Because……


 なぜなんだろう。私は今日何度目かの疑問をまた思い浮かべた。
 
 自分には男を見る目がないのか。それか、自分自身に何か決定的に足りないところがあるのだろうか。外見は問題じゃないと思う。だって、見るだけで明白なところが、付き合い出していきなり変わることはないからだ。
 
 だとすれば、やはり、内面? そもそもの付き合い方? どうせ振るなら、もっと細かくダメ出ししてくれればいいのに。
 答えの出ない問答を一人でやっていたって、解決するはずがない。わかっているのに、何度も同じ理由で失恋してしまう自分を痛めつけるかのように、自問自答するしかなかった。
 
 今日は酒の味がしない。味わう暇もなく流し込んでいるからだろう。周囲は腰を据えて談笑している。いつものように騒ぎ立てるまで飲んじゃいないのだ。きっと私のペースには誰もついてこれないだろうけど、それでよかった。
 
 案外、他人のことより自分自身のことが一番わからないものなのかもしれない。最後はそんな風に結論付け、私はその場に突っ伏した。




 ――首が痛い。ずっと顔を横に向けて寝ていたせいだ。周囲が静かなので、もしかして朝だろうかと目を開けた。
 からん。グラスに氷がぶつかる音がして見上げると、いつの間にか私の横で静かに飲んでいる人がいる。


「――あれ……お頭。来てたんですか?」


 その人は急に声を掛けたのに驚いた様子もなく、傾けていたグラスをゆったりと置くと、ああ、と頷いた。
 赤髪のシャンクスといえば泣く子も黙る大海賊だけど、静かにグラスを傾けている姿は、一般人のそれと変わらない。いい意味で人を圧迫しない空気感を持っている人だ。


「ん……? みんなは?」


 やたら静かな店内はがらんとしていて、いつの間にか私とお頭を除いて誰もいなくなっている。もうみんな宿に戻ったのだろうか。 
 自分がどれだけ寝ていたか知らないが、置いてきぼりってのはあまり気分が良くないものだ。


「さァな……。 用があって遅れてきたら、お前以外いなくて驚いているところだ」


 お頭はそう言って、またゆったりとした動作でグラスを口に運んだ。


「今、驚いてるんですか?」

「あァ。驚きすぎて酒飲んじまってる」


 「驚いた」とは対極にあるような落ち着いた態度でそんなことを言うので、私は笑った。だけど、お頭は静かにグラスを置いただけだった。


「……そういえば、しばらく禁酒してましたもんね? 飲み過ぎて彼女との約束すっ飛ばしたんでしたっけ? それで怒られたからって」

「そうだな……」


 隣にいるのに、お頭はこちらを見ようともしない。どこかぼんやりと前を見据えたままだ。
 この人は飲んで騒ぐ時もあるけど、こうして大人の飲み方をする時もある。今は他のみんながいないから特にかもしれないけど、そこを差し引いてもとても静かだった。
 
 それにしても、オーラを無理やり消しているというか、スイッチを切断してしまっているというか。完全にOFFって感じの覇気のなさだ。今敵が来ても、四皇だって気付いてもらえないかもしれない。
 
 ただ、この悲壮感漂う感じは今までに何度か見たことがあるなと思った。


「用事って、彼女でしょ? デートだったんですよね? いいなー……」

「……いや。振られたよ」

 
 予想通りの答えだったわりに、私は言葉に詰まった。こうはっきり言われてしまうと、正直フォローのしようがない。
 お頭のグラスの中で揺れる氷が拍動のように一定のリズムを刻む。寂し気にも聞こえるその音がなぜか、私は好きだった。


