敗者の対価
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海賊というものは常に忙しいわけではない。
一年の大半を海で過ごして長いベテラン揃いのこの船は、突如変わる気候や偶然かち合ってしまった敵のあしらい方なんかお手の物で。
大抵は平和で暇な航海の方が多いものだ。
今夜もそうだった。ゆったりと過ごすのが許されるこんな夜は、皆思い思いの時間を楽しんでいる。
かくいう私も、普段はやらないようなくだらない遊びに夢中になっていた。
「――よっしゃ! サクラの負けだな!」
「ははっ! 約束通り、おれらの言うことを聞いてもらおうじゃねェか!」
「えー……ちょっ、一つだけですよ?」
何にする? とウキウキ話し合っている三人は、ヤソップさん、スネイクさん、パンチさん。
今まで頭を突き合わしてカードゲームにのめり込んでいた私達は、酒が深まることで次第に悪ノリしていって。
次負けた奴は他の三人の言うことを何でも聞くという罰ゲームを賭けて、勝負に挑んだ。
その結果、私は見事に負けてしまったのだ。
さっきまで自分の勝率は悪くなかったのに。この人達は具体的に何か賭けると、相手が女だろうが何だろうが急に本気で勝ちに来るんだから。
くるっと振り返った三人の顔を見て、とてつもなく嫌な予感が胸にせり上がる。
ちょっと、いや、かなり悪い顔をして笑っている三人が提案したのは、次のことだった。
「おれら以外の誰でもいいから、今すぐ告白して来い!」
「えェ!?」
「いんや。それだけじゃ温ィな? ちゃんと落として来いよ!」
「ええェェーっ!?」
そういうわけで、私は船内をうろうろするはめになった。
酔っぱらっている連中にはノリで告白できるかもしれないのでダメらしい。
あくまでも、私を苦しませて恥ずかしい思いをさせるための罰ゲームだ。
ということで、今日も酒盛りしてご機嫌なお頭及び、周りで付き合わされている若い連中なんかは却下だ。
夜でも真面目に仕事をしている人もダメだろう。明日のみんなの食事の仕込みをしているルウさんや、不寝番の人達。
そんな人達を騙すような真似は人としてダメだ。ダメな気がする。
ホンゴウさんやガブさんあたりは優しく対応してくれそうではあるが、優しい人だけに騙すのが心苦し過ぎる。
罰ゲームでしたー! と種を明かした時にもし傷付いたような顔をされてしまったら、きっと罪悪感で軽く死ねる。
逆にライムさんのとこに行ったら殺されるだろう。昨夜遅くまでカードゲームに参加していた彼は今日は早く寝るといって部屋に引っ込んでしまった。
その代わりとして私があのゲームに引っ張り込まれたのだから、少しは責任を感じて欲しいところだ。
だけど、夜眠い時のライムさんには誰も近付いてはならないし、朝一の不機嫌なライムさんにも誰も近付いてはならない。
これはこの船に置いての暗黙のルールである。
ということで。狭められた選択肢の中で唯一残った人物を思い浮かべて、私は息を落とした。
引きずるような足取りで訪れたのは副船長室だ。私はノックしようとした手を持ち上げては下ろす、というのを何度か繰り返し、一度深呼吸をすると、意を決して扉を叩いた。
「――入れ」
自ら訪れたくせに留守だったらいいなとか思った甘い考えは打ち砕かれ、入れと言われて無視することもできず、私は観念して扉を開いた。
「サクラか。どうした?」
ベン・ベックマンなんて、名前からしてカッコいい。
物静かでありながらもその腕っぷしは恐ろしく強く、さらに、冷静に状況を分析できる知性も兼ね備えたこの海賊団のブレーンだ。
そんなすごい人なのに変に気取ったところもなく、仲間には優しく人格者である面も持ち合わせている。
まさに万能有能オールマイティ。
そんな彼は膨大な書類が広がるデスクに向かい、絶賛仕事中のようだった。まずい、失敗したと思っても、後の祭りである。
「あ……お忙しいですよね?」
そう言ってもぞもぞと後退しようとする私を見て、ベックさんは目の前にある書類をまとめてデスクの隅に片した。
「いや? 今ちょうど一段落したところだ」
そんな風に言ってみせるのがこの人の優しさだということは理解していた。
デスクの上には薄っすら埃が浮いた飲みかけのコーヒーと、針山のように煙草が刺さりまくっている灰皿。
