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端っこに陣取ったは良いが、向かい合ってから全く目を合わせてくれない。顔を赤くしたり青くしたりして、目が泳いでいる。一体何を考えているんだろう。しばらく押し黙っていた先輩が、口を開く。
「あの人は、放っておいていいんですか?」
「あの人?」
「レオナさんです。」
「レオナ先輩?あぁ。」
目を伏せて、不服そうな顔をして言う。
「もしかして、何か勘違いしてます?」
「え?」
「レオナ先輩、私がこの格好でここに来るまで、変な奴に絡まれない様に付いて来てくれたんです。」
「…は?」
「いやぁ、いい先輩に恵まれました。一曲踊るのを条件に、快諾してくださって。」
「そ…そうですか。」
「…誤解は解けました?泣かないでくださいね?」
「な、泣きませんよ!!それに、僕は誤解なんてしていません!」
見え透いた強がり。さっきよりもいつもの調子が戻ってきたような気がする。
真っ赤な先輩が手を伸ばす。でも、私は手を取れないでいる。
「どうしました?」
「先輩、誘ってもらっておいてなんですが、私はダンスができません。リードをお願いしてもいいですか?」
「勿論。誘ったのは僕ですから。そのくらいできます。」
「それは良かった。心強いです。よろしくお願いします。」
先輩の手に添うように、手を重ねた。腰を抱かれる。くすぐったいなんてことを気にするよりも先に、顔の近さに驚いた。レオナ先輩との時は、こんなに近くなかった。それに、こんなに緊張しなかったのに。目を合わせて数秒。どちらともなく逸らしてしまう。
一瞬の沈黙。曲が始まる。先輩のリードで足が動く。
「その、今日は…来てくれて、良かったです。」
呟くようにそう言って、彼が、とろけるような笑顔を見せた。心臓が飛び跳ねる。そんな顔みせるなんてずるい。
「…お待たせしました。間に合わなくて、すみません。」
そんな気持ちをおくびにも出さず、目を逸らして返答してしまう自分のなんと可愛げのないことか。
「折角お誘いしてもらったので、お洒落をしないと失礼かと思って。遅くなってしまいました。似合ってますか?」
「と、とてもお似合いです。それに、その香りは…」
「先輩からいただいたものです。今使わずにいつ使うのかと思いまして。でもよかった、そういってもらえて。今日一日付けていたんですが、この香り、好きですよ。…大切にします。ありがとうございます。」
「そ、れは…良かったです。」
んん、と喉を鳴らした先輩が、視線を下におろす。
「普段、ヒールなんてはかないでしょう?足は痛みませんか?」
「ご心配ありがとうございます。魔法の靴だからでしょうか?全然痛まないんです。疲れはするんですけどね。」
「それは良かったです。魔法の靴…それで、ダンスができるということですか。なるほど。」
ぎこちないけれど、安定している動き。先輩は、どうやってリードの練習をしたんだろう?…先輩がリードの練習を?誰と?リーチ兄弟だろうか。その風景を思い浮かべて、思わず笑ってしまう。
いや、そんな授業があるのかも。私も受けてみたかったな、なんて思う。
「ふふ。」
「何がおかしいんです?…まさか、レオナさんと比べて僕が拙いとでも…?」
「違います。ただ、楽しくって。」
まるで夢みたいです。そう呟くと、先輩は一瞬言葉を詰まらせた。
「ン”ン”ッ…僕、だって…楽しいですよ!!」
どこか悲鳴のようにいうもんだから、周りに聞こえているだろうに。
「せ、先輩!?あんまり大きな声を出すと、周りに聞こえます!!」
「今は僕に集中してください!!」
カァ、と一瞬で、自分の顔が赤くなるのがわかる。
「ず、いぶんと、情熱的なこと…言うんですね?!馬鹿じゃないですか?!」
「…あ?!いや、だってそうしないと…!!踊れないじゃないですか!!」
お互いに真っ赤になって、私たちは何をやっているんだ。これが公開処刑か。慣れないことはするもんじゃない。
「足、踏まないでくださいね。」
