、また。触れ難いものだった。
腕の鳥籠に捉え、しかし彼の翼に包まれ。透き通った空気を吸わぬよう彼をこの腕に閉じ込めている――夢のような心地。
「っあ! う、ッ……ん」
「先輩……っ」
フェデリコの胎内の締め付けはより強くなっていく。エゼルも限界が近いのか、腰の動きは次第に速まっていく。内壁は抽迭のあまり、真っ赤に腫れ上がったかのような錯覚を覚え。更に粘膜の蠢動も、より複雑で粘着質なものになりつつあった。
「も……う、駄目、です……あッ……!」
絡み付いている肉襞を振り切るようにして彼が腰を送れば――耐え切れずフェデリコも声を絞り出し、同時にひくりと喉を鳴らしながら多量の精を放って。エゼルも一拍遅れて息を詰めると、勢いづけて躰を引き倒し、彼の胎内に吐精する。
「――エゼル、エゼルっ――…」
奥処へ押し込むように何度か腰を押しながら熱を注ぎ込む最中。内壁はねだるように子種を吸い上げようとしているようだった。
ひかり、ひかりと。あおいろを、白を散らしながら。フェデリコの黒翼がエゼルの白金を残したそれに触れ合おうとして、しかし重なり合えないままはためく。
狂おしく乱れながら。互いに貪り、抱き。そのままに絶頂を享受したフェデリコの唇から零れる声は、か細い。痙攣を繰り返しながら甘やかに名を呼ばれた時、再び達しそうになったエゼルは唇を噛むことでそれを何とか堪え。
「ん……ッ、ぅ……っ、あ…」
汗の浮いた額に張り付いたプラチナ・ブロンドの前髪をかき上げた時、うっすらと彼が目を開いたことにほっとした心地を覚えながらも――すっかり悦楽に浸りきった彼の痴態を好ましく思う己が居るのもまた事実で。
「……フェデリコ先輩」
名前を呼ぶだけで、彼は蕩けた視線をエゼルへ向ける。視界を青と白で満たし、光り輝いていたばかりのその黒翼は。今は銀色が入り交じったひかりで彩られていた。
彼の胎の中から零れ落ちてきたおのれの欲望に濡れそぼったペニスを引き抜くことなく、エゼルはくちづけを一つ送る。まるで雛に餌を与える親鳥にでもなったかのような――倒錯的なイメージ。
フェデリコの長く白い脚が腰に絡まり、脚を曲げながら先をねだっているということさえ分かれば、ほどなく再び達しようという意識が浮上しかけていた。一旦深呼吸することで内なる欲情を宥めつつ。そうして揺さぶるように律動を再開したのなら蕩け切った顔で笑みを零すのだ。
理性などとうに融けてしまい、互いの慾動だけが躰を駆り立てている。
「エゼル……っ、ッ――好き……です……、ぁ…」
互いの身の裡に芽吹く灼けるような熱があれば、それだけで。より強く求めてしまう。きっと〝機械〟とまで評されるフェデリコも、その例外ではないのだろう。
ずちゅ、と再び肉襞を掻き分ける質量。
酔いしれるような心地を覚えながら、エゼルは想う。彼の身を離しがたいほどに堪らないと思うのは――他の誰の目にさえ触れさせたくないと思ってしまうのは、罪に値することなのだろうか?
熱に浮かされて抱いている快楽を快楽として受け取る力しか残っていないのだろう彼に囁いてみるなど、愚蒙もいいところだと解っていながらも。エゼルは口にせずはいられなくなってしまった。
きっとこれは〝我儘〟にすぎない。一人の人間を玩具のように扱っているに等しい。だがそれを咎める者はいない。抵抗を振り払うだけの理由も残されてなどいない。
故に堕ちていく。墜落を遂行する。しかし、すべてを捧げたその時。抱いた感情の昇華として至る終点から見える景色は、どれほど眩いのだろうか?
