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ダンソニ中編【薔薇はまだ枯れない:Scene 4. 熾火は嘘をつかない】

2026/01/22 13:45
【お題】ダンデ×ソニア


 バトルタワー開業一周年の記念式典は、ガラル内外から多くの来賓を迎え、盛大に執り行われた。
 招かれたのは、ポケモンリーグ関係者やマクロコスモス関連の財界人たち、各地方のリーグ、ポケモン研究に携わる著名人など多岐にわたり、遠方から招いた賓客のために、シュートシティ随一と謳われる高級ホテル、ロンド・ロゼが貸し切られていた。
 ロンド・ロゼの最上階にある迎賓会場で、バトルタワーオーナーダンデの挨拶から始まった式典パーティーは、豪華な立食形式のものだった。立ち働く給仕の中にはポケジョブから派遣されたポケモンの姿もあり、ガラル特有のその共存形態に、来賓の中には大いに興味をそそられた者もいた。
「そうですね、ガラルでは、手持ちのポケモンを登録して、様々な活動に従事させる取り組みがあります。ポケモン特有の技や個性による作業の効率化を図る目的もありますが、人間社会に深く溶け込むことにより、新たな才能を開花する種族などもいて、人々との共生による進化や特性などの研究も進んでいます」
 ダンデの傍らに立つソニアが、他地方から来た来賓ににこやかに応じていた。その会話を聞いているふりをしながら、ダンデは何度目になるかわからないほど、ソニアに目を奪われている。
 この数週間というもの、彼女は文字通りダンデの良きパートナーだった。
 忙しい仕事の合間を縫ってシュートシティを訪れては、オリーヴに式典の詳細や来賓の情報、立ち振る舞いのコツなどを教えてもらっていた。根が真面目な研究肌なので、一度引き受けた以上は、と、最大限の努力をしてくれる姿に、ダンデはありがたいやら、申し訳ないやらで頭が上がらない。
 なので、ソニアがシュートに来る際は、出来る限り時間を作って彼女に寄り添っていた。公的なパーティーやレセプションへの出席経験は、なんだかんだでダンデの方が多い。そういった場での身の処し方や雰囲気など、ソニアが不安に思うだろうことはダンデが責任持って相談に乗っていた。
「パートナーになってあげる、なんて偉そうに言ったけども、わたしの方がダンデくんにフォローしてもらわないといけないかも。頼りにしてるからね、ダンデくん」
 珍しく、そんな可愛いことを言うソニアに、ダンデは任せておけ、と胸を叩いた。
 そして、わけもなくそわそわと浮足立っている自分に気づく。
 ダンデのパートナーになると決めたソニアは、幼馴染の距離よりもずっと慕わしい場所にいた。打合せの席で、衣装合わせの場所で、彼女は素直にダンデに意見を聞き、言葉通り頼りにしている、という態度を見せる。
 まるで、本当のパートナー……恋人にでもなったように。
 ダンデはそんな思いを何度となく殺し続けた。けれど、ソニアのやわらかな態度、寄り添うような仕草、近しい距離を感じるたびに、ダンデの胸はざわめいて暴れる。
 気の置けない幼馴染だ、それだけの関係なのだと納得してきた長い年月が、たったの一ヶ月で覆されようとしていた。こころの奥底に封じていたはずの想いが、自分でも気が付かないうちに鎖を引きちぎり、呆れるほどあっさりと蘇っている。
 ソニアが、完全に幼馴染の厚意から、パートナー役を引き受けたことは重々承知していた。
 けれど、これほどに優しく、甘く、親し気な彼女の傍にいて、それ以上を望んでしまうことを、どうして止められるだろう。
「……ですよね、オーナー」
 いつの間にかソニアの説明が終わり、和やかな笑みを浮かべた彼女がそっとダンデの腕に手をかける。ダンデは秘かに奥歯を噛み締めて、動揺を気取らせない鷹揚さを繕った。
「ああ。ガラルのポケモン文化は、かれらとの共存共栄を最重要と位置している。その最たる試みですね、ポケジョブは」
「なるほど、興味深いですね」
 他地方の……確か、リーグ関係者の男は、ちらりとソニアに笑みを向けてから、名残惜しそうにその場を後にした。ソニアは鉄壁のアルカイックスマイルを浮かべつつ、ダンデにしか聞こえない声で呟く。
「……あいつ、ひとの話もろくに聞かないで、じろじろイヤらしい目で見てきたぞ~。要チェックだね、ダンデくん」
「……なんだって?」
 ダンデの声が一段低くなる。男の背中に殺気立った視線を向け、その姿を鮮明に記憶した。
 必要とあらば、ドラパルトを潜ませて……と、なにやら思考が危険な方向に向きかけたと同時に、ダンデは傍らから香るソニアの香水に改めて気づき、その甘さに惹かれるように彼女へと視線を戻すと、性懲りもなく目を奪われた。
