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【彼と彼女の儀式】《アレクシス×リオン@XENOGEARSパラレル》
2026/02/17 17:13【お題】他
たんたんたんたん
軽く素早い足音が、宮殿の古びた回廊に響いた。
ここは、使用人たちが通行する棟から続く道で、普段は人通りがあまりない。ましてやいまは、宮廷人たちが集うサロンが開かれているため、大方の使用人はその裏方に追われ、その他の者もほとんどサロンへと集っていた。
たんた……
道の先にある行き止まりに手をつき、リオンはおおきく息を吐いた。
頑丈な扉は施錠されている。尤も、その先に行きたいわけではない。
ただ、出来るだけ遠くへ、駆けてきただけ。
おおきく胸を膨らませ、息を吸い、吐く。全力で走ってきたために、せっかくの髪形が台無しになっていた。所々ほつれたピンから、まとまりの悪い豊かな赤毛が零れている。
はふ、と呼吸を整え、そのまま扉に額をつけた。ひんやりとした鉄の感触が火照った肌に心地よい。
熱すぎる胸の鼓動も、冷ましてくれる気がした。
ここでしばらく頭を冷やし、それからなに食わぬ顔でサロンに戻ろう。どうせ私がいなくなったことにさえ気付いていないはずだもの。だったら、サロンには戻らずもう帰ってしまうというのはどうかしら。エスコートしてきた許婚がいなくなったところで、あのひとには痛くも痒くも……
……んたんたん
「っ」
回廊を走る足音に、リオンの全身が固まった。
振り返ることも出来ずに、ぎゅっと瞳を閉じたまま扉に額を預けていると、音は真っ直ぐに近づき、やがてすぐ後ろで止まる。
わずかに上がった呼吸音が、薄暗い回廊の果てに響いた。
「……この歳になって全力疾走をさせられるとはな」
皮肉のような、楽しんでいるような、不思議な声音。
その言葉に、リオンは萎みかけていた負けん気がむくむくと頭をもたげるのを感じた。
「……なによ。誰も、走って来いなんて言ってないわ」
「……そうだな。歩いてきてもよかったか。潜伏先の選択すら出来ない間の抜けた逃亡者を追いかけるなら」
「誰が間抜けよ!」
売り言葉を高値で買い上げ、リオンは激昂しながら振り返った。黴臭い回廊に立つ男は、きちんとした正装の喉元をわずかに緩め、走ってきたために落ちかかった前髪を鬱陶しそうにかき上げる。
「間抜けでなければ癇癪か? いきなり感情を暴走させるな、子供じゃあるまいし」
いかにも彼らしい冷たい言い草に、リオンはぎりりと唇を噛んだ。
「感情なんて暴走してません。私はただ、人いきれに酔ったから新鮮な空気を」
「こんな埃まみれの黴臭い回廊の空気をご所望か」
「……私がどこでなにをしようと、貴方に関係ないでしょ。貴方がどこでなにをしようと、私に関係ないように」
「……」
おおきな瞳で鋭く睨み、リオンが言う。その憎々しげな声音に、アレクシスは呆れたようなため息をついた。
「……なにを誤解しているのかは察しがつく」
「誤解? いいえ、それこそ誤解よ。私はなにも『理解』してないもの」
「いいか、前にも言ったが」
「聞きたくありません」
「お前が見た女は」
「聞きたくないって言ってるでしょ!」
思わず叫び、リオンは耳を塞いで俯いた。そんな彼女の正面で、アレクシスはしばし沈黙する。
やがて、おおきな溜息をつき、リオンが顔を上げた。真っ直ぐにアレクシスを見上げ、その感情の見えない紫紺の瞳を見つめる。
「どうしてかしらね」
「……」
「私たち、気付けばいつも、同じような話ばかりしてない?」
「……」
「貴方は頭がいいでしょう? 私だって、学校の成績は悪くなかったわ。なのにどうして、ふたりでいると、いつもいつも振り出しに戻るのかしら」
「……」
「三歩進んで二歩下がる、って言うけど、私たちの場合、一歩も進まないうちに後ろにばかりジャンプしてるみたい」
「……」
「いくら政略結婚の婚約者だからって……みんな、それなりにうまくやっているのに。どうして私たち、こうなのかしら」
「……」
「……ねえ、教えて。貴方頭がいいのでしょう?」
く、とリオンが眉根を寄せた。本人は微笑んでいるつもりなのだろうが、その表情はあまりに痛々しく、あまりに、
いじらしく。
アレクシスはじっと婚約者を見下ろしながら静かにくちびるを開いた。
「簡単な話だ。他の偽装婚約者どもは、相手がなにをしようと関心がない。だから誤解も波風も立たない。進むどころか下がりもしない。一生その場に停滞したままだ」
「……」
「お前が俺の周りをうろつく女に反応して、毎度子供じみた癇癪を起こすのは、俺に釈明を求めるからだ。そのたびに俺が事実を説明して、お前の誤解を解くが、次にまた同じことが起こった時、お前はまた癇癪を起こす」
「……」
「当然だ。現象は同じでも、相手の女の顔は違う。お前は、頭では前と同じパターンだと理解していても、俺の口から説明を欲しがる。だから逃げる。追いかけてくるとわかっているからだ」
「……」
「同じことは何度でもおこる。一生だ。この先俺たちが政略結婚をしようが、子供が出来ようが、よぼよぼのジジイとババアになろうが、同じ墓の下に入るまで一生同じことの繰り返しだ」
「……」
「何故なら……」
そこまで言った時、堪えきれずにリオンがアレクシスの胸に飛び込んだ。アレクシスはまるでタックルのような勢いで抱きついてきた彼女の勢いに、わずかにたたらを踏む。
リオンは、ありったけの力を込めてアレクシスの胴を抱き、絶対に顔を上げずにすむよう俯いたまま早口に怒鳴った。
「もういいっ! もういい、わかったわっ」
「本当か? これもまた、次回からの茶番劇に組み込まれるんじゃないだろうな」
声音に笑いを含ませて、アレクシスはリオンの赤いつむじを見下ろした。おそらく自分の胸に埋められた顔も、この髪と同じ色になっているだろう。
「二度と同じことはしないわよっ」
「どうだか。俺は疑惑の宝庫らしいからな。また妙な場面を目にすれば、お前は確かめずにはいられないだろう。何故なら……」
「しないったら!」
自信はないけれど、とりあえず怒鳴った。
でもわかっている。きっと彼の言う通りなのだ。
もしまた次に、彼に親しげにほほ笑みかける女性の影を見つけたら、それがおそらく、彼の意思による交流ではないとわかっていても。信頼に足る理由があってのことだと、知っていても。
自分はこんな風に、何度でも子供のように癇癪を起こすだろう。
何故なら……
彼を愛しているのだから。
そして、彼もそのことを十分理解している。悔しさと恥ずかしさがない交ぜになって、リオンはどうしても顔を上げられずにいた。
「しない? 本当に?」
意地悪げに問い重ねるアレクシスは、リオンの豊かな赤毛を指に巻きつけ、微笑む口元に持っていきながら囁く。
「そんなはずはないだろう」
その、いかにも自信たっぷりな言い方に腹を立てながらも、リオンは温かなアレクシスの腕の中で、先ほどまで胸を苛んでいた嫉妬や不安が跡形もなく消えていくのを感じていた。
《お題20 『ジャンプ!』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
