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Eden Will Drown

掌で以て玻璃色の林檎を剥く。そのひとつなぎの皮は、ゆるやかにプラチナ・ブロンドの欠片を散らして。する、するり、するり――やわらかなリボンの如き螺旋が、冷ややかなくびきを描いて流れ落ちる。
流線美とは遠いはずの体の末端――フェデリコ・ジアロの五指は。エゼル・パストーレの眼には、感覚器には。骨張りながらも細く。しかして視線を移せば、長らく戦ってきたひとの掌をしている。眼下の、そんな――強かで透明な玻璃色の天使は。睫毛の奥に蒼氷色の欠片を伏せたまま、形状定かな造形を以て唇をひらいていた。
林檎はさりさりと芯を削られ、うつくしい硝片を以てして、危うげに切り離されて。透き通った蜜色の欠片は――触れる指すらそのひとひらに染めながら、行儀良く。等分に与えんと、ばらけようと、する。が、エゼルの手はそれを許さず。無垢なまま彼の慾だけを攫おうとするフェデリコの指先を口許へと引きつけて、己のそれを以てして。
やわらかな、閉じたままの唇を割る――唾液を、歯列の奥に含ませて。舌の上に載せた林檎を、真珠の歯で噛み潰してみせるように。貴い、蜜色の牙城を削る。ついと引く指先ひとつで、従順に――再び唇に引き寄せられたフェデリコ。
テーブルを滑り降ちた手袋。陶酔の吐息をひとつ吐いて。蔑ろにされた視線を己に固定していく。――エゼルの藤色の目に飛び込んだのは、あお、あおいろ。
幻月のような冷たさを深奥に。さらさらと。湛えているというのに、そのくせ誰よりも不器用で――鈍感な瞳。
「エゼル――」
呼びかけた声は聞かなかった。おのれの指先に触れたそれが彼の指だと認めるより早く、迷う微かな時間さえも惜しんだエゼルは。渇きを潤わせる甘い蜜と、儚い甘美を舐る。
そうして思う。黝い耽溺を僕にどうしようも無く残しておきながら、このひとは。つみふかくも、この胸を埋めた淡い泡沫すら――無悪に。つめたく食い荒らしてしまう。なんて透明な玻璃のかたまり、なんてうつくしい多面体。
(このひとは僕の毒だ)
静かな、恩讐のみ。他のことなど受け入れず、ただ静謐と佇むだけの。そのくせ、無垢な――蠱惑のかたまり。無論――快楽ですら、ゆるやかに、しかし確実に受け入れていく冷たい玻璃。
ふるえる下睫の先の、愛に蕩けたしずくはミルククラウンめいて。あるいは、大輪の薔薇の蜜?
ひとすじ――伝うことのない筋。

まろやかさをさえ備える瞼が、今は温度を以て、墜ちている。

時折漏れる、テノールの声色。無機質とすら評される彼の声が今はこんなにも人間的な声をして、濡れて、つやめいている。悲鳴にも似た呼気。殉教者が、尋常でない奇跡を願うような掠れた声。
飲み込む呼吸は、見る間に弾けて溶ける――フェデリコのシャロウ・ブレスたちが鼓膜を揺らす度、エゼルの胸中には否応なく鼓動が溢れる。瓦解する理性の綻びを、焦らすように擽り続ける声音。
喉奥で密やかに、堪えた吐息。途端、エゼルは困ったものを見る目で微笑む――陶酔するそのひとの視界にそれを差し込む。この瞬間、彼の全てのまなざしを絡めとる。体温を解かさぬウェットをもって絡む藤色の目に――フェデリコはわずか、瞠目してみせ。そこから。は、は、と。気管を駆け昇ってくる呼気が、三度ほど不揃いのリズムを刻み損ねた。
快楽への恐れか。歪む唇が作り出す表情、取り繕いようも無い美しさが見たくなる――呼吸の際どさに嚥下した唾液。
上向く喉仏を愛でるように撫で遣り、エゼルはことさらに。ゆっくりと。絡みつく陶酔を――舌の根まで蕩かす仕草で飲み下して、その脚を膝で割る。興奮ゆえに緩く勃ち上がったそこは下肢に触れて、ぬち、と小さく音を立てた。
のけぞる白い首。相貌の弱さが、やけに鮮明にエゼルの目に焼き付く。フェデリコが知られたくない全てを知っているような錯覚に酔いながら、上がりたがっている口角を故意に押し下げて。エゼルは目を伏せて微笑するのみに留めた。
この躰すら、甘露の如く平らげられればよいのに――無いものねだりにも近しい願望を心に飼いながら、エゼルは双眸を開けることもなしに、行儀良く揃えられた彼の膝に手を伸ばす。
「――フェデリコ先輩」
――濡れたそこに落とされた指先一つで。思うままに彼を踊らせるひとときを考えると――堪らず、ふいに強烈な愛おしさに襲われて。愛すべき人、と。また呼びかけそうになる。彼を視線で搦め取りながら、つう、と――服の上から形のいい肋骨を撫でていく。
