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SCANDAL-EXTRA④ Epilogueその後。キルクスにて
2025/12/30 14:03【お題】ダンデ×ソニア
キルクスタウンの高級宿は、異国情緒を伴う大変にラグジュアリーな空間だった。
部屋は全体的に広く、香ばしいような特徴的な香りの立つ『タタミ』というものが敷き詰められている。靴を脱いでそのふかふかとした感触を楽しんでいたソニアは、物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回した。
「わ、部屋がみっつもある。え~、どこで寝ようかなぁ」
キングスサイズのベッドが備え付けの広々とした洋室と、採光を抑えた趣のある、エキゾチックな和室の寝室と。『ハネブトン』の心地よさに誘われるように、ソニアはうす暗い和室の方へ身を乗り出した。
「どこでも、好きなところでいいぜ」
メインルームの奥にある、洋風のキッチンブース(バーカウンターや氷菓、果物などの収まった冷蔵庫、ウォーターサーバーや電子レンジなどの家電も常備されている)でなにやらごそごそとしているダンデの言葉に、ソニアはちょっぴりドキドキしながらジト目になった。
「……ダンデくんは、どっちで寝るの?」
「ん~?」
鼻歌を零しながら、答えを曖昧にする。にゃろう、と赤くなりながらも、ソニアは部屋の探検を再開した。
おおきなドレスルーム、清潔なレストルーム、シャワーの供えられた広い浴室。注意書きを見ると、水道から流れるお湯は天然温泉成分を有しているらしい。内風呂でも温泉に入れるなんて、とソニアが目をきらきらさせたとき、メインルームの方からダンデが声をかけてきた。
「ソニア、こっち」
「はぁい」
うきうきと振り返れば、メインルームの窓際、『ショージ』に隔てられた『ヒロエン』の先、短い通路を抜けた奥に覗く岩風呂の湯気が見えた。
「わぁっ!」
はしゃいだソニアが駆け寄ってくると、ダンデは遮るものとてない最上階の客室に、豪華に設えられた広い露天風呂を背に、ニカッと笑う。
「どうだ? 広いだろう」
「うんうん、これなら大勢で入れそうだね!」
うきうきと言うソニアを見下ろして、ダンデの黄金の瞳がすっと細められる。それから素早く、けれどやわらかにソニアの腰を引き寄せた。
「もちろんポケモンとも入れる。だがまず、オレと一緒に入ろうぜ」
「えっ、やだ!」
反射的に言って、ソニアは真っ赤になる。恋人になってまだ数日の初々しい反応に、ダンデはめげることなくさらに笑った。
「心配いらないぜ。誰にも見えない。最上階だからな」
「だ、ダンデくんに見られるでしょ!」
「目をつぶればいいか?」
「ダメ! っていうか、電話でも言ったけど、付き合ったばっかじゃん、わたしたち……っ」
「もう、二十年近く一緒なんだが……」
「幼馴染の期間はノーカンです!」
「ソニア……」
「わっ、ちょ、いい声……っじゃなくてダメ!」
ぐいぐいと迫ってくるダンデを必死に押しのけて、ソニアは手足をばたつかせる。ダンデはソニアを抱きしめながら、仕方がないな、と呟いた。
「ポケモンと一緒でもいいぜ」
「なんでそれが妥協案みたいな顔してんの!」
「これ以上は譲歩できない。これは、ソニアによって傷つけられたオレに対する賠償行為なんだからな」
「う~、ひきょうものぉ」
唸りながらも、ソニアとてなんの覚悟もなく恋人の誘いに乗ったつもりはない。お互いの気持ちを確認し合ってすぐに、とんとん拍子過ぎるとは思うけれど、ダンデの言う通り、もう付き合いは長いのだ。