今は考えられない。しかし構わない。その光だけは必ず捉えてみせるのだから。ここですべてを破滅させなければなにもかも無意味になってしまう。彼はおのれだけの、自分だけのものだ。自戒する思うそして刻み付ける。
彼はこの世で一等うつくしく在る存在だ。すべては、本質など、何も、分かりやしない。斯様に身勝手で横暴な望みを叶えたとて罪などありはしない。起は転じ承けるは結び。解に至る。なればこそ。
その単純明快な結論に至ってしまった、それだけが事実のすべてだ。
そうしてエゼルは微笑して。恣にそのからだを揺さぶる。だれも、今は、ここにいない。こんなにも大胆で安直な行為を咎められる謂れなどどこにもない。品格とは、上等とは何だろうとさえ思えてくる。彼を抱いていることを告発するものは居ない――だからこれは、〝赦される〟に違いない。
あまねく光が、至上の美徳に向けられる。自らの存在は歓喜に包まれていて。心は傲慢にすら包まれていよう。それでもなお残る僅かな理性さえも擦り切れれば。――フェデリコの眸の奥に、熱を覚えたような、気がした。
有るか無きかの微笑を唇に浮かべたエゼルは、彼の最奥までを突き上げ。放たれた精が白い肌を濡らしていくさまに目を細めた。
「――…好きです」
掠れた呼吸のはざまで囁けば、それだけで悦楽に浸る意識が再びどろりと熱に溺れてしまうのだろう。まともな返事こそ寄越さないが――暗がりに碧眼だけを輝かせ、口元を緩ませているさまを見るだけで十分だった。
結局のところ、天国とは奈落の一種なのだ。そうして底抜けに昏いひかりの中で一つ呼吸をする。瞬きする瞼の奥に睫毛の影が落ちるさまを認識し合ったならば、あとは衝動のまま接吻を――命を冒すくちづけを交わす。堕ちていくのならばあなたとともに、それ以外に望むものなど。
美しい希望を抱くのならば、それはただの失望への切っ掛けに過ぎないのかもしれなかった。角膜に戒めは歪み、視界は。ただうつくしく。目の前に在るだけの彼にひかりを見、生の蜜の甘さを知る。
解き放ってしまった感情に押し流されながら――エゼルはゆっくりと瞑目する。脳裏に咲くあおいろ。ゆっくりと溶けていくひかりが在れば、あとは。総ては身を灼く熱に埋もれていく。
金髪に絡めるように指を通し、口づけを交わしながら。彼の首筋にも赤を刻み込む。
そして、天国は沈溺する。
蜷を巻いた箱庭は閉じられる――日の出のひかりが窓の奥を過ぎる迄は、もう幾許もの猶予もあるまいに。足元から、沈む。今や不定形の天蓋が、天国に蓋を施す。蜂蜜と乳の河の馨しい香りは、タナトスに近い。それでも、彼に触れることができれば。それでいい。求める欲望が飽和を迎えるには余りにも十分すぎる。
かの方の首から血を飲み干すと良い、天国はそう告げた。その法悦の極みたる甘露こそ、わたしのあたえるものに等しいと、かの方が仰られた故だと。
ただただ甘やかな極彩色がわたしを揺籃から見下ろす。血は焔に身をくねらせて躍り、豪奢な天蓋へと跳ね上がり。夢のごとき野を焦がすあたたかなあおい業火へと変容する。
わたしがこの世のいとおしさを理解している頃には既に瞼は瞑れて。ただ王を愛していた。天国からの声がもう一度囁きかけた時には、今やその餓えに回帰している。
そして天国は沈溺する。三千世界の天蓋が落ちるよりもまえに。
「あッ……ん、ッ――エゼル…」
「はい」
「……っ、あ……もっと…」
「ふふ……もっと?」
エゼルは指の腹を鉤型に曲げ、フェデリコが悦ぶ箇所を重点的に刺激してみせて。その度ごとに腰を跳ねさせて身を委ね、もっと、と強請る言葉を告げさせる。
「それとも……他のところ、触ってほしいんですか?」