頭を抱えるような業務にさっきまで没頭していただろうことがよくわかる。
まあ入れよと言われてもう部屋に入るしかなくなった私は、知らず知らずのうちに息を落とした。
「どうした……何か困りごとか?」
緊張して表情が硬くなっているであろう私に、ベックさんは気遣うような視線を投げかけてくる。
困ってるといえば困ってる。だけど、それについては言えない。だって、罰ゲームだから。
あんなゲームに参加したのを今更ながら後悔しつつ、なのに、後戻りもできない。
何の成果も得られずに帰ってきたらもっと酷い罰ゲームをやらせると言われているからだ。海賊って遊びにも容赦ないから嫌いだと思う。
なかなか言い出せない私にベックさんは少し首を傾げている。そんな仕草がちょっと可愛くて、少しだけ気が楽になった。
さすがは女扱いに長けている人だ。ナチュラルに雰囲気を軽くする術を心得ている。やっぱりここに来たのは正解だったかもしれない。
私が罰ゲームに巻き込む対象を最終的にベックさんに決めたのは、いくつか理由があった。
まず、告白してみて困るのが、相手が本気にならないかどうか。こんなくだらないことで人を傷付けたくはないからだ。
その点、女遊びに通じているベックさんなら騙されたと知ってもきっとノーダメージだと思う。ベックさんには世界中に女がいると言っても過言ではないからだ。
しかも、ベックさんはプレイボーイではあるけれど、女なら何でもいいというわけではない。
どれだけ大勢いてもその中からきちんと好みの女性を選んでいるし、それ以外の女性には上手な距離の取り方をしている。
だから、私ごときが告白したとしても、やんわりと断ってくれるはずだ。
落として来いとは言われたけれど、振られてしまったなら仕方ないだろう。
もしはっきりと振られなかった場合でも、後で罰ゲームだったと言えば笑って許してくれそうだ。
あと、これが嘘だと気付いてくれるかどうか。聡明な頭脳を持つこの人なら、私の様子を見てすぐに罰ゲームだと気付いてくれるかもしれない。
その上で付き合ってくれて、一緒に楽しんでもらえたら言うことはない。
それと、もう一つ。最後に残ったその理由が、自分の中では一番大きいだろう。
「とりあえず、座れ」
そう言って椅子を引いてくれたベックさんにハッと我に返る。
どうやら悩み事でもあると思ってくれているようだ。その面差しは優しい。
私はおずおずと近寄るも、そこに座ることは出来なかった。
なぜってそれは、ゆったり座ってする話でもないからだ。
「お頭には言えねェ話か?」
「まァ……それはそうですね……」
どうしよう。いざベックさんを目の前にすると、なんて言っていいかわからない。
好きです? 付き合ってください? 百戦錬磨のこの人がどういう言葉で落ちるのか。まったく理解の範疇を超えている。
女を落とす時のベックさんは、スマートな物腰で目にも止まらないスピードで、夜の闇へと獲物を連れ去る。
その手腕に若い連中から感嘆の声が上がるほどだが、でも、じゃあ逆にこの人を落とすにはどうすればいいのか。
もっと酒を飲んで、前後不覚になっていればよかった。すぐバラす予定の嘘なのに、何と切り出していいかわからない。
小さく唸りながらちらと見ると、少し真面目な顔でこちらを窺っている様子のベックさんと視線が交差する。
笑んでないと結構凄みがあるんだよなと若干怖気づきながら、ふと、怒られたらどうしようという考えが浮かぶ。
ベックさんは常に冷静だし、いつもは穏やかだが、キレるとめちゃくちゃ怖いらしいというのは色んな人から聞いていた。
くだらない罰ゲームに巻き込もうとした私に本気で腹を立てたらどうしよう。
今も表面に現れてないだけで、忙しい仕事の時間を割かれたことにイライラしてるかもしれない。
私は今まで怒られたことはなかった。どころか、常日頃から優しくしてもらっている。
ちょっと困っていたら「どうした?」とすぐに来てくれるし。街でナンパされそうになったら背後で圧をかけて追っ払ってくれるし。手が届かない高さの物なんて、取ろうとする前に差し出されている。
そんなベックさんが怒る姿は想像できないが、それだけにいざ怒鳴られたりすればかなりの衝撃かもしれない。
気を失わないように心構えが必要だ。
「あの……、その……、」
意を決して何か吐き出そうとする度に、底知れない恐怖が言葉を押し戻す。
