柔らかいの秘密
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
私はいつもの部屋をノックした。返事はない。留守なのか。いや、先ほど総長がこの部屋に入るところは確認した。では、あえて返事をしないのか。訪れた人間が私だとわかっているからかもしれない。
私はもう一度ノックをして、また返答がないのを不思議に感じ、扉を控え目に開いてみた。
「総長ー。いるのはわかってるんですよー。無駄な抵抗はやめてくださーい」
そんな呼び掛けも、応じる相手がいなければただの独り言だ。私は扉の隙間から顔を覗かせて、室内を見回した。ソファーの背から覚えのある金色の髪が見えて、安堵する。なんだ、やっぱりいるじゃない。
そこまで歩いてきて、微動だにしない総長に違和感を感じて前に回り込んだ時だ。
「あれ……寝てる?」
一見、ソファーに座って考えごとでもしてるみたいに見えたけど、私が近付いてもピクリともしない。上着と帽子と手袋。それらを隣に放って、腕組みしたまま少し俯いている形だ。
小さな声で総長、と呼んでみるけれど、静かな寝息が返ってくるだけ。かなり深く眠っているのかもしれない。きっと、疲れているのだ。この人はいつも大変な任務を一人きりでこなしている。
私は、書類だけを置いてそっと部屋を出ることにした。革命軍は私軍といってもきちんとした組織で、何か計画的に動く時は書類上の手続きがいる。そういう細かい決まりごとは、自由に動く総長が一番嫌うものでもあった。それを主だった仕事にしている私が書類を持っているのを見掛けると、面倒くさそうな顔をするのもしばしばだ。
書類を置いて部屋を出ようとして、もう一度眠っている総長を振り返る。任務で留守にしている間に、少し瘦せただろうか。いつも人を驚かせるくらいには食べる人だけど、それを超えるほどキツい任務だったのかもしれない。
部屋の窓が少し開いていて、ほんのり乾いた風が室内を通り抜ける。金色の髪が陽に透けてなんだか眩しいほどだ。緩いウェーブが目の下まで柔らかく伸びていて、大きな傷跡を優しくなぶっていた。
私は何気なく総長の隣に腰を下ろして、その様子を見詰める。風が通る度揺れる髪が顔をくすぐって、気持ち悪くないだろうか。自然と手を伸ばし、指の背で触れてみる。
わ、想像したより柔らかい。以前から、このふわふわな髪に一度触れてみたいとは思っていたのだ。少し触ると、もっと触ってみたいという欲求が強くなった。
総長が目を覚ましやしないかドキドキしながら、今度は掌全体で撫ぜるように触れてみる。うわ。気持ちいいを通り越して、もうなんか可愛い。子供とか、小動物とか、そんなものを連想させる触り心地だ。
元々恐ろしい強さだったこの人が、悪魔の身を食してからはもっと。それこそ、悪魔的な強さを身に着けて、近頃はもはや敵らしい敵はいないんじゃないかと思えてくる。なのに、こうして頭を撫ぜていると、無性に擁護欲を掻き立てられるから不思議だった。
よく見ると、睫毛も陽に透けて金色に輝いている。長くて羨ましい。ていうか、可愛い。重い責任や任務や諸々。色んなしがらみが抜けきって眠っている総長はもはや可愛いの一言だった。
いや、もしかしたら起きている時も可愛いかもしれない。くるっとした丸い目や厚くないのにぽてっとした唇なんかはとても優しい印象だ。――この唇も触れたら柔らかいのだろうか。
私は、いつの間にか総長の唇に手を伸ばしていた。少しだけ。ほんの少し触れてみるだけだ。強く押し付け過ぎないように慎重に指を運ぶ。しかし、もう少しで指の背が触れるといったところで、ずっと動かなかった唇が僅かに弧を描いた。私は慌てて手を引っ込める。
ふ、とそこから小さく漏れた笑いを感じて、自分の顔から血の気が引いていくのを感じた。
「総長……起きてたんですかっ……」
「……お前がここに座ったくらいからな?」
ほぼ全部じゃん! そう叫びたくなった。血の気が引いていた自分の顔が今度は急激に熱を持っていく。総長はそんな私を気にも留めず、欠伸をしながら腕を上げて伸びをしている。
「あの……私……失礼します!」
恥ずかし過ぎて、とてもじゃないがこの場にはいられない。しかし、私はとっさに立ち上がろうとしても、立ち上がれなかった。その動作は総長の手に阻まれている。
「まァ待てよ、ひより。……お前、人が寝てると思って随分好きに触ってたよな?」
「え、いや……、」
私の肩に置かれた総長の手には強い力は入ってなさそうだ。なのに、びくとも動けない。私は立ち上がるのを諦めて、座りなおした。
「おかげで完全に目が覚めちまった」
「いや、あの、その……」