「ん、んんッ……!」
咽喉が締め付けられたかのような嬌声をフェデリコは漏らしたが――その細腰は既にじっとりと汗ばんでいて。エゼルの指に纏わりつくような弛緩の狭間にすら、快楽を待ちわびているかのようだった。
がく、がくと首が上下して頷くさまを見遣やれば、エゼルの悦に満ちた微笑はかんばせからはみ出るように大輪を咲かせた。
「……良いですよ、フェデリコ先輩」
「ッあ、あッ……あ!ん、ん……ぅ……」
「もっと……気持ちよくなりましょうね?」
エゼルはフェデリコの耳裏に口付けを落としながら――その指を引き抜く。ローションと腸液に塗れ、ナイトライトに照らされながら――てらてらと妖しい光沢を纏う其れがフェデリコの視界に入り、恥辱を煽る。
「でも……ちゃんと言ってくれたら、もっともっと気持ちよくします」
熱い吐息を零してしどけなく横たわる恋人の姿にはほのかな恍惚すら浮かんでいる――うっとりとした心地に導かれながらも、エゼルは急き立てることはなく、それでも弱味を握ったと言わんばかりに言い含めては指を窄みへ伸ばす。
粘膜の縁をなぞれば、フェデリコは腰を浮かせて指に縋った。そこを繰り返し指の腹で擽れば――こそばゆい感覚を伝えるが、躰はそれをもう望んでいなかった。
「エゼ、ル……っん」
「はい?」
首を傾げて笑みを零せば、それだけで羞恥に揺らぐ双眸――なによりも愛する感情は留まることはなく、心臓を深々と貫く熱を以てして伝わり。エゼルはその甘美な味わいに酔い痴れる。
こんなにも。冷たいと言われるような、ひとの。たおやかで、か弱い42グラムを掴み、そしていまこの場に繋ぎ止めている実感。
躰をすっかり作り変えてしまっても尚、心には爪痕ひとつ残して、いない。だから。だから、だから。
「あッ……ん、もっと……」
「もっと――何ですか」
エゼルはフェデリコの耳裏に口付けては、その耳殻に舌を這わせる。ぬらり、とした感触にフェデリコの躰は跳ねて。その反応が愛らしくて堪らない。もっともっと、と強請る。
――この愛らしいひとを、みっともなく、欲に堕としたい。
「……っ、あ……」
「なんですか…?」
蜜蝋色の声と言葉。声のトーンは、嗜虐に――途端に低くなる。そのまま。エゼルの指をきつく咥え込んだ窄まりは、ひくついて。熱を孕んだ粘膜は淫らに蠢き、彼のペニスを待ち侘びて。
「…貴方の…ペニスを……」
その淫らさの片鱗。フェデリコの脳内は、直接的なことばを使うことを拒んでいたが……エゼルは彼の脇腹をゆるゆると撫ぜる。骨盤の下、恥骨の上。余すところなく這い上がった五指の感覚が、胎内への甘美な快楽に変換されて。
「ふふ。何処に……どうしてほしいんですか…?」
会陰を撫で上げて。軽く圧迫し――恍惚すら含んだ声色で、彼は呟く。
「言ってくれないなら……分からないです」
ほどける。溶ける。溶け堕ちる。玻璃に灯る藤色のほのお。
エゼルの指はフェデリコの胎内をゆっくりと押し拡げては――鉤型に折り曲げる。その形を記憶させる。細くも存在感のある指のかたちが胎内に突き刺さるだけで。フェデリコはあまく鳴いて、しまう。
「ッ――! ぐ…ぅう、ッ」
「ねえ、先輩――言ってください――言って……」
「あッ!ん……あ、あ」
その囁きが鼓膜を擽るだけでも、ぞくぞくと背筋が震えてしまう。かんばせを蕩けさせながらも指を締め付けるものだから、エゼルもふと息を詰めた。
腹の中をぞりぞりと擦る感覚に気をやった隙をつき。一際つよくそこを押し上げれば息を悖らせるのを見て――さらに弄ぶ。腹の裏を押し上げた指で前立腺を挟み混むようにしながらゆっくりと引き抜き、そして再び突き入れれば。