「素人に、何言ってるんですか。頑張ってリードしてください。」
「言いますね。」
足が饒舌にステップを刻む。くるりくるり。ドレスが円状に翻る。私の気持ちなんか気にしないみたいに、ドレスの色が鮮やかに変わっていく。
目が合って、逸らして、また合わせる。どこか夢うつつなその瞳に、溺れそうになる。息が上がって、足がもつれそうになる。その度に先輩が、私を導いてくれる。握られた手が熱い。ずっとこうしていたい。
そう思ってしまった、自分が憎い。
曲が終わろうとしている。
覚めない夢なんてない。そんなの、私が一番よくわかっている。
――――――――――――――――――――――
曲が終わるころには、やはり私の息は上がっていた。繋いだ手を離さず、そのまま食堂の端へ連れられる。
「お疲れ様です。」
待ち構えていたジェイド先輩が出迎えてくれる。
「ありがとうございます。…大事な寮長さんをお借りしてしまってすみませんでした。」
「いえいえ、随分面白いものを見させていただきました。楽しかったですか?」
「面白いとは、なかなか言ってくれますね。…でも、とても楽しかったです。」
ふふふ、と笑うと、それは良かった、と人好きのする笑みを浮かべた。そのまま、ジェイド先輩はアズール先輩に目を向ける。それは満面の笑み、と言うやつで。
「どうでした、アズール。ユウさんと一緒に踊るのは。」
「…ええ、とても楽しかったですよ。」
「それはそれは何よりでした。練習したかいがありましたね。」
「練習?」
「ジェイド…それは内密にと言ったでしょう。」
まさか本当に、リーチ兄弟相手に練習したとでもいうのか。そう思ってジェイド先輩を見ると、そのまさかですよ、なんてニコニコ笑っている。むしろリードされそうだが?
ジェイド先輩は、完全に玩具を見つけた、と言う顔だ。もしかしてジェイド先輩は、アズール先輩を揶揄うためだけにここにいるんじゃないか。そんな気さえしてくる。
「おやおや、怒られてしまいました。ところでユウさん、素敵なお召し物ですね。とてもよくお似合いです。」
「ありがとうございます。いつもより頑張ってみました。」
どことなく、褒められたドレスがご機嫌な気がする。まるで声に反応するように、さっきから何度も色を変えている。
「ところで、さっきの…レオナさんはよろしいんですか?もう帰ってしまわれましたけど。」
少し深刻そうな顔をしてジェイド先輩が聞いてくる。
「ジェイド、それは」
「あ、ここまで絡まれない様に護衛してくれてたんです。対価に一曲って言って。決して浮気したわけじゃないんですよ?」
「それはよかった。どうしようかと思っていたんですが、僕たちも安心しました。ね、アズール。」
「あー!だから、余計なことは言わないでください!」
そんな話をしていると、ふらふら~とフロイド先輩が近付いてくる。
「え、なんで~?さっきまで真っ青な顔してたくせに?」
「まさか僕は振られたのか?なんて、泣きそうな顔をして。」
『ねぇ???』
「僕は!!何も!!言ってない!!!」
「そんなこと言って、今めっちゃ安心してんじゃ~ん。」
「よかったねぇ?」なんて、フロイド先輩に頬をつつかれている。それを真っ赤になりながら応対するアズール先輩。いい具合にリーチ兄弟に遊ばれている。正直見ていて面白いけれど、少しくらいは肩を持ってあげてもいいのかな。ちょっと気の毒ではあった。
「いや、私もですね、誘ってくれた人を尻目に先に踊るのどうかなって思ったんですけど、背に腹は代えられないっていうか。一人であの人混みを歩くの、ちょっと度胸がなくて。とにかくご助力いただくことになりまして。」
「度胸なんて、レオナさんと一緒に踊れるだけ十分だと思いますけどね。」
メガネの位置を直しながら、先輩が言う。
「レオナ先輩と踊る機会なんて早々ないなーと思って、楽しませてもらいました。」
「本当、誘った僕を差し置いて、どうかと思います。付き添いなんて僕に言えばよかったんですよ。」
「アズール、それは嫉妬ですか?」
「違います!!!お前達、本当に一言多いな!!」