今更、デートをして好みを探り合い、手を繋いでキスをして……などというまどろっこしいことをする必要はない。余人の付け入る隙もないほど親密な幼馴染同士だった彼らは、初々しい恋人の期間をすでにすっ飛ばしている。
つまるところダンデとソニアに残された『親密さ』は、互いを暴き合う行為しかない。
そう思ったソニアだからこそ、性急すぎる恋人の誘いに渋々乗っかったのだ。けれどこの『渋々のポーズ』すら、付き合いの長い幼馴染にはお見通しなのかもしれない。お互いを知り尽くした恋人というのは、なかなか厄介だ。
「誰と入る?」
ソニアから手を離したダンデが、ボールホルダーへと向かう。ソニアは火照ったほほをこっそり仰ぎながら、露天風呂の規模を見やった。
人間換算すれば、十人は余裕で入れそうな大きさだが、大型ポケモンではなかなか厳しい。入れて二体かな、と思い、ソニアは明るい声で答えた。
「じゃあ、いまはオノノクスとドラパルト。夕飯の後はリザードンとワンパチ。明日の朝は……」
「はいはい、順番だな」
どうせ、あと数日はここにいられる。その間、ゆっくりとポケモンたちとの時間を持てばいい。ダンデが優しく笑うと、ソニアもにっこりとほほ笑んだ。
「うん。ありがと、ダンデくん。みんなと一緒にいられる時間、嬉しいよ」
「オレとは?」
すかさず問うてくるダンデに、ソニアはくすくすと笑った。笑いながら近づいて、こころなしか膝を折る恋人のほほにくちづける。
「もちろん。最高に嬉しいよ」
「よかったぜ」
そのまま顔の向きを変え、くちびるを塞ごうとするダンデの手からするりとボールを取り上げて、ソニアはポンっとそれを投げる。
「オノノクス、ドラパルト、お風呂だよ~」
「……」
楽し気に出てきた手持ちたちの様子に、ダンデは肩を落として首を振った。
「……チャンピオンタイムはこれからだぜ」
そのつぶやきは、ポケモンたちとはしゃいで風呂に向かうソニアへは届かない。ダンデはキビキビと動くと、用意のモノを取りにキッチンブースへと向かった。
******
「わぁ~、すごい!」
オノノクスと並んで岩風呂の先に身を乗り出すと、そこからはるか下界が見渡せる。キルクスタウンの中でも高い場所に位置するホテルの最上階からは、眩く光る雪景色の街並みが一望できて、落ちかけた夕日の色が映るその光景は、感嘆するほど美しかった。
「きれいだね、オノノクス」
「ぎゃう」
楽しげな女子同士がはしゃぐ傍らで、ドラパルトとドラメシアも湯船に浸かってふよふよと浮かんでいる。その背後から、ざぶりとお湯の揺れる音がした。
「ソニア」
彼女の厳命で、時間差で風呂にやってきたダンデの呼びかけに、ソニアは気恥ずかしそうに振り返る。乳白色の湯船の中、褐色の肌を光らせたダンデは、にっこり笑って手元を示した。
「キルクスの地酒、飲もうぜ」
「えっ」
見ると、『オケ』の中にある『オチョコ』と『トックリ』。どこまでも異国情緒を演出するホテルのホスピタリティに、ソニアは戸惑いを忘れてざぶざぶと湯を渡っていく。肩まで湯に浸かり、最低限の恥じらいを残しているとはいえ、結局たいした警戒を見せない幼馴染の気安さに、ダンデは満足そうにほほ笑んだ。
「うわ~、これこれ! ダンデくん、よく銘柄知ってたね」
「ん? キルクスのおススメの酒、で検索したやつだぜ」
「なんだ、わたしの好みを知ってたわけじゃないんかい」
