主人公の名前一緒で別の話。
Case:Law
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虚空から突然摘み上げられたかのようにして、目が覚めた。反射的に上体を起こそうとして、重い頭痛に苛まれる。俺は痛む頭を押さえながら、寝るまでに至る記憶が曖昧なのに気付いた。
確か、島に上陸してから麦わらの一味と散々食って飲んで。一度店を変えてからは飲んで飲んで。それで?
「……ん」
いきなり聞こえた声にどきりとした。俺の隣に誰かいる。女だ。この女は、確か。
「ロー……起きたの……?」
まだまどろみの真っ最中といった感じで、気だるそうに手を伸ばしてくるのは、麦わらの一味の女だった。裸だ。そして自分も同様に何も身に付けていない。
裸の男女が同じベッドに寝ている理由は一つしかないと思うが、俺は一応確認のために訊いてみた。
「アビー……おれはお前とヤッたよな?」
また眠りかけていたのか、何度かもぞもぞと動いた後、髪をゆっくりと掻きあげてから女は答えた。
「うん……なんでそんなこと訊くの?」
「……悪いが、何も覚えていない」
「んん……? もう一回言って?」
寝ぼけた頭を起こそうとしているのか、女は再び髪を掻きあげてから、身を起こした。
「お前とヤッた記憶がない。というか、なぜここにいるのかもわからな、」
バチーンという音が耳の中で響き、起きたばかりの脳が揺れる。
「最っ低!!」
俺を引っ叩いた女の掌は赤くなっていたが、それにも拘わらず、すぐにもう一発くらい殴ってきそうな雰囲気だった。
白くなるほど握り締められた手が、女の怒りの度合いを示しているように見える。
「……本当に……覚えてないの?」
「あァ」
「何も?」
「あァ。どうやってここまで来たかも、なぜお前と二人でいるのかも、何一つ覚えてな、」
バチーン。
同じところを再び叩かれたが、やはり俺の記憶は戻らなかった。なんとなく、今回のは若干強めに引っ叩かれた気がする。普通に痛い。
「悪かった……。だが、思い出せないもんは仕方ねェだろ」
「なにその言い方!? 開き直らないでちゃんと思い出してよ!」
「別に無理して忘れようとしているわけじゃねェ。記憶が無いもんをどうしろってんだ」
俺は溜息を吐き、女はまた拳を握り締めた。今度は平手じゃなく、拳で殴る気なのかもしれない。
「……わかった。じゃあ、何も無かったことにしてくれ」
「はァ?」
「おれは思い出せそうにねェし、第一、酒に酔った上でのことだ。悪い夢でも見たと思って全部忘れてくれ。……その方がお互いのためにもよくねェか?」
暗に、お前もしらふじゃなかったんだろ、という意味合いを含ませていたせいか、女は拳を握り締め怒りを露わにしていたのを、ある時やめた。
体内の空気すべてを出し切るような、長い長い溜息が聞こえる。
「……もういい」
てっきりもう一度くらい殴られるのかと思っていたが、女はベッドから抜け出すとすぐにバスルームに向かった。
「おい……」
「ちゃんと忘れてやるわよ! あんたが最低な男だってことはよくわかったから。……言っておくけど、酔って記憶がないからじゃないわよ? ヤッた後に謝る男なんて最低ってこと!」
「あァ……悪かった」
次謝ったらぶん殴るから! と言って、殺意のこもった目で睨み付けてきた後、俺を二回ほど殴った女はバスルームへと消えた。
シャワーの音が響く中、一人取り残されたベッドの上でこれからどうするべきかと考える。
同盟相手のクルーと酔って関係を持ってしまったのはまずかった。しかも記憶が無いなんていう失態は久し振りだ。夕べは相当に飲んだのだろうか。
そういえば、誰かが自分のグラスにどんどん酒を注いでいたような気がする。どうせ麦わら屋あたりの仕業だろうが。
とにかく、この場をどうするか。女と仲良く戻るわけにもいかないし(そもそも「仲良く」は無理だろうし)、かといって、ここに女を一人残して出て行くのはあんまりだろう。
この宿には他の奴らも宿泊しているだろうから、時間差で出るしかないな。俺はベッドに寝転がり、女が出てくるのを待つことにした。
