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【恋について語ってみようか】《珠晶&供麒@十二国記》

2026/01/11 12:42
【お題】他CP



 遠い東の国では。
「王が麒麟に恋をして、失道?」
 呆れた響きの声が、可愛い珊瑚のくちびるからこぼれた。
 霜楓宮のよく磨かれた支柱をくぐって、爽やかな午後の風が舞い込むと、無造作に伸ばした黒髪を耳にかけ、男はひっそりと笑む。
「噂に過ぎないけれどね」
「そんな馬鹿な噂があってたまるものですか。事実である以外、それほど無軌道な話が人の口にのぼるはずがないわ。……ああもう」
 幼い外見に似ず、はっきりとした物言いをする少女の歳は、十二。ただしそれは外見年齢の話で、実年齢は彼女がこの国を統べる八十余年の在位を、足して数える。
 恭国供王は、不機嫌そうに眉根を寄せた。珠晶と言う名を持つ少女王は、時折こういう表情を浮かべる。あどけない顔容には酷く不似合いな、大人びた顔を。
「信じられないわ……同じ女王として、噴飯ものよ」
「そうかい?」
 対する男は、年の頃なら二十歳そこそこ。けれども、目前の女王の実年齢を、さらに途方もなく凌駕する時を生きた、遠く南は奏国の公子、卓郎君利広という。
 利広は彼独特の穏やかなほほ笑みを浮かべながら、面白そうに珠晶を眺めていた。彼がこういった表情をする時は、決まって珠晶の反応になんらかの興味を示す時であり、その興味の方向性は、いつだって珠晶の歓迎するところではない。
 つまり、この幼い女王を、からかいたくて仕方のない時の顔だ。
「そうよ、当然でしょう。せっかく数少ない女王仲間だと思ったのに……ほら、近年は女王が立つなんて珍しいじゃない? そりゃ、あたしが登極した時はもう少しいたけど、代替わりとか慌ただしくて。それに、うら若い女王というのも珍しかったし、慶国とは遠すぎて、特にお付き合いはなかったけれど、いつかはお会いしてみるのもいいんじゃないかと、漠然とは思っていたのよね……利広?」
 口早にまくし立てるのは、なんとかこの青年のからかいの対象から逃れようとする時の、珠晶の癖だ。不本意だが、王として登極する以前からの付き合いである彼には、供王としての威厳も形無しで、というよりはむしろ、大人びて知ったふうな口を利けば利くほど、彼は面白がってからかってくる、という仕組みを、短くはない付き合いの中で知った。
 ヒトは、歳を取れば取るほど、どんどんひねくれて、ねじくれて、可愛くなくなるものなのね。珠晶は内心思い、けれど決して口にしないよう気をつけながら……言ったら最後、どんな小癪な報復をされるかわからない……先ほどから自分の長広舌を聞きながら、にやにや笑う青年を睨んだ。
「なにか言いたそうね? にやにや笑ってばかりいないで、ご意見が有るなら聞きましょう」
 つんと澄まして、あくまで冷静に言う珠晶に、けれど利広はひとの良さそうな甘い顔容をほほ笑ませると、なんのてらいもなく女王の絶句を誘った。
「いやね、珠晶なら、麒麟に恋する景女王の気持ちをわかってあげられるんじゃないかと思ったんだけど……」
「な……っ!」
 あまりのことに、珠晶の表情が凍る。上質の絹糸のような黒髪に挿した、豪奢な簪がわなわなと揺れて、玉の擦れるちいさな音が、ほほ笑む利広の耳朶に響いた。
 それからすかさず、手にした扇を鋭く机上に打ち据える、衝撃音が部屋に溢れた。
「なにを言うの!! いくら利広でも、怒るわよっっ!!」
 ふっくらとした桃のようなほほに朱をさして、珠晶は怒りのあまり身震いしている。利広は全く悪びれずにまあまあ、などと無責任に彼女を宥めた。
「別に、珠晶が麒麟に恋をしているなんて言ってないじゃないか、落ち着いて」
「あ、当たり前よ!! 何故、どうしてあたしが供麒なんかにっ」
「自分の麒麟を「なんか」と言うのは感心しないよ、珠晶」
「問題をすり替えないで、利広! あたしが言いたいのは、あたしが、供麒に、恋するなんて、ありえないという話よ!」