軽口を叩きながらも、ソニアはうきうきとオチョコに手を伸ばす。ダンデは彼女のためにトックリを傾けて、滑らかな液体で杯を満たした。嬉しそうなソニアも、同じようにダンデに注いでやると、ふたりは悪戯っぽく目を合わせて軽く杯を上げる。
「いろいろと、お疲れさまでした」
「お互いにな」
最近の諸々をすべて水に流すように、ソニアとダンデはそろってオチョコを傾けた。ホウエン風の醸造法を取り入れた、キルクスの芳醇な地酒の旨味が喉を焼き、ソニアは思わずくぅ~っと声を上げる。
「はぁ~っ! この一杯のために生きてる!」
「ははは。好きだな、ソニア」
「うん、エールとかよりわたしは断然こっちだなぁ。いつか本場ホウエンに行って、思う存分飲み比べしたいなぁ」
「行くか?」
「うん?」
「新婚旅行で」
「っ!」
思わずオチョコを取り落としそうになったソニアが、慌てて目を上げる。湯気の立つ温泉に総身を浸したダンデは、くつろいだ様子でとろんとソニアを見つめていた。
ソニアは思わず、湯から出ているすべての肌を真っ赤にする。
「だ、ダンデくん、酔ってる?」
「まさか。一杯目だぜ」
「え、えぇ~、じゃあ……本気?」
「当然だろ」
「えぇ~……あのさ、あの、なんっべんも言うけども……」
「恋人になってまだ二日目。オレも何度も言うが……」
「幼馴染として過ごして二十年。わかってる、わかってるけど……」
しどろもどろになるソニアに、ダンデは黄金の瞳を細めた。それはどこまでも優しい、慈しむような眼差しで、言葉や態度は性急なのに、決してソニアを追い詰めようとはしない。
ダンデはただ、待っている。ソニアの準備が整うのを。
結論なんぞ、端から知っている、とでも言いたげな、傲慢ですらあるその余裕に、ソニアはぶつぶつと悔しげにくちびるを尖らせた。
「なんだよその顔はぁ……もう、マイペースばか」
「マイペースはいいが、馬鹿はないだろ」
「こうと決めたら一直線すぎる! もっとこう、情緒とか、ムードとか……」
「情緒やムードを出してもいいが……」
「わっ、いい、いいです!」
きらりと光る捕食者のような金の色に、ソニアは慌てて前言を撤回した。さすがに何度も墓穴は掘らないな、と、ダンデは感心しながら天を仰ぐ。きららかな星々が輝いていた。
「……正味な話、ね」
「うん?」
ちびちびとオチョコを傾けていたダンデが、ちらりとソニアの方を見やる。彼女は、もうずいぶんなペースでトックリを空けながら、滑らかな白い肩に乳白色の雫を滑らせ、黄昏色のおくれ毛に指を絡めていた。その恥じらう様子に、思わずダンデの喉が鳴る。
「……ダンデくんと、その……結婚するのは、嬉しい。望むところ」
真っ赤に染まったほほで囁くソニア。ダンデはもはや、全身を上気させる彼女から目が離せない。
「だってずっと好きだったし……でもまさか、ダンデくんも同じ気持ちでいてくれたなんて思ってもみなかったから、なんかまだ現実感がないっていうか……」
「……」
「漠然と、結婚したいなあっては思ってたけど、具体的にって言われると、色々と追い付かなくて……」
「……」
「例えば、仕事とか、住む場所とか……あっ、そうだよ、マスコミとか、どうするの? 最大限透明性を担保する、って言っちゃったけど、全部公表するの? タイミング的にまずくない?」
「……」
「わたしとホップのゴシップが出てすぐだし、削除されたとはいえ、印象は悪いよねぇ……。ダンデくんの仕事に差し支えたら申し訳ないし、やっぱりもうちょっと時機を見て……きゃっ!」
ざぶり、とおおきく水面が揺れて、トックリを乗せたオケが流れていく。ソニアがそちらに気を取られた瞬間、彼女の身体はすっぽりとダンデの腕の中にあった。