胎内からもたらされる浅ましい淫慾。卑陋な泥濘、アバランチは耽溺を画き、蔓延り。籠絡され、飲み込むように喉を鳴らして。沈んでいくがままに神経を伝って。溺れる、快楽のアナロジーを掻く指に翻弄される。逃げ場のない熱ばかりが臓腑を灼いて、脳髄すら溶かしていく。
幾度も、幾度も擬似的な挿入の感覚を擦り込む。
「あ、うぁ……ん、ッ…!」
エゼルの笑みは歪んでいた――藤色の瞳には陶酔が浮かんで。あまく蕩けて、いた。今にも蕩け落ちそうなたおやかな視線は、いとおしさに満たされながらも慾に飢え。胎内の疼きすら飲み干してしまえばいい、とばかりに貪欲に強請る素振りすらあるようで。煮え立つ、あさまし、淫蕩の気をフェデリコは感じ取る。
その目が。滴るような恋慕を孕んだ双眸が、絡み合った瞬間――ぞくぞくと背を駆けた甘い毒に、彼は零してしまう。
フェデリコの胎内を抉る指先は、蕾が綻ぶかたちに合わせて動きを変える。指の腹で襞を撫でれば悦ぶ箇所として擦り込んで。指をゆっくりと引き抜き、半分程度のところで再び胎内に押し入れれば、雄を求めるように腰が揺れる。
口を大きく開いても声は出てこず、悩ましく身をくねらせてエゼルの頬に触れた指先は肌理を撫ぜるばかり。
「あ……ん…ッ――私の、肛門に…挿入してください…貴方の、ペニスを――」
それだけ言ったところで――羞恥に唇を震わせるが、胎内に走る淫らな衝撃には、耐え切れるものではなかった。声、それどころかまともに言葉を吐き出すことも叶わず。
そんな恋人の痴態を目の当たりにして、エゼルは恍惚としながら指を引き抜くと。その手で彼の腰を掴み、引き寄せ。
ひく、ひくん、と慄く縁に切っ先をあてがっては――蕩然と。撫ぜられる感覚のもたらす情欲が、如何ほどのものかを知らしめるかのように、抜き差しする。
望むものはもう、目の前にあった。
ゆるゆると首を持ち上げるように、頭を浮かせてエゼルを見上げたフェデリコの表情は――胡乱な陶酔に満たされていた。今や何よりも愛おしい青がとろけていた、そのさま。
「挿れてほしいなら、ほら……」
急き立てることはなく、浅い箇所を彷徨っていた熱源によって。ようやく〝つよい〟刺激が齎された途端。
「あッ!あ、あッ…ん、う――」
胎裡を貫く期待で、より明瞭なる快楽を求めてしまうが故に、エゼルのものを包んでいる襞はうねりながら待ち焦がれて――蠢くばかり。
「言って、いいんですよ」
強請ったのはそちらなのだから。そう言わんばかりのエゼルの視線に、フェデリコは最早頷く他はなかった。
伸びた足先は幾度となく痙攣し、伸張している。その襞を掻き分けるように、ゆっくりと押し入る質量がもたらす悦楽を、知っているから。
もう既に――理性は蕩けていた。
「んッ……あ――ッ、はァっ」
「ふふ……先輩のなかも、もうすっかり……僕の形になってきてますね」
ゆっくりと胎内に入り込んでくる雄を悦ばせるように。吸い付いた襞はうねり、絡み付いていく。生き物の如く蠢きながら、ペニスが入りやすいように。その狭隘の締め付けに悦んで抽迭を繰り返していけば、それだけで甘美な快楽が二人を責め立てた――密着すれば互いの温度を伝え合い。
纏った汗が混ざる感覚に陶酔するエゼルは、何度もフェデリコの胎内で己を擦り、掻き回す。
「っあ、ッ…駄目です――」
「……なにが、いけませんか? 先輩…」
ずるずると雁首の段差に前立腺を引っ掻かれる感覚は――言葉に出来ずともフェデリコの躰を戦慄かせるには十分だった。
彼の腰元のクッションの位置を調整し、突き上げやすい位置に――一点を狙い易い位置に導いてから、エゼルはフェデリコの鎖骨へと口付けを落とす。
何度も。沈溺し、揺蕩う。
