つまりはメリークリスマス
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聖夜には奇跡が訪れる。子ども時代に信じたそれを、いまだに願うことがあるのは見たことがないからだろうか。それとも、忙殺される日々に埋もれ、見た気がするのに認めてないだけだろうか。
そこに気付くかどうかでその後の人生の角度は変わる。それが大きいものか小さいものか。その人にとって喜ばしい奇跡かどうかは、別として。
――もう海賊辞めるか。
ぽろりと出た独り言に驚いて、つい周囲を見回してしまう。ここには今、私一人しかいないというのに。
水の流れる音と食器が干渉する音が小気味いい。洗い物っていうのはぼんやりするのに最適だなんて考える。
食堂には大きなツリーが飾られていて、鼓動と同じテンポで赤く光ったり青く光ったりを繰り返している。しんとした静けさが、その光を単なる信号のように見せていた。
きっと、さっきまで騒がしい中にいたから脳が疲れているのだろう。
私は酒が嫌いではないし、みんなと馬鹿騒ぎするのも楽しい。けれど、たまに疲れる時はある。酒が深まってくると、きまって誰かが下ネタを言い始めるからだ。
そこから勢いづくかそうじゃないかはその都度違うが、今回に限ってはタイミングが悪かった。なんせ今日はクリスマスイブなのだ。
一人が言いだしたクリスマスにまつわる恋の話から場の空気は膨れ上がり、私の存在をいつしか置いてきぼりに、みんなは女の口説き方について勝手に盛り上がり始めてしまった。
難攻不落の美女を落とした話で興奮したように歓声を上げたり、逆に過去の失敗談を暴露し合って手を打ち鳴らして大笑いしたり。女の立場である私としては聞いていいのかもわからず、終始輪の中には入れずにいた。
正直、酒のつまみとしての価値はあるけど、あまり耳に入れたくはない話だ。このまま聞いていると今後誰かに口説かれた際、男の内情がチラついて二度と甘いロマンスに浸れない気がする。
というより、イブに聞きたい話でもなかった。そう思った私は頃合いを見て抜け出すと、ついでにキッチンの片付けでもしようとここへ来た。
そもそも、明日は島に上陸予定なのだから、そこでも絶対に飲むだろう。それをわかっていながら前哨戦だと言って酒盛りが始まるのならば、もう年がら年中付き合うしかないけれど。ああいった話が始まると、どうにも居心地の悪さを感じずにはいられないのだ。
みんなの話を下世話だと思いつつも、少し羨ましく感じる気持ちがあるからかもしれない。クリスマスが近づくと、しばらく空席の恋の存在が浮き彫りになる。
私としては、その席の埃を払って座りやすく角度も整えて、ふっくらとしたクッションを置いているつもりなのだけど。そこに座ってくれそうな人はいまだ見つからない。
ここで恋人を作るのは無理だろうかと思う。もう海賊をすぱっと辞めて、明日上陸した島に根を下ろして家庭を作るのもありだ。そんな朧気な決定事項に判を押す手前で、すぐそこの扉が開く気配を感じた。
「――おうサクラ。酒くれ」
入って来たのはお頭だった。気さくなこの人は、船長だというのに偉ぶることなく自ら動いて酒を取りに来る。
ラウンジにも酒は置いてあるのにキッチンに来たのは、あそこのストックすら飲み尽くしてしまったということだろうか。そう考えながら、一旦手を拭いて後ろにある戸棚を開けた。
お頭がいつも飲んでいる一升瓶を目の前に差し出すと、こちらがハッとするような屈託ない笑顔が返ってくる。尻尾をぶんぶん振って嬉しさを表現する子犬のようだ。年上だけど可愛い。尊敬してるけど、うっかり頭を撫でてあげたくなる。
そんな子犬ムーブのお頭を見ていて、ふと、この人はさっきの話に加担していなかったなと思い出す。聞き役に回って笑ったり、うまく続きを促して盛り上げてはいたけど、自らの武勇伝を語るようなことはしていなかった。
お頭には本を何冊か出版できるほどには、その手の話が溢れているはずなのに。なんせ、ひとたび陸に上がればあのベックさんよりもモテるのだから。
「お前はもう飲まねェの?」
「いえ、後で戻ります」
「そっか。先に片付けしてくれてんだな」
「飲んだ翌朝の惨状にいつも二日酔いが吹っ飛びますからね」