「わわっ、ダンデくん!?」
お互いに、着ているもののない状態での抱擁は、その肌の感触がダイレクトに伝わる。鍛え抜かれた硬い胸筋に押し付けられて、ソニアのやわらかな身体はくんにゃりと形を変えていた。
「だ、ダンデくん、ちょ……っ」
「ソニア」
「は、はい」
ドキドキと、早鐘のような鼓動が伝わる。これが自分の胸から出ているのか、ダンデのそれが伝わっているのか、もはや混然一体としすぎていてわからない。
ダンデは滑らかなソニアの肌を感じながら、切羽詰まったような声で言った。
「ズバッとはっきり言うぜ! ソニア、いますぐオレと結婚してくれ!!」
「えっ、あ、はい!」
「よし!」
反射的に答えたソニアは、嵐のような勢いでダンデの腕に引き寄せられた。そのまま、膝裏と背中に手を入れられて、気づいた時にはざぶりと湯から立ち上がっている。ダンデに抱えられたままで。
「ひゃぁっ!? ちょ、まっダっ」
びしょ濡れのタオルがぼちゃりと落ちる。ソニアは生まれたままの姿でダンデに横抱きにされ、ずんずんと歩く彼の勢いに声を上げた。
「ダンデっ、ダンデくっ、ちょっとぉ!!」
「すまん、ソニア」
「はぁっ?」
「もう限界だ」
「っ」
率直に言われると、ソニアだって察するものがある。真っ赤になってダンデに抱き着き、せめて彼の目から逃れようとする彼女の挙動に、ダンデはさらにペースを上げた。無駄に広い部屋だな、クソッ。
「だ、ダンデく、オノノクスたち……」
「勝手にボールに戻る」
「あの、わたし」
「ソニア」
「ひゃい」
「きみが選んでくれ」
「へっ?」
ここにきて、まさか拒否権をくれるのか、とソニアが目を丸くする。でも、物慣れない彼女に、この場面で『いい』も『いや』も言えるはずがない。
猛烈な恥ずかしさに涙目になったソニアの耳に、ダンデの低い囁きが落ちた。
「和室か、洋室か」
「は」
「二秒で、答えてくれ」
そんな紳士的なことを言いながらも、結局ダンデは一秒も待たずに寝室へと消えた。
部屋は全体的に広く、香ばしいような特徴的な香りの立つ『タタミ』というものが敷き詰められている。靴を脱いでそのふかふかとした感触を楽しんでいたソニアは、物珍しそうにきょろきょろとあたりを見回した。
「わ、部屋がみっつもある。え~、どこで寝ようかなぁ」
キングスサイズのベッドが備え付けの広々とした洋室と、採光を抑えた趣のある、エキゾチックな和室の寝室と。『ハネブトン』の心地よさに誘われるように、ソニアはうす暗い和室の方へ身を乗り出した。
「どこでも、好きなところでいいぜ」
メインルームの奥にある、洋風のキッチンブース(バーカウンターや氷菓、果物などの収まった冷蔵庫、ウォーターサーバーや電子レンジなどの家電も常備されている)でなにやらごそごそとしているダンデの言葉に、ソニアはちょっぴりドキドキしながらジト目になった。
「……ダンデくんは、どっちで寝るの?」
「ん~?」
鼻歌を零しながら、答えを曖昧にする。にゃろう、と赤くなりながらも、ソニアは部屋の探検を再開した。
おおきなドレスルーム、清潔なレストルーム、シャワーの供えられた広い浴室。注意書きを見ると、水道から流れるお湯は天然温泉成分を有しているらしい。内風呂でも温泉に入れるなんて、とソニアが目をきらきらさせたとき、メインルームの方からダンデが声をかけてきた。
「ソニア、こっち」
「はぁい」
うきうきと振り返れば、メインルームの窓際、『ショージ』に隔てられた『ヒロエン』の先、短い通路を抜けた奥に覗く岩風呂の湯気が見えた。
「わぁっ!」