「そうだろうね」
 あっさりと頷いて、利広はのんびりと茶器を傾けた。思いがけない返答に、喉元までせり上がった幾通りもの罵声をなんとか飲み込んで、珠晶は肩透かしを食らったような顔をする。
 何年、それこそ百に近い時をかけても、まったくつかみ所のない異国の太子は、興奮冷め遣らぬながらも怒気の行き場を失った女王に、婉然とほほ笑んだ。
「珠晶が供麒に恋情を抱くというのは、多少無理が有るね」
「多少じゃないわっ、おおいに、明らかに、歴然と無理でしょう!!」
「でも、同じ女王として、己の半身に深い愛情を傾ける気持ちというのは、わかりそうなものじゃないか? この世に十二人しかいない王と、十二しかいない麒麟。特殊に過ぎるその関係は、世界のどんな人間よりも、王であるもの同士が共感できると思うけれどね」
 噛んで含めるような利広の声音に、珠晶は気の強い瞳で反駁を考える傍ら、有効的な反論よりも、頷ける点が多いことにくちびるを噛んだ。
 こういう場面で理路整然と、利広の鼻をあかせたら――彼と知り合っていままで、呆れるほど長い間思い続けた珠晶の祈りは、今度もまた、費えた。
「……確かにね。自分に置き換えると反論はあるけれど、客観的に、王と麒麟の関係を恋情に換算してしまう……そんなことも、ないとは言いきれないと思うわ。ひとによればね」
 しぶしぶ頷いた幼い女王に、利広は良くできました、と言わんばかりの顔で笑む。珠晶は厭そうに背もたれに深く身を沈めた。
「けれど、個人的には本当に信じがたいわ……麒麟と恋? 自分の半身と? ……景王はよほど寂しい人間か、あるいは景麒が並外れて魅力的かね。この「魅力的」というのは、人間性というよりも、異性……男性として、よ。わかる?」
「そうだね。通常、麒麟に性を感じる人間はあまりいないだろうね。うちの奏麟もそれは綺麗な女性だけど、だからといって男に求められるかといえば、そうでもない」
 ためらいのない言葉に、珠晶は僅かに頬を染めた。十二の時に「人」をやめた王は、それからどんなに長い時を生きても、こころは純粋で幼いままだ。少なくとも、利広の前にいる時は、珠晶は正真正銘十二の少女に過ぎない。
「麒麟に邪な思いを抱く男なんて、いるものですか」
「恋情は一概に邪とはいえない。もちろん純粋ではありえないけれどね」
 世間慣れしたような若い男……しかも、実際に恐ろしいほどの時を生きた言葉は重い。珠晶は、わかったようなわからないような気持ちを率直に表情に出して、くちびるを尖らせた。
「……麒麟は「人」ではないのよ。ひとの形をしているけれども、その真は天意よ。天を相手に恋をする? ……いくら王でも、それは無謀だわ」
「麒麟は天意に通じ、民意を具現する……けれども、ただの器ではない。ひとのそれとは離れるだろうが、こころはある。感情もある。それをして、恋に溺れないといえるだろうか?」
「麒麟が、恋……ねえ」
 棒を飲み込んだような表情を見せた珠晶に、利広は声を上げて笑った。ちいさな彼女の脳裏に浮かんだのが、他の誰でもない彼女の麒麟であることは、火を見るよりも明らかだから。
「供麒に恋愛感情があるとは信じがたいわ。それにそもそも、王にだって恋愛感情は必要ないわよ。民を想い国を護り、天に背かず命を紡ぐ。こんなに忙しいのに、さらに恋情にまで振り回されるんじゃかなわないもの」
 在位をして八十余年にも及ぶこの国は、登極当初とは言葉の通り雲泥の差ほどの繁栄を誇っている。けれどもそれをしてまだ、珠晶の王としての責務は重い。
 信頼ある官に整然とした法と秩序。揃えられるものは意欲的に揃え、持ち前の気丈さと高潔さで退廃の一途をたどった恭国に目を見張るほどの安寧をもたらした王ですら、本当の意味での余裕を感じるまでには至らない。
 それを、在位わずか数年にして、あろうことか己の麒麟に恋情を抱き、結果国を傾けた女王を思うと、理性よりも先に感情が否定する。