違いねェ! と言って大きな口を開けて笑うお頭は少年のようだ。いい人だし。男前だけれども。なぜあんなにモテるのだろうと考える。
あまりにも飾らないその姿にいつもこちらの気持ちは明るくなる。嘘がなさそうで信頼もできる。けど、だからといってすぐに「抱かれたい」には直結しない。女は案外複雑だ。
眩しい太陽の下で思いきり身体を動かすよりも、月を眺めて静かに飲んだ時の方が特別な時間に感じる。寡黙な男の真意をちょっとした表情から探ったり、強面から笑顔を引き出してみたいと思ったり。
いい人じゃなくて悪い男の方がなぜかモテるのは、そんな「特別」を求めているせいだ。だけど、そういった意味でいい男の代表ともいえるベックさんよりも、お頭は圧倒的にモテていた。
確かに、「船長」という肩書はそれだけで女を惹きつけるだろう。トップの地位にいるということは、それに見合った力や才覚を持っているということになる。
入社三年目の社員でーすと紹介されるよりも、「代表取締役社長」と刻まれた名刺を渡された方が女の食いつき方は違う。そこに背が高いだの、顔が良いだのがついてくれば尚更だ。
「さっき居づらい雰囲気にしちまったかと心配したけどな……」
カウンターの椅子に腰掛けながら、呟くように言ったお頭に手が止まる。ああ、ほら。こういう気遣いができるとこもポイントは高い。わざわざお頭がここに来た理由を知る瞬間だ。ちなみに、押し付けがましくない言い方も加点対象である。
「……”女の口説き方談義”ですね。いいんですよ。すでに私の幻想は砕かれました」
そう言うと、お頭はまた大きな口を開けて笑った。ちらっと見ただけでわかる。この笑顔にはなんの計算式も刻まれていない。
本宅で見慣れたクルーを相手にしてるから、というわけでもなさそうだ。なんせ、お頭は綺麗な女の人に囲まれている時もこんな感じなのである。
キラキラした美女を前に、ベックさんみたいに能動的に動いたりはせず、楽しんでるけどただ受け流しているだけのような。
誰といても変わらない態度は裏表のなさを感じさせるけど、逆に言うと「特別」なものはない。楽しいけど、お前じゃなくても楽しいし、生きていける。そういった空気を感じさせるのだ。
ただ、そのわりにきちんと朝帰りはしているのだから不思議だった。いつ口説いたのか、いつそんな雰囲気になったのかはわからない。
もしかしたら女に迫られてそのまま押し倒されているのかもしれないけど。とにかく、お頭が女を追いかける姿は想像できなかった。
洗い終わった大皿を拭き始めた私の様子をお頭はニコニコしながら見ている。もしかして、一緒に戻ろうと待ってくれているのだろうか。こういうとこも優しい。でもそれは誰にでも注がれるものだ。
「お頭って……モテますよね」
「ん? そうか?」
「フラレたこととかないでしょ?」
「言われてみると……、ないかもな」
「本気になったことがないからですか?」
キュッ。磨くように拭く振りをしてちらと覗き見る。軽い口調で重い一刺し。何気ない行動の中に鋭い観察眼を向ける。
今までお頭とあまり深い話をしたことはないけど、もしかしたらこれが最後の機会になるかもしれない。長い海賊生活のお土産だ。恋愛観を聞くくらいいいだろう。
そんな私をお頭はキョトンとした顔で見ていた。
「……何言ってんだ。おれは一途だよ」
その思いがけない答えに、次にキョトンとするのは私の番だった。
「え? でも……ちょいちょい色んな女の人と朝帰りしてますよね?」
「それはまァ、必要に応じてな」
内容に沿わないけろりとした言い方をされて、私は少し絶句した。自分を一途と言いながら女遊びに興じる。それは、お前のことは好きにならないけど下半身はよろしく。そう告げているようなものだ。
男が女よりも性に寛容なことは把握している。気持ちがなくても気持ち良い。そこを優先できる生き物だってことも。
だけど、それを実感させるような発言がお頭から出たということがちょっとショックだった。今も優しさが滲むような顔をこちらに向けているお頭の口から、そんな生々しい言葉を聞きたくなかったのだ。
「今日は随分と踏み込んでくるじゃねェか……」
大皿を持ったまま動きを止めた私に対して、それをさせたお頭はなぜか楽しそうに笑っている。
「ああ……まァ。さっきまでみんなの”談義”に参加してましたからね」
