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【あの夢の続き】《瞬×秋姫@町でうわさの天狗の子》
2026/01/02 22:19【お題】他CP
ギリギリで飛び込んだ電車の扉が、ふたりの背後でゆっくりと閉まる。十七時台の車内はそこそこに混んでいたが、瞬は素早く秋姫の手を引いて、空いていたボックス席へと滑りこんだ。
――あ。手。
校舎を出るまで繋いでいたそれを、瞬がさり気なく離したのは校門を過ぎた頃だった。
まだ少し残っていた生徒たちの影が近くなって、照れ屋な彼は気にしたのだろう。そう考えて、少し残念に思いながら並んで歩く秋姫の手を次に掴んだのは、電車の到着音が鳴るホームを走る瞬の方からだった。
実に自然な動作で握られた手は、ボックス席に着いてからも離されず、肩が触れるほど近く、隣り合わせに座ったふたりのちょうど真ん中で、熱を帯びている。
進行方向に背を向けて、瞬は窓枠に肘をついてそっぽを向いたままだ。ちらりと視線を向ける秋姫は、一見ほおづえをついて不貞腐れたような瞬の『本心』が、重なった手のひらから伝わってくるようで、ふくふくとくすぐったい。
――だいすきだよ、瞬ちゃん。
ともすれば、再び口をついて出そうな甘ったるい告白を、そっと舌先で転がしながら上機嫌になる秋姫に、瞬は車窓から目を離すことなく、ただじっと、彼女の手を握りしめていた。
昨日までは、向かい合って座っていたボックス席に、今日はふたり並んでいる。きっと明日も、明後日も。一緒に電車に乗るかぎり、この並びは変わらないだろう。
口に出すまでは、様々な葛藤や迷いがあった『好き』の一言は、言葉にした瞬間、劇的な変化を秋姫と瞬にもたらした。
きっと、ずっと昔からお互いに変わらなく想い合っていたのだろうに、きちんと言葉にしただけで、こんなにも世界は変わるのだ。
秋姫は不思議に落ち着いた心持ちで、瞬のあたたかな肩に寄り添っていた。
いつも誰かに好きでいてほしいと、恋に恋していた頃は、頭の中で色々な妄想が暴れていた。常に本気だったし、常に一生懸命だったし、本当に誰かが自分を好きでいてくれたら、きっとこころは綿毛のようにふわふわと飛んでいくだろうと思っていた。
でも、いま。
幼い頃から知っている、武骨で少し平熱の低い瞬の掌に包まれて、まるでそれが錨のように、秋姫のこころは穏やかでまるい。
ずっとこの手を離さないで、ずっと瞬ちゃんの隣にいさせて。
こころからそう思って、秋姫はただずっと無言で電車に揺られていた。
やがて秋の日の短さが、窓の外の夕景からひっそりと陽の光を絶やす頃、ほおづえをついて車窓を向いていた瞬が、低く声をかけた。
「――ところで、秋姫」
「ん? なあに、瞬ちゃん」
長いこと無言で手を握っていたくせに、そのいつも通りの不愛想な様子が却って可愛らしく感じられて、秋姫は自分から掌に力を込めて首をかしげる。
瞬はそのリアクションにとっさに目を見開いたが、年季の入った無表情はそれ以上の反応を見せず、ことさらにしかつめらしい声音で続けた。
「……これは、次の駅までだ」
「え?」
ぎゅっ。と、少し痛いくらいの力で手を握られて、秋姫が我に返る。これ? と言ってつないだ手を見やると、そうだ、と瞬の声が降る。
「緑峰町に入ったら、いつも通りにしろよ」
「え、なんで?」
先ほどからずっとぽかぽかと心地よかったのに、一気に塩辛い海水を浴びせられた気分だ。秋姫が不安げに瞬を見つめると、彼は真剣な表情で車窓を睨みながら、その冷えた横顔で答える。
「――俺は、いままでにも増して大天狗になるための修行をする。聖なる土地である緑峰町で、浮かれた真似はしてられん」
「聖なる土地……って、そんな大げさな。そ、それに瞬ちゃん、いままでだってちゃんと修行してたよ。だからそんなに気負うことない……」
「そんな悠長なこと言ってられるか。聞き分けろ、秋姫」
「……うん……」
ガタンガタン……ガタンガタン……電車の走る音が、どくどくと耳鳴りのする秋姫の頭に響いた。
――次の駅まで、あとどのくらい? そうしたら、瞬ちゃんはこの手を離しちゃうのかな。真面目で頑固な瞬ちゃんが、一度言ったことを曲げるはずないし、そもそも全部、あたしのためなんだよね……。じゃあ、わがまま言っちゃいけないよね。寂しいけど、なんかすごく寂しいけど、やっぱりそこは、彼女として聞き分けないと……
俯いてぐるぐると思考する秋姫の耳に、無機質な車内アナウンスが届く。次は……○町……○町……聞き慣れた車掌の声に、秋姫は浮かない表情で顔を上げた。