「なんでだろうな? おれは誠心誠意向き合ってるつもりなんだが……いつも同じセリフで振られんだ」

「……ちなみに、それはなんて?」

「『あなたがどこ向いてるのかわからない』……」


 それを聞いて、私は心臓を鷲掴みにされるような感覚に陥った。


「嘘……」

「いや、嘘じゃねェよ」

「……同じです。実は……、私も今日失恋したんですけど、お頭と同じこと言われて振られました」


 そこまで言うと、前をぼんやり見据えていたお頭は、ようやくこちらを向いた。


「なんだそりゃ? 偶然にしちゃできすぎだな……」

「え……なんだろう? うちの海賊団がダメとか? 普段自由にやり過ぎて、気付かない間に恋愛不適合者になってる?」

「不適合者って、おい」

「だって、いくら同じこと言われても、色々考えても、わからないんですもん! あ……、もしかして、他に理由があるけど言いにくいだけとか?」

「理由って?」

「いや、わかんないですけど……。というか、そこがわからないんです! え、私のどこがダメですか!? この際ばしっと言ってください!」


 今まで怖くて人には聞けなかったけれど、お頭は言わば同志だ。もしかしたら、はっきり言われて解決することがあるかもしれない。
 
 結構必死な私を、お頭はしばらく観察するように見詰めている。あ、なんか冷静に悪い点を上げられたりしたらすごく嫌かも。仮にも失恋したばっかりだというのに、とどめを刺されて二度と立ち上がれなくなるかもしれない。
 私は少し恐ろしいような気持ちで、お頭の回答を待った。


「――別にないだろ。お前普通に綺麗だし、優しいし、気遣いもできる。傍にいるだけで落ち着くしな? ……こんな風に疲れてる時に一緒にいたいって思う相手だよ、##NAME1##は」

「え……」


 ちょっと構えていたのに、最上級に褒められてしまった。あまりにもいいことばかり言われて、私はなんだか慌てる。みるみる顔が赤くなるのを感じて、それを誤魔化すように手を振った。


「そ、そんな……! それを言ったら、お頭だってカッコいいし、優しいし、頼もしいし……振られる要素なんて見当たりませんよ! そもそも私がこの船に置いてくれって頼み込んだのも、最終的に船に潜伏して居座ったのも、お頭の傍にいたいって思ったからなんですから!」

「え……?」


 ふと、目が合った。終始伏し目がちだったお頭の目は、驚いたようにこちらを見て揺れている。
 あれ。私は今なんて言われて、なんて言ったっけ?


「……あ、でも、これで晴れて酒解禁ですね! よし、今日は飲んじゃいましょ? 付き合いますよ!」

「お前……飲み過ぎて潰れてたんじゃないのか?」

「ああ、大丈夫です。もうすっかり冷めちゃいました」


 そう言うとお頭は笑ったけど、どこか虚ろな表情だ。この人は傷付いてる。失恋したばかりだからと言われればそうなんだろうけど、本当はもっと複雑なはずだ。
 
 失恋すると、単純に恋人と別れることが辛いのもあるけど、思うのだ。自分は人と深く付き合うことができないダメな人間なんじゃないかと。それが何度も、ともなれば尚更。
 同じ経験をしている私には、そんな気持ちはわかりすぎるほどわかる。だけど、こんな風に寂し気に笑うお頭は見たくない。


「なんか……べろべろになるまで飲みたいって思うんですけど、結局すぐに寝ちゃうんですよね? その後起こった楽しい出来事を後から聞かされて、いつも悔しい思いしてますもん! この間だって、ルウが酔って転がった勢いで店が半壊しちゃって追い出されたって。……まァ、それはさすがに話聞いただけで笑っちゃいましたけど」

「ああ、あれな」


 思い出して笑ったお頭を見て、少しホッとする。空になったお頭のグラスに氷を一つだけ入れて、酒を注いだ。あまりキンキンに冷えた酒をこの人は好まない。
 お返しに私のグラスにちょこっとだけ酒を注ぐと、お頭は自分のグラスをゆらゆら揺らしながら、その氷の塊が溶けていく様子を楽しんでいる。
 
