だから、あれだ


 最初のきっかけは何だったろうか。

 あたしが閉めた扉をまたすぐに開けて入ってくるなり、後ろ手に鍵を閉めた船長を見ながら、ぼんやりと思い返す。確か、皆で飲んでいた時、気付いたらあたしと船長の二人しか起きていなくて。なんとなくそうなったんじゃなかっただろうか。
 
 あたしはこの船で一番酒が強いし、船長は後から来たもんだから、潰れるほどまでは酒が回っていなくて。中途半端に酔った男女が、鼾の大合唱に後を押されるようにして、キスをした。確か、それが最初だ。

 お互い子供ではないし、自由気ままな海賊だし、衣食住を共にして長ければそんなこともあるさと、あまり気にしないようにしていた。
 
 だけど、あたしは次の日船長室に呼び出され、前の晩のようにキスをされたと思ったら、そのまま押し倒されたのだった。嫌じゃなかった。むしろ、憧れていた人にやっと女と認めてもらえたようで、とても嬉しかったのを覚えている。

 それ以来、船長はいつとなくどことなく、人目を盗んではあたしに迫ってくるようになった。今だって仰せつかった備品のチェックをしに、倉庫に来たあたしの後から何食わぬ顔をして入ってきたし、鍵を閉めたってことは、やはりそういう目的なのだろう。

 船長はあたしを大事にしてくれるし、特別扱いもしてくれる。二人っきりの時は優しいし、甘やかしてくれたり、逆に甘えてきたりもする。他の皆には聞かせたことがないような穏やかな口調で語りかけられると、自分は船長にとって無くてはならない存在なのかな、と自惚れずにはいられない。――だけど。


「……あ?」


 優しく伸びてきた手を、あたしはぴしゃりと払っていた。

 いつもそこにある眉間の皺をさらに深めて、船長はもう一度あたしに手を伸ばしてきた。だから、今度は少し強めに払ってみる。


「なんだ?」


 不可解なあたしの態度に、船長はあからさまに苛立ってみせた。普段なら、少し思い通りにならないからといって、すぐに苛立つような人ではない。きっと、あたしがしばらく放置していた間に溜まっているのだろう。そう直感した。


「あの、今まできちんと訊いてなかったんですけど……、なんでこんなことするんですか?」

「それは……、お互いのためだ」


 突然質問したわりに、すぐに答えは返ってきた。お互いのためというのは、愛を確かめ合うためとかそういう意味だろうかと考える。


「お互いの、性欲処理」


 その当然のような言い回しにあたしはがっかりしつつ、けれどもめげずに再度ぶつかろうと意気込んだ。この程度で折れていてはダメだ。


「……質問を変えます。船長はあたしのことをどう思っているんですか?」


 その質問に船長は軽く腕組みをして、斜め上を見上げた。これはきちんと考えてくれる時の仕草だ。あたしの期待は高まった。


「そうだな……。小柄なわりに出るとこは出てるし、触ると吸い付いてくるような弾力のある肌は好みだ。感度も良いし、愛液の分泌量も申し分ない。何度挿入しても緩まねェお前の膣に関してだが、思うに、戦闘で満遍なく筋肉が鍛われているのが締りを良くさせているんだろう。内壁にあるヒダの数には個人差があるが、お前のは非常に豊富な上に躍動するように蠢く。つまり、すげェ気持ちがイイ」

「……一旦、セックスの話題から離れましょうか」


 あたしは呆れたように言いながら、しかし、船長がそんな風に思っていたことに内心驚いていた。自分が船長と寝るという行為に抵抗を感じないのは、主に身体の相性が良いからだと思っていたためである。

 触れ方や挿入の強さはちょうどいいし、狙い済ましたような緩急のつけ方はあたしのタイミングを逃さない。それを作り込んだようにではなく、あくまでも自然にしてしまう手腕に惚れ惚れしてしまうほどだ。

 船長の身体で好きなところを挙げればキリが無いが、その中でも特に硬さとカリ高は素晴らしいと思っていた。そこが発達していると内部での引っ掛かりが全然違う。そして、それに比例して得られる快感も半端なく大きくな、……いや、違う。そうじゃなくて。