はしゃいだソニアが駆け寄ってくると、ダンデは遮るものとてない最上階の客室に、豪華に設えられた広い露天風呂を背に、ニカッと笑う。
「どうだ? 広いだろう」
「うんうん、これなら大勢で入れそうだね!」
うきうきと言うソニアを見下ろして、ダンデの黄金の瞳がすっと細められる。それから素早く、けれどやわらかにソニアの腰を引き寄せた。
「もちろんポケモンとも入れる。だがまず、オレと一緒に入ろうぜ」
「えっ、やだ!」
反射的に言って、ソニアは真っ赤になる。恋人になってまだ数日の初々しい反応に、ダンデはめげることなくさらに笑った。
「心配いらないぜ。誰にも見えない。最上階だからな」
「だ、ダンデくんに見られるでしょ!」
「目をつぶればいいか?」
「ダメ! っていうか、電話でも言ったけど、付き合ったばっかじゃん、わたしたち……っ」
「もう、二十年近く一緒なんだが……」
「幼馴染の期間はノーカンです!」
「ソニア……」
「わっ、ちょ、いい声……っじゃなくてダメ!」
ぐいぐいと迫ってくるダンデを必死に押しのけて、ソニアは手足をばたつかせる。ダンデはソニアを抱きしめながら、仕方がないな、と呟いた。
「ポケモンと一緒でもいいぜ」
「なんでそれが妥協案みたいな顔してんの!」
「これ以上は譲歩できない。これは、ソニアによって傷つけられたオレに対する賠償行為なんだからな」
「う~、ひきょうものぉ」
唸りながらも、ソニアとてなんの覚悟もなく恋人の誘いに乗ったつもりはない。お互いの気持ちを確認し合ってすぐに、とんとん拍子過ぎるとは思うけれど、ダンデの言う通り、もう付き合いは長いのだ。
今更、デートをして好みを探り合い、手を繋いでキスをして……などというまどろっこしいことをする必要はない。余人の付け入る隙もないほど親密な幼馴染同士だった彼らは、初々しい恋人の期間をすでにすっ飛ばしている。
つまるところダンデとソニアに残された『親密さ』は、互いを暴き合う行為しかない。
そう思ったソニアだからこそ、性急すぎる恋人の誘いに渋々乗っかったのだ。けれどこの『渋々のポーズ』すら、付き合いの長い幼馴染にはお見通しなのかもしれない。お互いを知り尽くした恋人というのは、なかなか厄介だ。
「誰と入る?」
ソニアから手を離したダンデが、ボールホルダーへと向かう。ソニアは火照ったほほをこっそり仰ぎながら、露天風呂の規模を見やった。
人間換算すれば、十人は余裕で入れそうな大きさだが、大型ポケモンではなかなか厳しい。入れて二体かな、と思い、ソニアは明るい声で答えた。
「じゃあ、いまはオノノクスとドラパルト。夕飯の後はリザードンとワンパチ。明日の朝は……」
「はいはい、順番だな」
どうせ、あと数日はここにいられる。その間、ゆっくりとポケモンたちとの時間を持てばいい。ダンデが優しく笑うと、ソニアもにっこりとほほ笑んだ。
「うん。ありがと、ダンデくん。みんなと一緒にいられる時間、嬉しいよ」
「オレとは?」
すかさず問うてくるダンデに、ソニアはくすくすと笑った。笑いながら近づいて、こころなしか膝を折る恋人のほほにくちづける。
「もちろん。最高に嬉しいよ」
「よかったぜ」
そのまま顔の向きを変え、くちびるを塞ごうとするダンデの手からするりとボールを取り上げて、ソニアはポンっとそれを投げる。
「オノノクス、ドラパルト、お風呂だよ~」
「……」
楽し気に出てきた手持ちたちの様子に、ダンデは肩を落として首を振った。
「……チャンピオンタイムはこれからだぜ」
