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ダンソニ中編【薔薇はまだ枯れない:Scene 3. 仮面の約束】
2026/01/20 15:41【お題】ダンデ×ソニア
ダンデは手土産の箱を持って、ポケモン研究所の前にたたずんでいる。
傍らでは、彼をここまで運んできた相棒が、『入らないの?』と言いたげな視線を寄こしていた。翼を動かし、ばさりと土ぼこりを上げる。イライラしているらしい。
ネイビーブルーのシャツに、サンドウォッシュのジーンズを合わせたダンデは、完全にオフモードでそこにいる。薄いサングラス越しに馴染みの研究所を見上げたまま、一歩が踏み出せずにいる彼は、すでに五分以上も立ち尽くしていた。
いくらどん突きの研究所とはいえ、そろそろ不審者として通報されるかもしれない。そんな気配を察知したのか、研究所の扉は中から開かれた。
「もー、なにしてんのダンデくん!」
「よ、ようソニア」
突然現れた幼馴染は、取り繕うようなダンデを呆れたふうに半眼で睨み、わざとらしくため息をついた。
「なにが『よう』だよ。さっきから黙って待ってれば、一体いつまで玄関先でぐずぐずしてるつもり?」
「え、見てたのか」
「見えてるよ、ガラス窓から」
「すまない」
「別に謝ることじゃないけど。ていうか珍しいじゃん、ちゃんとアポ取ってさ。しかも、オフモード。今日は休みなの?」
「うん。あ、ソニアこれ」
「え! なにお土産? うわー、リザードン、きっといまから雹が降るよ、早く入りな入りな!」
「ばぎゃう!」
「ひどいぜ……」
幼馴染の遠慮のないからかいに、ダンデは萎れたように肩を落とした。ソニアはカラッと笑いながら、ダンデの背中をぐいぐいと押す。
「はいはい、ごめんね。ほら、さっさと入って。お茶淹れたんだから」
「あ、ああ」
どたばたと騒がしく研究所に入れば、そこは無人だった。唯一の歓迎者は嬉し気に飛んできたワンパチで、ダンデの足元をくるくると回り、リザードンの顔をべろべろと舐め倒して喜びを表している。
「なんだ、誰もいないのか」
「うん、ホップはお昼からワイルドエリアにデータ取りに行ってるの。おばあさまは最近午前中で帰っちゃうし、今日はダンデくん以外来客予定もないから、ゆっくりしてって」
わざわざアポを取り、きちんと土産を携えてきたダンデには、いつものような雑な対応ではなく、優しくもてなしてくれるらしい。ダンデは『手土産必須』と、こころのメモにチェックした。
歓談用の休憩スペースに、湯気の立つ紅茶が置かれている。いつもの椅子に腰を下ろしたダンデに、お持たせだけど、とソニアは彼の土産であるプリンを差し出した。
「わーい、これ美味しいお店のだぁ。ありがと、ダンデくん」
にこにこと笑うソニアを正面に、ダンデは味のしない紅茶をすする。いまのところ、ソニアの機嫌は上昇中で、この機を逃す手はない。
ダンデは一度おおきく息を吸い、真剣なまなざしでソニアに向き合った。
「ソニア。実は、頼みがある」
「はいはい。なぁに?」
あっけらかんとしたソニアの言葉に、ダンデは少々面食らった。
「え? オレが頼みごとをするって知ってたのか?」
「いや、知らないけど。でもまぁ、普段全然気を使わない王様が、こんだけお膳立てして来れば、なんかあるって思うでしょ。で? なにがあったの?」
頭の回転が速い幼馴染は、無駄を省いてサクサクと進める。ダンデはその勢いに呑まれないように、ぐっと拳を握った。
「実は……」
そうして、一切合切を打ち明ける。オリーヴから急を要する無理難題を押し付けられ、時間がないこと。結婚相手を探すのは言うに及ばず、他に頼れる人間がいないこと。このままでは、二進も三進もいかないこと。
改めて口にすると、なかなかに情けない現状だが、ダンデは必死だ。すべてを打ち明けると、からからに乾いてしまった喉を潤すように、紅茶を一気に流し込む。
ようやく、ソニアの紅茶の味がした。馴染み深いその風味に、少しだけ落ち着きを取り戻す。
「……なるほど」
ぽつりと呟いて、ソニアが頷く。ダンデは、正面に座る幼馴染が、ひどく生真面目な表情で机を見つめている様子を窺った。
「……無理を言ってるのはわかってる。だから、ソニアは断ってくれてもいいんだ。だがもし協力してくれるなら、最大限きみの有利になるように取り計らう」
「……」
「スポンサーの口も紹介できるし、援助だって……むしろ、リーグ委員長として、もっと積極的に研究所を支援するよう働きかけて……」
「いや、それはいいよ」
あっさりと言って、ソニアが首を振る。その様子に、やっぱり駄目だったか、とダンデは肩を落とし、けれどこころのどこかでは、これでよかったんだ、とほっとする自分もいた。
ソニアとは、損得勘定のない、気やすい幼馴染のままでいたい。彼女がオレのために無理をしたり、不快な思いをするなんて、絶対に嫌だ。
