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ダンソニ中編【薔薇はまだ枯れない:Scene 1. 黄昏に、選択を迫られる】
2026/01/16 19:04【お題】ダンデ×ソニア
バトルタワーの周年記念を控えた秋の日。ダンデはようやく少し慣れてきたオーナー業の雑務に区切りをつけ、太いため息をついた。
「ふう……」
彼が事務仕事をする傍らで、ボールに戻らずに付き添っていたリザードンが、ピクリと顔を上げる。とぐろを巻いて寝そべっていた相棒の視線に気づき、ダンデはひらりと書類を振った。
「やっと終わったぜ、リザードン。なんとかこれで、帰れそうだ……」
「ぱぎゅう……」
元来デスクワークには向かない主だ。自分とともに、バトルに邁進していたころには感じなかった類の疲労や迷いを抱えている姿に、リザードンは心配を募らせながらも、どうしてやることもできない己を歯がゆく思っていた。
人間社会のルールやしがらみなど、なかなか理解できない相棒の素直な眼差しを受けて、ダンデは情けなく苦笑する。
「はは……心配かけて悪い。だが、これはいままでサボっていたツケなんだ」
「ぎゅう?」
「チャンピオンだと胡坐をかいて、必要な知識を吸収することを疎かにしていた。いずれチャンピオンでなくなった時の、己の身の振り方を想像してもいなかったなんて、とんだ間抜けだぜ」
「ぎゅあぁ!」
ブン、と火竜の尾の炎が振れる。ある程度の熱さは伝えるが、自然の炎とは違い、無差別に接触物に引火するわけではない不思議なそれが、怒りを伝えるようにバシンと床を叩いた。
そんな抗議の行動に、ダンデは嬉しげに破顔する。
「ああ、そうだな。あの頃もオレなりに、できることを全力でやってたぜ。まあ、企業人としての勉強なんか二の次だったが……こうなった以上、やるべきことをやるだけだな。おまえと一緒にジムチャレをしていた時みたいに、イチからの始まりだ」
「ぎゃうん!」
前向きな言葉を喜ぶように、リザードンが頷く。ダンデは相棒の気遣いに、肉体的疲労さえ少し軽くなった気分で立ち上がった。
「さあて、さっさと帰るか! グズグズしてたら、また厄介ごとが舞い込んじまう……」
ダンデがそう呟いた時、まるで図ったようにオーナー室の内線機が鳴った。一足遅く『厄介ごと』に首根っこを掴まれ、ダンデはがくりと肩を落とし、リザードンはしおしおと項垂れる。
「――どうした?」
ボタンを押して言うと、オーナー室の外に控えているアシスタントからの通話で、秘書室長が面会に来るという。ほぼタイムロス無しのアポイントに、ダンデが了承を伝えると同時に、扉がノックされた。
「どうぞ」
その声に、それが開かれる。現れたオリーヴは、相変わらず気だるげな様子でダンデの様子を一瞥した。
「業務終了間際に失礼いたします、オーナー」
「ああ、構わないぜ。いまやっと書類は片づけたところだ。悪いが、そこの山を引き取ってくれ」
「確認いたします」
オリーヴは言いながら、ダンデが苦心惨憺して決裁した書類の山を、ものの数十秒でざっと確認し、ちいさく頷く。
「結構です。お疲れさまでした」
「はあ……」
事務処理能力の差を見せつけられた気分で、ダンデが立ち上がる。企業人一年目のひよっこが、この道の権威と謳われる辣腕の秘書に頭が上がるはずはなく、彼女に応接ソファを勧めると同時に、インスタントのティーバックを常備しているミニカウンターへと向かった。
「ミルクは?」
「不要です」
当たり前のように返し、オリーヴはソファに座る。長い脚を組み、まるで女王のように威厳のある物腰で座る彼女のもとに、ダンデは紙コップに入れたチープな紅茶を運んだ。
立場上はオーナーとその秘書だが、長年の力関係と、企業人としての師弟関係にあるようなふたりの立ち位置は、仕事を離れると逆転することが多い。オリーヴは渋みの残るティーバックの紅茶をおしるし程度に口にすると、正面に座ったダンデに改めて視線を向けた。
「来月のバトルタワー一周年記念式典ですが」
「ああ」
暖かい紅茶を口に含んで、ダンデが頷く。その味気ない風味に、ダンデは無意識にあの紅茶が飲みたいな、と思った。
いつも、急な来訪にぶつぶつと文句を言いながらも、丁寧に淹れてくれる、彼女の紅茶が恋しい。
「この一年で、バトルタワーは名実ともにガラルの象徴となりました。ポケモンリーグとの提携により、様々な興行や社会活動に寄与し、マクロコスモスを筆頭とした多くの企業、旧来の財閥系の社交界にも名を売り、利を分け、押しも押されぬ経済効果をもたらしています」
「ああ……まあ」
いまさらなにを言うのだろう、と、ダンデは一瞬ゆるんでいた緊張感を慌てて引き寄せた。そんな彼を見通すような眼差しで、オリーヴが淡々と言う。
「さらに、この先の目標として掲げたスタートーナメントを成功させれば、バトルタワーのガラルにおける立ち位置は盤石のものになるでしょう」
