同じ死ぬなら:Law


「――自分が何言ってるのかわかってんだろうな……?」


 そう低く唸るように言われれば、ぴりっとしたものが頬を刺した。キャプテンは本気で怒っているのだ。普段なら、何か失敗したとしても私なんかに本気で怒ったりはしない。
 

「わかってます……散々世話になっといて、不義理ですよね」

「……本気か? 本気でうちを抜けてェってのか?」


 ちょん、と突つけばなにか破裂しそうなキャプテンに、私は小さく、けれど、しっかり伝わるように首を縦に振った。


「何が不満だ?」


 その問いには、首を横に振る。このハートの海賊団に不満はなかった。どころか、私は幸せだったのだ。大した力量もないのに、これまでここにいさせてもらえたことが。
 
 偶然命を救ってもらったキャプテンを慕って、どうしてもここに置いて欲しいと頼み込んだ私をここの人達は快く迎えてくれて。早く船に乗れと言ってくれたキャプテンの懐の大きさにまた感激して。
 微力でもなんでも、力になれればそれでよかった。
 
 だけど、私はここに入ってから現実を知る。いつも陽気で、どこか適当にやっているように見えても、そこは世間に名の通った海賊団だ。皆の実力の水準は高い。
 戦闘においてはもちろん、船の知識も、海の知識も乏しい自分なんかが簡単に足を踏み入れていいようなところではなかったのだ。
 
 それでも、最初は追いつこうと必死だった。身体を鍛え、船の知識、海の厳しさを一から学び、とにかく、追いつけないまでも、せめて足手まといにならないようにはなろうと。
 
 そのうち、褒められたり認められたりすることは僅かながら増えていった。でも、だからダメだったのだと思う。
 
 少し力をつけた私は、つい欲を出してしまったのだ。この海賊団にとって、いや、キャプテンにとって、もっと必要な人間になりたいと。


「うちを抜けてどうする? 何かやりたいことでもあるのか?」

「はい……この島の酒場で働こうと思っています。何度か誘っていただいてたので」

「……それがお前の本当にやりたいことだってのか?」


 一層低く届いたその問いには、私は首を縦に振ることも横に振ることもしなかった。
 
 できることならここにずっといたかったというのが本音だったからだ。だけどそれは、無理だった。私はいつの間にか、一クルーとしてじゃなく、一人の女として見てもらいたいと思うようになっていたのだ。
 
 キャプテンはぎりぎりクルーとしては認めてくれていたと思う。でもきっと、信頼できるとは思われていない。挨拶や雑談程度はしてくれるけど、何か危険な作戦には参加させてもらえないし、戦闘時も常に前には出るなと言われていた。

 庇われるたび、少しでも怪我をするときまって苛立っているキャプテンを見るたびに自分が嫌になった。
 
 つまり自分は、キャプテンにとって足手まといなのだ。それを認めるのは辛く、けれど、この想いを抱えたまま傍にいるのはもっと辛くなった。


「……とにかく、私は船を降ります。今まで本当に、」


 とても重要な挨拶だったけれど、私は中途半端なところで言葉を止めた。二メートルほど先から聞こえた、長く深いため息に言葉を遮られたからだ。
 見れば、キャプテンは目を閉じ、自らの額に手を当てている。
 
 あまり見ることもないキャプテンの様子に、私は少々驚いた。私なんかが抜けても特に痛くも痒くもないだろうと思っていたからだ。
 頑なな態度の私に苛立っているのか、呆れているのか。わからないけれど、とにかく良い気分でないことは確かだろう。
  
 
「お前は――、」


 その時、低く切り出したキャプテンに、心臓が小さく跳ねた。キャプテンは苦しげに見えるほど眉を寄せている。
 どんな酷い言葉を浴びせられようと、全部受け止めてから出ていこう。そんな決意を持ってキャプテンの言葉を待った時、行間を分断するようにちぎって捨てるかのような短い息が一つ、吐き出される。


「――どうしたら……おれを選んでくれる……?」

「…………え?」


 目を閉じたまま呟くように言ったキャプテンの言葉が、聞き間違いかと思ってぼんやり見詰めた。


「……その酒場で働こうと思った決め手は何だ? 教えろ」

「あ……、それは……何もできなくていいって……。ここにいてくれるなら大事にするって言ってくれたから……!」


 チッという音が聞こえる。キャプテンが今度は舌打ちしたようだ。額に当てていた手は下ろし、閉じていた目は開けている。だけど、下を向いていて、私とは視線が合わない。


「じゃあおれは……愛してやる」

「……え?」


 ぼそりと言ったキャプテンを、再びぼんやりと見詰める。また聞き間違いだろうか。この局面で、自分の耳は都合のいいように聞こえる機能でも搭載してしまったのだろうか。


「あの……キャプテン? 今、なんて……?」


 恐る恐るという感じで聞き返した私に、キャプテンは目線をすっと上げた。その目が、躍動するように光を弾く。


「――死ぬほど愛してやるから、ここにいろ!!」


 性急に踏み出したキャプテンが目の前に迫ったと思った瞬間、私は抱き締められていた。


「……っ、えェェ!? あ、あの……」


 キャプテンは今、愛してやるって言ったのか? あい? 愛ってなんだっけ? 
 
 あまりにも予想していなかった展開に、脳よりも五感が追い付かなかった。いつも視覚だけで捉えているキャプテンの骨格や筋肉を、触覚で感じられることが。
 微かな息遣いをこんなにも近くで聞き、シャンプーかボディソープかはたまたコロンなのか。そんな良い匂いにふわっと包まれていることが、およそ信じられない。

 私は微動だにできず、呼吸をするのも忘れて、ただひたすら自分の体温が上がっていくのを感じていた。


「キャプ……テン……っあの……、私……」

「返事は?」


 少し身体を離して見下ろされただけで、いろんな感覚が限界を超えて弾けた。
 自分の口から「はい」という言葉が出てきたのを、窓の外から聞こえた風の音のように自分の耳は聞いている。なんだか、自分の声じゃないみたいだった。


「……上出来だ」


 私の返事を聞くなり優しく目を細めたキャプテンを見て、今度は脳がバグったようだ。視覚が確かに捉えている景色がまるで作り物みたいだった。
 
 キャプテンの片手が私の背に回り、もう一つの手が柔らかく頭を撫ぜてきたりすると、鼓動が激しくなりすぎて、軽く吐き気を覚える。 
 
 こんな至近距離で見詰められたまま触られるなんて。胸がいっぱい過ぎてもう息を吸い込むことができない。

 ふと、見詰めてくる目が近付いてきて、私は思わずキャプテンの胸を押さえた。


「こ……これ以上近付かれたら死んでしまいます……」


 すると、キャプテンは不満げに眉を寄せた。


「これぐらいで死なれちゃ困る」

「い、いや……無理ですって……もうすでに死んじゃいそうなのに……」

「同じ死ぬなら、おれに愛されて死ね」


 その言葉を言い終わるか終わらないかというところで、私の唇はキャプテンの唇を、私の味覚はキャプテンの甘い舌を味わった。





fin.
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