「フフ、また怒られてしまいましたね。」
「アズール面白ぉ、顔真っ赤~。」
はは、と何とか乾いた笑いで誤魔化す。言えるわけがない。直前までやめようと思っていたなんて。
ゆらゆら近づいてきたフロイド先輩が後ろからギューッと締めてくる。うぇ、なんてカエルがつぶれたみたいな声が出て、「色気ないねー」なんてフロイド先輩が笑う。
「ドレスでいつもより絞められてるんです。やめて、中身出ます、フロイド先輩。」
「ねー、小エビちゃん俺とも踊ろ~?」
「わぁ聞いてないこの人。ごめんなさい、もう体力が持たなくって、勘弁してください。ヘトヘトなんです。」
正直もう足がガクガクしていて、フロイド先輩とあと一曲、なんてとてもじゃないが無理だ。
「え~?つまんねーの!でもその服、踊るとひらひらして綺麗だよね。」
「可愛いドレスですよね。フワフワしてる服着るなんて久しぶりです。」
「そもそも、そんなんもってたっけ?色も変わってたし。」
「これは借りものです。」
「…てことは、もしかしてそれベタちゃん先輩んとこの?」
「そうです。よくわかりましたね?」
ドレスをちょっと持ち上げて、揺らしてみる。また色が変わった。こんなに色を変えて、魔法が切れたりしないんだろうか。
「ヴィルさんのところの、というと…まさか。」
「もしかして…あの服ですか?」
「え~?もしかしてあれ?ベタちゃん先輩、それ着るの止めなかったの?」
「え?どういうことです?」
3人が心底驚いたような顔をした。なんだろう。このドレスに何かあったのだろうか。
「それは…ドレスの気分次第でデザインが変わる、魔法のドレスです。」
「去年あんなことがあったから、今年は出てこないと思っていました。まさか着る人がいるとは。」
「えっ?」
「むしろ着こなせる人が…でしょうか。」
「去年着た人は散々な目にあっていましたね。」
「えっ?具体的にはどんな…」
聞きたくないが、聞いたほうがいい。一体このドレスが何をしたというんだ。
「着られたくなくて逃げました。」
「え?逃げた?何が?」
「ドレスが。」
「ドレスが?!」
「踊っている途中に脱げて、大変なことになりました。」
「脱げた?!」
「えぇ。脱げて、逃げました。」
ほら、ここの舞踏会、男しかいませんから。なんてジェイド先輩がため息を吐いた。
そのドレス、最後まで頑なに言うこと聞かなかったんだよ~、着られたくなかったみたいなんだよね~、なんてフロイド先輩が言う。
「まさに気分屋で、フロイドみたいなドレスですよ。」
「えー俺に失礼じゃね?仕事ぐらいちゃんとするし。てゆーか小エビちゃん女の子だからドレスの機嫌もいいんじゃねーの?さっきから色も変わるしキラキラしてるし、ご機嫌じゃん。」
「おやフロイド、余計なことを言ってはいけませんよ。」
今は正直女とか男とかどうでもいい。脱げるかもしれないだって?それを聞いて落ち着いてはいられない。いまのところ、きついお腹周りも緩む様子はない、ないけれど。
心配になって背中を見ようとしてみたり、腕を上げて緩んだりしていないか確認してみる。
「去年は散々だったようですが、今のところドレスはご機嫌なようですし、トラブルはなさそうで安心しました。」
「とかいってアズールさぁ、ラッキースケベ狙ってたりする?」
「バカなことを言うなフロイド。」
「おやアズール、素が出てますよ。」
「黙りなさいジェイド。」
「え、すごい怖いんですけど。私これ脱げたら大変なことになるんですが。」
「いまのところ、去年のようにドレスの機嫌が悪い様子もありませんし、大丈夫なのではないでしょうか?去年は無理矢理着たという噂ですし。」
無理矢理?無理矢理ってなんだ。
「え?だってあそこは、試着室に入ったらドレスが勝手に飛んできましたよ?」
ヴィル先輩もそう言っていたし、と言った瞬間、リーチ兄弟の顔が、暫し間をおいて、愉快そうに歪んだ。
「なんですか、その顔。」
「なるほど。そういうことであれば話は別ですね。」
「へぇー、そういうことぉ。」
「まさにあなたが、ドレスに選ばれた、わけですか。ならば納得というものですね。」