サンクタは通常、翼の構造に従って肋骨の本数や位置が定められる。幼年期にその発達は凡そ確定し、成年になっても――身体は、主に呼吸の面でその肋骨の影響を受け続ける。即ち。高所での活動、長時間の呼吸困難状態が続く状況下では、過度なまでの肋骨の発達によって、サンクタの呼吸機能は(個人差はあれど)損なわれる。

フェデリコの眦はその長い口付けで蕩け、しかし快楽の涙で潤い始めていた。肋骨を伝う――彼のそれよりは幾分かやわらかな掌が、神経のひとつひとつを丹念に撫で回すよう、ゆっくりとした仕草で愛撫していく。
ぞわぞわとした、寒気とも興奮とも知れないものが、背に這い上がってゆく。堪らず身を捩ろうとすると、脚が絡まって動きを封じて――そのままに。やがて呼吸に合わせて上下し始めた胸を、エゼルは片手で愛でて。
服越しにもわかるほどしっかりと勃起した乳首は、繊維にすら嬲られているようで。ささやかな接触を悦んでいた。爪の先でかりかりと掻いてやると、フェデリコの腰が跳ね。あッ、と上ずった声が零れる。
瞭々と映る、彼の反応。エゼルはフェデリコの耳許に唇を寄せて――
「…先輩、気持ちいいですか?」
「あッ――ッ、ん…些か、過敏ですが――は、ァ――」
「ふふ。……いっぱい可愛がってあげないといけませんね」
耳朶は林檎のように熟れて、与えられる快楽に恥を纏っているようだった。エゼルは舌でそれに触れてから――ぬちゅ、ぴちゃ、音を鳴らして――濡らしていく。熱を持った、甘き胸臆のあらわれ。胡乱にエゼルの方を向く目線は、普段の堅牢を破いて、とても穏やかに蕩けて。
先端責める指は緩めないままに――濡らされていないもう片方の耳へと、唇を近づけて。
「ぁッ……あ、…」
くちゅ、と――わざと音を立てながら。舌先を滑らせていく。耳殻にねっとりと唾液をなすりつけてから耳朶を食んでやると、腰はびくんと跳ねて。ぐ、と強く閉ざされた瞼。
唾液を塗し、執拗に舐って。吐息で以て責め立てれば、フェデリコは眉を切なげに寄せる。呼気は乱れて、過呼吸気味だった。悦楽に溺れる姿に陶酔して。エゼルは、その耳にそっと囁く。
「ふ…先輩、耳弱いんですね」
「あッ、ぁ、……んンっ、」
くちゅ、くちゅ――音を鳴らせば。その脳溝すら、舐り尽くしてみたい欲求に駆られ。エゼルは舌先で耳を嬲るようにしながら、フェデリコの乳首を弄る指先の力を僅かに強くする。ふっ、ふぅ、と漏らされる吐息。それを聞き洩らすまいとしながら、きゅう、と少し強い刺激を与えて。
「あッ……はァ、っ…ん、」
「…ふぅ……っ、ふ、ぅ――」
フェデリコのあられもない姿が魅力的であるほど。自分がそうさせているのだと言う事実を自覚するほど――背徳と昂揚が入り交じった興奮は、鋭利なものとして身を苛んで。強かすぎた故に無垢な蕾を、開花させて。手折って、愛でて。
かり、と。耳殻に歯を立て、その軟骨の感触を愉しむ。あえかな声。甘い痛みにすら侵食される彼の善がりよう――すっかり勃ったそこは服越しでもわかるほどに濡れて、乳首も触れられたがっているように尖って。
指先で膝で視線で。散々に、こねくり回され。堪らず腰を揺すって逃げ惑うフェデリコを、更に嬲るように。もう一方の耳も同じように愛撫し――それはそれは、含みを持たせた声で。エゼルは囁く。
「イきたいですか? フェデリコ先輩」
「エゼル……」
その先――等身大の成年男性ならば甘美であるはずの絶頂――とは、フェデリコが何度となく退けてきた愚の骨頂というべきだった。だのに――呼気を荒げながら頷く。厳然と訴えんとばかりに。煌々としたヘブンリィ・ブルーの瞳を細めて、エゼルを見上げれば。陶然と。酩酊する視線。触れられるのは決して厭ではないと示すように伸ばされた腕が、頬を通り、首に回されて。
「お願い、します…」
艶やかに紡がれる催促の言葉すらも、あどけないまでの無知さを湛えているのに。戯れに指を止めれば、すぐそこには素直にむずかるフェデリコの美貌。耳朶を舐め上げてやると、あ、と堪え切れず漏らす声。
浅ましく零れていく媚態。血潮と昂りがともなって、ひかり、と、青色を散らす黒翼の隙間にエゼルが指を差し入れると――フェデリコの背中は、灼けるほどの熱を孕んでいて。
愛撫するよう、そぞろに。そっと触れるだけでびくびくと跳ねる躰は、従順すぎるまでに快楽に素直で。彼の肉体を占有している優越感に、エゼルは脈打つ鼓動を募らせた。

許されないからと禁じられていたもの――要らぬ自戒を重ね、自らを苛む存在となりつつあった焦がれるひとを、甘美なる破滅へと叩き落としている。今や倒錯した祝福。
「んっ……ぅ、」
もどかしげな嬌声が零れた。下りる瞼と伸びる睫毛の狭間には、ヴィクトリア風のシャンデリアを模した橙の明かりが揺れている。情欲に濡れたまま切なく訴える視線は、愛されたいという虚しい希求を抑えつけず晒している、から。それを微笑ましく思いながら唇を落としてみせる。顎の先に。額に。瞼に。
