Cute Aggression
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好きな人の感触は特別だ。愛おしくて尊い。だからなのか、少し触れられただけで抱き締め合った時のような安堵や、キスした時のような愛情が込み上げる。
しばらく私を抱き締めていた力を少し緩めると、総長はじっと見詰めてきた。いつになく真面目な顔だ。それが近付いて来たと思ったら、そっと肩を押される。いつの間にか後頭部に添えられていた総長の手を下敷きに、私はソファーに押し倒されていた。
至近距離で見下ろされると、向かい合って座っていた時よりもドキドキする。緩く波打つ柔らかな髪が私の頬を撫ぜて、総長の吐息を唇に感じると、目を閉じた。
「――サボくーん! そろそろ行くよー?」
ノックと同時に訪れたコアラさんの声にぎょっとして目を見開くと、すでに私に覆い被さっていたはずの総長の姿がない。ついでに、置いてあった上着と帽子と手袋もなくなっているではないか。
「絶対寝てたでしょー?」
「起きてたって……」
「でも、ちょっとだけ寝てたでしょ?」
「……ちょっとだけな?」
やっぱりー! そう言って遠く笑い合う声とともに、私はソファーの上に一人取り残されていた。
え。なに、今のは夢?
任務に出たらしい総長はそれから二週間ほど帰って来なかった。あれ以来、総長のことで頭がいっぱいだった私は仕事もろくに手につかず、いつもはしないようなミスを連発して落ち込む日々だ。
はあ。気付けば、ため息が出ている。近頃、息を吸った方の記憶がない。だけど、今日はしゃんとしないと。外に出迎えの人が集まっているから、そろそろだ。私は並んでいる人の間に立つと、背筋を正した。
わっと歓声が上がって、集まっていた人達が一斉に笑顔になる。総長が帰還したのだ。
革命軍は孤立した組織で、海賊みたいに名を上げればなんぼの世界じゃない。敵を世界政府以上に絞っている点からも常に危険を孕んでいるし、勝ち負けではない分、任務の失敗は直接的な死を意味する。
一つでも上手く嚙み合わなければここに帰ってくることはできない。逆に言うと、帰ってきたことで大義を果たしたと示すことになる。
ここから見る総長はみんなに笑顔を見せているけど、きっと死と隣り合わせのぎりぎりなところをくぐり抜けて、嫌なものとかも沢山見てしんどい思いをしてきているはずだ。
なのに、思い思いに声を掛けてくる人に対して、にこやかに対応している総長が、なんだかすごく眩しかった。
そんなことを考えているうちに、次第に総長との距離が縮まってくる。私も総長の帰りを首を長くして待っていた一人なわけだから、せめて「おかえりなさい」くらいは言いたい。
だけど、総長の周りにはすでに幾重も人が集まっていて、声を掛けるどころか、視線を合わすことすらできなかった。総長ご一行は私の前を通り過ぎると、周りを囲む軍隊長なんかとともに総司令官室へと向かっていった。
ああ。なんだかとてつもない格差を感じる。お祭りが終わった後のようにばらばらと持ち場に戻るみんなに紛れて、その場でがっくりと肩を落とした時だった。
「――何落ち込んでんだよ、ひより?」
「あ、バニーさん……」
私に声を掛けてきたのは、兵士のバニーさんだ。帽子にゴーグルをつけている人が多い中で、この人の帽子には羽がぴよんと立っている。
「元気出せって! ミスくらい誰でもするもんなんだから」
そう言って頭にぽんと手を置かれる。どうやら、バニーさんは私が仕事のミスで落ち込んでいると思っているようだ。最近連発していたミスのせいで昨日もこっぴどく怒られていたので、あながち違うとも言い難いけれど。
「飯でも食い行くか? たまには奢ってやるよ」
「え、いいんですか? バニーさん優し……」
「――悪いけど、」
急に目の前の景色が反転したので驚いて見上げると、私の視界はバニーさんから総長へと変わっていた。
「ひよりは連れてくよ」
どうやら、いつの間にか傍に来ていた総長が私の腕を引っ張ったようだった。さっき総司令官室に入って行ったと思ったのに、どうしてここに? そして、なぜ今私の腕を引っ張っているのだろう。
「え、サボさん!? ……あの、こいつが何かしたんですか?」
「あはは! 違うよ。付き合ってんだ」
「あァ、付き…………えェェ!?」
私とバニーさんは同時に声を上げたけれど、顔を見合わせる暇はなかった。元いた位置はすでに遠くなっている。総長は呆然としている私の腕を引いたまま、どんどん進んでいたのだ。
総長の部屋に着き、私はようやく腕を離してもらえた。いまだ呆然と立ち尽くしている私に構わず、総長はいつものルーティーンなのか、脱いだ帽子と上着をソファーに放ったりしている。
「なに突っ立ってんだ? こっち来いよ」
立ったままの私にようやく気付いたのか、総長は最後に手袋を外しながら近付いてくると、また私の手を引いてソファーに座らせた。
自然と隣に腰を下ろした総長は取り去った手袋を先に寝かせていた帽子の上に投げ、ふう、と息をついている。
次はどうするんだろうと思って黙って見ているこちらに振り返るなり、手を伸ばしてきたので、私は、今だ! とばかりにその手を拒絶した。
「待ってください!」
「……どうした? いきなり」
総長は丸い目をさらに丸くして驚いているようだ。「どうした」も「いきなり」もこちらのセリフだと言いたい。
「私達って……付き合ってるんですか?」
こちらを見ていた総長は伸ばしていた手を一旦引っ込め、前を向いてソファーに背を付けると、ゆったりとした動作で腕を組んでから、再びこちらに顔を向けた。
「……違うのか?」