「まったく……恋なんて浮薄なものに現を抜かす暇があるのなら、どうしてもっと王であろうとしなかったのかしら。民を想い国を想えば、麒麟にかまけてる暇なんてないはずなのに」
 少女の清潔な言葉に、利広は僅かに瞳を細めた。磨き上げられた玉のように、鮮やかな光を放つ少女王に、ふと波紋を与えてみたくなる。
「珠晶は、登極当初、とても苦労したね」
「え? ……ええ、そうね」
 怪訝そうに返し、珠晶は頷いた。わずか十二歳の少女に与えられた玉座の共は、麻のように乱れた官と、彼女を軽んじる嘲笑のみだった。
 生来強い気性の珠晶でも、あのころは本当に、毎日が地獄のようだった。利広の言葉に当初を反芻し、珠晶は自然と不機嫌そうに眉をしかめる。
 そんな彼女に、利広は穏やかな声で問い掛けた。
「そんな時、供麒は珠晶になにをしてくれた?」
「供麒? なにをって……そりゃ、色々よ。まあ、実際役に立ったかどうかは別として、あの頃は始終あたしの後ろをついて回っていたわ。おかげでしばらくは、州候としての仕事も滞って、結局尻拭いをさせられたのだけれど」
「ただ、ついて回っただけ?」
「え? だから……なによ、利広、あたしになにを言わせたいの?」
 彼の意図が読めなくて(それはよくあることだけど)珠晶は苛立ったように扇で卓を軽く打った。利広は穏やかな表情のまま、けれど確実になにかを内包した隙のない笑顔で言う。
「供麒は珠晶を慰め、労わり、優しくしてくれたんじゃないか?」
「……そりゃあまあ……もっとも、供麒の慰めなんて、なんの意味もない気休めでしかなかったし、労わったり優しくしたりというよりは、ただただ傍にいて意味もなくにこにこしてただけよ……それがなによ」
 なによ、と問いながらも、聡い少女は利広の言わんとするところを嗅ぎ付け、酷く憮然とした表情になった。それに、利広は変わらない笑顔を向ける。
「珠晶は王だ。王は官の前では絶対でなければいけない。孤高でなければいけない。王朝が落ち着かず、浮き足立っている時期は尚更、王の孤独は深くて暗い。そんな時、一途に自分を案じ、こころから寄り添い、癒そうとしてくれる存在がある」
 言って、利広は口を閉じた。珠晶は不本意そうに軽くため息をつき、視線で先を促す。
「その存在に恋慕するのは、本来自然な形とはいえないけれど……無理からぬことと、珠晶は思えないかい?」
「……」
 本当に、長く生きるっていうのはつくづく嫌だ。珠晶はいつものごとく頷けない正論を吐いた男を強く睨んで、苦いため息をついた。
 永きに渡った王の不在で、腐敗し停滞する恭国に立った、十二の女王。官の風あたりも、民の不安も尋常ではなかった。確固たる信念をもって登極を迎えたと思っていた珠晶ですら、最初の数年は人知れず泣いた。
 おそらく、慶国女王の味わった苦痛も、珠晶のそれと似通っていたのかもしれない。歳若き女王が、浮き足立った王朝にひとり据えられる辛さは、誰あろう珠晶が一番身に染みてわかっている。
 そしてそんな時、己の半身とされる麒麟の存在が、どれほど救いになったかも。
「……あたしも一歩間違えれば、景王のように麒麟に恋慕し、道を外していたかもしれないって言いたいの?」
「まさか」
 精一杯の嫌味のつもりでそう問えば、利広は躊躇なく首を振る。
「景王と珠晶は違うよ。それに、万一珠晶が供麒に恋をしたとしても、失道には至らないはずだ」
「だって、景王は麒麟に恋慕したから失道したのでしょう?」
「若干違う。原因と結果の間に経過というものがある。まあ、いずれにせよ原因であることは否めないけれど、珠晶が景王と同じ轍を踏むとは、私は思わないな」
「……待って、なんだか話が変だわ。そもそも、万が一にも億が一にも、あたしが供麒に恋をするなんてないと、何度も言っているでしょう」
 例え話の二転三転に、居心地の悪さを感じて珠晶が口を挟む。頑迷な態度に利広は苦笑し、それだからこそ浮き彫りになる、彼女の麒麟への思慕を好ましく思った。