「参加ってのは違うだろ。お前は何も語ってねェ」
「えー、それを言うならお頭もじゃないですか! 周り盛り上げるばかりで手の内は明かしてないですよね?」
「そりゃ明かす手の内がないからだ」
文字通り掌をぱっと向けながら笑ったお頭に、限りなく疑惑の目を向ける。あれだけモテて、きっちり遊びもして、本人もそれを認めている。なのに、明かす話が一つもないなんておかしいじゃないか。
「……お頭って意外と秘密主義なんですねェ」
「んなことねェよ! 話すようなことがないだけだって」
当然のようにそう言うお頭がますます理解不能だった。私は戸棚に皿を一枚一枚しまいながら、これ以上踏み込むのはよしておこうと考える。
この人は自分のモテに関与していない。なんなら恋愛自体に興味が薄そうだ。さっき自分は一途みたいなことを言ってたけど、どうせ適当にはぐらかしただけだろう。
明けっ広げに見えて、こういうとこはミステリアス。あえて作っているらしい壁に突っ込むのは止めた方が得策である。何が飛び出すかわからない。
それに、陸の女達はこういうとこを見て群がるのかもしれないとも思った。口説かれ慣れている女ほど、自分にグイグイ来ない男に興味を持つものだからだ。
誰が一番にこの男を本気にさせることができるか。後腐れがないならないで都合がいいし、一度寝たという事実だけでも自分のステータスは跳ね上がる。
「昨日私、幹部の〇〇と寝たのよ?」「あら、私は船長と寝たけどね?」そんなマウンティング大会のバックヤードが透けて見えるようだ。そして、これは恐らく正解だろう。
「やっぱりこれはしまっておいてくれるか」
黙々と片付けをしていた私に、お頭はさっき差し出した一升瓶を渡してきた。
「あれ、もう飲まないんですか?」
いつも勝手に限界突破するお頭が自制するなんて珍しいこともあるもんだ。そんな私の思考を嗅ぎ取ったのか、お頭は少し笑った。
「今日は程々にしとく。明日もあるしな」
「ああ、なるほど。クリスマスですもんね」
「明日は何するか決めてんのか?」
すべての皿と一升瓶を片付けてカウンターの外に回ると、お頭はゆったりと立ち上がりながらそう聞いてきた。本当は今後住むのに適しているか見るために街を探索するつもりだったけど、ここではまだ言うべきことじゃない。
食堂のツリーから点滅している信号を眺めながら、私は適当に答えることにした。
「明日は……冬島でしたっけ? この時期はクリスマスに向けて街が装飾されてるだろうから、そういうの見るだけでも楽しそう」
「ああ、いいな」
「……あ。でもやっぱやめときます。そういうとこってどうせ恋人同士ばっかりですもん」
「ははっだろうな」
「男調達する方が先ですね。……お頭達を見習って、私もたまには男遊びしようかな」
そんな軽口を叩きながら隣をふと見ると、横に並んでいたはずの気配が消えていた。あれ、と振り返ると、お頭は少し後ろで足を止めている。急に動いたから酔いでも回ったのだろうか。
「お頭? どうしたん、」
「――本気で言ってんのか?」
「え……?」
お頭はその場で立っているだけだ。だけど、さきほどまでの笑顔は削ぎ落とされている。見開いた目が虚空に固定されているのを見て、自分は何かおかしなことを口走ってしまったのだろうかと慌てた。
「あの、スミマセン……。私何か失礼なことを……?」
「お前、男作るとか本気で言ってんのかって聞いてんだ!」
お頭が一歩踏み込んだ。それだけなのに、私は突き飛ばされたかのような勢いで壁に下がった。状況に理解が追いつかず、緊張だけが一気に身体を強張らせる。
「い、いや……だって……私も恋人くらい欲しいですし……」
「なんでだ」
「そりゃ……し、幸せになりたいからです」
「お前はここにいて幸せじゃねェってことか?」
ついに目の前まで来たお頭が私の顔の横に手を突いた。強く突かれたわけじゃないのに、肩が勝手に跳ね上がる。お頭が不快に顔を歪めていたからだ。理由はわからない。だけど、私はどうやらお頭の逆鱗に触れてしまったようだ。
もしかして、船を降りる未来に勘付かれてしまったのだろうか。もう、なに。見聞色? 戦闘時以外でそんなものを発動するのはホント、勘弁してもらいたい。
「幸せ……です。海賊としては。……でも、女の幸せとはまた別なんです……」
