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【Happy new year】《Xenogears@バルト×マルー》
2026/01/01 16:48【お題】バルト×マルー
ひたひたと、夜をゆく足音が、ひとつ。
やわらかい室内履きは、そのほとんどの音を吸収しているので、深夜の回廊に無粋な騒音が響くことはない。
そのことに背中を押されるように、マルーはいつもよりほんの少し頼りない足取りで進んでいた。
本当は、非戦闘員及び当番クルー以外の乗組員は、厳格な消灯時間を定められていて、正当な理由がない限り自室から出ることは禁じられている。まして、マルーはこの艦の長直々から、夜間の外出は徹底的に禁じられていた。――彼を訪ねる以外は。
それなのに、今夜は。マルーの足は、通い慣れた従兄の自室ではなく、ただあてどもなく、広い艦内を彷徨っている。
随時クルーの詰めている箇所は避け、普段それほど足を向けない区画に向かってみたり。誰もいないことを承知で、ガンルームを覗いてみたり。停泊中なのをいいことに、ハッチを開けて甲板に出てみようかと、強烈な誘惑を寸でで退けてみたり――。
真夜中を超えるころ、マルーはようやく足を止めて、小さくちょこんと座りこんだ。
そこは、格納庫に続く回廊の行き止まり。階段の下にある狭く暗いスペースで、小さな頃のマルーとバルトの絶好の秘密基地でもあった。
夜間の引絞られた照明の下、マルーはミルク色のカーディガンを羽織っただけの頼りないパジャマ姿で、ふう、とため息をつく。
柔らかな室内履きを脱いで裸足になると、細く白い足の先を伸ばしてその場に寝転んだ。
直に背中に当たる床は冷たく、腹の底に響くようなエンジンの音が聞こえる。完全に人の手で創られた人工的な空間で、そのエンジンの音は懐かしい鼓動のように感じられた。
両手足を投げ出し、無防備に寝転がるマルーは、閉じた瞼の裏に浮かぶ緑を思いながら、そっと胸の上で指を組む。出来るだけ詳細に思いだそうとした故国の風景は、思いがけないほどリアルに、彼女の胸に迫ってきた。
風の音と、緑の匂い、暖かに降り注ぐ陽の光。愛おしい故郷の情景に、閉じた瞼の裏が疼く。
と、そんなふうに時を過ごしていたマルーの耳に、やがて遠くから微かに靴音が届き始めた。最初は小さく、徐々に大きく。音の主の脚の長さを証明するかのように、それはゆっくりと大股のリズムで、確実にこちらへ向かってくる。
マルーは瞳を瞑ったまま、小さく唇に笑みを浮かべた。来るとは思っていたけれど、本当に来た。改めて思う、彼は凄い。
若、大好き。
「――おい。なにやってんだコラ」
低い声は、わざと怒気を含んでいた。階段下のスペースは、大人になった二人が潜り込めるほど広くはない。マルー一人が寝転べば、もう、そこにバルトの居場所はなかった。
それもきっと悔しいんだな、と、マルーは思いながら薄く瞳を開く。案の定、身を屈めるようにしてこちらを睨み落とす従兄は、不機嫌そうな、けれどもどこか嬉しそうな懐かしそうな、複雑な表情をしていた。
「夜の、散歩」
薄く微笑みながら、マルーが応える。バルトは太い眉根を寄せて、起き上がってこない従妹をますます睨んだ。
「徘徊老人か、お前は」
「徘徊なんてしてないよ」
「じゃ、なんでこんなとこにいんだよ」
「んー。なんでかな? 若はなんでここに来たの?」
微笑みながら問い返すと、バルトはいよいよ仏頂面になって、はぁ、とため息をついた。
「部屋に行ったらお前、いなかったから」
「ボクの部屋に来たの? どうして?」
「……それを聞くか……」
不満げな言葉に、マルーはつい、くすくすと笑う。寝転がったままでそんなふうにおどける従妹を見下ろして、バルトはなんだかくたびれたように肩を落とした。
「……今日は、ニサンの新年祭だろ」
「……あたり」
バルトの答えに、マルーは笑って小さく舌を出した。あくまでおどける従妹に、バルトはやや怒ったように唇を結ぶ。
マルーは寂しい時ほどよく笑う。
「……今日くらい、ニサンに停泊してやりたかったんだけどな……」
「うん、わかってる。でも、それが無理ってこともちゃんと、わかってるよ」
悔しげなバルトに、マルーはにっこりと微笑んだ。その笑みは、寂しいからの笑みじゃない。その違いがわかるのが、バルトがバルトである証でもある。
寝転がって瞳を閉じるマルーを見下ろして、バルトが低く囁いた。