『よかった(です)ね、アズール。』
「…!!」
ジェイド先輩はアズール先輩を見てニヤリと笑う。あはぁ、とフロイド先輩もアズール先輩に視線を合わせた。アズール先輩は、驚いた顔で二人を見ている。
視線で会話する三人に問いかける。
「…それ、どういう意味です?」
「それはアズールから説明してもらうと良いと思います。」
『頑張って(ください)ね、アズール。』
「え?」
先輩の肩をポン、と叩いて、長い脚の二人がホールに歩いていく。
「さて、僕らも踊りますか。一緒にどうです?フロイド。」
「え、いいじゃ~ん!たまには一緒に踊る?ジェイド~!」
その長い脚を生かして、鮮やかにステップを刻むフロイド先輩。それに合わせて踊るジェイド先輩。ずっと足で歩いているはずの私なんかより、二人のほうがうまく踊れているというのは些か不思議ではある。
「…あの二人目立ちますね。あと…フロイド先輩って、ダンスうまいんですね、すごい。」
「え、あ、あぁ、そうですね。気分がのっていれば、大体なんでもできますよ、フロイドは。」
ふとさっきの話を思い出す。…まさか、アズール先輩にリードを教えたのって…。
「ユウさん、余計なことは考えなくていいんです。」
「何のことです?人の考え読まないでください。」
二人きりになると、いつもこうだ。意地っ張りの、可愛くない反応ばかりしてしまう。本当は、もっと素直に話したいのに。先輩はため息を吐いた。
「さっきの可愛げはどこ行ったんですかね。」
「可愛げってなんです?食べられます?それよりこのドレスのことですよ。どんな秘密があるっていうんですか。」
気を取り直して、先の質問をアズール先輩に聞く。
「…あの試着室は、基本的に普通の試着室と変わりありません。ただ、多くの魔力を送った場合には、ヴィルさんの言う通り”ドレスに選ばれる”ことになる。」
「え、じゃあ誰かが…」
「おそらくは誰かが、魔力を供給したんでしょう。そして、選ばれるドレスは願いによって異なる。」
時に、美しく着飾るように。時に凛々しく、逞しく見えるように。願いに添うドレスが自ら飛んでくるのだという。
「そしてそのドレスは…」
先輩は咳ばらいをした。大変言いづらそうだ。
「その、一体あなたは…何を願ったんですか?」
「え?そんなの、言うわけないじゃないですか。」
「…でしょうね。でも、このドレスに選ばれる者の願いは、…決まって色恋に関するものだと言われています。」
「うわ。」
それで、リーチ兄弟はそんな反応をしたのか。この服は恋心に反応して、それでこんなに鮮やかに、酷く鮮やかに輝くのか。…心底、自分の欲望に辟易した。
「はー、…そうですか。」
「嫌そうな顔ですね。何か心当たりでも?」
「さて、どうでしょうね。ま、オシャレをしようとしたのは事実ですし、自分のためでもありましたから。…その気持ちに色恋があるかはわかりませんよ。」
「へぇ、そうですか?」
そう言ってメガネの位置を直している。何か考え事をしている顔だ。
どうか気づかないでほしい。私が何を願ったかなんて。
「…で、話変わりますけど。先輩はこれからどうします?私、足が疲れたので、帰ろうかと思うんですが。」
「え?もう帰るんですか?」
「えぇ。2曲も踊ったら疲れました。こんな格好で、その辺で倒れるわけにもいきませんしね。」
「…そうですか、本当に体力がないんですね。僕としてはもう少しこの舞踏会を楽しみたかったところですが…。」
「では、どうぞごゆっくりなさってください。私は帰りますので。」
「いえ、そういうわけにはいきません。寮まで送ります。」
「え?大丈夫です。先輩、ゆっくりしたいなら残っててもいいんですよ?それに、リーチ先輩たちは放っておいて良いんですか?」
先輩が何か、ボソッとつぶやいたけれど、周囲の声で掻き消える。
「ん?先輩、何て言いました?」
「いえ、何でもありません。あの二人は放っておいたって大丈夫です。」