そのつぶやきは、ポケモンたちとはしゃいで風呂に向かうソニアへは届かない。ダンデはキビキビと動くと、用意のモノを取りにキッチンブースへと向かった。
******
「わぁ~、すごい!」
オノノクスと並んで岩風呂の先に身を乗り出すと、そこからはるか下界が見渡せる。キルクスタウンの中でも高い場所に位置するホテルの最上階からは、眩く光る雪景色の街並みが一望できて、落ちかけた夕日の色が映るその光景は、感嘆するほど美しかった。
「きれいだね、オノノクス」
「ぎゃう」
楽しげな女子同士がはしゃぐ傍らで、ドラパルトとドラメシアも湯船に浸かってふよふよと浮かんでいる。その背後から、ざぶりとお湯の揺れる音がした。
「ソニア」
彼女の厳命で、時間差で風呂にやってきたダンデの呼びかけに、ソニアは気恥ずかしそうに振り返る。乳白色の湯船の中、褐色の肌を光らせたダンデは、にっこり笑って手元を示した。
「キルクスの地酒、飲もうぜ」
「えっ」
見ると、『オケ』の中にある『オチョコ』と『トックリ』。どこまでも異国情緒を演出するホテルのホスピタリティに、ソニアは戸惑いを忘れてざぶざぶと湯を渡っていく。肩まで湯に浸かり、最低限の恥じらいを残しているとはいえ、結局たいした警戒を見せない幼馴染の気安さに、ダンデは満足そうにほほ笑んだ。
「うわ~、これこれ! ダンデくん、よく銘柄知ってたね」
「ん? キルクスのおススメの酒、で検索したやつだぜ」
「なんだ、わたしの好みを知ってたわけじゃないんかい」
軽口を叩きながらも、ソニアはうきうきとオチョコに手を伸ばす。ダンデは彼女のためにトックリを傾けて、滑らかな液体で杯を満たした。嬉しそうなソニアも、同じようにダンデに注いでやると、ふたりは悪戯っぽく目を合わせて軽く杯を上げる。
「いろいろと、お疲れさまでした」
「お互いにな」
最近の諸々をすべて水に流すように、ソニアとダンデはそろってオチョコを傾けた。ホウエン風の醸造法を取り入れた、キルクスの芳醇な地酒の旨味が喉を焼き、ソニアは思わずくぅ~っと声を上げる。
「はぁ~っ! この一杯のために生きてる!」
「ははは。好きだな、ソニア」
「うん、エールとかよりわたしは断然こっちだなぁ。いつか本場ホウエンに行って、思う存分飲み比べしたいなぁ」
「行くか?」
「うん?」
「新婚旅行で」
「っ!」
思わずオチョコを取り落としそうになったソニアが、慌てて目を上げる。湯気の立つ温泉に総身を浸したダンデは、くつろいだ様子でとろんとソニアを見つめていた。
ソニアは思わず、湯から出ているすべての肌を真っ赤にする。
「だ、ダンデくん、酔ってる?」
「まさか。一杯目だぜ」
「え、えぇ~、じゃあ……本気?」
「当然だろ」
「えぇ~……あのさ、あの、なんっべんも言うけども……」
「恋人になってまだ二日目。オレも何度も言うが……」
「幼馴染として過ごして二十年。わかってる、わかってるけど……」
しどろもどろになるソニアに、ダンデは黄金の瞳を細めた。それはどこまでも優しい、慈しむような眼差しで、言葉や態度は性急なのに、決してソニアを追い詰めようとはしない。
ダンデはただ、待っている。ソニアの準備が整うのを。
結論なんぞ、端から知っている、とでも言いたげな、傲慢ですらあるその余裕に、ソニアはぶつぶつと悔しげにくちびるを尖らせた。
「なんだよその顔はぁ……もう、マイペースばか」
「マイペースはいいが、馬鹿はないだろ」
「こうと決めたら一直線すぎる! もっとこう、情緒とか、ムードとか……」
「情緒やムードを出してもいいが……」
「わっ、いい、いいです!」
