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【古き良き伝統】《デルムッド×レイリア@FEユグドラ学園》
2026/01/07 17:53【お題】デルムッド×レイリア
それはどこでにでもある、ありきたりな伝説。
いわく、卒業式の日に、ネクタイとリボンを交換すると、そのカップルは末永く幸せになる――とか。
いったいいつから存在する話かはわからないけれど、代々の生徒たちがまことしやかに語り継いでいるくらいには、信ぴょう性はある……のか。
恋に恋する女の子たちの間で流行った、消しゴムに好きな子の名前を書いて使い切ると恋が成就するとか、そういう類の、他愛もない迷信だとは思う。
それでなくても、卒業式、なんて少しくらいセンチメンタルになっても許される非日常の空間、多少奇抜でも、整合性がなくても、大抵のことは『そんなもの』と許される。第二ボタンの伝説とか、誰が言い出したんだって突拍子もない話が、世代を超えて愛されているのと一緒。
そんな、どこにでもあるありきたりな、馬鹿馬鹿しいほど眉唾な話。
……そんなことは、わかってる、わかりきってる、けど。
「……はぁ」
わかっているからといって、馬鹿なことをしないとは限らない。卒業式という、ある種の免罪符を振りかざしている自覚はあった。
もうとっくに式は終わって、名残惜し気な卒業生たちの姿もまばらな時間。夕暮れの教室は黄昏の色をまといながら、静かにレイリアを包んでいた。
たくさんの思い出のある教室。明日からはもう、ここに足を踏み入れることはない。
そんなセンチメンタルな思いを胸に、いったい何度「もう、いいかな」と呟いただろう。
もう、いいかな。いいんじゃないかな。
ここでこうして、意味もなく待ちぼうけているのなら、友人たちが用意した送別会の会場へ急ぐべきだ。男女問わず人気のあるレイリアを、最後の思い出にと誘う声は引く手あまたで、彼らはきっと、首を長くして待っているだろう。
もう、いいかな。いいんじゃないかな。
何度も何度も諦めきれず、言おう言おうと自分を鼓舞した。卒業のリミットは正確で、今日この日にすべてが終わってしまうのは、わかっていたことなのに。
もう、いいかな。
いいんじゃないかな。
なにも言わずに、離れても。
この恋を、終わらせても。
正確には、なにも始まってはいない恋だった。だから、終わらせるというのは語弊がある。ただひたすらに、レイリアの胸の中でだけ芽吹き、途方もないほど大きく育った恋心は、結局生まれた時と同様に、レイリアの胸の中でひっそりと死んでいく。
そういう、恋だったのだ。
そう思いながらも、レイリアはその白魚のような細い指でひっそりと、胸のリボンに触れた。
もう、何か月も前から何人も、何人も、このリボンが欲しいと言ってきた。冗談半分に、真剣な表情で、少し脅すように、ダメで元々のように。
たくさんのひとから望まれたリボンは、けれど決してレイリアから離れずに……彼女のこころそのもののように、ひっそりとその胸を飾っている。
レイリアにとって、ここにあるリボンはなんの価値もない。誰にどんなに望まれたって、彼女の身を飾るだけの装飾品は、ただの布でしかない。
このリボンが、価値を持つとしたら。
なににも代えがたい宝物に、なる可能性を持っているのは、たったひとり。
「……ばかね」
もういいかな、いいんじゃないかな……
そっとため息をついて、踵を返そうとした、その瞬間。
「……あれ? レイリア先輩?」
レイリアの背後から、待ち焦がれていた声が届いた。
ずっとその声だけを待っていたのに、レイリアはまるで幽霊に追い立てられたように激しく震えて、手にしていた花束やプレゼントの袋をバサバサと落としてしまう。その騒音が、無人の教室にかしましく響いた。
「うわ、大丈夫ですか? すみません、驚かせちゃったかな」
「で、で、でる、むっど……」
振り返ったレイリアが、真っ赤になって呟く。わなわなと震える彼女に近づいて、デルムッドは申し訳なさげに眉を寄せた。
「すみませんでした。誰もいないと思ってたから、つい、声をかけちゃって……あ、今日は謝恩会で先生が出払っているので、学生会が校舎の見回りをしてるんですよ」
膝をついて花束などを集めながら、デルムッドが言う。レイリアはものすごい速さで脈打ち始めた鼓動を押さえながら、胸のリボンにそっと手を添えた。
学生会の業務シフトは、極秘ルートでレイリアの知るところだった。彼女の恋心を応援する心強い味方は多い。だから、今日この時間、デルムッドがこの階に訪れることは、勝率の高い賭けだった。
けれど、本当にやってくるかは、わからない。
どれほどの勝率でも、絶対という保証はなかった。
だからこそ、レイリアはそこに賭けたのだ。
もし、デルムッドがこの場に本当に現れたら。
すべてを――賭ける。
「……あ、あの」
レイリアの震える声が、彼女の傍らに膝をついていたデルムッドの金の髪に落ちる。
たくさんの花束とプレゼントを手に、デルムッドはひょいと顔を上げた。