 思えば、こんな風に差しで飲むのは初めてかもしれない。静かな空間に、氷が遊ぶ音だけが響く。この音を聞くと、無条件に安心できる気がした。


「正体不明になるまで飲めたら楽しいんでしょうけど。私弱いからなー」

「顔赤くして静かに寝てるとこは可愛いけどな……」

「……え」

「手が掛からなくて助かるよ。……毎度店半壊されても困るしな?」


 こちらを向いてにっこりと笑ったお頭は、いつものような陰りのない笑顔だ。よかった。私は少し安堵した。


「なに笑ってんだよ?」

「え? お頭少しは元気になったかなって。よかったって……」

「それはお前のお陰だろ。自分も失恋して辛いはずなのに、おれを元気づけようと話してくれて。弱いくせに飲むの付き合ってくれて……作ってくれる酒はちょうどいい。ホント優しい女だよな、お前」

「え……いや……、そういうとこ気付いてくれるお頭の方が優しいですよ。それに、無理に付き合ってるわけじゃないです。私がお頭といて楽しいだけで……。こうやって一緒に飲んでるだけで、失恋の辛さなんて忘れられますもん」

「##NAME1##……」


 お頭はまたこちらを見たまま静止した。そのままじっと見詰められている気がして、私はまた慌て始める。


「あ……いや、えっと。……そうだ! 今まで聞いたことなかったけど、お頭ってどんな人がタイプなんですか?」

「タイプ? あらためて考えたことはねェな……」

「なんかいつもバラバラですもんね? モテるからしょうがないけど」

「そういうお前はどうなんだ? お前だっていつもバラバラだろ」


 言われてみると、そうかもしれない。私は過去のそれらを一旦頭から消去して考えてみた。今までのは失恋続きで参考にならないからだ。


「そうですね……好きなものより嫌いなものが一緒の人がいいかな?」

「ふうん。好きなものは合わせられるけど、嫌いなものを好きにはなれないからか?」

「ですね。それで言うと、元気で楽しい時より、弱ってる時とか辛い時に黙って傍にいてくれる人っていいかも」

「おれは逆だな……。そういう時に元気にさせてくれるやつがいいよ」


 そう言うと、お頭は私から目を逸らさないままグラスを傾けた。
 からん。グラスの氷がまた音を立てて、私はハッとする。一つだけの氷が遊ぶこの音を、すぐ傍で何度も聞いたことがある気がした。
 
 私はお頭を見た。他のみんなが一緒だった時もあるし、目覚めた時にいなかったこともある。だけど、やけ酒して寝てしまっている間に、いつも隣からこの音が聞こえていたのを漠然と思い出した。
 
 どうしてこの音を聞くと自分は安心するのか。わかった気がする。


「……どうした?」


 私はしばらくお頭をじっと見詰めていたようだ。鋭く光る時もあるこの目は、今は優しく揺れている。そこからいっとき目が離せない。


「あの……そういえば、お店の人は?」


 馴染みのマスターはカウンターの中にも外にもいない。いつも人の会話を邪魔せずひっそりといるもんだから気付かなかったけど。よく見ればキッチンの中も綺麗に片付けられている。


「用事あるから帰るけど、勝手に飲んでていいってさ……」


 私を見詰めていたお頭の目が一度カウンターの中へと移り、すぐに戻って来た。私達はまるで関係ない会話を続けながら、互いに目を離せないでいる。


「さすが常連……。信用されてますね」


 また空になったお頭のグラスに酒を作ろうと、手を伸ばした。


「いや。あいつらもマスターも……気利かしただけだろ」


 伸ばした手に、同じようにグラスを掴もうとしたお頭の手が触れる。


「じゃあ……みんなとっくに気付いてたんですね」

「ああ。気付いてなかったのはおれらだけのようだ」


 私はグラスを掴むことも、引っ込めることもしなかった。私の伸ばした手はお頭の手にそっと握られているからだ。ゆっくりと。その手を取られて引き寄せられる。


「付き合ってる人と違う人を想ってれば……そりゃ振られますよ」

「……だな」


 お頭の目は、もう虚ろではない。私をしっかりと捉えてかつ、溢れんばかりの何かに揺れている。
 自分はずっとこの目の中に入りたかったのだ。そこに映る自分の目も同じように揺れているのを確認すると、私はそっと瞼を閉じた。





fin.
This short story was written in2024.
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