「ふ、……ん、っ」
「ふふ、くすぐったいですか?」
細めた目の中に映るフェデリコの面差しは、エゼルにとってこの上なく愛らしく映る。もっと触れたい、もっと愛したいと欲が募る。その欲求を素直に受け入れ――エゼルは再びフェデリコの耳許へと唇を近付けて、囁く。今度は吐息をたっぷりと含ませて。
「先輩」
白皙の肌をつうう、と撫でる。頬から首筋を通って鎖骨へと向かう掌。触れるか触れないかのタイミングで指を動かせば、それだけでもフェデリコはたまらなそうに吐息を漏らして。そうした些細な動きによる陶酔の様態が――否応なく、封じ込めた凶暴性を暴れさせる。急き立てる胸の裡。
エゼルは歯噛みする――このひとはどうしてこうも、僕の心を乱すのか――と。その凶暴な衝動をぶつけるように、再びフェデリコの耳を甘く噛む。
「あっ、ァ…エゼ、ッ――」
「……今度はいい子で待てたんですね、先輩」
よしよしと褒めてやれば、フェデリコはエゼルの腕に回した指先に力を篭めた。興奮故に色付く肌。小さな呼気が歯列の間に滑り込む――けれど、そんなことはどうでもいい。早く先に進みたい。強引に奪って貪りたいほどに、常ならぬ衝動に駆られる。
「……ご褒美をあげましょうね」
小さく、小さく。秘めやかに囁いて、エゼルは唇をひたりと耳輪に付けて。分厚い胸板を心音を確かめるように撫で摩ってから、キスを零す。
「あ……っ、あッ」
ちう、と吸ってやるとフェデリコが甘やかな声で啼いた――感じ入っているような低い吐息混じりなのは至極自然なことなのだろうが、抑圧して押し殺していた欲を引き摺り出すかのような官能的な響きには違いない。背筋をぞくぞくと駆け上る興奮が、パチ、とシナプスを焼き切るような幻視を伴って、爆ぜた。
陶然としながら――その実、痛いほどに勃起している自身の陰茎の感覚を意識する。この躾られきった粘膜に擦りつけたら、それは、それは。どれだけ気持ちいいだろうか。何も考えられなくなるほどの快楽で嬲り尽くしてやったら――
「っあ、ん……っ」
ぼんやりとした空想とは裏腹に、両手の指先は丹念に彼の先端を愛する。甘い声と吐息が滲むそれにエゼルが煽動されていることには気づかずに――フェデリコはうっとりと瞼を閉ざし、開き。ぼう、と天国の青を地上へ下ろしていくように――濁らせて、潤ませて。エゼルが差し出した舌に、己のそれをおずおずと合わせてくる。
「ぁ、……ん、ふ…エ、ゼル――」
滑る粘膜の甘さ。ぬるつき。口を離せば囁きが有り、また唾液を混ぜ合う音――フェデリコはエゼルの舌を、その形を味わうかのように舐め上げては。時折、あどけないほどの不器用さで――ちゅぅ、ちゅ、と吸って。手探りで行われるほのかな睦事には、もはやいとけなさすら感じさせた。
その間も。エゼルの指はフェデリコの耳殻を、その輪郭を、――裏側まで――なぞり上げて。かあ、と言う擬音が似合うほどに、赤林檎色に染まった白玻璃の膚を、一際鮮やかに際立てる。
仄か、な。揺蕩と称するに相応しい微睡みを覗かせて。瞼の隙間から覗く青の濃度が変わる。あたかも劇薬を嚥下したように、心臓――その深奥すらもが脈打つのを自覚しながら、エゼルはフェデリコの首すじに牙を立ててみせた。惑乱を叫ぶ声さえも愛おしく。耳の奥に響いた甘声は、エゼルの神経を思うままに――理想的に震わせるものだから。耽溺とは墜落の一種であり、しかし――
「先輩」
エゼルの膝/手/そして視線。何より、己の内腑の奥から。頸椎の奥、その底辺から――動悸のように突き上げてくる過熱に浮かされながらも、フェデリコは必死で首を横に振った。
「あ……っ、いえ、まだ…」
「まだ、何ですか」
ふふ、と。もう一度ばかり、エゼルの口許から笑みが零れる。ひくつく喉仏を両の指で愛でてやると、呼吸さえ捉えられたフェデリコは一層被虐に打ち震える――あたかも心臓さえも捧げ出したように、黒翼をぴん、と伸ばして崩す彼。黒曜石を切り出したかのよう、複雑な光沢を放つ明度。青みがかった黒色のそれを振り乱す姿は、必死の倫理道徳を総動員させた視覚に対しては――余りにも背徳的だった。
その常は理論のみ――ある種、打算のない故に。激情には脆弱なフェデリコの理性に爪を立て抉り、織り成した手触り。そのすべらかさと対を成す、ちく、ちく、と。膚に鋭利なものが刺さる感覚。
「それとも、まだ気持ちよくないんですか?」
甘く囁いてやれば、蕩けた視界の中のフェデリコはいかにも儚げな貌になって――喘ぎと懇願の入り雑じる表情で彼を見上げて、首を緩く揺すっている。エゼルの優しくも不埒な指先のことはもうすっかり意識の埒外にあるかのような素振りで。