蠢く腰の動きはその所有権を主張せんと絡み付く。エゼルがするりと下に手を伸ばしたさきでは――情欲の儘に膨張して蜜ばかりを漏らすフェデリコのペニスが、待ちわびている。
「こんなに――」
思わず指先で張り詰めるペニスを擦り上げたエゼルの声は、うっとりと濡れていた。その声だけで、彼は己の中に潜む獣が理性を食い破らんとする恐怖に駆られて。しかし甘い陶酔に無思考化されるが故に抵抗できない。
己のものと比べれば細い手指の形、そして蠢きとともに貫く感覚が脳髄を震撼させていく。彼の金糸から滴る汗が、薄紅の滲んだ肌を叩く。互いに伝ったその汗が生々しいほどに込み上げる官能を煽り立てる。清廉、潔白。そんな姿態の〝天使〟たちから、雄欲の匂いが立ちのぼる。
殊更に躰の芯を貫かれ。ぞくぞくとした悦楽に、フェデリコは背を仰け反らせた。身の裡は、淫らな色をした肉棒に串刺しにされて。恥じらいも忘れて、ゆるやかな律動に合わせて腰を揺らす。
「僕のペニスをこんなに咥えて……もう、僕じゃないと駄目ですね」
「ッあ!ん……ッ、エゼルっ――」
「……先輩……フェデリコ先輩…」
エゼルの指先がフェデリコの乳首の周囲だけを刺激する――乳輪、胸筋、そこから。乳腺へ。躾けられた躰は、刺激を寸分違わずに拾い上げてしまう。それどころか増幅される快楽。彼の指の腹や、爪先が尖端に触れる度。声を上げながら、誘うように肢体がくねるばかり。
エゼルの口角は戦慄いていた――真赤な舌で口唇を湿らす仕草に、フェデリコは否応なしに淫靡さを感じてしまう。視線と視線が絡まり合う――藤色の瞳からほとばしった色は喜色と呼ぶには淫猥で濃艶で――それ、は。彼が決して知らない情慾だった。
「あぁ……先輩……」
喜悦は喉から零れ落ちていく。囁きとともに耳孔に捩じ込まれる濡れた音は、フェデリコの鼓膜を辿り、脳内に浸透していく。
自分を乱しているその全てに恍惚としているのはエゼルも同じだ。おのれの腕のなかにある彼の躰がびくびくと跳ねることで――そこがもっとも敏感な性感帯であることが伝わる。は、はッ、はっ――と、忙しなく呼吸を乱しながら。
快楽の余りに涙ぐんだ瞳が。切なげにエゼルを見つめていることに、彼は気付けない。そうしている間にも背を駆け上っていく情欲の正体に、フェデリコは気付いてはいない。愛欲と情慾と共に。下生えを擦り合わせ、腰の動きは彼の意思とは関係なしに速まっていく。
「――! あ、っあ! や……ッ、エゼル、エゼルッ――」
「いや、じゃないでしょう?」
――フェデリコ、と。出逢ってから、彼の口からは一度たりとも聞いたことのなかった〝単純な〟呼称が、おのれの下で繰り返される。敬称のつかないその響きが、理性を爛れさせる。耽溺しきった時間の中心。そのすべての奴隷のごとく、彼は。
もう十分にゆるんでいた隘路は――胎を肉襞を掻き分けられる感覚にさえ甘く震え。
「あッ……ん、ん! や……っ、あ」
「いやじゃないです、よね」
疼く意識を慰めるかのように乳首を撫で上げられ。フェデリコは花芯と紛うほどに膨らんだそこを擦り上げられ――赤く色付き実を結んでゆく。募るばかりの淫欲に煽られてしまえば快楽のみで脳髄を陥落させられる苦痛よりも――甘美な悦楽の方が勝り、その身も世もなく乱れてしまえる。
口を開けば溢れ出そうになる言葉を、しかし飲み下すことができず。フェデリコは嬌声をあげる。
耐えきれずに吸い付いた首筋からは雄の匂いがする。幾度も塗り重ねられた匂いなど最早正確には認識できなかったが、エゼルの匂いが己に侵食していくその感触が、在る、のだから――目蓋を閉じるだけでは、到底堪えることは出来ない。肺腑を満たすように縋る呼吸縋る指先そして言葉。逞しい雁で胎内を掻き分けられたかと思えば抜け出る直前まで腰を引かれ――最奥は寂しげにひくついて。エゼルのペニスが胎内を穿つ度に、奥まで突き入れられれば。襞は悦んで絡み付く。
