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ダンソニ中編【薔薇はまだ枯れない:Scene 2. 悪友はかく語れり】

2026/01/18 16:31
【お題】ダンデ×ソニア



「前世紀の嫁探しかよ!」
 ぶはぁっと遠慮なく爆笑しながら、キバナは長い手足を折りたたんでヒィヒィと転げまわった。ダンデのリビングに設えられた巨大なローテーブルに、所狭しと乗せられた軽食やつまみ、あらゆる種類の酒瓶がその衝撃でぐらりと揺れる。
 笑い咽んでいるキバナをぞんざいに足で蹴りやって、ネズはカランとグラスを揺らした。騒々しい酒の飲み方は嫌いだ。
「しかし、またずいぶんと思い切ったことを言うね、オリーヴ女史も。なんらかのハラスメントかコンプライアンスに抵触するんじゃねえですか?」
 ネズの言葉に、一人掛けのソファでちびちびとやっていたダンデが、胡乱なまなざしを上げる。
「そんなもの、リーグに属した時点で放棄してるぜ……」
「10年チャンピオンだった奴の言葉は笑えねぇな」
 うそぶきながらも、確かにある程度の無理無茶は通すだろうな、あの組織は……と、ネズが遠い目をする。その時ようやく、笑いの発作から立ち直ったらしいキバナが、よっこらしょっとソファに座り直した。
「んで? どーすんだよ、ダンデ」
「だから、それを相談するために呼んだんだぜ」
 ダンデとキバナ、ネズの交流は、彼らがまだ嘴の黄色いティーンエージャーの頃から細々とつながっていた。年の近い者同士が似たような立場、生活サイクルで長年付き合っていれば、なんだかんだと距離は近くなる。友人と呼ぶには据わりが悪く、同志というには背中がかゆい。まさに『悪友』という言葉がぴったりの三人は、ダンデがチャンピオンを降りて、それなりに私的な時間を確保できるサイクルになってからは、月に一度くらいの頻度で酒を飲んでいた。
 今日は、そのサイクルからわずかに外れたダンデの緊急招集。たまたまシュートシティに仕事で来ていたネズと、たいていの場合は陽気に付き合うフットワークの軽いキバナが、いつものようにダンデの住まうペントハウスへ訪れたのが、夕飯時。
 手回しよくテイクアウトフードや肴、酒類などを用意して待ち構えていたダンデが、歓待の理由を口にしたのが、夜半近くのいまだった。
 ダンデの重苦しい言葉に、キバナとネズが顔を見合わせる。酒の席のジョークではなく、心底困った、というような彼の様子に、少しは真面目になってやろうとキバナが言った。
「相談ねえ。とりあえず、おまえはどうしたいんだよ」
「え?」
「だから、選択肢はふたつだろ。結婚するか、信頼できる共犯者を探すか」
「共犯者……」
 露骨な言葉に、ダンデは眉根を寄せる。その様子に、キバナがエールを一口飲んで続けた。
「共犯者っていうか、まあ、つまりおまえの立場や社会的価値に釣り合って、結婚を迫らず、後腐れなくビジネスパートナーになってくれる女、だろ」
「いっそマネキンでも連れてったらどうですかね」
 皮肉に笑って、ネズが言う。ダンデは頭を掻きむしった。
「なんでオレだけ、そんな難問を突き付けられるんだ。考えてみたら、ローズさんだって独身だったぜ」
「そりゃ、おまえとローズさんとじゃ役者が違うだろ」
 あっさりと言うキバナに、ダンデが恨みがましい視線を向ける。かきむしった薄明の髪があちこちに跳ねる情けない様子に、キバナは意地が悪そうににやりとした。
「ローズさんは、一代で身を興し、ガラルを席巻した風雲児だ。当然、その地位を築くまでにありとあらゆる人脈やしがらみ、清濁併せ呑む社交術を身に着けてる。あの人が、毎回違ったパートナーを連れて歩いても、誰も文句は言わないし、そのパートナー自身も自分の役割をきちっと理解したもんだった」
「……」
「おまえがローズさんと同じことをしたって、うまくいかねぇだろ。情を捨ててあくまでもビジネスだっつって開き直れるか? 清濁併せ呑んで、世間を騙くらかせるか?」