流れ続ける単調な水の響きが眠気を誘う。シャワーの音がここまで届くということは結構な勢いで浴びているのだろう。酒を抜こうとしているのかもしれない。もうしばらく時間がかかりそうだ。
俺はため息をついて窓を見た。カーテンの隙間から薄っすらと淡い光が差し込んでいる。まだ夜が明けたばかりという感じの光が、俺の横、ちょうど先ほどまで女が寝ていたところを照らしていた。
同盟中だってことを考えれば、麦わらの一味とはつかず離れずくらいの関係がちょうどよかったが、こうなってしまった以上仕方がない。女の方も一応納得したようだし、この件は一旦忘れるしかないな。
しかし、記憶が無いというのがこんなに気持ちの悪いものだとは知らなかった。それも、相手の方は覚えていて、自分の記憶だけがすっぽりと抜け落ちているなんて。もし、女の記憶も同じように無くなっていればまだマシな状況だったかもしれない。
先ほどの女の顔を思い出す。当然だが、かなり怒っていたようだ。無い記憶を思い出せと言われるのも辛いものだが、ある記憶を忘れろと言われるのはもっと辛いだろう。
「無かったことに」というのは、こちらと同じとまでいかなくとも、女の方も記憶が曖昧だった場合に成立するものだ。それを俺は、一方的に「無かったこと」にしてくれと頼んだのだから。
流れ続けるシャワーの音がどしゃぶりの雨の日を連想させ、少し憂鬱な気分にさせた。延々と流れ続けるシャワーの音。……ちょっと長くないか?
俺は身体を起こしてバスルームに目を向けた。相変わらず響くシャワーの音は一定だ。おかしい。普通、身体を洗うなりして水が弾ければ、こんな一定の音は出ない。
もしかして、気分でも悪くなったのだろうか。夕べどれだけ飲んだのかは知らないが、もし今も酒が残っていて、何かの間違いで冷水を浴びていたら大変だ。
アルコールを摂取した後に冷水を浴びると心臓麻痺を起こすことがある。生まれつき心臓が弱いなんてことがあれば尚更だ。
俺は不安という文字に背中を押されるようにしてベッドから降りた。
自然と早足になりながら脱衣所を抜け、バスルームに続く扉をノックする。返事は無い。もし俺の勘違いならまた殴られるかもしれないが、それもよし、だ。俺は扉を一思いに開けた。
そこに立ちこめる白い湯気が一斉に飛び込んできたので、どうやら冷水は浴びていなかったようだと一瞬胸を撫で下ろす。
だが、壁にかけられたまま湯を吐き出し続けるシャワーヘッドを見て、不安な気持ちはすぐに舞い戻ってきた。自らの膝を抱えて項垂れる女の姿を床に見付け、心臓が凍りついたかのような心地になる。俺はすぐに駆け寄った。
「おい! 大丈夫か!?」
思わず掴んだ細い肩が、びくりと震える。驚いたように振り返った女の顔を見て、俺はハッと息を飲んだ。
「……っ出て……行って」
しゃくり上げるようにそう言うと、女は顔を隠すようにまた項垂れた。髪も身体も濡れてはいないのに、顔だけは濡れている。それはシャワーのせいではなく、自らの涙によって。
俺に泣き声を聞かせないためにシャワーを強く捻っていたのか。さっきは怒って俺を引っ叩いてきたくせに。こんなところに一人でうずくまって泣いている女の姿に、胸がぎゅっと締め付けられる思いがした。
「まさかおれは……嫌がるお前を無理矢理ここに連れ込んだのか……?」
項垂れたままの頭が微かに左右に揺れる。それを確認した俺はシャワーのコックをそっと戻し、豪快な水音を遮断した。
静かになった室内に、ひっく、としゃくり上げる声が響き始める。
「アビー……教えてくれ。おれはお前に何をした?」
答えようとしては、しゃくり上げて言葉に詰まるというのを女は何度か繰り返した。喋れるようになるまで何時間でも待とう。自然とそんな風に思った。俺は女の傍に膝を着き、優しく背中をさすり始める。
「乱暴なことをしたのか?」
また項垂れたままの頭が左右に揺れ、今回は「違う」という言葉までついてきた。喉に何か詰まったような、苦しげな声に胸が痛む。
「あたしを好きだって……キスした」
「……そうか。他には?」
「……っ、愛してるって、優しく抱き締めた」
「それから?」