さっきまでほろ酔いだった気分はすっかり醒めてしまっていた。
明らかに挙動不審な私に、じっと待ってるだけなのも手持無沙汰なのか、ベックさんは灰皿をゴミ箱に持って行って、溜まりに溜まった吸い殻をひっくり返した。
どさーっと落ちて行った有害物質から散った灰がそこの空気を汚している。
「もしかして、恋の悩みか?」
「……え? あ、はい! 実はそうなんです!」
ナイスアシスト! 話が恋愛方面にフィックスしたことで、先ほどよりは言いやすくなった気がする。
少し安心した私を眺めながら、ベックさんは意外そうな顔をした。
「へェ……お前好きな奴いたのか」
「え、えェ……。まァ」
「それで? 何を悩んでる」
「その……告白の仕方というか……どうしたら相手を落とせるのかなって」
もじもじした言い方をした私にこれは長丁場になると踏んだのか、ベックさんがポケットから煙草の箱を取り出すのが見えた。
「そりゃまァ、相手にもよるだろ。どんな奴だ?」
「え? うーん……かなり女慣れしているというか……その人が通った後にはぺんぺん草も生えないというか……」
ぺんぺん草……と小さく繰り返したベックさんは、なにか気の毒そうな顔を向けてくる。
「そりゃ、かなりの手練れだな」
「そうなんですよ……」
今から告白する予定の相手に恋の悩み相談をしているというおかしな構図に、軽く気分が悪くなってきた私は大きなため息をついた。
まったく、なんでこんなことに? 人を騙すことに抵抗がある私がここに来た一番の理由は、ベックさんのことが好きだったからだ。
ただ、その想いは共に過ごす過程で何度も形を変え、自分の中ではすでに収束している。
カッコいいと憧れている人と、実際に好きになって付き合う相手というのは自分の中で別物なのだ。
少し危険な香りのするこの人に優しくされて舞い上がらない女はいないだろう。だけど、それは自分にだけじゃない。
煙草を吸って吐くような手軽さで、ベックさんが美女を落とすところを何度も目の当たりにしてきた私には、すでに自分の手に及ばないところにいる人だというのはわかっている。
自分にはハイクラス過ぎるというか。言ってみれば分不相応なのだ。
なので、今となっては他の若い連中が抱いているような、尊敬の延長くらいで留めているといったところだった。
「だいぶ思い詰めてるようだが……その相手との間に何か弊害でもあんのか? まさか、妻子持ちか?」
「あー……いえ」
「じゃあ、 告白して気まずくなったら困る関係とかか?」
「そうですね。気まずく……というよりは、怒らせてしまったらどうしようとは思ってますけど」
「怒らせる? ……よくわからんが、その相手はこの船の中にいる誰かってことか」
コクリと頷くと、ベックさんは煙草を一本取り出そうとした手を止めた。
「そうか……。気付かなかったな。ちなみにそりゃ誰だ?」
「え? だ、誰っていうか……」
「お前がそんだけ悩むってことは若い連中じゃねェだろ? 女にモテるってんなら……お頭か? ホンゴウか?」
「ち、違います」
「スネイク……いや、それかライムか? ……そういやお前、この間ライムと二人で話し込んでたよな」
ふと湧いた話題に頭を二日ほど巻き戻す。ベックさんが言っているのはラウンジでライムさんと飲んでいた時のことだろう。
「えっ……見てたんですか?」
「ああ。随分と親密だったから話しかけられなかったが」
見透かすような視線にギクリとする。確かに、前の宴の後少し飲み足らなかった私はライムさんと二人で飲んでいた。
ただ、その時ライムさんと話していた内容というのはベックさんについてだ。
その時は酔いがほどよく回ってたりしたもんだから、「お前ベックのこと好きだったろ」とつつかれて、普段なら否定するだろうその問いに素直に頷いた。
そこからはベックさんに対する憧れから諦めまでの過程を聞いてもらったりしたのだけど。
まさかその時の様子を本人に見られていたとは。
「し、親密っていうか……あの時はちょっと話聞いてもらってただけで……」
ま、まさか話の内容を聞かれてたりしてないよね……? と、かなり落ち着かなくなった態度の私を見て、ベックさんは何か察したような表情をした。
「ライムならいいんじゃねェか? あいつは口は悪ィが面倒見はいいし男気のあるやつだ」
「え?」