それより僕は、あなたを無事に返す義務がありますので、なんて言って歩き出す。私はその後ろをついていく。先輩の後ろなら、確かに危険はないだろうけれど。入ってきたときとは逆の道を辿っていく。先輩の、その手は握れないまま。
「あの人は、放っておいていいんですか?」
「あの人?」
「レオナさんです。」
「レオナ先輩?あぁ。」
目を伏せて、不服そうな顔をして言う。
「もしかして、何か勘違いしてます?」
「え?」
「レオナ先輩、私がこの格好でここに来るまで、変な奴に絡まれない様に付いて来てくれたんです。」
「…は?」
「いやぁ、いい先輩に恵まれました。一曲踊るのを条件に、快諾してくださって。」
「そ…そうですか。」
「…誤解は解けました?泣かないでくださいね?」
「な、泣きませんよ!!それに、僕は誤解なんてしていません!」
見え透いた強がり。さっきよりもいつもの調子が戻ってきたような気がする。
真っ赤な先輩が手を伸ばす。でも、私は手を取れないでいる。
「どうしました?」
「先輩、誘ってもらっておいてなんですが、私はダンスができません。リードをお願いしてもいいですか?」
「勿論。誘ったのは僕ですから。そのくらいできます。」
「それは良かった。心強いです。よろしくお願いします。」
先輩の手に添うように、手を重ねた。腰を抱かれる。くすぐったいなんてことを気にするよりも先に、顔の近さに驚いた。レオナ先輩との時は、こんなに近くなかった。それに、こんなに緊張しなかったのに。目を合わせて数秒。どちらともなく逸らしてしまう。
一瞬の沈黙。曲が始まる。先輩のリードで足が動く。
「その、今日は…来てくれて、良かったです。」
呟くようにそう言って、彼が、とろけるような笑顔を見せた。心臓が飛び跳ねる。そんな顔みせるなんてずるい。
「…お待たせしました。間に合わなくて、すみません。」
そんな気持ちをおくびにも出さず、目を逸らして返答してしまう自分のなんと可愛げのないことか。
「折角お誘いしてもらったので、お洒落をしないと失礼かと思って。遅くなってしまいました。似合ってますか?」
「と、とてもお似合いです。それに、その香りは…」
「先輩からいただいたものです。今使わずにいつ使うのかと思いまして。でもよかった、そういってもらえて。今日一日付けていたんですが、この香り、好きですよ。…大切にします。ありがとうございます。」
「そ、れは…良かったです。」
んん、と喉を鳴らした先輩が、視線を下におろす。
「普段、ヒールなんてはかないでしょう?足は痛みませんか?」
「ご心配ありがとうございます。魔法の靴だからでしょうか?全然痛まないんです。疲れはするんですけどね。」
「それは良かったです。魔法の靴…それで、ダンスができるということですか。なるほど。」
ぎこちないけれど、安定している動き。先輩は、どうやってリードの練習をしたんだろう?…先輩がリードの練習を?誰と?リーチ兄弟だろうか。その風景を思い浮かべて、思わず笑ってしまう。
いや、そんな授業があるのかも。私も受けてみたかったな、なんて思う。
「ふふ。」
「何がおかしいんです?…まさか、レオナさんと比べて僕が拙いとでも…?」
「違います。ただ、楽しくって。」
まるで夢みたいです。そう呟くと、先輩は一瞬言葉を詰まらせた。
「ン”ン”ッ…僕、だって…楽しいですよ!!」
どこか悲鳴のようにいうもんだから、周りに聞こえているだろうに。
「せ、先輩!?あんまり大きな声を出すと、周りに聞こえます!!」
「今は僕に集中してください!!」
カァ、と一瞬で、自分の顔が赤くなるのがわかる。
「ず、いぶんと、情熱的なこと…言うんですね?!馬鹿じゃないですか?!」
「…あ?!いや、だってそうしないと…!!踊れないじゃないですか!!」
お互いに真っ赤になって、私たちは何をやっているんだ。これが公開処刑か。慣れないことはするもんじゃない。
「足、踏まないでくださいね。」
「素人に、何言ってるんですか。頑張ってリードしてください。」
「言いますね。」
足が饒舌にステップを刻む。くるりくるり。ドレスが円状に翻る。私の気持ちなんか気にしないみたいに、ドレスの色が鮮やかに変わっていく。