その酩酊、快感へのおそれを上回る期待は如何ほどのものかと――蕩け切ったフェデリコの顔は、如実に物語っていた。彼を香炉として、背徳の香り立つ。甘き玻璃の骨の髄。
どこまでもこのひとを愛したい。そんな欲望を、身を浸した熱狂によって引きずり出されながら。エゼルは――ただ、ただ。愉快げに喉の奥で笑って。まだびくついている彼の黒翼、その仮想の根たる肩甲骨にゆるりゆるりと指を滑らせる。
「大丈夫ですよ。ちゃんと、気持ちよくしてあげます」
「エゼル、何を……」
「決まっているじゃないですか。一番、いいやり方で……先輩のことを…」
言い切らぬうちに。エゼルはフェデリコの脚の間へ手を伸ばす。着衣越しにもはっきりと分かる張り出したそこに触れて、自ずと。蜜か霞にでも塗れたかの如く情欲で、目が眩む。その興奮を、そのまま彼の陰茎に塗りつけるよう掌全体で擦り上げてやれば。
「あッ……あァ、んッ…ゥ――」
はくり、と唇が動き、また悦楽の声を零した。擦る動きをいくらか小刻みにすれば、フェデリコは無防備に――常の冷淡にすぎる彼を知るものからすれば、有り得ぬほどの――あられもない痴態で身体を震わせる。力づくで。羽交い締めにして。それらを堪能するのも非常に良いものだが、今はそれよりも。エゼルの指はフェデリコの陰茎を愛すに留まる。
「っ……あ、エゼ、…ッ」
「……先輩、力を抜いてください」
「ん、ッ――」
唇を塞いで。それから彼のシャツの下へと片手を忍び込ませれば。つん、と主張する小さな頂き、その外側だけを…かり、かり――爪の先でほんの僅かに、掻いてやる。
「……ッ…ふゥ、ん――」
彼の甘い囀りは、秘めやかに。エゼルの口許に吸い込まれて、咀嚼され。悉くが嚥下されて。そして、小さな頂きは――羽毛に触れられるが如くに。微細な動きで弄ばれているにもかかわらず、強烈な官能が退路を塞ぐものだから。フェデリコは与えられる官能に押し流されながら、甘い囀りをエゼルの舌先に搦めて。零し続ける。
「んう、ふッ……」
微かに、僅かに、焦らすように。触れ続けるしなやかな指先。物欲しげに唇へ吸い付く体とは相反して。しかし、躰の底への愛撫ばかりに耽溺するフェデリコの脚は最早あやしく震え、長い脚を絡め取られながら――甘やかな痺れを、おのれ自身の脚先へ向けて伝えるばかり。
熱を持った象徴/脚の震え――そんな。確実な解放への懇願を、エゼルは意に介さずに。その甘き痙攣を感じ取り、堪らない情感を覚え、俄然――恍惚として。緩やかに、愛撫を継続する。
「ぁ、…ふっ」
停滞にも等しい、しかし官能を却って。フェデリコの理論上において、最も最適な躰を厭らしく煽る愛撫。燻らされた官能は、少しずつ侵食するものでさえ内側に楔を打つ――ぎゅう、と胸を締め付け――押し寄せる切なさに、思わず零す喘ぎすら、また。飴の如くエゼルの咥内へと含まれてしまう。
弓引く悲鳴を聞けば――拷問というものを直接的に実現せんばかりの――ただ、ただ甘いばかりの愛撫が落とされ、馴染んで、染み込んで行く。
忠誠心を飛び越えた妄執を注ぎ、熱を零す唇を解放して。エゼルの、黄昏を円やかな藤色で染めたような瞳が、フェデリコの顔を見下ろす。その微笑には見覚えがあった。どこかいとけなく、罪のないそれ。
「ッ……何…を、考えて――」
歪つな微笑だった。上気する吐息とともに反射的に漏らした言葉は、途切れ途切れになる。エゼルは短くああ、と言ったきり――笑んで、内股を擦り付け合いながら淫らに悶える下肢へ、再び指を動かしてみせる。

翻弄されているフェデリコを見ることは、ひどく愉しく。少なくとも、性行為の際の、愛らしい彼の為人を理解出来た気にさせてくれるのだから。

愛撫を加えたさきから、深淵へと落ちてしまいそうな昂まりで満ちる。詳らかではない飢餓は、不定の霧に意図を失い。酩酊から逃れる術を与えない。微笑に潜んだ感情としての執着は。心身共に、曲線上を不本意に滑る。
「ぅあ……っん、ァ――」
十全に芽吹いた欲望に甘く爪が立てられて。直に、ぞくぞくと股から思考を波打たせながら……フェデリコはその海の中、先ほど一瞬見据えた微笑を引きずり出す――陥れるための蜘蛛の糸じみた笑顔で染まるエゼルが、如何に淫らに煌めいて見えたことだろう。その細い恍惚。慾望。おのれを堕とす光芒。
「エゼル…っ、」
「はい。何ですか?」
フェデリコの黒翼は、エゼルを抱き締めるかのように硬直していて――また、弛緩した。
愛撫に勤しみながら、その――実体のない――美しい羽の一枚一枚を、空間を伝うことによって愛でて。奥にある彼の躰をも、また。指の腹で優しくなぞり。爪を立てて、掻いて。その掌は焦らすように。