「……覚えてっか。お前、ガキの頃もここで、ニサンの新年祭を祝ったの」
「ふふ、覚えてる。だからここに来たんだよ……若も、でしょ?」
「お前って、つくづく成長しねーよな。行動半径丸わかり」
「むー。若に言われるとなんかすごく屈辱だよそれ……」
「負け惜しみだな。実際俺に見つからなかったためしがねぇ」
「それはそう。若はいつもボクを見つけてくれたよね」
急に素直になって、マルーがにっこりと笑う。バルトは不意打ちを食らったように喉を鳴らし、それから視線を空に逃した。
「ニサンの新年祭はね、暗いところで祈ることから始まるんだ。聖堂の中の特別な一室に入って、漆黒の中祈りを始める。それからひとつの光が灯され、その小さな炎にまた祈る。闇の中の光は、不思議なほど明るくてね、じっと見ているととても素直な気持ちになるんだよ」
穏やかに語るマルーは、瞳を閉じたままでいる。柔らかな彼女の囁き声に、バルトは吸い寄せられるように視線を戻した。
「こうやって……暗いところで、目を閉じて、エンジン音を身体に感じながら……祈ると。ニサンの風景が浮かんできて、なんだかすごく落ち着くんだ……」
そんなふうに、言って。本当は、遠く離れた故郷のことを思えば、不安や焦りに飲み込まれそうになるくせに。そんなことはおくびにも出さず、マルーはただ、穏やかに笑う。
そんなマルーを知っているから、バルトは今、ここにいる。
「……光は?」
「え?」
急に、とても近い距離から声が届いて、マルーは驚いて目を開けた。すると、触れそうなほどそばで輝く碧玉の瞳がひとつ、自分を見つめて恐いほど綺麗に揺れていた。
「若……?」
狭い空間に、折り重なるようにして身体を倒した長身の男は、真っ直ぐにマルーを見つめる。
「闇の中の祈りは、やがて光を生むんだろ。こんなとこで祈ってたって、光は見えないぜ」
諭すように言うバルトの、言外の慰めに気づき、マルーは驚いたように丸く開いた瞳を、ゆっくりと蕩かせるように微笑みに染めて答えた。
「……ううん。光はあるよ、若」
「え?」
「ここに、いつも」
言いながら、マルーがそっと、バルトの頬に手を添える。
闇の中でも色褪せない、強い光を放つ碧玉が、僅かに瞠られた後、そっと柔らかく微笑んだ。
《お題263 『散歩』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
やわらかい室内履きは、そのほとんどの音を吸収しているので、深夜の回廊に無粋な騒音が響くことはない。
そのことに背中を押されるように、マルーはいつもよりほんの少し頼りない足取りで進んでいた。
本当は、非戦闘員及び当番クルー以外の乗組員は、厳格な消灯時間を定められていて、正当な理由がない限り自室から出ることは禁じられている。まして、マルーはこの艦の長直々から、夜間の外出は徹底的に禁じられていた。――彼を訪ねる以外は。
それなのに、今夜は。マルーの足は、通い慣れた従兄の自室ではなく、ただあてどもなく、広い艦内を彷徨っている。
随時クルーの詰めている箇所は避け、普段それほど足を向けない区画に向かってみたり。誰もいないことを承知で、ガンルームを覗いてみたり。停泊中なのをいいことに、ハッチを開けて甲板に出てみようかと、強烈な誘惑を寸でで退けてみたり――。
真夜中を超えるころ、マルーはようやく足を止めて、小さくちょこんと座りこんだ。
そこは、格納庫に続く回廊の行き止まり。階段の下にある狭く暗いスペースで、小さな頃のマルーとバルトの絶好の秘密基地でもあった。
夜間の引絞られた照明の下、マルーはミルク色のカーディガンを羽織っただけの頼りないパジャマ姿で、ふう、とため息をつく。
柔らかな室内履きを脱いで裸足になると、細く白い足の先を伸ばしてその場に寝転んだ。
直に背中に当たる床は冷たく、腹の底に響くようなエンジンの音が聞こえる。完全に人の手で創られた人工的な空間で、そのエンジンの音は懐かしい鼓動のように感じられた。
両手足を投げ出し、無防備に寝転がるマルーは、閉じた瞼の裏に浮かぶ緑を思いながら、そっと胸の上で指を組む。出来るだけ詳細に思いだそうとした故国の風景は、思いがけないほどリアルに、彼女の胸に迫ってきた。
風の音と、緑の匂い、暖かに降り注ぐ陽の光。愛おしい故郷の情景に、閉じた瞼の裏が疼く。