スミマセン! そう言ってぎゅっと目を閉じた。寝起きのせいか、普段より二割り増しくらいの柔らかな表情だったけれど、もしかしたら総長は怒ってるのかもしれない。顔から全身に熱が伝わって、もう汗が滲みそうなほどだ。心臓は痛いくらい胸を打っている。
「じゃあ、今度はおれの番だよな?」
「はい、そうですね。今度は……、って、え?」
何か説教じみたことでも言われるのかと思ったけど、総長を見上げると、その顔はなぜか笑っている。ふと、伸びてきた手にびくっと身体を震わせた。髪に指を差し込まれかと思ったら、そのまま梳くように優しく撫ぜられる。
私はどうしていいのかわからず、無抵抗にされるがままだ。だけど、なんか気持ちいい。柔らかく笑う総長に優しく撫ぜられていると、すべてを預けてしまいたくなるような衝動に駆られる。
すっかり安心してつい目を閉じた時だ。髪を撫ぜていた手が急に頬に触れたので、私は驚いて目を開けた。
「総長……っそこは……触ってませんっ」
「そうだったか?」
総長が触れたところが熱を帯びていく。何を言ってもやめそうもない総長に、私は居た堪れない気持ちになって目を伏せた。総長ってこんな触れ方をするんだ。なんて、考えなくてもいいことが頭を占める。
すると、しばらく頬を撫ぜつけていた手が、ふと私の唇に触れた。私は反射的に総長を見たけれど、相変わらず楽しそうに笑っているだけだ。
「ひゃから……そこもしゃわってな……、」
「――でも、触ろうとしてた」
お見通しか。狼狽える私に対して、すべてを見透かしてる様子の総長に言葉が引っ込む。じっと見詰められながら親指の腹で唇を優しくなぞられると、少しゾクッとした。
総長は私の頬を撫ぜながら唇を緩くなじっている。頬を撫ぜていた指が不意に耳をくすぐって、私は肩をぴくりと震わせた。総長はこちらの反応を見て面白がっているようだ。
なにこの状況。なにこの時間。もう心臓が耐えられない。
「まだっ……ですか……っ」
懇願するように見上げると、総長は、あァ、と言って指を離した。呆気ないほど簡単に解放されて、私は安堵する。少し落ち着こうと、ふう、と息をついた時、総長が動いたのが見えて、ハッとした。
一旦解放された頬が包まれる。今度は片方じゃなく、両頬が。
「……っ、」
自分の唇に、先ほどの指とは違う柔らかいものが触れた。ちゅ、といったリップ音を他人事のように聞きながら、身じろぎ一つできない。
唇ってこんなに敏感なんだ。そんな風に思うほど、そこを起点として、滾るようなものが込み上げては全身に広がる。は、と息が上がった。中途半端に開いたところに舌が割り入ってきて、僅か驚く。自分の口腔を犯しているのが、総長の舌だなんて。とても信じられなかった。
この人は舌もとても柔らかい。ていうか、キスが優しい。私はなぜか、優しくされればされるほど泣きたくなった。
「あれ……泣いてる?」
目を開けると、少し驚いたような顔付きの総長がいた。私はいつの間にか泣いていて、それが総長にそんな顔をさせているようだ。
「なんだ、泣くなよ……」
総長は涙をそっと拭ってくれて、先ほどみたいに私の髪を柔らかく撫ぜた。それが優し過ぎて、また泣きたい気持ちになってくる。
「……総長は……っなんでこんなことしたんですか……」
「こんなこと?」
「だ、だから……っキス……です」
その質問に、髪を撫ぜていた手の動きは止まった。総長は斜め上辺りを見て、少し首を傾げている。
「さあ……?」
いかにも、わかんないって感じの言い方に、愕然とする。「さあ」? 「さあ」って、あの、「さあ」?
込み上げる怒りを前に出したような顔の私を見て、総長は申し訳なさそうにするわけでもなく笑った。
「お前がおれを触ったのと同じ理由じゃねェ?」
「は? それってどういう……」
「――触れてみたかった」
ふと笑いを収めた総長が、私の頬に触れる。ずっと笑いを絶やさなかった総長が、今は笑っていない。それだけのことで、私はまた泣きそうになった。
優しくされて泣きたくなるのは、泣きたいほど嬉しかったからだ。私が総長に触れたかったのは、好きだったから。――あれ? と、いうことは。
ひより、と呼び掛けられて、ドキッとする。囁くようなこの人の声は、とても甘くて柔らかい。
「……もっと触れてもいいか?」
そう言った総長は笑っていない。笑っていないけれど、とても優しく私を見詰めていた。
今は優しいこの人が、そればかりじゃないことは知ってる。厳しかったり冷たかったり、そんな側面があるのは人としてもちろんで。
だけど、私に見せるすべてが柔らかいのは、優しくしたいと思ってくれてるからだ。
優しくしたいって思ってくれてるってことは、つまり。
その答えを、私は総長の胸に埋まりながら確信した。
fin&nextstory→Cute Aggression
This short story was written in2024.
1/1ページ