在らぬもの
俺は足を撃った。
逃がさない為だ。
今度は耳を撃ち抜いた。
わからせたいからだ。
肩を掠め。
脇を掠め。
指先をふっ飛ばして。
もう一つの耳も撃った。
長く、苦しめたいからだ。
いつもなら返り血など浴びない。
それが吹き出す頃には、他の相手を殺しに行ってるからだ。
銃があれば、撃って。
刃物があれば、斬って。
何もなければ、殴りつける。
その作業をひたすら繰り返し、気付けば辺りは俺ともう一人だけ。
わからせてやって。
苦しめてやって。
だが、それはきっと今だけなんだ。
これだけ大地を血に染めて、俺はやっと気が付いた。
俺は心臓を撃ち抜いた。
終わりにしようと、思ったからだ。
この肉の塊は、人の形をしていた頃にある女を犯した。
複数で犯して、殺した。
復讐なのか。
欲求なのかは知らない。
だが、女は死んだ。
いつも帰りを待っていた。
優しい女だった。
馬鹿がつくほど、優しい女だった。
時には、付いて来た犬を飼う羽目になり。
時には、身元がわからない子供を預かり。
時には、海賊の俺に見初められて。
俺が怒っても、優しく返した。
強く抱いても、優しく返した。
ある時、預かっていた子供の親が迎えに来たと、喜んだ。
自分は寂しいくせに、笑ってた。
犬が子供に懐いてたから、それも一緒に差し出した。
女は、一人になった。
それでも、笑っていた。
よく笑う女だった。
いつ帰ってくるかわからない俺を、いつも待っていた。
いつ帰ってくるかわからないのに、ドアを開けたらもう笑っていた。
だから、信じられなかった。
待ってる人がいない事が。
信じたくなかった。
もう二度と、笑ってくれない事が。
次の日、朝が来た。
幸せに暮らす人間達と同じように。
それは例外なく、俺にも訪れた。
その次の日も、朝は来た。
腹が減って、飯を食った。
仲間は何も知らない。
誰にも何も、言わなかった。
あの女の事は誰も知らない。
誰も知らなかったから、言わなかった。
時折無性に腹が立った。
そんな時は敵を殺した。
殺して殺して殺し尽くした。
仲間からはきまって、虫の居所が悪いのだろうと言われた。
俺を知らない奴からは、元からそんな人間なのだろうと思われた。
時折無性に寂しくなった。
そんな時は女を抱いた。
抱いて抱いて抱き潰した。
俺に涙は出なかった。
あの笑顔が頭を掠めても。
他の女を抱いて、余計に寂しくなったとしても。
何度も、朝は来た。
何十も、何百も。
それでも俺に涙は出なかった。
泣いたら少しは楽になるだろうか。
誰かに話したら、泣けるかもしれない。
でも誰にも、言わなかった。
言わなかったから、誰も知らなかった。
また朝は来て、ちょうどそれが何千回かを越す時、ある女に出会った。
若い女だった。
気が弱い女だった。
だが、いつも笑っていた。
人の気も知らず、笑っていた。
俺は邪険にした。
乱暴にも扱った。
それでも、女は笑っていた。
気が弱いから、笑う事しか出来ないんだと思っていた。
非道い事を言った。
えげつないことを言った。
すると、女は涙を流した。
なのに、笑っていた。
ある時訊いてみた。
なぜ笑うのかと。
すると、女はまた笑って答えた。
あなたが辛いからだと。
私も辛いけど、あなたの方がもっと辛い。
私よりもあの人と、長く居たから。
あの人がいつも笑ってくれたから、私もあなたに笑ってあげる。
犬にもずっとそうしてるの。
目の前の女は、死んだ女が昔預かっていた子供だった。
今や大人になった女の優しく笑った顔を見て、俺に初めて涙が零れた。
fin.
This short story was written in 2013.
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