 キバナの問いに、ダンデは唸るような声を上げて撃沈した。テーブルに突っ伏す薄明の髪を見下ろして、キバナはさすがに同情したように言う。
「まあ……だからこそ、オリーヴ女史は最初に「結婚しろ」って言ったんだろ。お前にビジネスライクな人間づきあいは出来ないって見越してんだ。それが無理なら、誠実に共犯者になってくれる、懐の深いそれなりに名の通った女を探せってことだ。まあ、立場上難しい話ではあるが、これから先も同じような問題は出てくるぜ」
 キバナの言葉に、ダンデは顔を上げなかった。キバナとネズは視線を交わして、やれやれと肩を竦める。
「こんな時のために、少しは人脈を作っておくべきだったな」
「苦手だからと距離を置いてたツケってやつだね」
「チャンピオン時代は、どうしてたんだ? オリーヴ女史に面倒見てもらってたっけか」
「それか、スポンサーのご令嬢だったか、女社長だったか。とにかく、今回もその辺に声をかけるしかねぇんじゃねぇですか」
「まぁ、これを機に相手が本気になってダンデを落としにかかる心配はあるがな」
「でしょうね。つーか、千載一遇のチャンスだっつって、外堀から埋められて、気づいたころには教会の鐘が鳴ってるな、こりゃ」
「まあ、それもいいんじゃね? このポケモンバカ一代には、しっかり者の嫁さんがいた方がいいだろ」
「違いねぇな」
 くつくつと笑う薄情者たちの言葉に、ダンデはガバリと身を起こした。ギラギラと底光りする黄金の瞳が、火を噴くように睨めつけてきて、さすがのキバナとネズも口を閉ざす。
「……オレは、相談に乗ってほしいと頼んでるんだぜ。馬鹿でもできる試合放棄じゃなく、一発逆転の奇策を出せ」
「うっわー、開き直ったよこの王様! なんなのオマエ、全部丸投げかよ!」
「ったく、しょうがねえボクチャンだぜ」
 フーっとため息をついて、ネズは肩を竦めた。それからツマミのジャーキーを咥え煙草のように揺らして宙を見上げる。
「一番現実的な線は、同業者に協力を仰ぐこと、かな」
「ジムリだな。つまり、ルリナかサイトウ、メロンさんと……」
「マダムポプラ」
「ぶはっ、サイコーじゃねぇか。よしダンデ、すぐアポ取れ」
「……」
「ま、待て、ここでボール出すな、バトルなら明日してやるって、いまはよせ、近所迷惑だ!」
 キバナが慌てると、ダンデは暗い眼差しでリザードンのボールを置く。これはさすがにからかいすぎたかと、何度目かの反省をして仕切り直した。
「えーと、真面目に言えば、ルリナが最有力じゃね? あいつなら、ダンデの事情をわかってるし、いまさらダンデのネームバリューに乗っかって騒がれるようなタマじゃねぇし、なにより完全にビジネスパートナーっぽくていいじゃん」
「ルリナか……だが、彼女に協力を乞うには、なにか相当な見返りが必要だぜ」
「そんなん、一ヶ月みっちりバトルしようぜ、とか言ってやればいちころだろ」
「オーナーの契約で、タワー外での野良バトルは禁止されてるんだ」
「うーん……そりゃあちょっと面倒くせぇな……。だったら、サイトウは? ルリナよりは騒がれるだろうが、あいつも事情は通じるだろうし」
「あんな真面目な子が、ダンデのパートナーとして海千山千の企業人をあしらえますかね」
「う~ん……」
 ネズのツッコミに、キバナが唸る。配偶者のいるメロンや、高齢のポプラはもちろん、ネズの妹であるマリィなどは、名前すら出せない論外として、残るは。
「……あっ、ユウリは?」
 現チャンピオンの少女。この一年で、だいぶ女王らしい振る舞いや知識を叩きこまれた彼女ならば、ダンデの名目上のパートナーとして立ち振る舞えるし、なによりも、彼に負けないネームバリューで邪推もされない。
 だがダンデは、その言葉にきっぱり首を振った。
「それはできない」
「なんでよ?」
「弟に恨まれる」
「あー」