目が合って、逸らして、また合わせる。どこか夢うつつなその瞳に、溺れそうになる。息が上がって、足がもつれそうになる。その度に先輩が、私を導いてくれる。握られた手が熱い。ずっとこうしていたい。
そう思ってしまった、自分が憎い。
曲が終わろうとしている。
覚めない夢なんてない。そんなの、私が一番よくわかっている。
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曲が終わるころには、やはり私の息は上がっていた。繋いだ手を離さず、そのまま食堂の端へ連れられる。
「お疲れ様です。」
待ち構えていたジェイド先輩が出迎えてくれる。
「ありがとうございます。…大事な寮長さんをお借りしてしまってすみませんでした。」
「いえいえ、随分面白いものを見させていただきました。楽しかったですか?」
「面白いとは、なかなか言ってくれますね。…でも、とても楽しかったです。」
ふふふ、と笑うと、それは良かった、と人好きのする笑みを浮かべた。そのまま、ジェイド先輩はアズール先輩に目を向ける。それは満面の笑み、と言うやつで。
「どうでした、アズール。ユウさんと一緒に踊るのは。」
「…ええ、とても楽しかったですよ。」
「それはそれは何よりでした。練習したかいがありましたね。」
「練習?」
「ジェイド…それは内密にと言ったでしょう。」
まさか本当に、リーチ兄弟相手に練習したとでもいうのか。そう思ってジェイド先輩を見ると、そのまさかですよ、なんてニコニコ笑っている。むしろリードされそうだが?
ジェイド先輩は、完全に玩具を見つけた、と言う顔だ。もしかしてジェイド先輩は、アズール先輩を揶揄うためだけにここにいるんじゃないか。そんな気さえしてくる。
「おやおや、怒られてしまいました。ところでユウさん、素敵なお召し物ですね。とてもよくお似合いです。」
「ありがとうございます。いつもより頑張ってみました。」
どことなく、褒められたドレスがご機嫌な気がする。まるで声に反応するように、さっきから何度も色を変えている。
「ところで、さっきの…レオナさんはよろしいんですか?もう帰ってしまわれましたけど。」
少し深刻そうな顔をしてジェイド先輩が聞いてくる。
「ジェイド、それは」
「あ、ここまで絡まれない様に護衛してくれてたんです。対価に一曲って言って。決して浮気したわけじゃないんですよ?」
「それはよかった。どうしようかと思っていたんですが、僕たちも安心しました。ね、アズール。」
「あー!だから、余計なことは言わないでください!」
そんな話をしていると、ふらふら~とフロイド先輩が近付いてくる。
「え、なんで~?さっきまで真っ青な顔してたくせに?」
「まさか僕は振られたのか?なんて、泣きそうな顔をして。」
『ねぇ???』
「僕は!!何も!!言ってない!!!」
「そんなこと言って、今めっちゃ安心してんじゃ~ん。」
「よかったねぇ?」なんて、フロイド先輩に頬をつつかれている。それを真っ赤になりながら応対するアズール先輩。いい具合にリーチ兄弟に遊ばれている。正直見ていて面白いけれど、少しくらいは肩を持ってあげてもいいのかな。ちょっと気の毒ではあった。
「いや、私もですね、誘ってくれた人を尻目に先に踊るのどうかなって思ったんですけど、背に腹は代えられないっていうか。一人であの人混みを歩くの、ちょっと度胸がなくて。とにかくご助力いただくことになりまして。」
「度胸なんて、レオナさんと一緒に踊れるだけ十分だと思いますけどね。」
メガネの位置を直しながら、先輩が言う。
「レオナ先輩と踊る機会なんて早々ないなーと思って、楽しませてもらいました。」
「本当、誘った僕を差し置いて、どうかと思います。付き添いなんて僕に言えばよかったんですよ。」
「アズール、それは嫉妬ですか?」
「違います!!!お前達、本当に一言多いな!!」
「フフ、また怒られてしまいましたね。」
「アズール面白ぉ、顔真っ赤~。」
はは、と何とか乾いた笑いで誤魔化す。言えるわけがない。直前までやめようと思っていたなんて。