「すべて片付いたら……っ、必ずお前を攫いに行くから待ってろって……」
「そうか……それで?」
「何も無かったことにしてくれって……全部忘れてくれって言った……!」
自らの膝を抱き締めたまま、わあっと泣き出した女の悲痛な姿に、俺はやり切れない気分になった。夕べの自分と今日の自分を同時に殴り殺してしまいたい。
「なるほど……そりゃ最低だな」
目の前で小さく震えている細い身体をそっと抱き締め、幼い子をあやすように背中をぽんぽんと叩く。誰かに対して、こんなに優しい動作が自分にできるとは知らなかった。
背中を叩いたりさすったりしているうちに、女の身体が冷え切っていることに気付く。俺は抱き締める腕に力を込めた。
「アルコールの力が恐ろしいってのはよくわかった」
「……っこの期に及んで何言ってんの……」
「今は同盟中だからと、普段必死に押し殺していた想いをぶち撒けさせちまうんだからな」
「え……?」
ふと上げた女の顔はさっきよりももっと濡れている。すっかり泣き腫らして赤くなった目が痛々しかった。
濡れた頬を掌で慎重に拭ってやったり、髪を優しく撫でてやったりしながら、戸惑っているらしい女を正面から見詰める。
めちゃくちゃに泣いた後なのに、なぜこんなに可愛いのだろう。潤んだ目が戸惑いに揺れながら、それでも俺を見ている。抑えに抑えてきた想いがため息のような、熱い吐息を漏れさせた。
「アビー……おれはお前のことが好きだ。すべて片付いたら必ずお前を攫いに来る。……それまで待てるか?」
「ロー……」
「全部忘れろって話は忘れてくれ……。おれは夕べのことは覚えてないが、お前に言ったことはすべて本当だ。……おれはお前を愛してる」
そっと唇を近付け、触れる。記憶に無いはずなのに、柔らかくて愛おしいこの感触はなぜか覚えている気がした。
「覚えてる……よね?」
「あァ。二度と忘れねェ」
そして、二度とあんなに酒は飲まねェ。密かにそう誓った俺を窺うように見ていたアビーが、「ローって案外お酒強くないのね」と呟いた。
「別に普通だろ。……ゾロ屋やナミ屋を基準に考えるな。あいつらが特別異常なだけだ」
「……そっか。あたしはお酒飲めないから、どのくらいがちょうどいいのかわからなかった」
アビーは俺の隣を一歩遅れて歩きながら、落ちていた木の実を蹴って遊んでいる。
酒が飲めないとは知らなかった。だったら、夕べも飲んでいなかったということか。いや、それよりも今の言い方はなんだかちょっと引っかかる。
「ちょうどいいとはなんの話だ」
「どのくらい飲んだらローが気持ちよく酔っ払うのか、が」
「……夕べおれに延々と酒を注いできたのはお前か?」
「え? それも覚えてないの?」
確か、酒を注がれる度に「まさか、七武海ともあろう人がもう飲めないなんて言わないよね?」などと決まり文句のように誰かに煽られ続けたのはなんとなく覚えている。
おかしいと思った。俺は無茶な飲み方を好んでする方じゃない。
「なんで酔わせようとしたんだ」
「だって……絶対あたしのこと好きなくせに、なかなか口説いて来ないんだもん」
アビーは木の実を遠くに蹴り飛ばしながら、世間話でもするかのように言う。俺は思わず足を止めた。
「なんだそりゃ……。おれが記憶失くした責任の一端はお前にあるじゃねェか」
「……だから、全部忘れろって言われた時、素直に引き下がったじゃない。それにしても、記憶を失くすくらい酔ってたのに随分アレだったよね」
「……アレ?」
「すごく激しかったってこと! ……あたしのこと、そんなに好きだったんだ?」
俺の顔を覗き込み、悪戯に笑う彼女はやはり可愛かった。このまま離れたくない。唐突にそう思った。
「……覚悟はできてんだろうな?」
「なァに? あ、もうみんな揃ってる」
船にいる仲間に手を振りながら声を張り上げているアビーにはきっと聞こえなかっただろう。だから、俺は今言ったことをもう一度自分の胸の中で呟いた。
思っていたよりも早く、攫いに来ることになりそうだ、と。
fin.
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