――タイムリミットだね……
この駅を過ぎれば、緑峰町のエリアに入る。都市部から離れる間、電車の乗客はほとんどいなくなっていたので、今はもうがら空きの車内だったが、秋姫は昨日までの定位置につこうと、停車のためスピードの落ちた電車に揺られながら腰を上げた。
あ、手。
瞬から手を離されるのも悲しいので、秋姫は立ち上がると同時に手のひらを開いて熱を手放す。
――こんなことくらいで泣きそうになる自分を、心底ダメだと気落ちしながら。
「……えっ」
その時、離れていく秋姫をつなぎとめるように、瞬の手が動いた。
ほおづえをついていた左手を素早く伸ばし、中腰になった秋姫の肩を掴むと、少し乱暴なほどの力でそれを下げる。ブレーキを踏んだ電車の揺れと相まって、いとも簡単に座席に腰を落とした秋姫は、次の瞬間さらなる驚きに息を止めた。
――瞬ちゃんの、髪が、目に入りそう
自分でも、何故そんな場違いなことを感じたのかわからない。
目に入るほど近く触れた瞬の髪の毛のことよりも、もっと親密に、もっと直接触れられたくちびるの方に驚くべきじゃなかったのか。
恋に恋していた頃、漫画や小説のキスシーンを参考に、こう来たらああ、ああ来たらこう、と脳内でシミュレーションしていたことなど、すべてどこかへ消えていた。マクドナルドのカウンターでの狼藉妄想すら、この現実の前では霞んでしまう。
――ぷしゅう。
気が付けば、無人駅に停車した電車が、自動扉を律儀に開く音がした。
はっとして我に返った秋姫は、その時すでに目の前には誰もおらず、ただしれっとした顔で、幼馴染が隣でほおづえをついていることに気が付いた。
――ゆ、夢か……
「阿呆」
秋姫の思考を読んだように、瞬がぶっきらぼうに呟く。
真っ赤な顔で彼を見やった秋姫は、車窓越しに目が合った瞬が、いままで見たこともないほど複雑な顔――嬉しいような照れたような、怒ったような泣きたいような――をしていることに気づいた。
「……夢じゃない。夢じゃない、が――してほしい、と、思った」
「え」
「正確には、したいこと、だな」
ようやく素直になれた――。
最後の一言だけ、口に出さずに飲み込んだ瞬は、まだ呆然としている秋姫を眺めながら
お山に着くまでに顔色が戻るといいが――お互いに。
と、願った。
《お題1 『ほおづえついて』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
――あ。手。
校舎を出るまで繋いでいたそれを、瞬がさり気なく離したのは校門を過ぎた頃だった。
まだ少し残っていた生徒たちの影が近くなって、照れ屋な彼は気にしたのだろう。そう考えて、少し残念に思いながら並んで歩く秋姫の手を次に掴んだのは、電車の到着音が鳴るホームを走る瞬の方からだった。
実に自然な動作で握られた手は、ボックス席に着いてからも離されず、肩が触れるほど近く、隣り合わせに座ったふたりのちょうど真ん中で、熱を帯びている。
進行方向に背を向けて、瞬は窓枠に肘をついてそっぽを向いたままだ。ちらりと視線を向ける秋姫は、一見ほおづえをついて不貞腐れたような瞬の『本心』が、重なった手のひらから伝わってくるようで、ふくふくとくすぐったい。
――だいすきだよ、瞬ちゃん。
ともすれば、再び口をついて出そうな甘ったるい告白を、そっと舌先で転がしながら上機嫌になる秋姫に、瞬は車窓から目を離すことなく、ただじっと、彼女の手を握りしめていた。
昨日までは、向かい合って座っていたボックス席に、今日はふたり並んでいる。きっと明日も、明後日も。一緒に電車に乗るかぎり、この並びは変わらないだろう。
口に出すまでは、様々な葛藤や迷いがあった『好き』の一言は、言葉にした瞬間、劇的な変化を秋姫と瞬にもたらした。
きっと、ずっと昔からお互いに変わらなく想い合っていたのだろうに、きちんと言葉にしただけで、こんなにも世界は変わるのだ。
秋姫は不思議に落ち着いた心持ちで、瞬のあたたかな肩に寄り添っていた。
いつも誰かに好きでいてほしいと、恋に恋していた頃は、頭の中で色々な妄想が暴れていた。常に本気だったし、常に一生懸命だったし、本当に誰かが自分を好きでいてくれたら、きっとこころは綿毛のようにふわふわと飛んでいくだろうと思っていた。
でも、いま。
幼い頃から知っている、武骨で少し平熱の低い瞬の掌に包まれて、まるでそれが錨のように、秋姫のこころは穏やかでまるい。
ずっとこの手を離さないで、ずっと瞬ちゃんの隣にいさせて。
