まさに、それです!
俺の彼女は最高だと思う。
見た目は可愛らしくて申し分無い上に心根も優しく、女らしい細やかな気遣いもできる。
それはいつもではなく、人が弱っている時などでのみ見せるものだが、いつもではない、というところが逆によかった。人の状態をよく見て、人の立場でものを考えられる人間が傍にいてくれるというのは、言葉や表情の変化が標準より乏しい自分にとっては都合が良く、とても楽なものだった。
現在、船内で唯一の女であるところの彼女は、それをひけらかして他の船員に媚びるような真似をしない。どころか、対等に仕事をこなそうとする健気な一面を持ち合わせている。
とまあ、こんな風に長所を挙げればきりが無いわけだが、元を辿れば、一度作ってくれた料理の味付けや品目が、俺の好みをきっちり押さえていたところを気に入っただけかもしれない。
あっちはどうだったか知らないが、俺は以前から好意を抱いていたのだと思う。それに気付いたのは、皮肉にも初めてキスをした時だった。
あの時、皆が狸寝入りをしているのはわかっていた。そして、なぜそんな真似をするのか考えた時、やっと理解したのだ。彼女への気持ちに気付いていなかったのは俺だけだったということを。
そんなこちらの事情を持ち込んで半ば強引に関係を迫ったわりに、彼女は嫌な顔一つせず、拒む素振りも無かったのを見て、きっと同じ気持ちなのだと思い安心した。
今となっては、俺の前だけで見せる安堵しきった寝顔や、ふとした時の穏やかな微笑みに気付いてしまうと、どうしようもなく愛おしさが込み上げ、柄にも無い優しい気持ちになってしまう自分がいる。
つまりは、大いに幸せだ。
ただ、船長と船員という形から始まった関係だからか、なんとなく二人の距離が思うように縮まっていないように感じていた。彼女は未だに敬語で喋ってくるし、俺は俺でうまく下手に出てやれないところがあった。
お互いに気持ちをきちんと伝えたことが無かったせいかもしれないとその内気付いたが、「好き」だの「愛してる」だの、男であり船長である俺から言うべき言葉では無いと思っていた。
だが、そんな俺の考えを見透かすように、彼女は突然暴挙というべき行動に出たのだ。俺と二人になるのを避け始め、疲れているから一人で寝たいと、船長室にもまったく寄り付かなくなるほどの徹底ぶりだ。
その間、こっちは完全におあずけ状態で過ごすはめになり、吐き出すことも気を紛らわすこともできない苛立ちを一人育んだ。
いっそ姿を見なければ何も考えずに済むのだろうが、そこは一つの船の中だ。触れられるほどの距離にいるのに、いざ捕まえようとすればするりと逃げられる。そんな日々が俺から冷静さを取り上げていった。
皆の前で話す時などは普段と変わらない様子の彼女を見て、一瞬俺の思い過ごしかとも考えたが、やはりそれは違った。
備品の在庫チェックをしに倉庫へ向かった彼女を追いかけた後、あんな形で告白させられたのはつい昨日の出来事だ。今思い返しても納得いかないが、突発的な事故のようなものだと考えれば気にするほどではない。
それより、俺にそこまで言わせといて自分は何も言おうとしない彼女の方が問題だと思った。
彼女が俺のことをどう思っているのかをはっきりと言わせなくてはならない。というか、あちらからどんどん言ってきてもいいくらいだ。
俺は今まで自分から女に寄って行ったことは無いし、もちろん告白なんかもしたことは無い。(昨日の事はイレギュラーなのでカウントはしていない)そんなものは必要なかったし、それでいいとも思っている。
女の尻を追い回すのが好きな男もいるだろうが、自分はそんな軟派な男じゃないという自覚は十分あった。
彼女との将来を考えているのは本当だ。だからこそ、どちらが上なのかこの際はっきりさせておく必要がある。俺はそう決断すると、シャワーを済ませてきたばかりで上機嫌な彼女の傍に腰掛けた。
「――なァ、昨日倉庫でおれが言ったことを覚えているか?」
彼女は濡れた髪を拭いていた手を止めると、途端に顔を赤らめた。
「あ……はい」
「それで?」
「あの……今思い出してもすごく嬉しくて……あたしみたいな女にあんな言葉をくれるなんて……」
彼女は頬を赤くしたまま、今度は目に涙を浮かべ始めた。
「もともと行くところが無いあたしを拾ってくれて、この船に乗せてくれたのも船長でしたし……。一人で寂しくて泣いて暮らしてたのに、この船に乗ってからは毎日笑えるようになって……。ホント、あたしこれからどうやってお返しすればいいか……」
そんな昔の話までさかのぼらなくてもいいとは思ったが、そこまで感謝してくれているのなら、話は早い。
「……お返しなんていらねェ。お前の素直な気持ちを言葉にしてくれるだけで十分だ」
「はい……、『ありがとうございます』!」」
