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【泣いて泣いて泣きやんだら】《フランシス×エルヴィラ@XENOGEARS》

2026/02/06 19:50
【お題】他



『お前になにがわかる』

 言葉というものの持つ本当の力を、生まれて初めて知った。
 物理的な力などなにひとつなくとも、ひとは鼓動を止められるのだ。

『本当の心なんか、誰にも見せたことがないくせに――』

 この世で唯一、己の心を明かしたと思っていた相手に、そう言われた時。
 皮肉と欺瞞で世を渡ってきた己の醜い半生が、そのまま跳ね返ってきた気がした。

『お前に俺の気持ちなど、わかるはずがない』

 その通りだった。
 僕は、本当の意味で彼の気持ちを理解することはできない。
 いくら、口先で甘い慰めを言ったところで。小手先に、彼を案じている風に見せたって。
 彼は、僕の卑しい内心など、とうに察しているはずだ。
 僕は、彼の最愛の女性に、ずっと嫉妬していた。
 彼女を失った彼を前に、いかにも同情しているように、労わりの言葉を吐きつつも、心底ではそれを喜んでいる自分がいた。
 彼女は、彼には似合わない。
 歳も上だし、辺境の部族出身で、いかにも垢抜けない。顔貌は美しいが、ただそれだけの、僕から見ればなんの取り得もないような女。
 ずっとそう思ってきた。
 ひと目を偲ぶように逢瀬を重ねる彼らを、手助けする傍らでいつもその破綻を願っていた。
 彼は、僕にとって唯一心を開いたひとだから。
 単純に、彼が僕の元から去るのが怖かっただけかもしれない。
 けれど、結局は彼女の方が彼の元を去った。
 純朴で、従順だが芯が強く、僕の思っていた以上に気骨のあった彼女は、彼の求婚にさえ毅然と背を向けた。
 その理由は、わからないが。
 それでも、彼女が去ったいま、彼の心に穿たれた空虚な穴を、僕は埋めるどころか広げて踏みにじることしかできずにいる。
 彼の幸せよりも、自分自身の幼稚な独占欲を選んだ僕に突きつけられたのは、当然のことだが彼の不信と、失望だった。
 いくら言葉を取り繕おうとも、耳ざわりの良いどこかで聞いたような慰めを吐こうとも、底の浅い卑俗な人生を歩んできた僕の言葉は、彼の耳になど入らない。
 彼に完全に拒絶されて初めて、己の醜さを知った。
 彼は本当に、彼女を愛していた。心だけではなく、身体だけではなく、その魂に刻むように、純粋で清らかな想いを捧げていた。
 そんな愛を、僕は知らない。
 いままで、それほどの想いを捧げる相手に出会ったことも、また、これから先出会うこともないだろう、荒涼とした僕の魂は、彼のその輝きにこそ惹かれてやまないのだと、初めて自覚した。
 ――惨めだった。
 僕は人間ではない。紛い物の魂を持った、木偶人形だ。
 そんな僕に、彼を支えることなど、始めから無理だったのに。
 それを突きつけられるまで、気付かなかった愚鈍さに、我ながら反吐が出そうになる。
 ああ、気分が悪い……身体が鉛のようだ。
 僕の中のなにかが、解放を求めて渦巻いている。けれど僕には、それを解き放つ術もない。
 空っぽの木偶人形に、感情などいらない――。

 その時ふと、視線を感じて顔を上げた。
 アヴェの乾いた風が、銀の光を弾く様が目に映り、一瞬、彼の姿を思い出してまた胸が疼いた。
 けれどそこに立っていたのは、幼い少女だった。いつも、彼の後をついて回る、勝気で威勢のいい姫君は、枯れ木のように細い手足で、棒のように突っ立って僕を見ている。
 白い顔の中で、蒼い双眸だけが大きい。硝子玉のように輝くその瞳の色は、彼と同じ。けれど、少女のそれにいつもの生意気な光はなく、じっとこちらを見据えたまま。
 唐突に、透明な涙を幾筋も流し始めた。
「……どうしたの?」
 あの小うるさい姫君が、可愛らしい頬を濡らして、ただ黙って泣きじゃくっている。いつもは文句ばかりなのに、いまは何故か、一言も声を漏らさない。ただその大きな瞳から、水晶のように輝く涙を滔々と流し続ける様は、普段が普段なだけに強烈に哀れを誘った。

 哀れを誘う……否、違う。
 僕はただ、彼女を。
 この小さく細く、白く輝く生意気な姫君を。
 泣かせたくない、と、強く思った。

「どこか痛むのかい? それとも、悲しいことがあった?」
 気付けば、柄にもなくそんな言葉を吐いていた。いつもならば、誰が泣こうが喚こうが気にもとめないのに。幼い姫が傷つこうとも、笑って受け流していたはずなのに。
 でも、いまは。
 どうか、泣かないで欲しい。
 そんな、魂の底から溢れるような、悲しい涙は見たくない――

 泣かないでくれ。

 すると、意外なことに姫君は、滂沱の涙を流しながらも、気の強い生き生きとしたトパーズの瞳を上向かせて言った。
「……っそれは、わたしの台詞よ、フランシス・ラヴァーン。自分のことを棚に上げて、わたしを労わるのはよして!」
 その言葉に、僕は思わず唖然とした。
 一体、なにを言っているんだろう、この少女は。
 僕がなにを棚上げたと言うんだ。
 僕はただ……ただ、涙を止めたいと。
「ああ……もう! 涙で前が見えないなんて、く、つじょくっ……」
 両手の袖で一生懸命涙を拭う彼女は、目を覆いたくなるような悲しみを表しながら、一方で目が離せないほど強いエネルギーを放出していた。
 ひとがこれほど無防備に泣く様など、初めて見る。けれどそれは少しも弱々しくはない。儚く見えるその反面、彼女は誰の哀れみもいらないと言うように、毅然と涙を流し続けた。

 その、姿が。
 たった十二歳の、ちっぽけな少女の姿が。
 誰よりもなによりも、美しく見えた。

 そして同時に、ああ、そうか、と思う。
 僕の中に渦巻く感情。解放を求めて暴れ狂っていた感情が、そのまま彼女に転嫁し、そして彼女はこれ以上なく純粋に、素直に、それを優しく受け入れてくれたのだ。
 たった十二歳の、ちっぽけな少女が。
 七つも年上の、年数ばかり重ねた木偶人形の涙を。

 ――受け止めてくれた。

 僕は、自分でも意識しないうちに立ち上がり、懐からハンカチを取り出して彼女の足元に跪いた。彼女の傷つきやすい頬が、清らかに濡れている。
 優しくしてやりたい。
 心の底からそう思い、そっとハンカチでそれを拭った。
 彼女は、敵同士のようにいがみ合っていた相手の行動に驚いたように、大きな瞳をさらに大きくさせて硬直していた。涙はいつの間にか止まり、赤くなった目元が濡れた名残を残している。
「……お茶でも飲みに行こうか?」
 気がついたら、そんな風に誘っていた。
 まるで、彼女と同年代の少年に戻ったように、それはどこか不器用な言葉。
 そんな僕を、彼女は再びぱちくりと見開いた瞳で見つめ。
 それからどこか、はにかんだように微笑んだ。

 木偶人形の心臓が、その時初めてことりと振れた。


《お題17 『泣いて泣いて泣いて』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借


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