きらりと光る捕食者のような金の色に、ソニアは慌てて前言を撤回した。さすがに何度も墓穴は掘らないな、と、ダンデは感心しながら天を仰ぐ。きららかな星々が輝いていた。
「……正味な話、ね」
「うん?」
ちびちびとオチョコを傾けていたダンデが、ちらりとソニアの方を見やる。彼女は、もうずいぶんなペースでトックリを空けながら、滑らかな白い肩に乳白色の雫を滑らせ、黄昏色のおくれ毛に指を絡めていた。その恥じらう様子に、思わずダンデの喉が鳴る。
「……ダンデくんと、その……結婚するのは、嬉しい。望むところ」
真っ赤に染まったほほで囁くソニア。ダンデはもはや、全身を上気させる彼女から目が離せない。
「だってずっと好きだったし……でもまさか、ダンデくんも同じ気持ちでいてくれたなんて思ってもみなかったから、なんかまだ現実感がないっていうか……」
「……」
「漠然と、結婚したいなあっては思ってたけど、具体的にって言われると、色々と追い付かなくて……」
「……」
「例えば、仕事とか、住む場所とか……あっ、そうだよ、マスコミとか、どうするの? 最大限透明性を担保する、って言っちゃったけど、全部公表するの? タイミング的にまずくない?」
「……」
「わたしとホップのゴシップが出てすぐだし、削除されたとはいえ、印象は悪いよねぇ……。ダンデくんの仕事に差し支えたら申し訳ないし、やっぱりもうちょっと時機を見て……きゃっ!」
ざぶり、とおおきく水面が揺れて、トックリを乗せたオケが流れていく。ソニアがそちらに気を取られた瞬間、彼女の身体はすっぽりとダンデの腕の中にあった。
「わわっ、ダンデくん!?」
お互いに、着ているもののない状態での抱擁は、その肌の感触がダイレクトに伝わる。鍛え抜かれた硬い胸筋に押し付けられて、ソニアのやわらかな身体はくんにゃりと形を変えていた。
「だ、ダンデくん、ちょ……っ」
「ソニア」
「は、はい」
ドキドキと、早鐘のような鼓動が伝わる。これが自分の胸から出ているのか、ダンデのそれが伝わっているのか、もはや混然一体としすぎていてわからない。
ダンデは滑らかなソニアの肌を感じながら、切羽詰まったような声で言った。
「ズバッとはっきり言うぜ! ソニア、いますぐオレと結婚してくれ!!」
「えっ、あ、はい!」
「よし!」
反射的に答えたソニアは、嵐のような勢いでダンデの腕に引き寄せられた。そのまま、膝裏と背中に手を入れられて、気づいた時にはざぶりと湯から立ち上がっている。ダンデに抱えられたままで。
「ひゃぁっ!? ちょ、まっダっ」
びしょ濡れのタオルがぼちゃりと落ちる。ソニアは生まれたままの姿でダンデに横抱きにされ、ずんずんと歩く彼の勢いに声を上げた。
「ダンデっ、ダンデくっ、ちょっとぉ!!」
「すまん、ソニア」
「はぁっ?」
「もう限界だ」
「っ」
率直に言われると、ソニアだって察するものがある。真っ赤になってダンデに抱き着き、せめて彼の目から逃れようとする彼女の挙動に、ダンデはさらにペースを上げた。無駄に広い部屋だな、クソッ。
「だ、ダンデく、オノノクスたち……」
「勝手にボールに戻る」
「あの、わたし」
「ソニア」
「ひゃい」
「きみが選んでくれ」
「へっ?」
ここにきて、まさか拒否権をくれるのか、とソニアが目を丸くする。でも、物慣れない彼女に、この場面で『いい』も『いや』も言えるはずがない。
猛烈な恥ずかしさに涙目になったソニアの耳に、ダンデの低い囁きが落ちた。
「和室か、洋室か」
「は」
「二秒で、答えてくれ」
そんな紳士的なことを言いながらも、結局ダンデは一秒も待たずに寝室へと消えた。