その顔に広がるのは、驚き以外のものはない。なんとなく、予想していた反応ではあった。
「私は総長の彼女ってことなんですか?」
総長は腕を組んだ態勢のまま少し顔を寄せてきた。
「だから、違うのか?」
「それっていつからですか?」
少し苛立った声を出した私に、驚いたような総長の顔が、僅かに歪む。
「もしかして……嫌なのか?」
ふわっとした髪から覗く、まん丸だった目が揺れて、眉毛も少し下がっている。――ああ、クソ可愛い。
革命軍のNo.2で、実力は元より、みんなに好かれて尊敬されて。任務から帰還すれば、先ほどのように歓声が上がってお祭り騒ぎになる。
自分なんかからすれば恐れ多いような立場の人なのに、今こちらを見詰める総長は、とてもショックを隠せないといった悲し気な表情だ。
「……嫌なわけないじゃないですか」
「あァ、なんだ。よかった……」
安心したように笑う総長は組んでいた腕を解くと、またソファーへ背を預けた。そんな仕草も可愛いけれど、私はそれに絆されまいと厳しい表情を崩さない。
「……なにが、よかったんですか?」
「え?」
「付き合うなら付き合うで、バニーさんじゃなくて、私に最初にそう言ってくださいよ!」
総長は、あきらかに今初めて気が付いたといった顔をした。
「え、おれ言ってない? いや、言っただろ?」
「言ってません! 以前私をここに押し倒しておきながら、そのまま放置して任務に行って帰ってきて、今です!」
総長の丸い目は記憶を辿るように斜め上を彷徨っている。いまだふわっとした態度の総長に、私はいつの間にか責めるような言い方になっていた。
総長が帰還した時は、とても疲れているだろう彼を癒してあげたいと思っていたのに、私が今しているのはなんなのだろう。
なんだか、だんだん悲しくなってきた。
「私は……今日無事に帰ってきた姿を見るまで、ずっと総長のことが心配で……会いたくて。仕事中もうわの空で、ミスして怒られて落ち込んだりして……。でも、付き合ってるって言ってくれて、手を引いてここまで連れて来てくれてすごく嬉しかった。なのに……どうして総長は大事なことを言ってくれないんですか?」
「ひより……」
「もう! 言動までふわっとしないでくださいよ! 私は総長のことがこんなに、」
「――好きだ、ひより」
急に伸びてきた総長の腕に包まれて、私は何も言えなくなった。大事なものを胸にしまい込むように抱き締められてしまえば、言いたいことも聞きたいこともどうでもいいとすら思える。
「好きだよ……おれと付き合ってくれ。おれの……彼女になれよ」
私の髪を滑る総長の手は柔らかく動いている。私は身を委ねるように総長の胸に頬を預けると、笑った。
「……全部言っちゃいましたね」
顔を上げて、総長を見上げる。私を見詰める視線は手よりもずっと柔らかいと思った。
「なんだよ。まだ言われ足りないのか?」
「いえ。お返事をしようと思っただけです」
「……おれは『私も好きです』以外の返事は聞くつもりないけど?」
「総長はホント、要件人間なんだから……。でも……好きです」
おかえりなさい。再び埋まった胸の中でそう言うと、「ただいま」ではなく、会いたかった、と返ってくる。
「任務、大変だったんですね……」
「ああ……。酷ェ国だったよ。あの国にいる時……ずっとお前に会いたかった」
言いながら、総長は少し腕を緩めると私の頬に触れた。皮膚の細胞一つ一つを確かめるようにとても優しく撫ぜられる。そんな風に触れられると、なにか込み上げるものがあった。
悲しいものを沢山見てきたであろう揺れる目が近付いてきて、ふわりとした髪が私の鼻先に触れる。そんなドキドキするようなシチュエーションにもかかわらず、私は目も閉じず、総長の唇を掌で押し返していた。
「……にゃに、」
「だって、また誰かが突然入ってきたりすると困ると思って」
総長は一旦不服そうな顔をしていたけれど、押し付けていた私の手を取り去ってから、笑った。
「大丈夫だ。今からひよりとイチャイチャするから誰も入ってくるなってきちんと言っておいたから!」
「……え? それっていつ……誰にですか?」
「さっき。みんなに」
「まさか……、軍隊長達と総司令官室に入った時、ですか?」
よくわかるなーと言って笑っている総長を遠くの景色のように眺めながら、私は血の気が引いていく感覚を味わっていた。
軍隊長副軍隊長にとどまらず、総司令官にまでイチャイチャ宣言? そうそうたるメンバーに、今ごろあれこれ想像されているのかと考えれば、恥ずかし過ぎて死ねそうだった。
「……今さらですけど、付き合うって双方の合意がないと成立しませんよね?」
「まァ、そうだな?」
「バニーさんもそうですけど……、私の返事を聞く前にみなさんに言うって……しかも勝手にイチャイチャ宣言するって……」
「あー……色々すっ飛ばして、おれの中ではもう付き合ってたからな?」
「……総長って童貞ですか?」
私があらゆる憤りを込めてそう言うと、総長は仰け反るくらいに笑っていた。
「じゃあ……今から試してみるか?」
笑いを引きずったままで私を見詰める視線は、今日もふわりと柔らかい。だけど、私はそれを切り裂くように言った。
「……望むところです」
ふわっとした柔らかいものは、いつも優しくて心地良い。だけど、時にはそれをむぎゅっと握り潰してみたくなるのが心情だ。
私はツボに入った様子の総長にタックルするように抱き付くと、涙が出るほど笑っている総長をそのまま力任せに押し倒した。
fin.
This short story was written in2024.
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