 あたしはコホン、と小さく咳をして、船長は腕を組み直した。


「単刀直入に訊きます。船長にとって、あたしはなんですか?」


 船長はまた斜め上を見上げた。


「……お前は真面目で従順で腕っ節も強い信頼できるクルーだ」

「えと……そうじゃなくて、女として?」


 船長は一旦こちらを見て、ふう、と嘆息する。どうやらまた苛立ち始めたようだ。


「……顔は綺麗というよりは可愛く、明るい笑顔に心底癒される。ずっとガサツな性分だと思っていたが、実は周りに気を配れる優しい女だと最近気付いた。ついでに言うと、この前作ってくれた飯は非常にうまく、おれは毎日でも食いてェと思っている。飯炊き上手の床上手は昔からイイ女だと認定されているところから、今すぐ嫁に欲しいくらいだ」

「え……本当にそんなこと思ってくれてるんですか?」

「ああ。嘘じゃない」

「う、嬉しいです!」

「そうか」


 じゃあ、もういいなと言って、船長はまた手を伸ばしてきた。しかし、あたしはそれを即座に払う。


「……だから、なんだ!?」

「嬉しいし感激したけど……違うんです!」

「何が違う!?」


 三度も払われた手は憎々しげに握り締められ、船長の苛立ちは壁を殴ることで発散された。船が大きく揺れたせいか、上の方から微かにどよめきが聞こえる。入ってきた時に立てかけられた長刀が、結構な音を立てて倒れた。

 だけど、この船を破壊することが結局、自殺行為になると寸でで思い出したのか、殴る力はほどよく調節されたようだ。その結果、船長の苛立ちは解消されないまま燻っているのがわかる。
 無理矢理腕組みし直された手が服にぎゅっと食い込んでいて、吐き捨てるように出された溜息が、そろそろ限界なのだと知らせてきた。

 だけど、あたしはどうしても船長の口から言って欲しい言葉があったのだ。というか、これだけ質問を重ねているのに、気付かないものだろうか。この人はとても聡明で勘も鋭いのに、こういったことに関しては本当に鈍いというか天然というか。


「……あたしのこと、嫌いですか?」


 その質問には目を剥いて「あァ!?」と返してきた。無理矢理組まれた腕も大変な勢いで解かれ、何歩か性急に踏み出された足が、あたしの足元を揺らす。


「そんなわけねェだろうがっ!! 今までおれが言ったこと聞いてなかったのか、てめェ!?」


 どす黒い殺気が全身から立ち昇っているのをひしひしと感じた。こんなに色気のある会話をしているというのに、愛の告白ではなく、死の宣告でもされたような気分だ。
 
 ちなみに、さっきより隈が一層濃くなったことから、人相的にはヒーローではなく完全にヒールである。そんな船長にあたしはそろそろ殺されてしまうのだろうか。

 だけど、あたしは怯まなかった。普段冷静なこの人をこんなに怒らせてしまったからには、今訊いておかないと今後訊くタイミングは二度と発生しないだろう。


「だから……、だから、嫌いじゃないとしたら……なんなんですか?」


 恐る恐るという感じで下手に出つつ、だけど、目は逸らさずに言った。色んな言葉を尽くしてくれなくてもいい。あたしが欲しいのは、もっと端的で短かくて基本的な船長の気持ちだ。ああ、もう。アレだよ。

 その時、苛立ち×苛立ち=怒りMAXというシンプルな掛け算を体現しつつ、口から炎でも吐きそうだった船長が、急に口をつぐむ。それを見て、ん? と思った。


「……だから、あれだ。お前のことは可愛いし大事にしようと思っている。さっき嫁に欲しいと言ったのは本音だし、他のヤツには指一本触らせたくねェ。……そういうことだ」


 ふてくされたような口調でそれだけ言って、船長はふいと顔を逸らした。また固く組み直された腕から覗いている指先が忙しないリズムを刻んでいることから、かなり苛立っているのは間違いないけれど。
 頬に赤みが差しているのは、はたして怒りのせいなのだろうか。

 もしかして。この人は鈍いのでも天然でもなくて――。あたしは途端にニヤついた。


「あの……船長? 教えて欲しいんですけど、そういった気持ちを総じてなんて言うんでしたっけ? ほら、アレですよ! 嫌いの反対のあの二文字! ……なんだったかなァ?」


 子供のような態度の船長に合わせて、子供を諭すような口調で言ってみる。すると、散々張り詰めていた糸が切れたかのように、船長はくわっと目を剥いた。


「――だから、『好き』だろっ!? んなことも知らねェのか!? バカ!!」


 振り向きざまに殴るかのようにしてあたしの頭を掴むと、船長は積もりに積もったすべてを発散するように激しく口付けてきた。あたしはそれをすんなり受け入れ、血が上っているだろう頭を一撫でしながら、思う。

 バカはどっちだ。






fin&nextstory→まさに、それです!
This short story was written in 2014.
1/1ページ
    スキ