「だめですよ、先輩……〝おしおき〟です」
「っあ――エゼル、ッ――」
エゼルは抱き込んだフェデリコの腰を強めに掴み、数度貫けば。堪え切れずといった様子で彼は声もないまま絶叫し、その身の裡に迎えた刺激で押し出されるように子種を散らしてしまう。
フェデリコが放った精は彼の腹の上で抽迭を続けるエゼルのペニスや鍛え上げられた腹筋に掛かり。残滓は陰茎から溢れ出して。鼠径部の柔肉に流れ――そしてそのすべては二人の間でぐちゅ、ぬちゃと音をたてる淫猥な蜜となる。
「ああ……こんなに沢山漏らして……いけない人ですね……」
「ッあ、あっ――申し訳、ッ――ぁ――」
そんな彼らしくない言葉に息を詰めることもなく。呼吸を荒げながらエゼルは抽迭を速める。普段は寡黙でいっそ高潔なかんばせが甘い吐息を零しながら、おのれの手によって善がり狂う様を見ているだけでも興奮が高まり。その興奮は、逞しいペニスの膨張に直結する。胎内を抉る質量の変化、その感覚にフェデリコの涙は留まることを知らない。
「……好き、です――貴方のことが、僕はっ…」
エゼルの声を聞きながら。フェデリコはびくびくと背を仰け反らせてもはや言葉らしい声もろくに吐き出せずにいる。触れる肌が灼かれるほどに熱い。発火したように体温が急上昇する感覚。それが〝高み〟故であることはよく分かっていた。エゼルが腰を引き、雁首で前立腺を抉り上げれば――その刺激でまた、ぴゅく、ぴゅく、と潮を零す。
「先輩は? 先輩は、僕のこと……」
熱に浮かされたままのそのことば。何を言わんとしているかなど言うまでもないはずなのに――理性など蕩け落ちているから。それでもなおそのことばを口にする勇気は湧かず。ただ小さく頷いてしまうだけに留まる。徐々に追い詰められていく――不意に浮いた視界で瞬いたような景色さえも忘れ、喘ぎを喉から洩らす――その生理的な涙の痕は、快楽の証左だった。
「エゼル、っ――エゼル――」
頑是無く、身も世もなく。ただ、己を乱す青年の名を呼び続けるフェデリコ。彼もまた灼かれるほどに熱い。快楽に、気が触れそうで――ただただ、躰の芯に流入しているこの感覚の正体も知らず。背部を駆け上がる焦燥感に従ってその華奢な躯を掻き抱くだけ。
「何、ですか……っ、先輩」
耳元でささやかれるかすれ声は熱を孕んでいる。浅ましいことであると分かっていてもその呼気を直接受ければすっかりほてりきったフェデリコの肢体は粟立ち、より深く彼を求めようとしてしまう。
「…私、も……貴方に、好意を……! ッ、ぁ――っ」
そうして与えられ続けている衝撃に押し出されるようにして零れる言葉は、もはや意味を成さない――それでも、エゼルは満足げに笑んだ。その微笑が何を意味しているのかなど、彼には分からない。
睦言を呟きながら愛撫を送り、なお貪るのは悪癖だろうか。エゼルは思ったが、抱き縋るフェデリコの手は緩まることを知らない。
「僕もです、先輩……」
そう囁きながらエゼルはフェデリコのペニスを扱く。その先端に滲み出る蜜を指先で掬い取り、塗り込めていけば彼はまたも声なく達してしまい、その肉筒が蠢くことに耐えるよう。エゼルは天を仰ぎ、きゅッと唇を引き結び――大振りに腰を打ち付ける。
ひかり、ひかり、と。あおいろ、青が、白が。しろが。彼の翼から散る。ひかり、ひかり――美しい黒翼から、ちらつく色彩の残像。眩さの奥には艶やかな――死の匂いを――色香を放っており、エゼルはそれを見るたびに総身が震えるような心地を覚える。その質は恐怖に近いが――それよりも。遥かに、熱を帯びていた。ああ。その背中の美しさ。
