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SCANDAL-EXTRA② Chapter6直前の朝

2025/12/28 15:12
【お題】ダンデ×ソニア



 二月のガラルは、冬の終盤。けれども、春というにはまだ寒さは厳しく、天気によっては戸外の作業は熾烈を極める。
 けれどもこの日はうってつけの上天気で、冷たい風の中にもどこか春の到来を予感させる、甘い香りが含まれていた。
 牧場のそこここに根雪が残る傍らで、日の当たる草地では可愛らしいスノードロップが白く光る。紫や黄色のクロッカスのつぼみも見えて、こころが浮き立つような、まさにウールー日和。
「あらま」
 そんな日に、突然顔を見せた長男の姿に、彼女は驚く金の瞳を瞠った。
「ただいま」
 どこか照れ臭そうに言って、ダンデは母の顔を窺う。こんな朝早くに、前触れもなく帰ってくるなど珍しい。これはなにかあったなと、母親の勘が囁いた。
 疲れたような顔をしているが、こころなしか充足感が見える。なにか難しいことを成し遂げたような、そんな息子の様子に、彼女は穏やかな笑みを浮かべた。
「珍しいわねえ、いきなり帰ってくるなんて。仕事はいいの?」
「ああ、だいじょうぶ。ところで、ホップは?」
 窺うようなダンデの仕草に、母親はキッチンへと立ち戻りながら答えた。
「今日は用事があるって、朝から出かけたわよ。このごろ忙しそうなのよね、あの子」
「そうか……」
 呟いて、ダンデは母の背を追いかけながらキッチンに入る。そこには、鼻腔をくすぐるホットベリータルトの甘い匂いが充満していた。
「この匂い……そうか、今日はウールーの日か」
 ダンデの家の冬の風物詩。本格的な毛刈りの前に、冬の間に蓄えたウールーの毛を整えたり、健康状態を軽くチェックする一日。
 ダンデの理解に、母親はてきぱきと立ち働きながら言った。
「そうよ、今日はいいお天気だし、ご近所さんも総出で手伝ってくれるのよ」
「オレも手伝うぜ」
「いいわよ、疲れてるんでしょ。たまの帰省の時くらいゆっくりしなさい」
 母親が言うと、ダンデは苦笑じみた笑みを浮かべた。
「最近は、デスクワークや人との折衝ばかりで身体が鈍ってるんだ。運動がてら、久々にうちのウールーとも触れあいたいぜ」
「そう? ……なにか、用事があって帰ってきたんじゃないの?」
 探るような母親の問いに、ダンデはちょっと言葉に詰まる。それから子供のように破顔した。
「さすが母さん! ごまかせないな」
「ごまかす気もないんでしょうに。さあ、なにがあったのか話しなさい、ダンデ」
 幼い頃から親元を離れ、普通の子供が経験しないような過酷な世界を生き抜いた息子は、年齢よりもずっと大人びている。一家の大黒柱としての重責も担い、家族を守り続けてきた彼が、こんなふうにもの言いたげな顔をするときは、よほどの事情があるときだ。
 母親の静かなまなざしの先で、彼女の色と瓜二つの黄金の瞳を返した長男は、少し考えるふうに沈黙してから言った。
「……ちょっと、面倒なことが起きたんだ。だけど、それはもう解決する。心配はいらない」
「端折らないでちょうだい、ダンデ。それじゃわからないわ」
 呆れたような母親の言葉に、ダンデは困ったように苦笑する。
「母さんは別に、知らなくてもいいことなんだ。でも、もしも……」
 そう言って言葉を区切るダンデに、母親は少し呆れて肩を竦めた。
「……ダンデ、あなたの悪い癖よ、それ」
「え?」
「そうやって、なんでも自分だけで解決しようとして。周りに心配をかけまいとする姿勢は、かえって心配をかけるのよ」
「う……」
 ズバリとした言葉に、ダンデが絶句する。母親は、やれやれと眉を上げた。
「大方、好きな子相手にもそんなふうなんでしょ。そのうち、愛想をつかされても知らないからね」
「か、母さん」
 突然の話題に動揺し、ダンデが上ずった声を上げる。母親の前で、すっかり年相応の顔に戻った彼を見上げて、母親は慈しむような微笑を浮かべた。
「母さんは知らなくてもいいことなのね?」
 念を押すように言われて、ダンデは面映ゆそうにほほ笑む。
「ああ、いまは。ただ……もしかして、あとでソニアが来るかもしれない」
「ソニアちゃん?」
「うん。もし来なかったら……いや、多分来る。ホップと一緒かはわからないけど。そしたら、オレもソニアと話がしたい」
 謎かけめいたことを言う長男を見上げて、母親は呆れたようにため息をついた。
「まったく……。思わせぶりな男は嫌われるわよ、ダンデ」
「はは……」
「ことに、ソニアちゃんみたいな子には、ズバッとはっきり言った方が効くんだからね」
「えっ」
 思いがけない言葉に、ダンデがぎょっと目を丸くする。母親はタルトを仕上げる手を止めずに、やれやれと首を振った。
「まったくもう。子供のころの方がちゃんとしてたわよ、あなたは。ウールー小屋で、ソニアちゃんと仲良くくっついてたの、知らないと思ってた?」
「わ、えっと」
「どさくさ紛れにソニアちゃんを独り占めして、ご満悦だったころの方がよっぽど素直よ」
「母さん、勘弁してくれ……」
 とうとう真っ赤になって顔を覆ったダンデに、母親は清々しい笑い声をあげる。
「なんにせよ、ソニアちゃんが来たら、あなたのことを話してあげるから。今日はキリキリ働いてちょうだい」
「ゆっくりしろって言ってたくせに……」
 拗ねたように呟いたダンデの囁きを拾い、母親は最高の笑顔を返した。
「ソニアちゃんとくっついて離れなくて、眠るあの子のほっぺにキスしてた写真、ご近所さんにばら撒こうか?」
「オレのツナギ、まだあるよな!?」
 急いで踵を返したダンデが、どたばたと階段を上がっていく。その後ろ姿にクックッと人の悪い笑みを向けながら、母親は美味しいタルトを作り続けた。
 今日のお茶の時間には、きっとたくさん人が集まるわ。
 弾むような胸で、そう囁きながら。



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