「うん……」
だから、なにを言いたいんだ。ピリリとうなじの毛が逆立つような警戒心が生まれる。ダンデの雰囲気に呼応するように、傍らのリザードンが鋭いエメラルドの瞳でオリーヴを見つめていた。
オリーヴは、そんな獰猛な緊張感など歯牙にもかけず、あっさりと告げる。
「ですので、オーナーには早急に結婚相手を見つけていただきたいのです」
「……は?」
一気にダンデの緊張感が霧散する。おおきな黄金の瞳を、これでもかというほど見開いた間抜けな顔に、オリーヴは半眼を閉じたまま返した。
「ですから、オーナーには一刻も早く結婚していただきたい……この際、婚約者でもいいです。とにかく、ことは一か月後に迫っているのですから」
「ちょ……ちょっと待ってくれ。オリーヴ、いったいなんの話をしてるんだ?」
まだ混乱しているようなダンデに、オリーヴは軽蔑するような冷たい眼差しで繰り返す。
「理解できませんか? 単純な話です。あなたは、バトルタワーオーナーとして一周年の記念の式典を開催いたします。その催しは、ガラル全土に名を馳せた巨大事業の成功の象徴です。もちろん、ありとあらゆる分野から、名だたる名士が出席されます。当然、皆様パートナーを同伴されて」
話の流れを必死に掴んだダンデが、まさか、という顔を向ける。オリーヴは反論の隙を与えずに口を開いた。
「あなたもご存知の通り、ガラルでは正式な催しなどには男女の出席が求められます。配偶者、恋人、パートナー、その立場はまちまちですが、総じて同伴者の存在は、ガラル社交界においては絶対不可避なものです」
「い、いや……なら別に、結婚する必要はないだろう」
いままでのパーティーやレセプションに出席した時も、どうしてもという場合はオリーヴに同伴を頼んでいた。もしくは、スポンサー関係の女性や、それこそリーグが用意したそつのない『お飾り』に世話になった。
今回は、何故そうできないのかと問えば、オリーヴはあっさりと答えた。
「もう、立場が違います。いままでのあなたは『チャンピオン』として、場を盛り上げる舞台効果でしかありませんでした。あなたがいることこそが肝要で、同伴者の有無、その存在の意味など全く問題ではなかった。けれどいまは、あなたはガラルを牽引する巨大な興行主、おおきな経済効果をもたらす、責任ある企業人として場を主宰する立場です。そんなあなたのパートナーは、あなたと同程度に耳目を集め、その存在にあなたへの信頼を恃む参加者すらいるのです」
王室制度のあったガラルにおいて、社交界に出席するためにはパートナーが必要だった。近年においてはその意義も変容しているが、公式の場で親しい同伴者を連れないことで、人間的に信用されないという風潮はまだ根強い。同性のパートナーにも寛容になってきたとはいえ、基本は夫婦、もしくは婚約者など、身元のはっきりとした永続的な関係値のある相手が最も好ましい。
それは、わかるのだが。
「そんな、必要に迫られて慌ただしく探すものじゃないだろう、結婚相手というのは」
ダンデのもっともな抗弁に、オリーヴは眉一つ動かさずあっさり頷いた。
「左様ですね」
「だったら……」
「ですので、あなたには選択肢があります」
「は?」
「ひとつは、死に物狂いで結婚相手を探すか。最低でも婚約にこぎつけることが条件です。もうひとつは、すべてを理解し協力してくれる相手を探すか」
「え?」
「つまり、盛大に世間に誤解を与えても構わないほど、信頼できる女性を連れてくることです」
簡単そうに言うオリーヴの言葉に、ダンデは目の前が揺れるような気分で額を抑えた。俯く彼の薄明の髪を眺めて、オリーヴが息をつく。
「正直に言えば、あなたがパートナーとどういった関係かは、明言する必要はないのです。公式の場にあなたが連れてきた女性がいる、ということこそが肝要なので。ですが、だからといって間に合わせの人間では困ります。ある程度世知に長け、あなたの立場を理解し、かつ、周囲から誤解をされても、それを瑕瑾としない社会的地位、信用性が必要です」
「……そんな相手、いるわけがないだろう……」
「でしたら、早急にお見合いをセッティングいたします。あなたに寄与する将来性、社会的地位、人品骨柄まで厳しく審査をしたうえで、基準に達するご令嬢は幾人かおりますので……」
「待った!」
ダンデが血を吐くような声音で唸る。俯いたままの彼は、ようやく顔を上げてオリーヴを睨んだ。褐色の肌でも十分にわかる、どす黒い顔色で彼は言った。
「……お見合いは、必要ない。オレはこんなことで、人生を決めるつもりはない」
「はあ。でしたら、ご自身で見つけると?」
「……少し、考える時間をくれ」
唸るようなダンデの言葉に、オリーヴは淡々と頷いた。
「猶予はひと月です、オーナー。それを過ぎるようでしたら、リーグとして対処いたします」
「……」
もはやダンデに返答する気力もなく、彼の傍らでハラハラと成り行きを見守っていたリザードンは、不安げに尾の炎を萎ませていた。