 ワンショルダーのドレスに包まれた白く滑らかな肌が、会場のライトを浴びて陶器のように輝いている。黄昏の後れ毛を遊ばせた華奢な鎖骨のラインが、男の視線を釘付けにするほど艶めかしく際立って、ダンデもその例外ではない。
 燕尾服姿のチャンピオンの傍らに立っても、遜色がないどころか彼を完全な『引き立て役』にしているソニアの、美しいマーメイドラインのドレスは、大胆ながらも完璧に品格を保っていた。ドレスの色は、宵闇の空の色。まるでダンデを象徴するような薄明のシルクは、裾に向かってさりげなく銀糸の刺繍が施されて、動くたびに星のように輝く。
 彼の色をまとう彼女は、それが周囲からどういう意味で受け取られるか――承知の上で、この衣装を選んだ。
 ――期待するな、誤解するな。
 ダンデはいま一度自分に言い聞かせながら、腕に絡むソニアの手にそっと手のひらを添える。
「要チェックだな。今夜は二度と、あいつに近づかないでくれ」
「……了解です、オーナー」
 ふふ、と笑ったソニアは、いつもよりも華やかなメイクを施した目元をふわりと細めて、幼馴染では許されなかった距離でちいさく囁く。
「ダンデくんが傍にいてくれれば、寄り付かないでしょ。頼りにしてるからね、パートナー」
「……了解だぜ」
 幼い頃の内緒話のように、耳元に弾けたソニアの無邪気な声音は、いまのダンデにはまるで誘惑を帯びるように甘い。
 刻一刻と、なにかのリミッターが外れるような危機感を覚えたダンデは、意図的に背筋を伸ばした。期待するな、誤解するな。
「……あ」
 その時、思わず零れたようなソニアの囁きが届いた。彼女の視線の先を追うと、会話が盛り上がっている一団がある。その中心にいる、個性的な六角形の眼鏡をかけた青年がソニアの視線に気づくと、軽くほほ笑んで会釈を返してきた。
「……知り合いか?」
「うん。留学時代、お世話になった先輩。出席者リストに名前があったから、会えるかな~って思ってたけど……」
 留学時代。ダンデとソニアが決定的に離れ離れになっていた時期を思い出し、彼女の傍らで浮かれ騒ぐようだったこころに静かな重しが沈んだ。
「……話してくるか?」
 苦いものを含むような口調になってしまい、ダンデは我ながら情けなくなる。けれど幸いに、ソニアはダンデの様子に気づくこともなく、ううん、と軽く首を振った。
「あとで、機会があれば。わたしもだけど、先輩も人脈を作りに来てるだろうし、落ち着いて時間があればでいいよ」
「そうか」
 それほど執着していないようなソニアの返答に、ダンデは短く答えた。自分が知らない彼女の交友関係など、いままでは気にもならないと思っていたのに。
 ――とんだ、誤解だった。
「ソニア!」
 来賓への挨拶を一通り終えて、ダンデとソニアがふっと肩の力を抜いたタイミングを見計らったように、明るい声がかけられた。見ると、目が覚めるような純白のドレスを着こなしたルリナが、颯爽とこちらにやってくる。傍らには、キバナとネズの姿もあった。
「あっ、ルリナ~」
 旧知の顔にほっとしたのか、ソニアがふにゃりと声を返す。そつなく来賓をもてなし、理知的な会話に終始していた彼女だったが、やはり相当気負っていたらしいと、ダンデは改めて感じた。
「綺麗よ、ソニア。やっぱりマーメイドラインで正解ね」
「ルリナもすっごい綺麗~! えっ、ちょ、背中どこまで見せ……あああ、やばいよルリナ、女神様じゃん~」
 きゃあきゃあと気軽にはしゃぐソニアに、ダンデはそっと耳打ちをする。
「ソニア、ルリナとラウンジに行ってきたらどうだ。挨拶は大体終わったし、少しくつろいでこいよ」
「え、いいの?」
 ぱっと顔を上げたソニアが、嬉しそうに、けれどどこか申し訳なさそうに言う。今日はダンデのパートナーとして出席しているのだし、と渋ってみせたソニアの腕をグイと絡めて、ルリナがにっこりとほほ笑む。
「グッドアイディアね、ダンデ。少しだけ、ソニアを借りるわよ」
「ああ、食事も美味いぜ、ゆっくり堪能してきてくれ」
 ルリナに腕を引かれて、ソニアがダンデの傍を離れる。わずかにためらうようだったけれど、すぐに親友に笑顔を向けて歩いて行った。
 それを見送ったダンデに、悪友たちが近づいてくる。
「よう、ダンデ。見事に完璧なパートナーじゃねぇか」
「オレたちに感謝しなさいよ」
 にやにやと言うキバナとネズに、ダンデは僅かに強張った笑みを向ける。その複雑そうな顔を見て、ふたりは怪訝に眉を寄せた。
「え、どした。なんか問題?」
「問題というか……」
 珍しく気落ちしているようなダンデを、とりあえず会場の隅にある談話スペースに引っ張っていった。奥まった場所にあるそこは他に客がいる様子もなく、素早くキバナが問いかける。