「そもそもあたしには、誰かに恋をしている暇なんてないの。永遠に年をとらないのはいいけど、何年経っても一向に肩の荷が降りないのが、王様の辛いところだわ」
「暇のあるなしは、恋に関係ないんだけどねえ。珠晶にはまだわからないか」
「あら、まだってなによ、まだって。そりゃあ、利広に比べたらまだ子供みたいなものかもしれないけど、あたしだっていい加減お婆ちゃんと言われる年よ。言わせやしないけど」
「そうじゃなくて、気持ちがね。ああ、でも、珠晶は登極するまで、好きな子とかいなかったんだろう?」
 ひょんな問いかけに、珠晶は再び棒を飲み込んだような顔をした。それからいかにも馬鹿馬鹿しいと言いたげに、扇で口元を覆う。
「荒れに荒れた故国を憂えて、昇山さえ決意した十二の女の子に、同じ年頃の洟垂れに恋をしろって? 笑わせないで、利広」
「だろうねえ。だとしたら、恋を知らずに登極、そして供麒に逢った、か」
「どうしてそこに供麒が出てくるのかしら?」
 憮然としたもの言いに、利広はさもあらん、と胸を張った。
「勿論、供麒が珠晶にとって最も大切な男性だからだよ」
「……利広、あなたあたしの言った事よく聞いていて? いままでの長い会話が、一気に不毛なものになったわよ」
 はあ、と重いため息をつく珠晶に、利広はにやにやとひとの悪い笑みを浮かべる。
「景王と珠晶の違いは、まさにそこだと思うけれどね」
「は?」
 正真正銘、わけがわからないといったふうに唖然とする珠晶に、利広はいい加減冷め切ってしまった茶器を掌に包んで、ゆらゆらと水面を揺らしながら笑う。
「景王は、登極時確かうら若き乙女。商家の娘とかいう話だったけど、よほどの晩熟でない限り、恋の一つや二つ知っているだろう。そこに、見目麗しい麒麟だ」
「つまり、景王は恋を知っていたために景麒に恋慕し、あたしは知らなかったから、そうならなかったと言いたいの?」
「原因のひとつはね。もっとも、最大の原因はふたりの性格の違いだろうけど」
「馬鹿馬鹿しい」
 言下に一蹴して、珠晶は小気味よい音を立てて扇を畳んだ。それから自ら席を立って、空になった自分の茶碗と利広の茶碗に、金褐色の茶を注ぐ。
「たとえあたしが恋を知っていたとしても、どうして自分の半身に恋しなきゃいけないのよ。しかもあの供麒よ? あたしにだって選ぶ権利というものがあるわ」
 ずけずけと言って、己の半身だと言う麒麟を清々しくこき下ろす女王に、利広はやれやれと肩を竦める。
「ある意味、珠晶は気の毒なのかもしれないね……これからたくさんのひとに逢って、恋をしたり恋されたり、そういったものごとをすべてすっ飛ばして、いきなり麒麟だものね」
「いきなり麒麟、ってどういう意味?」
「言葉通りさ。いきなり麒麟。この世で最高の相手だろう?」
「……利広、あたし時々、あなたと話していると、どろどろの糠に一生懸命釘を打つような疲労を覚えるわ」
 もはや憤る気力もないのか、珠晶は呟いて力なく背もたれに身を預けた。
 そんな少女を横目で見やり、淹れたての茶を啜る利広は、本人の頑なな否定もどこ吹く風で、自分のたてた仮説に悦になっていた。
 稚さだけが目立つ、背伸びをした少女。たとえどんなに賢くとも、どんなに聡くとも、結局は少女でしかない彼女にとって、多分初めて身近に置いた異性が、己を無条件に愛する仁道の獣。
 幼さゆえにその愛を歪めず、気丈さゆえにその愛を受け止めた。
 多分それが、遠い東の国の女王と、目前の少女との決定的な違い。
「確かに……恋なんてしてる暇はないだろうねえ……」
 孤高の王座につく珠晶が、他人の温もりに安らぎを求める必要はない。この世で最高の半身が、いつだって両手を開いて彼女を迎えるのだから。
 恋を覚える前に最高の相手に出会った少女は、きっとこれからも、無邪気に恋を否定しながら純粋に想いを育むだろう。
 少し妬けるなあ、などと内心で嘯きながら、利広は気に入りの少女王を改めて見やった。
「結局、王と麒麟の関係なんて、それにどんな名をつけるかだけの違いなんだよね。恋と呼ぶか否かは自由だけど、根底に流れるものは変えようがない」