黄昏色に染まった教室の中、うっすらと赤く染まった白い面を俯かせ、恐ろしいほど長くしなる睫毛を震わせる彼女は、夜色のうるんだ瞳を揺らしながら、デルムッドを見つめている。
誰もがため息をつくような、そんな美しい光景を前に。
デルムッドは、何気ない動作で立ち上がった。
「はい?」
その、屈託のない表情と、いつも通りの穏やかさに。
レイリアの意気地は、再びシュルシュルと萎んでいった。
どうしていつもこうなの。肝心な時に、勇気が出ない。
誰をも魅了する美貌と、気風のいい姉御肌で知られるレイリアの、唯一の泣き所。
本当に本当に好きな相手には、レイリアはまるで手も足も出ない赤ん坊だ。
情けなさと不甲斐なさにぐっと息を詰めるレイリアの眼前で、デルムッドはかき集めた荷物をいったん机に置くと、そうだ、とはにかんだように微笑んだ。
「レイリア先輩」
ゆっくりと囁いて、制服のポケットに手を入れる。それから、レイリアに向かってそれを差し出した。
「ご卒業、おめでとうございます」
「え……」
反射的にレイリアが受け取ったのは、黒く光る万年筆。彼女の華奢な手には少し余る、ずっしりとした手応えのそれは、デルムッドが愛用しているもので、何度もその手に握られているのを見た。
「これ……」
「だいぶ前、欲しいって言っていたでしょう? こんなものでアレなんですが、卒業の記念にと思って」
屈託なく言ってほほ笑むデルムッドを見上げて、レイリアは半ば呆然と呟いた。
「覚えてて……くれたの」
冗談めかして、ねだった記憶がある。そのくせすぐにごまかして、本心を隠すように笑った。
あの時は、なんでもよかった。彼愛用のものならば、その手に触れたものならば、なんでも。
でも――いまは。
欲しいものは、ひとつだけだ。
「ありがとう、デルムッド」
何度も、何度も、逃げ出した。
こんなギリギリになってまで、諦める理由を探してばかりで、それでも諦めきれずに、ぐずぐずと情けない醜態ばかりで。
でも――もしも、一生分の勇気を使うなら、ここだ。
自分の恋の、終着点は、自分で決めなきゃ。
「わたし、デルムッドに受け取ってほしいものがあるの」
きっぱりと言って、レイリアは胸のリボンに手を伸ばす。シュッと勢いよくそれを外すと、彼女の長い黒髪が、風をはらんでふわりと舞った。
何人も、何人ものひとに望まれた、赤いリボン。
でも、このリボンが望むのは、たったひとり。
「……このリボンを、受け取ってください」
差し出されたレイリアのこころに、デルムッドが目を瞠った。きれいな春空色の瞳が、彼女の手の中にあるリボンを凝視する。
そして、ひと呼吸の後。デルムッドはしっかりとレイリアを見つめる。
「……先輩、」
なにかを言いかけた彼を遮るように、レイリアはひと息に言った。
「受け取ってくれるだけでいいの。わたしの気が済むから。迷惑かもしれないけど……最後の我儘だと思って、聞いて下さい」
最後の最後まで、自分の都合だけを押し付ける。レイリアの恋は、歪で醜い。
それを重々自覚しながら、レイリアは震える手で必死に捧げる、その赤いリボンの行方を思った。
この身を飾るときは、ただの布だったそれ。けれど、もしもデルムッドが受け取ってくれたのなら。
その瞬間、きっとこの世で一番幸せな、リボンになる。
その時、レイリアの手から、震えるリボンがするりと外された。
「あ……」
パッと目を上げると、デルムッドのおおきな手の中に、赤いリボンは優しく収まっていて。
そのことだけで、レイリアの独りよがりな恋は報われた。
「……ありがとう、デルムッド」
潤むように揺れる夜色の眼差しが、これ以上幸せなことはない、と輝いている。本懐を遂げた彼女が、満足そうに肩を落とす正面で、デルムッドはわずかに苦笑した。
「……お礼を言うのは、こっちでしょう」
「え?」
その少し呆れたような口調に、レイリアの瞳が上がる。その滲んだ視界一杯に、デルムッドのやわらかなほほ笑みが広がった。
「来年まで、待っていてくださいね」
「え?」
「俺のこれ、あと一年は入用だから」
そう言って、デルムッドは自分の胸にあるネクタイを指さす。その言葉と指先に、レイリアはぽかんとくちびるを開いた。
「……くれる、の?」
子どものような一言に、デルムッドはますますほほ笑む。呆気にとられたような顔のレイリアは、普段の神々しいような美しさを潜めて、どこまでも無防備で、ひたすらに可愛らしい。
心底意外そうな彼女の挙動がおかしくて、けれどそんなふうに諦めている姿が少しばかり悔しくて……こんなふうに思う自分がわずかに面はゆい。一瞬で複雑な感情が錯綜したデルムッドは、得意のポーカーフェイスで肩を竦めた。
「いりませんか? 俺のネクタイ」
「い……いるわ!」
呆然としていたくせに、正直に叫ぶレイリアに、デルムッドは思わず胸を弾ませる。
ああなんて、可愛いひとだろう。
「一年後に、交換成立ですね」
その誓いのような言葉とともに、リボンの形をした彼女のこころを、大切そうに胸にしまった。
《お題6 『卒業』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