「しかし、お前らは前から仲が良いとは思ってたが……そうか」
私から視線を外したベックさんは何か考えるように押し黙った。
その様子を見て、ベックさんの思考を誤った方向に歪めてしまったことに気付く。
「いや……あの、」
私から視線を外したまま煙草を一本取り出したベックさんに、言葉が上手く出てこなかった。
まるで、この話はもう終わったと言わんばかりだ。
この人は無駄に聡明なだけに、僅かな人の態度を見て結論を弾き出すようなところがある。
一人であわあわしている私に構わず、ベックさんは短く嘆息すると、一本出した煙草の吸い口をデスクにトントンと押しつけ始めた。
どうやら濃いニコチンの味を欲しているらしい。
やはり、私のつまらない恋愛相談なんかに仕事の邪魔をされて苛立っているようだ。
もう、適当に話を合わせて部屋を出るべきだろうかと思いつつ、でも、私がライムさんのことを好きだと勘違いされたままなのは嫌だった。
「いや、違いますって。私はライムさんのことが好きなわけじゃ……」
「本当か? おれはお似合いだと思ったがな」
「え……」
視界が白く霞んだ気がした。ベックさんの煙草にはまだ火が点いていないというのに。
「ライムならお前を泣かすこともねェだろうし、大事にもしてくれるだろ。何の問題もねェ」
ベックさんは面倒臭くなってきたのか、少し投げやりにそう言った。
さっさとこの話を終わらせたいのだろう。この人にとって私が誰を好きなのかなんてどうでもいいことなのだ。
当然のような、がっかりするような気持ちが自分の顔を歪める。
好きだった人に他の男の人をおすすめされるというショックや悲しみもあった。
色んな感情が込み上げて黙り込んだ私を見て、ベックさんはデスクに押しつけていた煙草を口元に持って行きながら、また首を傾げた。
さっきは可愛いと思ったその仕草が、今は自分を苛立たせる。
「きっとうまくいくから、こんなとこにいねェでさっさと告白して来いよ? 色々話聞いてやりたいのは山々なんだが、こっちは見ての通りまだ仕事が終わってねェんだ。だから、」
「――ベックさんですよ!」
私は室内に響き渡るほど叫んでいた。
「私が告白しようとしてたのはベックさんです!」
だから、どうやったら私に落ちますか!? 怒りに任せてそう言ったところで、しんとなった。
火の点いていない煙草を咥えたままマッチの箱に手を伸ばしていたベックさんがその動きを止めている。
目を丸くして口はポカンと開けて。なにか、その空間だけ時間の概念を忘れてしまったかのような静止具合だ。
初めて見る表情のまま固まっているベックさんの唇から、かろうじて張りついていた煙草が落ちる。
床に転がったそれを見詰めていた私の視界を突如蹴破るように近付いてきたと思ったら、ベックさんは私を抱き締めた。
「え、ちょっ……」
何か言おうとして顔を上げると、流れるような動きで唇を塞がれる。
事態が飲み込めないまま、驚いた間抜けな表情のままで私はキスされていた。
「んゥ……っべ、ベックさ……、」
必死に胸を押すと唇を離されて、見上げた先で私はハッとした。すぐそこにあるベックさんの目は熱っぽく潤んでいる。
いつも周囲を冷静に見定めている目が、海を忘れ仲間を忘れ、数ある女も忘れて、今は私だけを一心に見詰めていた。
それに目を奪われているうちにもう一度唇を塞がれると、私はもう抵抗しなかった。
脳髄が痺れるようなキスをされて、何もかもがどうでもよくなったからだ。
そのままベッドに押し倒され、先ほどより丁寧にキスされると、私は自然とベックさんの首に腕を絡めていた。
きっと、私が何かしらのスイッチを押してしまったのだ。もしくは、誘われたら応えてやらないと失礼だとか、そんなマイルールがあるのかもしれない。
だけど、たとえ今だけだとしても、それでよかった。
自分は十分に幸せだったからだ。それがもし、この人が踏み荒らすぺんぺん草の一つだったに過ぎないとしても。
しかし翌日、仲間全員の前で「付き合うことになったからよろしく頼む」と紹介されて、その場にいる全員が驚いた。
その中でも飛び上がるほど驚いていたのは、ヤソップさん、スネイクさん、パンチさん。それに、なんといっても私だろう。
fin.
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