彼女は満面の笑みで礼を述べた。違う。そうじゃない。質問が少し回りくどかったかと思い、率直に訊き直す事にする。
「……昨日、おれはお前に対する気持ちを言ったよな? それで、お前はどうなんだ?」
「あ、はい……あの、」
途端に彼女はもじもじし始めた。深呼吸なんかしながら胸の辺りを押さえている。これは期待できるかもしれない。
「――あ、あたしでよければ船長のお嫁さんにしてください!」
彼女は勢いよく頭を下げて、その拍子に濡れた髪が俺の頬をぴしゃりとぶっていった。
ああ、そっちか。俺はぶたれた頬を撫でながら嘆息した。俺の彼女は最高だが、時々こういうところがある。思い込みが激しいというか、勘違いしたまま突っ走ったりするところが。
そういった部分も可愛いくて普段なら軽く笑って流せるが、いざ真剣な話になるとこんな風にこちらを悩ませる状況を作り出してしまうのだ。
こちらの返答を待っているのか、未だ頭を下げたままの彼女を見下ろしながら、もう少し言い方を変えてみる必要があるなと思った。
「……ああ。航海が落ち着いたら盛大に結婚式でも挙げてやる。だからそっちの方は心配するな。それより――」
「ええっ!? 結婚式!? ……あたし、もしかしてウェディングドレス着れちゃうんですか!?」
彼女がとてつもない勢いで顔を上げた為、濡れた髪が再び俺の頬をぶった。地味に痛い。
「何を着るかは好きにしろ。それより――」
「信じられない……。海賊になるって決めた時からそんなものはとうに諦めてました……。あたし……あたし、幸せです! 船長!」
彼女は感極まったようにまた目に涙を浮かべながら両手で頬を押さえている。一人で泣いたり笑ったりしている彼女はとても可愛いかったし、こんなに喜んでもらえるのはこちらとしても嬉しい限りだ。
俺は彼女に対する愛おしさが込み上げて、一瞬本来の目的を見失いそうになっている自分に気付く。ダメだ。
「幸せなのは結構だが……結婚するにあたって、その前にはっきりさせとくべきことがあるだろ?」
「え? ……っと、あたし、初婚ですよ?」
頬を押さえたままこちらを見た彼女は、きょとんとしていた。いかにも、俺がそういう意味で言ったものだと信じて疑わないような顔だ。俺は静かに首を横に振る。
「違う……そういうことじゃねェ」
「……船長以外にお付き合いしている男の人はいませんし、身辺はいたって綺麗ですけど」
そんなことは一言も訊いていない。俺が呆れたように嘆息したのを見て、彼女は首を傾げつつ眉を寄せた。探るような視線を送り込んできているあたり、こちらの意図は到底理解できていないようだ。
「おれのことが好きか?」と訊けば手っ取り早いのだろうが、こちらから言わせているような感じが気に入らなかった。あくまでも彼女自らの意思で言わせたいと思っていたし、昨日の仕返し心も少しはあったのかもしれない。
そういうわけで、彼女の口から「好き」と言わせることはもはや自分の中で意地に近かった。では、どういう言い方をすれば通じるだろうかと頭を巡らせていると、俺を観察するように見詰めていた彼女が、急に不機嫌そうな声で訊いてきた。
「もう、さっきからなんなんですか? ずっと質問ばっかりで……あれ? もしかして、あたしを疑ってます?」
数秒前まで背景に花でも咲かせていそうだった彼女は、一転して剣呑な空気を放ち始めた。今第三者的な人間が傍にいるならば、なぜこういう展開になるのか訊いてみたいところだ。
「……お前を疑ってるわけじゃねェ。いいから、人の話を最後まで聞、」
「船長がどう思っているのか知りませんが、あたしは浮気なんてしませんよ? 二股かけたりとか、そういう面倒なことは嫌いな性質だし。そもそも、そんな軽い女じゃありません! 大体、あたしを疑う前に船長はどうなんですか? ……あたし、知ってますよ? この間上陸した島で、綺麗なおねえさんの太腿をあたしの目を盗んでは嬉しそうに触ってたこと……」
今度は、殺意をぎっしりと閉じ込めた目を向けられ、俺は思わず怯んだ。最悪だ。あの時こいつは気付いてたのか。
「すっごく綺麗でしたもんね? あのおねえさん……。船長に気があるみたいだったし、なんならあっちと結婚したらどうですか? そうした方がきっとあたしなんかが生むよりも、子供も可愛いですよ!」
彼女は頬を膨らませ、ぷいと顔を逸らした。彼女は思い込みが激しくて勘違いしたまま突っ走る性格で、それは重々わかっている。
だから俺は辛抱強く手を変え品を変え、あくまでも努めて穏やかに質問を重ねてきた。だが、怒りやら嫌味やらを含んだその彼女の言葉に、後ろ暗い気持ちに支配されそうになっていた俺の心の一線が何かを飛び越えた。
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