羽先まで触れて欲しいんですか、などと言われてしまえば――
「……私、だけを…ッ…」
「はい。……他のことなんて、考えられなくなるくらいに」
エゼルの、金色を帯びた光翼が。フェデリコの黒翼に、そっと触れる。羽一枚一枚を愛撫するかのような優しい動きに、フェデリコはふる、ふると何度も躰を震わせて。光翼が与える熱の波の合間を縫って、嬌声が滲む。
エゼルの指先は流れるようにスラックスのジッパーへと伸びる――フェデリコは汗ばんだ素足に絡まる衣服の感触を朦朧としたままに、感じて。
「はぁッ……ぅ…」
それに恥じらいを感じる余裕もなければ、また。エゼルの指はフェデリコの陰茎へと絡みつく。その熱とぬめりに、思わずといったように零れる声は、しかし甘く蕩けていて――
「あッ、…っ――」
「……先輩」
少し強めに先端を爪で掻いたならば、びくん、と強く腰がしなる。むずかるような声を出す彼へ、エゼルが口許を寄せて囁けば。フェデリコは普段のままの呼称にも快感を得ては啼いて――その反応のひとつひとつが、エゼルには堪らなく愛おしい。
「先輩、……先輩」
「っ……ん……」
ちゅくちゅくと、先走りに塗れた陰茎を優しく擦り上げながら。エゼルがフェデリコのプラチナ・ブロンドの固い髪を撫で、潤んだままの瞳を見詰める。瞬きをして――瞼を閉ざす睫毛が、影を作った――と、感じるのと同時に。
「ああ――かわいいです……」
エゼルは内緒話でもするかのような甘美を以て囁いた。それはなおのこと厭らしい艶を持って、鼓膜を通して躰中に染み渡るよう。己に使われるべき呼称では無いと言い聞かせても――フェデリコには、悦楽に塗り潰される以外の選択肢はなく。
はたしてその言葉は、媚薬と化した。甘い暗示に操られて、思考は緩やかにほどけて。あおいろの双眸は――はく、と大きく見開かれて。見開いた眼。青空を落とすが如く揺れるまなこ。薄紅に染まった肌を淡く透過されたかのよう――蠱惑的な光沢を放つ透き通った蜂蜜色の髪は、ラテラーノのどんなスイーツよりもシロップよりも、甘く。潤んで見える。今や地平線のようなあおいろが、ゆうくり、と。エゼルのてのひらへ、近付いてくる。
「……ん…ああ、ァ――」
ヘブンリィ・ブルーは今や、藤色のみの雁字搦めの天国に、自ら溺れて。
その艶やかで美しい金糸の質感を思わせる髪も、彫刻のように理想的な体躯も。鼻梁の陰翳は夜更けに薫る幽けき花の香りを想起させて。やはりそれすらも甘く、綻んでいた。
論理の帰結か、あるいは非正規の関係の結果であるのか。浅ましくも快楽へ身を任せているエゼルにとってはどうでもいいことだった。その揺らめく睫毛や、瞳に投影されるさかしまの空に惹き込まれて。嗜虐は思考からするりと抜け出る。
青い血管がかすかに透けて見える首筋を下り、つやめく桜貝のような唇へエゼルが舌を這わせば――フェデリコの躰はちいさく戦慄いた。零れる嬌声が、エゼルの口腔で反響する。唾液を纏った滑らかな舌は歯列を丁寧に割り、それから歯を愛撫し上顎を慰撫するごとに――フェデリコは腰を無意識に揺すって、その甘美な疼きを貪る。

エゼルが唇を離せば、フェデリコの唇と繋がる銀糸がぷつり、と切れて――しかしそれは一瞬のこと。色気を纏う吐息が、交じり――その吐息を形容出来る名前を付けられるような音もなければ、抑揚もない。今や彼のすべては甘く匂いたち、そして濡れそぼつ――艶めきに濡れるあおいろは雄弁なまでに、ほしいと乞って。偏った体温が沈み、凭れ掛かる躰からは、しかし。拒絶の様子は伺えなかった。
それがまたエゼルには堪らなくいとおしい。尖った唇を啄んでから、濡れたそこを拭ってやれば――それだけでフェデリコの喉仏が、ひく、と動く。
「先輩」
「……ん…っ」
「もう、いいですよね?」
それは既に先走りに塗れていて、ぬるついた感触が彼の細指に絡む。何方かと問われれば中性的な、エゼルの手のひらは暖かく――その温度を知らしめるかのように、フェデリコのペニスを優しく愛撫すれば。彼は眉を弱々しく傾げ、ぴくり、ぴくりと腰を踊らせる。そんな彼をもっと見たい、知りたい――指の腹で円を描くように。乳首を弄びながら、エゼルの器用な指はゆるゆると彼の淡い肌を犯してゆく。
「ぁ……っ、あ……」
ふくらんだ乳頭を――いたずらに。摘み上げたり押しつぶしたりするうちに、がくりと跳ね上がって震える躰。抱き締めるエゼルの腕に、知らず力がこもる。その屈強な体躯を逃さないかのように抱き締められながら、フェデリコは胎の奥から沸き立つような欲望を感じ。屹立から奔らんとする白濁を思えば、一度、息が乱れた。
「フェデリコ先輩」