ゆらゆら近づいてきたフロイド先輩が後ろからギューッと締めてくる。うぇ、なんてカエルがつぶれたみたいな声が出て、「色気ないねー」なんてフロイド先輩が笑う。
「ドレスでいつもより絞められてるんです。やめて、中身出ます、フロイド先輩。」
「ねー、小エビちゃん俺とも踊ろ~?」
「わぁ聞いてないこの人。ごめんなさい、もう体力が持たなくって、勘弁してください。ヘトヘトなんです。」
正直もう足がガクガクしていて、フロイド先輩とあと一曲、なんてとてもじゃないが無理だ。
「え~?つまんねーの!でもその服、踊るとひらひらして綺麗だよね。」
「可愛いドレスですよね。フワフワしてる服着るなんて久しぶりです。」
「そもそも、そんなんもってたっけ?色も変わってたし。」
「これは借りものです。」
「…てことは、もしかしてそれベタちゃん先輩んとこの?」
「そうです。よくわかりましたね?」
ドレスをちょっと持ち上げて、揺らしてみる。また色が変わった。こんなに色を変えて、魔法が切れたりしないんだろうか。
「ヴィルさんのところの、というと…まさか。」
「もしかして…あの服ですか?」
「え~?もしかしてあれ?ベタちゃん先輩、それ着るの止めなかったの?」
「え?どういうことです?」
3人が心底驚いたような顔をした。なんだろう。このドレスに何かあったのだろうか。
「それは…ドレスの気分次第でデザインが変わる、魔法のドレスです。」
「去年あんなことがあったから、今年は出てこないと思っていました。まさか着る人がいるとは。」
「えっ?」
「むしろ着こなせる人が…でしょうか。」
「去年着た人は散々な目にあっていましたね。」
「えっ?具体的にはどんな…」
聞きたくないが、聞いたほうがいい。一体このドレスが何をしたというんだ。
「着られたくなくて逃げました。」
「え?逃げた?何が?」
「ドレスが。」
「ドレスが?!」
「踊っている途中に脱げて、大変なことになりました。」
「脱げた?!」
「えぇ。脱げて、逃げました。」
ほら、ここの舞踏会、男しかいませんから。なんてジェイド先輩がため息を吐いた。
そのドレス、最後まで頑なに言うこと聞かなかったんだよ~、着られたくなかったみたいなんだよね~、なんてフロイド先輩が言う。
「まさに気分屋で、フロイドみたいなドレスですよ。」
「えー俺に失礼じゃね?仕事ぐらいちゃんとするし。てゆーか小エビちゃん女の子だからドレスの機嫌もいいんじゃねーの?さっきから色も変わるしキラキラしてるし、ご機嫌じゃん。」
「おやフロイド、余計なことを言ってはいけませんよ。」
今は正直女とか男とかどうでもいい。脱げるかもしれないだって?それを聞いて落ち着いてはいられない。いまのところ、きついお腹周りも緩む様子はない、ないけれど。
心配になって背中を見ようとしてみたり、腕を上げて緩んだりしていないか確認してみる。
「去年は散々だったようですが、今のところドレスはご機嫌なようですし、トラブルはなさそうで安心しました。」
「とかいってアズールさぁ、ラッキースケベ狙ってたりする?」
「バカなことを言うなフロイド。」
「おやアズール、素が出てますよ。」
「黙りなさいジェイド。」
「え、すごい怖いんですけど。私これ脱げたら大変なことになるんですが。」
「いまのところ、去年のようにドレスの機嫌が悪い様子もありませんし、大丈夫なのではないでしょうか?去年は無理矢理着たという噂ですし。」
無理矢理?無理矢理ってなんだ。
「え?だってあそこは、試着室に入ったらドレスが勝手に飛んできましたよ?」
ヴィル先輩もそう言っていたし、と言った瞬間、リーチ兄弟の顔が、暫し間をおいて、愉快そうに歪んだ。
「なんですか、その顔。」
「なるほど。そういうことであれば話は別ですね。」
「へぇー、そういうことぉ。」
「まさにあなたが、ドレスに選ばれた、わけですか。ならば納得というものですね。」
『よかった(です)ね、アズール。』
「…!!」