改めてそう思い、ダンデは吹っ切るように笑った。
「すまなかった、ソニア。変な話を持ち込んでしまったな」
そう言って、ダンデは残りの紅茶を傾ける。プリンは……いまはちょっと、甘いものを食べたい気分じゃないから、置いていこう。こうなったら、一分一秒を争う。オリーヴが強硬手段に出る前に、なんとかして協力者を探さなければ……
「いいよ」
「うん、ありがとう。じゃあ、オレはそろそろ失礼するぜ」
「いや、待ってよ。色々話し合いが必要でしょ?」
「は?」
きょとんとして目をまるくするダンデに、ソニアは呆れたふうに短い眉を上げた。
「なにびっくりしてるの。いくらソニアさんだって、ぶっつけ本番でパートナーになって、上手く立ち回れるわけないよ?」
「え……ソニア、まさか協力してくれるのか?」
「なによ、まさかって。そのために来たんでしょ~?」
わざと膨れたように言って、それからソニアはニシシ、と笑った。
「珍しく、ダンデくんが本気でSOS出してんじゃん。これで手を貸さないなんて、それこそあり得ないでしょう」
「だ……だけど、ソニア! オレのパートナーになるってことは、つまり……」
思わず言いよどむ。するりと出てこない単語に、自分の中にいままで気づきもしなかったわだかまりがあることを、嫌でも思い知らされた。
そんなダンデに気づかず、ソニアはなんでもないように言った。
「周りから、恋人とか婚約者に見られるってことでしょ? そんなの、別に肯定も否定もしなきゃいいじゃん。オリーヴさんだって、公式の場にダンデくんが女性を……機転が利いて、バトルタワーオーナーの顔をつぶさない程度の世知に長けたひとを連れてれば、格好がつくって言ってるんだし。まあ、新米博士のわたしがその大役を負えるかは自信ないけど、ヘマさえしなきゃ及第点ってことで」
なにも気負わず、ただただ幼馴染としての厚意で言ってくるソニアに、ダンデは複雑な気分になった。
彼女にとって、ダンデの『恋人』と見做されることなど、なんの意味もないのだと、改めて思い知らされる。そんなことは、わかっていたはずなのに。
気持ちを切り替えるように、ダンデはふっと息を吐いた。
「……サンキュー、ソニア。正直、めちゃくちゃ助かるぜ!」
いつものように、ニカッと太陽のような笑みを浮かべる。チャンピオン時代に叩き込まれた鉄壁の表情管理に、ソニアは疑うことなく笑い返した。
「貸しだからね、ダンデくん。さあ、なにで返してもらおっかな?」
「もちろん、礼は弾むぜ! それに、さっきも言ったがバトルタワー関係者には、ポケモン研究所の出資者として期待できる顔ぶれもいるぜ。オレと一緒にいれば、そことの太い繋がりができる。もちろん、オレもフォローするぜ」
「うん、それは超期待してる。あとは、そうだね、ダンデくんの苦手分野のトークっていうと、歴史、大衆文化、海外情勢あたりかな? その辺はわたしがフォローできるとして、経済関係はなんとかなる?」
「ああ、オリーヴに叩き込まれてる。ポケモン以外の会話が続かないオーナーなんて、ダストダスも吸わないゴミだって言われたぜ」
「あははっ!」
こころから楽しそうにソニアが笑う。彼女の屈託ない笑顔に見とれて、ダンデはしばし呆然としてしまった。
それから、じわじわと実感が湧いてくる。必死の懇願だったとはいえ、本当にソニアは、自分のパートナーになってもいいと言ってくれたのだろうか。目の前でどんどん話を進める理知的なエメラルドの瞳が、キラキラと輝いている。こんなに前向きに、彼女はダンデの隣に立ってくれるのか。
――ごめんね、ダンデくん――
「っ」
「どうしたの? ダンデくん」
一瞬、忘れ去ったはずの過去が蘇った。ダンデは必死に取り繕い、怪訝そうなソニアに向かって笑う。
「いや、なんでもない。じゃあソニア、オレのパートナーとして、しばらくの間頼むぜ」
「オッケー」
ニッと笑って、ソニアが頷く。軽やかに、しなやかに。おとなの女性になった幼馴染は、真意の見えない笑顔で続けた。
「スケジュールとか、アプリで共有しよ。ダンデくん、スマホロトム出して」
「ああ」
てきぱきと操作して、ソニアが二人のスマホにスケジュール管理のアプリを入れる。衣装やアクセサリーを誂える日、オリーヴとの綿密な打ち合わせなど、こまごまとした予定で埋まっていくそれを、ダンデはぼんやりと眺めた。
「とりあえず、こんなもんかな。研究所のスケジュールも確認して、なにかあったら連絡するね」
「ああ。――ソニア」
「なに?」
クリンとおおきな瞳を向ける。少しだけ吊り上がった、猫のように輝くそのエメラルドを見つめて、ダンデは最後の確認をした。
「本当に、いいんだな。オレと……恋人に思われても」
その言葉に、ソニアは一瞬目を見開いて、それから花のように笑う。
「いいよ。お芝居の恋人役、謹んでお引き受けしましょう」
やわらかな声音は、けれどダンデの胸に鋭い痛みをもたらした。
