challenge

天に唾する

2025/09/29 16:59
突発SS(お題外)


「じゃあ、キスでもしてくれよ」

 面倒くさそうに言われた言葉に、マルーは一瞬意味が分からなくて思考を止めた。
 目の前で、生々しい傷跡をさらす男は、マルーの拙いエーテル術では塞ぎ切らなかったそれを無造作にシャツで隠し、なんでもないように髪を弾く。
「ンなに申し訳ねェ顔するくらいならさ」
 続いていた会話に二度びっくりして、マルーは茫然と従兄を見上げた。
 バルトはまるで夕飯の献立を訪ねるように、気軽にこちらを窺っている。その顔に邪気はなく、けれどからかっている風もなくて、マルーはもう一度目を瞬いた。
「……え?」
 愚鈍な問いに、バルトは今度こそ呆れたような顔で、意地の悪い笑みを浮かべる。
「聞こえないふりしたいならいいけどよ。そんなら、二度と俺の前でそんな顔すんなよ」
「わ、若!」
 踵を返そうとした彼の、その冷たい背中に向かって声を上げる。喧嘩別れのような空気に、思わず声を上げたけれど、バルトの足取りは止まらなかった。
「待って、若! まだ傷がふさがってない……」
「もう十分だ。お前が責任を感じる必要ねぇよ」
「ちが……責任とか、そういうことじゃなくてっ」
 思わず取りすがるようにバルトの腕を掴む。夢中で触れたそこは、たまたま患部だった。
「っ痛」
「あっ……ご、ごめんなさい……」
 真っ青になったマルーに、バルトは不承不承のように振り返った。それから、ブン、と軽く腕を振る。
「大した事ねぇ。こんな傷」
「で、でも、ボクをかばって……」
「だから。ンなこといちいち気にすんな」
「でも、ボクは……」
 いつも、バルトに庇われる。
 マルーの代わりに、その身に傷を負うバルトを見るたびに、無力だった幼い自分を思い出して、心の底から嫌悪感が沸き上がった。
 だから、これ以上バルトに傷ついてほしくなくて。
 バルトが自分を庇うたびに、やめてほしい、と懇願した。
 どんな些細な傷であれ、あなたに負ってほしくない。自分なんかのために、バルトを損ないたくなくて……
「じゃあ、代償に」
 グイっと腕を掴まれて、まるで体重など感じないほどあっさりと、その腕に取り込まれた。
「キスでもしてくれりゃあ、それで手打ちだ」
 聞き間違いなどできない距離で、再び繰り返された言葉。マルーは蒼い碧玉を瞠って、バルトの隻眼を見つめた。
「……だ、いしょう……?」
「お前は俺に庇われるのが気に食わないんだろ」
「そうじゃなくて」
「俺に庇われる度、義務感を感じるんだろ。自分だけが借りを作るようで、気分が悪いんだ」
「ちがう、若」
「恩義に着て、俺に庇われることが負担だって言うんなら」 
 ギラリとものすごい光で、隻眼がマルーを射抜いた。
「キスひとつで手打ちだ。これで、恩義も義務もねぇだろ」
「……」
 その言葉の真意を問うことは、今のマルーにはできなかった。
 ただひたすらに庇われて、バルトの身体に傷を作り、なんの役にも立てない自分を、死にたいほど情けなく思っていた。
 できるならばどんな形でも、彼に報いたい。ずっとそう望んで、望んで、望んで。
 まるで呪いみたいに、願っていた。
 そんなマルーに、バルトはまたしても手を差し伸べる。
 力もない、知恵もない、何の役にも立たないマルーにも、できること。
 キスひとつで手打ち。そんな簡単なことで、本当に?
「……わかった」
 マルーが頷くと、けれどバルトの碧玉は一瞬だけ確かに、痛いように歪んだ。
 マルーはそっと、バルトの頬に手を伸ばす。精一杯に背伸びをしても、その顎先にも届かない。
「……若、かがんで」
「……」
 少しの沈黙の後、バルトはなにも言わずに腰を屈めた。目前に迫った男の顔に、マルーは無意識に微笑む。
 ボクにもできることがあった。
 それが純粋に嬉しくて、マルーは祈るようにくちびるを寄せた。小鳥が餌を啄むような、軽やかなバード・キス。マルーはそのやわらかな感触に酔うように、うっとりと目を細める。
 彼女の微笑みの先で、バルトは痛みをこらえるような眼差しを向けていた。
 これで、恩義も義理もない。
 自分で言った言葉が、今更のように刃となって彼の胸を苛んだ。



追記
 ザ・自業自得。
 これってたぶん、初期の『自己犠牲でしかバルトに報いられないという自罰感情でがんじがらめのマルー』に、もしもバルトがやけくそで付け込んだら、という、IF設定というか…ただ単に、引っ込みつかなくなった若くんが見たかったというか…
 冷静に考えると、バルトの方が可哀そうですね、コレ。
 でも、マルーの中の『自分を守るバルトへの恐怖心、忌避感情』って、結構バルトの性格と相性が悪いよね。根っから英雄気質だし、大切な存在ならなおさら自分で守りたいはずだもの。マルーがそれを、素直に受け入れられるようになるのは…やっぱ、ゲーム後かなあ。なにがきっかけ?最終決戦?
 でも、受け入れる前に物理的に受け入れさせられるマルーというのもまあ…乙な…(せいじんむけの話ではありません)

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