「利広、王と麒麟の関係を、恋といっしょくたにしないで。それじゃあ、王と麒、女王と麟はどうなるのよ」
「恋と呼ばなければいいだけの話さ。変わるのは関係ではなく、呼び名だからね」
「乱暴なお説ですこと」
 わざとつっけんどんに言う女王に、利広はほほ笑んだ。
 実際、王ではあり得ない利広にとって、王と麒麟の関係は何百年経っても完全には理解できない。だからこそこうして、傍観者よろしく好き勝手なことを言えるのだが、この持論はあながち無根拠ではないと、目前の少女王を見ると思えて仕方がない。
 勿論、どんな国の王と麒麟にもあてはまるとは言わない。けれど恭国に限っては。
「主上、失礼いたします」
 その時、なんとなく会話が途切れた室内に向けて、やわらかな声がかかった。珠晶は一瞬嫌そうな表情を浮かべて(これは多分、最前まで交わされた会話が尾をひいているのだろう)それからちらりと利広を見やると、仕方なさげに応えた。
「お入り」
 許可を得て現れたのは、上背のある男。赤みがかった金色の髪を無造作に背に流し、人の良さを満面に張りつけた表情でゆっくりと礼をする。
「利広様、お久しぶりでございます」
「久しぶりだねえ、元気だったかい、供麒」
「はい、お蔭さまで」
 のほほんとした会話をかわして、供麒は珠晶の傍に歩み寄る。それから手にしていた漆器のふたを取りながら、さも嬉しそうにほほ笑んだ。
「主上、先日お褒めいただいたお菓子が、また手に入りました。どうぞお召し上がりください」
「お菓子? ……あんたねえ、お客さまより先にあたしに出してどうするのよ。利広に失礼でしょう?」
「あ」
 言われて、供麒は思わず困ったように眉根を垂れた。それから慌てて利広に向き直ると、おおきな身体をちぢこませるようにして謝る。
「すみません、利広様。あんまり嬉しくて、主上のことしか考えていませんでした……このお菓子は範のもので、季節がらなかなか手に入りにくくて、でも主上がとてもお気に召していたものですから、それで」
「ああ、いいよいいよ供麒。私は珠晶がたっぷり味わったそのあとで、おこぼれを貰うだけでいいんだから。それより、それは供麒が珠晶のために手に入れたものだろう? 食べてあげるのが筋じゃないかい? 珠晶」
 にやにやと楽しそうに笑いながら、さも聖人ぶってそう勧める利広に、珠晶は思い切り嫌そうな顔をした。その変化に、供麒が目ざとく気づいてしゅんと項垂れる。
「すみません……主上、今日はあまりお気が乗らないのですね……差し出たことをいたしまして、申し訳ありませんでした……」
「ベ……別にそうじゃないわ、いただくわよ。好きなんだもの、いつだって食べるわよ」
 消沈した供麒の手から、雪のように白いふわふわした菓子をひとつ摘んで、口に入れる。程よい甘さと果実の酸味がなんともいえず、珠晶はぺろりと平らげた後、つんと顎をそらして言った。
「……美味しかったわ。ありがとう、供麒」
「はい」
 その言葉に、心底嬉しそうに笑う供麒に、珠晶は無意識に表情を和らげた。菓子の甘さと一緒に、なにか暖かいものが口の中から体内に入ったような気がして、機嫌よく視線を転ずると、目前にはにやにやと微笑む利広がいる。
「……供麒っ」
「はい?」
「……お菓子、利広にも食べていただきなさい」
 のんびりと返す供麒に、珠晶は扇で口元を覆うと、それだけ言ってふいと視線を外す。供麒は従順に頷いて、利広の元へと歩み寄った。
 これは美味しいねえと呑気に舌鼓を打つ利広に、限定商品なのですよ、などと妙に所帯臭い会話を続ける供麒をちらりと横目に見て、珠晶はなんとはなしに東の方角に目を転じる。
 遠い東の国では。
「……麒麟に恋、ねえ……」
 ぽつりと扇の奥で呟いて、珠晶は楽しげに歓談する麒麟と客人を眺め眇めつ、何度目かのため息をついた。



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