challenge
ラストシーン
2025/09/29 16:52突発SS(お題外)
会いたくなかった。会ってはいけないと思っていた。
いま、その顔を見てしまったら。
その瞳を覗いたら。
きっと、起きてはいけないことが起きてしまう。起こしてしまう。
そう思っていた。
「若」
それなのに、マルーは来た。
最終決戦を前に、目まぐるしく慌ただしい艦内。誰もが皆、何かをしていなければ押しつぶされそうなほどの緊張感と切迫感の中、人目を避けるように、引っ込んでいた自室へ。
本当ならブリッジに詰め、作戦の確認や(そんなことはとうに終えている)ギアの調整報告を受けたり(有能な副官が万事整えている)何かしら身体を動かしている方が、よほど楽なのはわかっていた。
上っ面の『艦長顔』で過ごしていれば、この胸に巣食う獰猛な感情を、多少は楽に抑えられただろう。
けれど、俺は一人、自室にいた。
そこにわずかな――そして切実な、希望があった。
会いたくなかった。会ってはいけないとわかっていたのに。
『希望』は幼い顔つきで、やはりここに来た。
「マルー」
滲むような室内灯の下で、俺は静かに名前を呼んだ。
ピリリと静電気が走るような、一瞬の緊張に、マルーの睫毛が揺れる。いつもとは違う雰囲気に、従妹の顔色は冴えない。
それでも、一歩踏み出した。
黙って見ている俺の目の前に、生贄の羊のように従順に、マルーがやって来る。
扉を閉めてしまえば、機密性の高い戦艦の一室には、ほぼ完全な静寂が訪れる。
ベッドに腰を下ろし、黙ってマルーを見上げる俺の目の前で、マルーは青白い顔色のまま、蒼い蒼い瞳を揺らしていた。
「……わか……」
マルーのおおきな瞳に映る俺の表情が、はっきりと見て取れるほど近くで。
マルーは、泣き出す前のように湿った声で俺を呼ぶ。
『最終決戦』の前に、こんなふうに縋るお前を、俺はひそかに夢見ていた。
普段のマルーは、決して弱音を吐かない。どれほど辛くても、俺の前では決してそれを見せようとしない。
常に俺と対等に、同じ目線で生きようともがくそのちいさな肩を、抱き寄せてやれるほど俺も大人じゃなかったから。
互いに、薄氷を踏むようなジレンマを感じながら、ここまで来た。
だけど、今日は。
明日が無くなるかもしれない、今日だけは。
俺たちには、何の枷もない。
「マルー」
そのちいさな肩を抱きしめようと、腕を伸ばした。マルーはいとも簡単に、触れて落ちる花弁のように軽く、俺の胸に落ちてきた。
頬と頬が触れた時には、すでにそこは濡れていた。どれほど我慢してきたのか、しゃくりあげるような声を上げるマルーの細い身体を抱きしめて、縋るようなその力を懸命に胸に納める。
泣くな、泣くな、泣くな。
言いながら、俺は夢中になってマルーをまさぐった。
ピンと張りつめた薄い背中を、ぐしゃぐしゃになった棗の髪を、縋りつく華奢な腕を、折れそうなほど細い首筋を。
そのかたちを覚えておきたくて。最後かもしれないのならば、触れてはいけないはずのそれを、逆に貪りつくそうと胸の奥で吠えた。
どうせ明日で終わりだ。
勝とうが、負けようが。
決して、今日の続きはやってこない。
今日までの俺は、亡国の王子で、戦艦の艦長で、マルーの従兄という肩書にがんじがらめだった。
けど。
もしかしたら明日、そのすべてを失ってしまうかもしれない。
そんな覚悟が決まったら、同時にこの腕は、この心は、マルーだけを求めていた。
俺だけが死んで、マルーが生き残る未来が少しでもあるならば。
俺はきっと、最後の矜持で、この腕を伸ばすことはなかった。
けど。俺が死ねば、きっとマルーも終わる。そういう戦いなのだから。
まるで道連れにするように、俺はマルーに手を伸ばす。
今日が最後かもしれないならば。
今までにできなかったことをしたい。
「マルー」
濡れて熱を持った頬を包み込む。真っ赤に潤んだ碧玉の瞳が、涙を弾いてこちらを見つめた。真っ直ぐに届くその強さに、俺は今更のように腕の中の女が欲しいと思った。
今日が最後かもしれないならば。
最後かもしれないキスを交わそう。
生まれて初めて、純粋な衝動に身を任せた。
追記
これはなんで書いたのかな?忘れましたが、なんかたぶん、キスお題を書きすぎて頭の中がお花畑になってしまった反動で、本編では絶対に書かなそうな薄暗い若マルが書きたくなった…のかな?
基本ハピエン信者だし、ハピエンに続く過程の拗れとか暗いシーンも、極力書きたくない方なんだけど、何年かにいっぺん、こういうの書き散らしちゃいますね。
でも、慣れてないし好きじゃないから大変中途半端。まるで劇中劇みたいなぎこちなさがいっそすがすがしい作品です。
基本ハピエン信者だし、ハピエンに続く過程の拗れとか暗いシーンも、極力書きたくない方なんだけど、何年かにいっぺん、こういうの書き散らしちゃいますね。
でも、慣れてないし好きじゃないから大変中途半端。まるで劇中劇みたいなぎこちなさがいっそすがすがしい作品です。