この世の果てとは斯様な場所ではないかと思うほど。その傷の、罪のひとつひとつに至るまでが。美しくあるだろう細やかさに見惚れてしまえば時の流れを忘れ、存在のすべてに魅入られたいと思ってしまう。
彼はまさしく高潔だった。その躯は純潔に在った――エゼルにとって、フェデリコはディラックの海と同じく捕えることが難しかった。何よりも青を溶かし込んだ瞳はこの世の色を模していながらも、まるで空が人の形をして生まれてきたかのような錯覚さえ抱かせた。かんばせの、清廉さたるや。彼の翼から散るひかりがそうなるように、また。触れ難いものだった。
腕の鳥籠に捉え、しかし彼の翼に包まれ。透き通った空気を吸わぬよう彼をこの腕に閉じ込めている――夢のような心地。
「っあ! う、ッ……ん」
「先輩……っ」
フェデリコの胎内の締め付けはより強くなっていく。エゼルも限界が近いのか、腰の動きは次第に速まっていく。内壁は抽迭のあまり、真っ赤に腫れ上がったかのような錯覚を覚え。更に粘膜の蠢動も、より複雑で粘着質なものになりつつあった。
「も……う、駄目、です……あッ……!」
絡み付いている肉襞を振り切るようにして彼が腰を送れば――耐え切れずフェデリコも声を絞り出し、同時にひくりと喉を鳴らしながら多量の精を放って。エゼルも一拍遅れて息を詰めると、勢いづけて躰を引き倒し、彼の胎内に吐精する。
「――エゼル、エゼルっ――…」
奥処へ押し込むように何度か腰を押しながら熱を注ぎ込む最中。内壁はねだるように子種を吸い上げようとしているようだった。
ひかり、ひかりと。あおいろを、白を散らしながら。フェデリコの黒翼がエゼルの白金を残したそれに触れ合おうとして、しかし重なり合えないままはためく。
狂おしく乱れながら。互いに貪り、抱き。そのままに絶頂を享受したフェデリコの唇から零れる声は、か細い。痙攣を繰り返しながら甘やかに名を呼ばれた時、再び達しそうになったエゼルは唇を噛むことでそれを何とか堪え。
「ん……ッ、ぅ……っ、あ…」
汗の浮いた額に張り付いたプラチナ・ブロンドの前髪をかき上げた時、うっすらと彼が目を開いたことにほっとした心地を覚えながらも――すっかり悦楽に浸りきった彼の痴態を好ましく思う己が居るのもまた事実で。
「……フェデリコ先輩」
名前を呼ぶだけで、彼は蕩けた視線をエゼルへ向ける。視界を青と白で満たし、光り輝いていたばかりのその黒翼は。今は銀色が入り交じったひかりで彩られていた。
彼の胎の中から零れ落ちてきたおのれの欲望に濡れそぼったペニスを引き抜くことなく、エゼルはくちづけを一つ送る。まるで雛に餌を与える親鳥にでもなったかのような――倒錯的なイメージ。
フェデリコの長く白い脚が腰に絡まり、脚を曲げながら先をねだっているということさえ分かれば、ほどなく再び達しようという意識が浮上しかけていた。一旦深呼吸することで内なる欲情を宥めつつ。そうして揺さぶるように律動を再開したのなら蕩け切った顔で笑みを零すのだ。
理性などとうに融けてしまい、互いの慾動だけが躰を駆り立てている。
「エゼル……っ、ッ――好き……です……、ぁ…」
互いの身の裡に芽吹く灼けるような熱があれば、それだけで。より強く求めてしまう。きっと〝機械〟とまで評されるフェデリコも、その例外ではないのだろう。
ずちゅ、と再び肉襞を掻き分ける質量。
酔いしれるような心地を覚えながら、エゼルは想う。彼の身を離しがたいほどに堪らないと思うのは――他の誰の目にさえ触れさせたくないと思ってしまうのは、罪に値することなのだろうか?