艶めいた声が、常より低く奏でられる己の名と共に耳孔へとろとろと流れ落ちる――それすらも、気持ちいい。先走りが微かに溢れる先端を指の腹で撫でてから、ゆるゆるとした強さで射精に導こうとする愛撫。肺腑を満たす官能の靄から逃れたいと舌を引き出せば、彼を容易く絡めとる。
「ン……っ」
上ずった声も、輪郭が潤みを帯びたあおいひとみも。もはやエゼルだけのものだった。

妖艶で淫蕩な、ともすれば冒涜的な気さえする微笑みから――視線を逸らすことすらままならない。指から屹立が離れる。くぷ、と糸を引いて先走りと空気が混ざり合えば、耐えがたい羞恥心も絶頂の快楽で塗りつぶされて。吐精を催すような熱が腰の奥から込み上げ――胎の奥までもをきゅう、と疼かせていた。
フェデリコの腰を掴んだエゼルの手は、皮膚と筋肉のしなりを正確に捉えていて。逞しさとその体温を伝える。
「ン…ぁふ――エゼル……」
その白磁を思わせる手はゆるりゆるりとフェデリコの屹立を撫で上げる。いたずらに裏筋を伝えば――はッ、はっ、と零れる息。理性が輪郭を失い、淫らがましい情動に溺れゆくそのさま――手のひらを滑らせれば、鍛え上げられた腹筋が呼吸に合わせて。ひく、と僅かに律動し。それだけで。彼は陽光を紛れさせたかのような睫を揺らすのだから、堪らない。
ぬち、ぬち、ぬぢゅ――厭らしくも焦らすような速度で裏筋を辿り、強く撫で上げ――緩やかに陰茎を扱きながら。エゼルはフェデリコに口吻を連ねる。その悦楽への執着もさることながら、これから為されんとすることを想起したのか。あおい目を瞼の向こうに翳し、傾げられた彼の眉根が一際雄めいた淫靡を引き立てた。
瞼に触れれば、すっと瞳が瞬く。睫毛の陰翳は、まるで金色の蝶の羽ばたくが如く――宥めるように頬に口吻を降らせながら、エゼルはつよく握ったフェデリコのペニスの先端を、ぬめる手指で忙しなく撫でさすり、裏筋や根本をいやらしく愛撫する。
「先輩――力を抜いて」
「ッ…はぁッ……」
渇望に苛まれるか細い嬌声がエゼルの耳をくすぐる。閉じ切らない口元から粘つきを伴う唾液を零した彼は、かぶりを振りながら高まる淫楽の波との苦悶に――やがて、甘い色香を纏った声を、吐く。
押し殺した嬌声を、その唇で吸い取れば。彼はまたあおい瞳を瞬かせて――その快楽を享受した。

エゼルの指の動きに合わせて、フェデリコの腰が揺れる。先走りが零れては、ぬるついた手指に絡む。腹筋を緊張させては、弛緩させ。その所作を繰り返せば、熱の泡沫が生まれて弾け飛んで。
その美しいかんばせは。快楽に染まり、あおいひとみは蕩けて――しかしエゼルの愛撫を拒もうとはしない。むしろ、その先にある絶頂を待ちわびているかのようにも見えた。
フェデリコの呼気は途切れがちになっている――静止は口にしていない。溢れる淫欲の前に身を浸しながらも、拒絶らしい素振りすら見せないのだから、熱情も煽られて止まない。
「あ、ぁ……ぅ」
上下に擦る速度が段々と上がるにつれて、エゼルはフェデリコの感じ入る部位を把握する。先走りを塗り重ねるように裏筋を強めに摩られ――射精を誘うが如くに竿全体を扱かれれば、大きく体が揺れた。
そのかんばせは、エゼルにはひどく淫らに見えて。思わずと口端を上げた彼を、しかし咎めるものは誰もいない。
「……気持ちいいですね」
縋るものを探すかのようなフェデリコの視線を捉えるなり、彼は手袋を抜き取って。傷を付けぬような仕草で嗜虐を隠して、薄紅色のペニスの括れに張り付くぬめった露玉を塗り込める。
「あッ……はっ…」
「先輩、気持ちいいですよね」
「っ…、」
快楽に蕩けたかんばせを、エゼルは嗜虐心の薫る微笑で見下ろす。強制的に性欲を――興奮を植え付けられるような快楽に、フェデリコが襲われることは想像に易い。華奢な指は裏筋をなぞり上げ、先端を包み込み。その指の腹が尿道口を擦れば、あおいひとみが見開かれた。
結局のところ、背徳とは一種の興奮剤だ。緩やかな上昇は脳溝に沁み入り、理性を灼いていく。
「あ、あッ……エゼル……っ」
「はい。なんですか?」
フェデリコのペニスは、エゼルの手淫に反応して嵩を増してゆく。裏筋をなぞり上げながら、その先端を指の腹で優しく擦れば――彼は腰を浮かして、快楽に悶える。
「っ、あ、ぁ……も…もう――」
どくん、どくん。
血流が一処に集中し、神経は過敏になって。生殖を勘違いしたペニスが脈打つ。はち切れんばかりにそそり立ち、抑えの利かない吐精へと訴えかけるように熱を発する。
エゼルの視界にちかちかと光が散る感覚さえあった。フェデリコが、自分の指の中で快楽に悶える――そのさまを目にすれば。
「……っ、あ…ッ」
「もう、なんですか?」
「……もうッ…絶頂、します…」
「ふふ――よく言えました」