喉が苦しい。首を絞められているわけでもないのに息をするのも億劫だ。理解できていないのに正解がわかるはずもない。でも、本当のこと言わないときっと大変なことになる。本能レベルで感じる危険が私にそう答えさせていた。
「――つまり、お前は恋人がいりゃこの上なく幸せってことか」
「は……い」
「そうか」
すっと身体を引いたお頭からはおかしな圧は消えていた。いつの間にか顔の横に突かれていた手も下げられている。私は悟られないようにゆっくり息を吐き出した。いつの間にか、呼吸すら止まっていたようだ。
「ならこれをやる」
おもむろに手をポケットに突っ込んだお頭が、私の目の前に何かを差し出す。それを見て、ようやく呼吸を整え始めていた私はまた息を止めた。
「なん……ですか、これ」
お頭の掌に乗っているのは、小さな四角い箱だ。一見して、高級なジュエリーが入っています。と明示するような艶のあるベルベットのボックス。
促すように顎を小さく動かしたお頭に何も言えず、恐る恐る受け取ると、中を見た。そこで私はまた息が止まる。箱のサイズからある程度予想はしていたけど、そこには中央に大きな石の入った指輪が鎮座していたのだ。
――眩しい。綺麗だ。なぜ? その三つが空虚な頭に旋回する。
「いや……、だから......なんなんですか、これ......」
「なにってプレゼントだろ」
ここにきても平然とそんなことを言ってくるお頭がもはや恐ろしく感じた。無色透明でこの世のものとは思えないほど光を弾いているこれはダイヤだろうか。いや、ダイヤだろう。
この石の大きさからしてただのプレゼントではない。それが尋常じゃない煌めきとともに、これでもかというほど伝わってくるというのに。
「あ、の……どういう……意味ですか……?」
「意味?」
可愛く首を傾げる仕草が怖い。さっき壁に追い詰められた時よりも格段に怖い。
「だ、だって……指輪なんて……」
「ああ、簡単だったからだ」
ほら。そう言ってお頭は指輪をひょいと取ると、私の左の薬指にスポッとはめた。その一連の動きを目は確かに見たのに、現実だと受け止められない。
「簡単」というのは、ネックレスやピアスみたいな留め具がなく、着けるのに簡単という意味だったのか。なーんだ、と私は息をつきかけ、即止めた。
状況が難関過ぎて理解が脱線している。違う。問題点はそこじゃない。
「そうじゃ……なくて、その、」
「明日のイルミネーション見るの楽しみだな」
「え……? いや、」
「オシャレしてこいよ。たまにはいいだろ」
「オシャレ……? たまにはっていうか、その」
「あえて待ち合わせするのもデート感あって楽しいかもな?」
「――ちょっと待ってくださァい!!」
込み上げた疑問と違和感と焦燥が一気に恐怖を決壊した。ようやく通常業務を許された呼吸が忙しなく器官を往復する。そんな私をお頭は目を丸くして見ていた。なんなら、少し気遣うような視線だ。
「なんだよ? 急に大きい声出して」
「なんだよ? じゃないです! 大きい声も出ますよ! 何がどうしてこうなったんですか!?」
「こうなったって?」
「だから、どうして私の指にお頭が指輪をはめて、明日のイルミネーション一緒に見に行く前提でオシャレして、あえての待ち合わせでデート感を味わわなきゃならないんですか!!」
一回も息継ぎをせずにそう言った後、肩で息をしている私にお頭はまた笑った。ここは絶対に笑うところじゃないと心の底から叫びたい。
「だって、さっきお前なんつったよ? 恋人がいりゃこの上なく幸せなんだろ?」
「いやいや……確かに言いましたけど、それでなんでお頭が恋人になるんですか? 恋人=お頭一択ってのがそもそもおかしくないですか?」
「……お前こそ何言ってんだ」
その時、急にお頭は笑いを収め、また私に詰め寄った。照明を背に受けた顔は限界まで寄せられて初めて、不快に歪められていることを知る。
この人は四皇赤髪のシャンクスだ。だけど、私は敵じゃない。あなたの部下です。せっかく通常業務を始めていた呼吸が開店休業を強いられる瞬間だった。
「お前はおれだろ……」
お頭は眉を寄せ、目つきも変わらず険しい。なのに、よく見ると結んだ口は「へ」の形に湾曲している。いつもとは違った意味で、正しく子供のようなそれ。こんな表情は初めて見る。