「なんだよ、なんでそんなシケた顔してんだ? 式典は成功、パートナーは最高、当面の問題はすべてクリア、だろ?」
「……」
「――ははぁ」
 眉を上げたネズが、半眼を閉じたようにして唸る。それから、ダンデに向かって手のひらを上に、人差し指を突き立てた。
「焼けぼっくいに、火がついたか?」
「……」
 その言葉に、見る見るダンデの顔が苦渋に染まる。項垂れる彼の隣で、キバナがえっと声を上げた。
「ってーと、ソニア博士に? マジでマジに? ――はぁ、なるほどな」
 そりゃあそうか、と邪気なく笑う。
「おまえ、あっからさまに『幼馴染だ』を強調してたけど、めちゃくちゃ意識してんのが逆にバレバレだったもんなぁ」
 あっけらかんと言い当てられて、ダンデはなにも言えず頭を抱えた。
 本当に単なる幼馴染と思っていたなら、ネズに指摘されるまでもなく、偽恋人役の共犯者として真っ先にソニアに声をかけたはず。ずっと昔にフラれたんだ、などと言いながら、その実未だに彼女のことを想っている、なんて、情けなさすぎて自覚もできていなかった。
 幼いあの日、ソニアに気持ちを打ち明けてきっぱりと断られてから、ダンデは意識的に彼女のことを忘れようと努めた。環境が変わり、努力せずともそれが叶ったが、だからといって恋心まで死滅したわけではない。
 けれど、もう一度ソニアに恋を打ち明けるには、ふたりの距離は離れすぎた。物理的にも、心理的にも、幼かったあの頃のように、無遠慮に近づける術をダンデはもう持たない。
 だから、ふたをした。ポケモンバトルに明け暮れ、新たな立場に追い立てられて、気が付けば長い時間をかけて、やっと見つけた幼馴染の距離。
 居心地のいい微温湯のような距離のまま、ずっと傍にいられればいいと――
「とんだ腑抜けったい」
 こき下ろすネズに、ダンデは反論できずに唸った。
 天下無敵のチャンピオンの、その珍しすぎる弱った様子に、悪友たちは面白そうに顔を見合わせる。所詮、どこまでいっても野次馬だ。鈍すぎる純情ポケモンバカの恋が、成就しようとしまいと、酒の肴に楽しむ程度。
 ――だが。
「ま、諦めるにはまだ早いんじゃねぇの、オーナー」
「そうだね。崖っぷちのバトルほど燃える男の面目躍如じゃねぇですか」
 どうせなら、ポケモンバトルバカが恋に溺れる姿を見るのも、一興である。
 過去、バトル以外に興味がなく、いっそポケモンと添い遂げるつもりだろうかと秘かに仲間内で囁かれていた男の、一世一代の恋。
 悪友のよしみで、背中のひとつも蹴り飛ばしてやるか。
「キバナ、ネズ……」
 ダンデがぽかんとしている。まるで予想もしなかったわざを食らった時のような、完全に虚を突かれた間の抜けた顔は、華やかに装った完璧な男ぶりとのギャップがすごい。
 ストイックに鍛えられた、押し出しのいい恵まれた体格に、爪先まで計算しつくされた最高級の仕立て。夜を映す漆黒の燕尾服を着こなした伝説のチャンピオンは、誰の目から見ても惚れ惚れするほどの伊達男で、その魅力に落ちない女は少ないだろう。
 キバナの見た限り、最年少ポケモン博士といえども、例外ではない。
 互いの視線の意味にも気づかないなんて、幼馴染というのはまったく厄介なもんだな、とうそぶいて、キバナはダンデの背中をどやした。
「らしくねぇんじゃねえの、ダンデ。一回や二回負けたからって、あっさり敵前逃亡かよ。何度もチャレンジしてこそのバトルだろォ」
「オマエが言うと、説得力ありますね」
 ネズがニヤリと笑う。キバナはうるせぇ、と毒づいてふんぞり返った。
「別に、もう勝ちには興味ないって言うなら好きにすればいいさ。だがな、そんなふうに未練たらしく、ギラついた眼で彼女を見るくらいなら、再挑戦するしかねぇんじゃねえのか?」
 痛いところを突かれ、ダンデは改めて息を呑む。
 そうだ、何度も何度も打ち消して、そのたびに蘇るこの感情を、いままでのようになかったことにはできない。
 思いがけず始まった偽物のパートナーの距離が、ダンデを後戻りできないところまで燃え上がらせた。
 ならば、前に進むだけだ。
「盛装パーティーなんて舞台装置、利用しない手はねぇでしょう。その無駄に整った髭面で、非日常を演出しまくりゃいい。薔薇で落ちない女はいねぇ」
 傍らにあったアレンジメントフラワーから、ひょいと一凛赤い薔薇を抜き取って、ダンデに押しやる。ネズの適当な言葉を受けて、ダンデはきらりと黄金の瞳を光らせた。
「……サンキュー、キバナ、ネズ!」
 言って、両のほほをパンパンっ! と叩く。気合を入れるように、勝負をかけるように。
 そのまま踵を返して去っていくダンデの後ろ姿を見送って、悪友たちは苦笑しながら肩を竦めた。



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