ジェイド先輩はアズール先輩を見てニヤリと笑う。あはぁ、とフロイド先輩もアズール先輩に視線を合わせた。アズール先輩は、驚いた顔で二人を見ている。
視線で会話する三人に問いかける。
「…それ、どういう意味です?」
「それはアズールから説明してもらうと良いと思います。」
『頑張って(ください)ね、アズール。』
「え?」
先輩の肩をポン、と叩いて、長い脚の二人がホールに歩いていく。
「さて、僕らも踊りますか。一緒にどうです?フロイド。」
「え、いいじゃ~ん!たまには一緒に踊る?ジェイド~!」
その長い脚を生かして、鮮やかにステップを刻むフロイド先輩。それに合わせて踊るジェイド先輩。ずっと足で歩いているはずの私なんかより、二人のほうがうまく踊れているというのは些か不思議ではある。
「…あの二人目立ちますね。あと…フロイド先輩って、ダンスうまいんですね、すごい。」
「え、あ、あぁ、そうですね。気分がのっていれば、大体なんでもできますよ、フロイドは。」
ふとさっきの話を思い出す。…まさか、アズール先輩にリードを教えたのって…。
「ユウさん、余計なことは考えなくていいんです。」
「何のことです?人の考え読まないでください。」
二人きりになると、いつもこうだ。意地っ張りの、可愛くない反応ばかりしてしまう。本当は、もっと素直に話したいのに。先輩はため息を吐いた。
「さっきの可愛げはどこ行ったんですかね。」
「可愛げってなんです?食べられます?それよりこのドレスのことですよ。どんな秘密があるっていうんですか。」
気を取り直して、先の質問をアズール先輩に聞く。
「…あの試着室は、基本的に普通の試着室と変わりありません。ただ、多くの魔力を送った場合には、ヴィルさんの言う通り”ドレスに選ばれる”ことになる。」
「え、じゃあ誰かが…」
「おそらくは誰かが、魔力を供給したんでしょう。そして、選ばれるドレスは願いによって異なる。」
時に、美しく着飾るように。時に凛々しく、逞しく見えるように。願いに添うドレスが自ら飛んでくるのだという。
「そしてそのドレスは…」
先輩は咳ばらいをした。大変言いづらそうだ。
「その、一体あなたは…何を願ったんですか?」
「え?そんなの、言うわけないじゃないですか。」
「…でしょうね。でも、このドレスに選ばれる者の願いは、…決まって色恋に関するものだと言われています。」
「うわ。」
それで、リーチ兄弟はそんな反応をしたのか。この服は恋心に反応して、それでこんなに鮮やかに、酷く鮮やかに輝くのか。…心底、自分の欲望に辟易した。
「はー、…そうですか。」
「嫌そうな顔ですね。何か心当たりでも?」
「さて、どうでしょうね。ま、オシャレをしようとしたのは事実ですし、自分のためでもありましたから。…その気持ちに色恋があるかはわかりませんよ。」
「へぇ、そうですか?」
そう言ってメガネの位置を直している。何か考え事をしている顔だ。
どうか気づかないでほしい。私が何を願ったかなんて。
「…で、話変わりますけど。先輩はこれからどうします?私、足が疲れたので、帰ろうかと思うんですが。」
「え?もう帰るんですか?」
「えぇ。2曲も踊ったら疲れました。こんな格好で、その辺で倒れるわけにもいきませんしね。」
「…そうですか、本当に体力がないんですね。僕としてはもう少しこの舞踏会を楽しみたかったところですが…。」
「では、どうぞごゆっくりなさってください。私は帰りますので。」
「いえ、そういうわけにはいきません。寮まで送ります。」
「え?大丈夫です。先輩、ゆっくりしたいなら残っててもいいんですよ?それに、リーチ先輩たちは放っておいて良いんですか?」
先輩が何か、ボソッとつぶやいたけれど、周囲の声で掻き消える。
「ん?先輩、何て言いました?」
「いえ、何でもありません。あの二人は放っておいたって大丈夫です。」
それより僕は、あなたを無事に返す義務がありますので、なんて言って歩き出す。私はその後ろをついていく。先輩の後ろなら、確かに危険はないだろうけれど。入ってきたときとは逆の道を辿っていく。先輩の、その手は握れないまま。