フェデリコのペニスは、はち切れんばかりに怒張している。その愛らしい鈴口を、エゼルが指の先で優しく撫でれば。彼は腰を震わせて、吐精した。
「ッあ……あぁッ…!」
白濁が迸る。幾分かやわらかな手のひらに熱い飛沫が降りかかり、エゼルの指をしとどに濡らしては伝い落ちる――甘露が如くの、白濁。それが白指に絡む様を、フェデリコは涙の幕が張った視界の中で見た。
独特の臭いが立ち込めたのちにゆっくりと瞳がひらき、これが夢ではないことを再確認しながら――淫欲に打ち負けて吐精した(他者よりも殊更に感じるであろう)羞恥からか、真っ赤になったフェデリコへ、ちゅ、ちゅ、と柔く吸い付くだけの口吻を授ける。
「気持ちよかったですか?」
「――ッ…」
「先輩」
返答を求める言葉は、尋問の色をしている。フェデリコは歯噛みして、しかしそのなめらかな素肌を隠すための手立てを取ることを忘れてしまっていて。返答を促すかのようにペニスを幾度か擦られれば、沸き起こる快楽には抗えない。
「っあ、」
「あの……よかったならいいんですけど」
もう一度鈴口を指の腹でなぞられれば――またも白濁がとろりと零れる。エゼルはその精液を掬い上げながら、精悍なかんばせを陶然と綻ばせる。
「……先輩のかわいいところ、もっと見たいです」
「…ッ!」
エゼルはフェデリコのペニスに纏わりつく白濁を指先で掬っては、そのぬめりを借りてしごいた。その刺激にあえかな声を零したところで、緩やかな刺激に――ペニスは再び屹立する。
「――また勃ってますよ…」
くすくす、と。耳元で笑いながら囁かれれば、羞恥が募って血が湧く。
エゼルはひどく獰猛な情欲を湛えた目を細め、先ほど白濁を掬い上げた手を前に出す――濡れた指が、フェデリコの臍の下を軽くつつき、撫でた。激情を持て余したままの白くまろい隻手が、しとどに濡れそぼって怒張するペニスに絡んで。そのまま、逆の手でフェデリコのスラックスを下ろしていけば――窄んだそこが露わになる。
親指の腹でその箇所を軽く撫でれば、フェデリコはエゼルの肩口に顔を埋めた。羞恥に震える、決して柔らかくは無い躰の線……やや硬い皮膚を手のひらで愛しむようにして愛撫すれば、しおらしいさまを見せるものだから、エゼルの良心は灼かれるばかり。
躊躇いはそれなりにあった。けれども、未だ少しばかりの反発を示すだろう孔の周辺を入念に解していけば……やがて弛緩が生まれていき、筋がほどけるかの如く解けていくのを彼は指先でも感じ取る。
フェデリコは開かれつつある兆しに眦を下げ、今はそのホリゾンブルーを瞼の奥に隠した。躰の裡を暴かれるような感覚には、未だ馴れそうもないが――然し、弄ばれるばかりでは、いけない。
唇が開いては、閉ざしを繰り返す。悖る、悸るように。その度に、エゼルは――彼の光輪の仮想の根を撫でるよう、髪に接吻を繰り返し。
白濁を纏わせたままの指が緩慢に動いて。次第に孔へ差し入れられる指が――二本、三本と。増えていき、震える吐息は次第に切なげなディテールを零して。
きゅう、と戒めんばかりのそこに。水音を立ててローションを纏わせていけば――指先がぬかるみに晒されて。やわく、柔らかく、ほどけていく。指先を揺らせば窄んだ襞がひくひくと動きを見せて、もう一度くぱりと淫らに開く。指をまとめて動かして質量で責め立て、指先だけで内壁を擽るようにして撫で。誘うように、引き摺り込むように収縮して指を飲み込もうとする襞を、刺激してやれば。ゆるゆると腰を揺らして誘う恋人の淫蕩な有様はたまらない。
エゼルが耳に接吻をすると、フェデリコはそのかんばせをもたげて。それでも尚も羞恥に抗えぬ彼は唇を噛んでいる。
「……でも、先輩は僕のもの……」
低く、甘く。出来るだけ、彼の理性が蕩けるような声音で――囁きながらエゼルがスラックスの前を寛げていけば、フェデリコの碧眼は揺れる。下着越しに己の膚に触れている彼の一物は重く張り詰め――凶暴さを孕んでいて。薄氷の上に立つように焦らされた躰は、その色香だけで溶かされそうになる。
「……いえ、ふふ――でも、二人きりの時だけは…ちゃんと〝フェデリコ〟って呼ぶ約束――しましたもんね?」
つ、と指先で胸元を弄られる。たった少しの愛撫で、甘い電流が四肢を走りぬける――しどけなく乱された頭は僅かな言葉を吐く――無言はすなわち肯定であった。
(彼の方が高い)身長差の所為か微妙にバランスを保ちかねるフェデリコをぐっと抱き寄せれば、背を支えられるようにして抱き締められる。強い力は籠められない。ただ互いの体を支えるように、やわく絡む腕の籠が、何故だか心許ない。