だけど、その表情を見た時、ずっとぎゅうぎゅうに縛られていた私の頭の中がふと解けた。これは怒ってると言うよりは駄々をこねている。そんな印象の顔だ。
なぜ、「お前はおれ」なのか。そこはもう、一旦頭の隅に置いておこう。
「あの……、私が言いたいのは、段階を色々すっ飛ばし過ぎじゃないですかってことですよ……」
好きも付き合ってもなく(さらに合意もなく)、急にプロポーズばりの指輪を強制的にはめて恋人同士完成! みたいなのはおかしい。その中でも限りなくおかしいのが、それを強行した本人が気付いていない。そこが一番の異常事態だ。
「段階? ……ああ、なるほどな」
お頭は「へ」の口を一度フラットにして、今ようやく着地したかのように納得した。それを見て、もしかしてわかってくれたのかと安堵しかける。しかし、すぐに伸びてきたお頭の手に再び身体が硬直した。
なんだ、早く言えよとかなんとか言いながら、お頭はそのままさらりと私の頬を一撫ぜすると間髪入れずに唇を押し当ててきたのだ。
「ん……っ!」
私は反射的に胸を押し返したけれど、何秒もせずにそこから力は抜けていた。ここに人の体温を感じるのはいつ振りだろう。そんな思考が身体から力を奪ったのだ。
疑問、違和感、異常事態。もう脳に押し込めすぎて頭蓋が閉まらない。そう思うほどだった大量の荷物が、一斉に出ていく。それにより、格段に見通しが良くなった。
とろけるような甘いキスを受けて、私はなんかもう、わかってしまったのだ。
次に気付いた時には、私はお頭の胸の中で優しく抱き締められていた。心臓はドキドキして、呼吸だって乱れている。顔も身体も熱い。しかしこれは、物理的に強制的に引き出された現象だ。
「次の段階にいってもいいか……?」
覗き込んできたお頭の顔はとてつもない色気が滲んでいる。私を見詰める目も、表情も。切なげに映るのに、自分の欲を抑えきれてもいない。
元から整っているお頭の顔がこんな風になるのを見れるのはとても気分が良い。私は素直にそう思った。
「……何も言わずに抜けてきたし、一度みんなのところに戻りましょうか」
身体を離すタイミングを計れていない様子のお頭にそう言い聞かせると、何気なく並んで歩き始める。ちらと見ると、隣の男は目が合うなり幸せを感じさせる笑みを浮かべた。
こういうところはやっぱり可愛い。お頭の地の部分。ここが加点対象となるところに変わりはない。
溢れる色気、無駄に磨き上げられたキステクは今まで関わった女達を通して得たものだろう。反して、段階をすっ飛ばして規格外の指輪を贈りつけ、強制的恋人関係樹立&有無を言わさず「お前はおれだろ」宣言。この二つはまったく違うようで実は一本の線で繋がっている。
「お頭……」
「ん?」
「私のこと……どう思ってます?」
その時、お頭はまたキョトンとした顔をした。
「え? 愛してるだろ」
――ああ、やはり。その瞬間、私はにんまりと笑った。
お頭はミステリアスなんかじゃない。踏み込ませないように壁を作っていたわけでもなかった。最初から本当のことを言っていたのだ。嘘やはぐらかしなんてとんでもない。
「……あ。ほら見ろよ」
お頭は壁掛け時計を見ている。時刻は深夜0時を指していた。
「メリークリスマス、サクラ」
優しい笑みには嘘がない。それを見て、私も自然と笑顔を返した。
フラレたことがないのも、明かす手の内がないのも当たり前だ。お頭の恋愛遍歴は、今この瞬間から始まるのだから。
私にずっと一途な愛を抱えていたらしいお頭にメリークリスマスと返しながら、薬指の冷たさに触れる。この締めつけには当分慣れないだろうが、まあいいだろう。
こんな桁違いなジュエリーを初めてのプレゼントに選ぶとこも、洗練されたテクニックも、可愛い笑顔も、「船長」である、という基礎的なステータスも。私の合格ラインをゆうに上回っているのだから。
恋愛初心者にありがちな派手な勘違いやおかしな挙動を除いたとしても、この人は優秀な恋人になり得るだろう。
ただし、多少「育て」は必要だ。私は隣りにある大きな手をそっと握りながらツリーを見た。さっきまでただの信号だったライトの点滅が、今は確かに美しい。
つまりはメリークリスマス。誰にでも奇跡が訪れる夜である。
fin.
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