こころからそう思って、秋姫はただずっと無言で電車に揺られていた。
やがて秋の日の短さが、窓の外の夕景からひっそりと陽の光を絶やす頃、ほおづえをついて車窓を向いていた瞬が、低く声をかけた。
「――ところで、秋姫」
「ん? なあに、瞬ちゃん」
長いこと無言で手を握っていたくせに、そのいつも通りの不愛想な様子が却って可愛らしく感じられて、秋姫は自分から掌に力を込めて首をかしげる。
瞬はそのリアクションにとっさに目を見開いたが、年季の入った無表情はそれ以上の反応を見せず、ことさらにしかつめらしい声音で続けた。
「……これは、次の駅までだ」
「え?」
ぎゅっ。と、少し痛いくらいの力で手を握られて、秋姫が我に返る。これ? と言ってつないだ手を見やると、そうだ、と瞬の声が降る。
「緑峰町に入ったら、いつも通りにしろよ」
「え、なんで?」
先ほどからずっとぽかぽかと心地よかったのに、一気に塩辛い海水を浴びせられた気分だ。秋姫が不安げに瞬を見つめると、彼は真剣な表情で車窓を睨みながら、その冷えた横顔で答える。
「――俺は、いままでにも増して大天狗になるための修行をする。聖なる土地である緑峰町で、浮かれた真似はしてられん」
「聖なる土地……って、そんな大げさな。そ、それに瞬ちゃん、いままでだってちゃんと修行してたよ。だからそんなに気負うことない……」
「そんな悠長なこと言ってられるか。聞き分けろ、秋姫」
「……うん……」
ガタンガタン……ガタンガタン……電車の走る音が、どくどくと耳鳴りのする秋姫の頭に響いた。
――次の駅まで、あとどのくらい? そうしたら、瞬ちゃんはこの手を離しちゃうのかな。真面目で頑固な瞬ちゃんが、一度言ったことを曲げるはずないし、そもそも全部、あたしのためなんだよね……。じゃあ、わがまま言っちゃいけないよね。寂しいけど、なんかすごく寂しいけど、やっぱりそこは、彼女として聞き分けないと……
俯いてぐるぐると思考する秋姫の耳に、無機質な車内アナウンスが届く。次は……○町……○町……聞き慣れた車掌の声に、秋姫は浮かない表情で顔を上げた。
――タイムリミットだね……
この駅を過ぎれば、緑峰町のエリアに入る。都市部から離れる間、電車の乗客はほとんどいなくなっていたので、今はもうがら空きの車内だったが、秋姫は昨日までの定位置につこうと、停車のためスピードの落ちた電車に揺られながら腰を上げた。
あ、手。
瞬から手を離されるのも悲しいので、秋姫は立ち上がると同時に手のひらを開いて熱を手放す。
――こんなことくらいで泣きそうになる自分を、心底ダメだと気落ちしながら。
「……えっ」
その時、離れていく秋姫をつなぎとめるように、瞬の手が動いた。
ほおづえをついていた左手を素早く伸ばし、中腰になった秋姫の肩を掴むと、少し乱暴なほどの力でそれを下げる。ブレーキを踏んだ電車の揺れと相まって、いとも簡単に座席に腰を落とした秋姫は、次の瞬間さらなる驚きに息を止めた。
――瞬ちゃんの、髪が、目に入りそう
自分でも、何故そんな場違いなことを感じたのかわからない。
目に入るほど近く触れた瞬の髪の毛のことよりも、もっと親密に、もっと直接触れられたくちびるの方に驚くべきじゃなかったのか。
恋に恋していた頃、漫画や小説のキスシーンを参考に、こう来たらああ、ああ来たらこう、と脳内でシミュレーションしていたことなど、すべてどこかへ消えていた。マクドナルドのカウンターでの狼藉妄想すら、この現実の前では霞んでしまう。
――ぷしゅう。
気が付けば、無人駅に停車した電車が、自動扉を律儀に開く音がした。
はっとして我に返った秋姫は、その時すでに目の前には誰もおらず、ただしれっとした顔で、幼馴染が隣でほおづえをついていることに気が付いた。
――ゆ、夢か……
「阿呆」
秋姫の思考を読んだように、瞬がぶっきらぼうに呟く。
真っ赤な顔で彼を見やった秋姫は、車窓越しに目が合った瞬が、いままで見たこともないほど複雑な顔――嬉しいような照れたような、怒ったような泣きたいような――をしていることに気づいた。
「……夢じゃない。夢じゃない、が――してほしい、と、思った」
「え」
「正確には、したいこと、だな」
ようやく素直になれた――。
最後の一言だけ、口に出さずに飲み込んだ瞬は、まだ呆然としている秋姫を眺めながら
お山に着くまでに顔色が戻るといいが――お互いに。
と、願った。
《お題1 『ほおづえついて』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