熱に浮かされて抱いている快楽を快楽として受け取る力しか残っていないのだろう彼に囁いてみるなど、愚蒙もいいところだと解っていながらも。エゼルは口にせずはいられなくなってしまった。
きっとこれは〝我儘〟にすぎない。一人の人間を玩具のように扱っているに等しい。だがそれを咎める者はいない。抵抗を振り払うだけの理由も残されてなどいない。
故に堕ちていく。墜落を遂行する。しかし、すべてを捧げたその時。抱いた感情の昇華として至る終点から見える景色は、どれほど眩いのだろうか?
今は考えられない。しかし構わない。その光だけは必ず捉えてみせるのだから。ここですべてを破滅させなければなにもかも無意味になってしまう。彼はおのれだけの、自分だけのものだ。自戒する思うそして刻み付ける。
彼はこの世で一等うつくしく在る存在だ。すべては、本質など、何も、分かりやしない。斯様に身勝手で横暴な望みを叶えたとて罪などありはしない。起は転じ承けるは結び。解に至る。なればこそ。
その単純明快な結論に至ってしまった、それだけが事実のすべてだ。
そうしてエゼルは微笑して。恣にそのからだを揺さぶる。だれも、今は、ここにいない。こんなにも大胆で安直な行為を咎められる謂れなどどこにもない。品格とは、上等とは何だろうとさえ思えてくる。彼を抱いていることを告発するものは居ない――だからこれは、〝赦される〟に違いない。
あまねく光が、至上の美徳に向けられる。自らの存在は歓喜に包まれていて。心は傲慢にすら包まれていよう。それでもなお残る僅かな理性さえも擦り切れれば。――フェデリコの眸の奥に、熱を覚えたような、気がした。
有るか無きかの微笑を唇に浮かべたエゼルは、彼の最奥までを突き上げ。放たれた精が白い肌を濡らしていくさまに目を細めた。
「――…好きです」
掠れた呼吸のはざまで囁けば、それだけで悦楽に浸る意識が再びどろりと熱に溺れてしまうのだろう。まともな返事こそ寄越さないが――暗がりに碧眼だけを輝かせ、口元を緩ませているさまを見るだけで十分だった。
結局のところ、天国とは奈落の一種なのだ。そうして底抜けに昏いひかりの中で一つ呼吸をする。瞬きする瞼の奥に睫毛の影が落ちるさまを認識し合ったならば、あとは衝動のまま接吻を――命を冒すくちづけを交わす。堕ちていくのならばあなたとともに、それ以外に望むものなど。
美しい希望を抱くのならば、それはただの失望への切っ掛けに過ぎないのかもしれなかった。角膜に戒めは歪み、視界は。ただうつくしく。目の前に在るだけの彼にひかりを見、生の蜜の甘さを知る。
解き放ってしまった感情に押し流されながら――エゼルはゆっくりと瞑目する。脳裏に咲くあおいろ。ゆっくりと溶けていくひかりが在れば、あとは。総ては身を灼く熱に埋もれていく。
金髪に絡めるように指を通し、口づけを交わしながら。彼の首筋にも赤を刻み込む。
そして、天国は沈溺する。
蜷を巻いた箱庭は閉じられる――日の出のひかりが窓の奥を過ぎる迄は、もう幾許もの猶予もあるまいに。足元から、沈む。今や不定形の天蓋が、天国に蓋を施す。蜂蜜と乳の河の馨しい香りは、タナトスに近い。それでも、彼に触れることができれば。それでいい。求める欲望が飽和を迎えるには余りにも十分すぎる。
かの方の首から血を飲み干すと良い、天国はそう告げた。その法悦の極みたる甘露こそ、わたしのあたえるものに等しいと、かの方が仰られた故だと。
ただただ甘やかな極彩色がわたしを揺籃から見下ろす。血は焔に身をくねらせて躍り、豪奢な天蓋へと跳ね上がり。夢のごとき野を焦がすあたたかなあおい業火へと変容する。
わたしがこの世のいとおしさを理解している頃には既に瞼は瞑れて。ただ王を愛していた。天国からの声がもう一度囁きかけた時には、今やその餓えに回帰している。
そして天国は沈溺する。三千世界の天蓋が落ちるよりもまえに。
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