と、そんなふうに時を過ごしていたマルーの耳に、やがて遠くから微かに靴音が届き始めた。最初は小さく、徐々に大きく。音の主の脚の長さを証明するかのように、それはゆっくりと大股のリズムで、確実にこちらへ向かってくる。
マルーは瞳を瞑ったまま、小さく唇に笑みを浮かべた。来るとは思っていたけれど、本当に来た。改めて思う、彼は凄い。
若、大好き。
「――おい。なにやってんだコラ」
低い声は、わざと怒気を含んでいた。階段下のスペースは、大人になった二人が潜り込めるほど広くはない。マルー一人が寝転べば、もう、そこにバルトの居場所はなかった。
それもきっと悔しいんだな、と、マルーは思いながら薄く瞳を開く。案の定、身を屈めるようにしてこちらを睨み落とす従兄は、不機嫌そうな、けれどもどこか嬉しそうな懐かしそうな、複雑な表情をしていた。
「夜の、散歩」
薄く微笑みながら、マルーが応える。バルトは太い眉根を寄せて、起き上がってこない従妹をますます睨んだ。
「徘徊老人か、お前は」
「徘徊なんてしてないよ」
「じゃ、なんでこんなとこにいんだよ」
「んー。なんでかな? 若はなんでここに来たの?」
微笑みながら問い返すと、バルトはいよいよ仏頂面になって、はぁ、とため息をついた。
「部屋に行ったらお前、いなかったから」
「ボクの部屋に来たの? どうして?」
「……それを聞くか……」
不満げな言葉に、マルーはつい、くすくすと笑う。寝転がったままでそんなふうにおどける従妹を見下ろして、バルトはなんだかくたびれたように肩を落とした。
「……今日は、ニサンの新年祭だろ」
「……あたり」
バルトの答えに、マルーは笑って小さく舌を出した。あくまでおどける従妹に、バルトはやや怒ったように唇を結ぶ。
マルーは寂しい時ほどよく笑う。
「……今日くらい、ニサンに停泊してやりたかったんだけどな……」
「うん、わかってる。でも、それが無理ってこともちゃんと、わかってるよ」
悔しげなバルトに、マルーはにっこりと微笑んだ。その笑みは、寂しいからの笑みじゃない。その違いがわかるのが、バルトがバルトである証でもある。
寝転がって瞳を閉じるマルーを見下ろして、バルトが低く囁いた。
「……覚えてっか。お前、ガキの頃もここで、ニサンの新年祭を祝ったの」
「ふふ、覚えてる。だからここに来たんだよ……若も、でしょ?」
「お前って、つくづく成長しねーよな。行動半径丸わかり」
「むー。若に言われるとなんかすごく屈辱だよそれ……」
「負け惜しみだな。実際俺に見つからなかったためしがねぇ」
「それはそう。若はいつもボクを見つけてくれたよね」
急に素直になって、マルーがにっこりと笑う。バルトは不意打ちを食らったように喉を鳴らし、それから視線を空に逃した。
「ニサンの新年祭はね、暗いところで祈ることから始まるんだ。聖堂の中の特別な一室に入って、漆黒の中祈りを始める。それからひとつの光が灯され、その小さな炎にまた祈る。闇の中の光は、不思議なほど明るくてね、じっと見ているととても素直な気持ちになるんだよ」
穏やかに語るマルーは、瞳を閉じたままでいる。柔らかな彼女の囁き声に、バルトは吸い寄せられるように視線を戻した。
「こうやって……暗いところで、目を閉じて、エンジン音を身体に感じながら……祈ると。ニサンの風景が浮かんできて、なんだかすごく落ち着くんだ……」
そんなふうに、言って。本当は、遠く離れた故郷のことを思えば、不安や焦りに飲み込まれそうになるくせに。そんなことはおくびにも出さず、マルーはただ、穏やかに笑う。
そんなマルーを知っているから、バルトは今、ここにいる。
「……光は?」
「え?」
急に、とても近い距離から声が届いて、マルーは驚いて目を開けた。すると、触れそうなほどそばで輝く碧玉の瞳がひとつ、自分を見つめて恐いほど綺麗に揺れていた。
「若……?」
狭い空間に、折り重なるようにして身体を倒した長身の男は、真っ直ぐにマルーを見つめる。
「闇の中の祈りは、やがて光を生むんだろ。こんなとこで祈ってたって、光は見えないぜ」
諭すように言うバルトの、言外の慰めに気づき、マルーは驚いたように丸く開いた瞳を、ゆっくりと蕩かせるように微笑みに染めて答えた。
「……ううん。光はあるよ、若」
「え?」
「ここに、いつも」
言いながら、マルーがそっと、バルトの頬に手を添える。
闇の中でも色褪せない、強い光を放つ碧玉が、僅かに瞠られた後、そっと柔らかく微笑んだ。
《お題263 『散歩』》
◎365 Themes Ver.1~創造者への365題~様よりお題拝借