 ダンデの弟ホップが、親友であるユウリとの間に、淡い恋心を育てているのは公然の秘密だ。本人同士に自覚があるのかわからないが、甘酸っぱい年頃の恋人未満を、よもや実の兄が生木を割くような真似はできない。
 万策尽きた、とキバナとダンデが唸る傍らで、ネズはウイスキーのグラスをグイと飲み干して言った。
「……オマエが名前を出さねぇから、なんかあるのかと遠慮してましたが、もう突っ込んでもいいですかね」
「え?」
 ダンデが顔を上げると、ネズは眠たげに半分閉ざした瞼の奥で、量るように瞳を光らせる。
「ソニア博士。彼女ならすべての条件に適うだろ」
「……」
「え、なに? ソニア博士って、ポケモン研究所の?」
 キバナが言って、目をまるくする。それからあぁ、と頷いた。
「そういや、おまえら知り合いなんだよな? ナックルのゴタゴタの時、道案内してもらってたし」
「幼馴染だそうですよ」
「えっ、幼馴染? へぇ、そうなのか……てか、なんでネズはそれ知ってんの?」
「まあ、オレもいろいろ巻き込まれたときにね……。そんなことより、ソニア博士なら万事解決じゃねぇか。お前の事情にも通じて、口が堅く、誠実で、社会的地位もあり、パートナーとして非の打ち所がない。なんなら、オリーヴ女史の言う通り、結婚しちまったって問題ない相手でしょ」
「……いや、ソニアはだめだ」
 ふいに、ダンデの声音が一段落ちる。いままでとは雰囲気の変わった彼の様子に、キバナとネズが視線を向けた先で、ダンデはただ静かに睫毛を伏せて言った。
「ソニアに迷惑はかけられない」
「いや、確かに迷惑でしょうが、幼馴染なんだろ? 事情を話せば、わかってくれるんじゃねぇの? 博士のことはよく知らねぇが、会った時の印象では、オマエの窮地に知らん顔するほど薄情には見えなかったがね」
「だめだ」
「なんでだよ」
「……オレは、ソニアに一度フラれてる」
「はっ?」
 重々しく言って、ダンデが太い溜息をつく。キバナはぎょっと目をまるくし、さすがのネズすら二の句が継げずに絶句した。
 そんなふたりをちらりと見やり、ダンデはわずかに苦笑した。
「昔の話だぜ。けど、だからこそ今更、パートナーになってくれなんて頼めない。変に気を遣わせるし、せっかくいま、幼馴染としていい関係を築いてるのに、気まずくなるのはごめんだぜ」
「……はぁ、そうかぁ」
 長年、ポケモンバトルしか興味がないような、浮世離れしたチャンピオンだった男が、裏では幼馴染の女の子に初恋を捧げ、それが儚く散っていたとは。そんな可愛らしいエピソード、カリスマチャンピオンの好感度が爆上がりするだろう。どこまでも持ってる男だぜ、とキバナは唸った。
 けれど、そんなヒトの好いキバナの傍らで、あくタイプの元ジムリーダーは、面目躍如の一言を放った。
「だったらなおさら、適任じゃねぇか」
「は?」
 ダンデとキバナが声をそろえる。間抜け面を下げた男ふたりに、ネズは心底馬鹿馬鹿しそうに鼻を鳴らした。
「彼女には一度フラれたからぁ? なにをセンチメンタルなこと言ってんだ、馬鹿じゃねぇか。そんならかえって、ビジネスライクに頼れるだろうがよ。なにも本気で付き合えって言ってんじゃねぇ、win-winの条件で、対等に話をもっていけばいい」
 凄みの増したネズの眼差しに、ダンデは思わず息を飲む。傍らで、キバナも何故かぶるりと震えていた。
「新進気鋭のポケモン博士にとって、ビジネスシーンで名を売ることは願ってもない話だ。スポンサーの確保、研究の資金集めに、オマエのパートナーって肩書ほど美味しい立場はねぇだろ。オマエだって、今更焼けぼっくいに火がつくこたねぇんだろ? 相手だってそうなら、まさに願ってもねぇ条件だ」
「し、しかし」
「しゃぁしか! この期に及んで泣き言いうな! ともかく一度、相談しんしゃい! それが嫌なら、お見合いったい!」
 鮮やかなネズの結論に、ダンデもキバナも、ぐうの音も出なかった。



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