そして――エゼルは力が抜けきった細くも理想的な肉体を、支えるようにしてゆっくりと押し倒した。逃げようと、無意識的に這ったところで。腰元にクッションを入れられ、ベッドサイドのアロマキャンドルを吹き消されれば――逃げ場などない。
「ねえ、先輩?」
エゼルはフェデリコの大腿に跨り。その腰を華奢な手で支え、やわらかな牽制にも似た仕草で尻臀を撫でる。肉の盛り上がりを揉む手付きにいよいよ吐息は乱れ、胎奥は浅ましくも欲を如実に伝えるように蠢いて。
それはあくまで躰の反応であっても。おのれの羞恥の在処までもを追求するような行為から逃れんと身を捩らせても――エゼルはそれを許さない。また、ぬちゃりと音を立てて自らの肌の上を愛撫するローションが、顔を背けることも妨げていて。強烈な蠱惑を覚える有様に、フェデリコは思わず目を瞑った。
「……っ」
「嫌なら、本当に――抵抗してもいいんですよ」
つつ、と手を動かせば。下肢に向けて流れるそれ……指先を伸ばして拭えば、糸を引くだろう。淫らさに、情欲が滲んだ眸。かすかに翳った愛慾の先を塗り固めたかの如く、潤んだ碧眼。鮮やかな愛撫とは真反対の慎ましい喘ぎを吐きながら……彼は薄紅の口唇を開けたり閉じたりして、言葉を紡ごうと試みていたものの。今はエゼルに縋るほか手立てがなかった。
如何に甘やかな言葉を注がれても――彼もフェデリコも、立場を弁えていることを互いに知るからこそ。甘い響きを伴うことばには背徳が在り、罪は二人を酩酊させる。
だからこそ。言葉よりも先に、熱が蟠る。躰が先走る。根底に植え付けられた色慾、その断片から必死に逃れようとすれば、次第に心が溶けゆくようで――たまらなく、なる。
内腿を這うローションを拭った手指は、そのままするりと――容易く、上に向かった。

柳眉を傾げるかんばせに接吻を降らせながら、エゼルは囁く。
「もう…いいですよね?」
「……ッ、――嫌、です…」
「……本当に?」
ぬるり、と。先走りが糸を引くペニスを扱かれれば――フェデリコの胎の裡は再びぐずり、躾られた粘膜が疼き、湿度を増す。今更、逃れることなど出来ない。けれど、寧ろ――その先を待ちわびている現状を認識しながらも。彼は拒絶の意を示したかった。躰がそう躾られているとしても――たったの一糸でもあれば、拒絶できると信じていたからだった。
しかしエゼルは、そんなことばにすら喜色を見せるのだ――その反応が、彼の加虐心を煽って。どうしようもなく、残酷な愛慾のほろ苦い味わいを舌先で嗜む。
じゅく、と熟れた粘膜から零れる粘液は――厭らしさを煽る音を立てていて。たっぷりのローションを掌で掬い、指を伝わせるようにすれば。
「――ぁ、…ん、ッ…エゼ、ル…!」
「ふふ、かわいい……」
ねっとりと熱く滑る、やわらかな襞を掻き分けられる。情欲の熱を帯びた人差し指を、その甘い疼きの一処へ近付けられる。
その先を知っているフェデリコは思わずかぶりを振り、短く啼く――ぴんと張った肌のすべてに薄い色素のほつれが伝う様は何とも煽情的で。淫らで。エゼルは生唾を飲んだ。
「本当に嫌なら……いまのうちに」
彼は引き絞るような声をあげながら、眉根を歪ませるものだから。そのかんばせにエゼルは口付けを落とし、指をゆっくりと沈めた。ぬるついた指の腹で襞をなぞれば、フェデリコの躰は震える。その感覚はひどく甘美なもので。
「あッ、あ……ぁ――」
此処で、辞めてしまえば――また。〝また〟浅ましく、慾情に身を焼くのだろう。いやだと、厭、だと。悦ばせてほしいと。望む躰の反応が脳幹を蕩けさせる。
「んッ――!…はッ……」
からだを裡から暴かれる感覚――凝り固まった性感帯を触れられ、フェデリコは激しく仰け反った。背筋を震わせれば、括約筋が緩く蠕動し――彼の細指を締め付けて。エゼルが二本の指で襞を掻き分け、再びそこを――前立腺を刺激する。
「ッあ……あ、ぁッ…ん、ッ、う――」
「ふふ……先輩、指――きゅう、って締めつけてきますね……」
「あッ!あ、あ……!」
肌を重ねたばかりの頃は――シリンジの先端を充てがわれるだけでも躰は強張り。指をきつく締め付けていた。しかし今は。その感覚をも快楽に変換し――あさましく、身悶えるばかり。
「……僕の指のかたち――覚えてくれたんですね」
「んッ…!」
ちゅう、と耳裏に接吻を落とされれば……ぞわぞわと欲がかきたてられ、浮いた足先を丸くした。筋肉質な腰に、エゼルの爪が食い込む感覚が伝わって。濡れそぼった仄暗い視界は彼のかんばせを映す――雄の色香に塗れた顔立ちは端正で美しい。薔薇色の頬、甘美な桃色の唇、フェデリコのそれよりは濃いブロンド――なにより、黄昏を藤色に染めたような瞳。
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