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ダンソニ中編【SCANDAL Epilogue】

2025/12/26 14:11
【お題】ダンデ×ソニア


 青空を背景にした、広大なバトルタワーのバトルコート。
 その中央にたたずむ、ひとりの青年。
 ガラル貴族風の乗馬服を模した臙脂色のスーツを着こなし、凛然と立つその姿へと、カメラはゆっくりと近付く。黒いキャップを手に、口元を隠した彼の黄金のまなざしが、挑戦的に細められた。
「――ガラルの皆さん、こんにちは。ポケモンリーグ委員長、ダンデです」
 ゆっくりと、丁寧な口調で語る。チャンピオン時代の派手なマイクパフォーマンスとも違う、落ち着いた雰囲気の彼は、真っ直ぐにカメラへと対峙して、その胸を張った。
「本日は、皆さんに大切なお知らせをお伝えするべく、このような動画を撮影しました。これは、リーグ公式チャンネルを通じて、テレビとネットの同時配信を行っています」
 静かな語り口調だが、その黄金の瞳は、まるでバトルに挑むように苛烈な輝きを放っている。ダンデの静けさは、むしろ不気味なほどの迫力を示していた。
「――さて。ご存知の方も多いかと思いますが、ここ最近、ポケモンバトルに関わる者たちを対象に、ネット上で真偽不明なニュースが取り扱われていました」
 ダンデの口元からキャップが外れる。
「それらの多くは、倫理に悖る虚偽でありながら、なんの制裁もなく『噂』として拡散されています。事実確認を経ず、一方的な『取材』と称するつきまとい行為によって、つぎはぎの映像や発言による印象操作がなされていました」
 ダンデの精悍な口元が引き結ばれ、その瞳の明度が下がる。
「私たちポケモンリーグは、これらの行為を長い時間をかけて精査し、その違法性を明確にしました。今後、ポケモンリーグ並びにマクロコスモスグループは、事実確認を経ない報道には、断固とした姿勢で反対します」
 ダンデの映像の傍らに、ガラルのインフラ、経済を支える名だたる企業が名を連ねた共同声明の文言が差し込まれる。
「また、現在ネット上に散見されるポケモンリーグ及びチャレンジャー、その関係者らに対する根拠の定かではない情報、記事に関して、速やかな撤回、削除がなされない場合、一両日中に内容証明郵便による警告書を送付し、リーグの顧問弁護士との協議を行います。なお、現在までネット上に存在するログはリーグで保全しており、不正編集の証拠も確保しています」
 淡々と語るダンデの瞳は、画面の向こうに狙いを定めた捕食者のように、静かに、しかし決して逸らされることはなかった。
「さらに、特に悪質だと目される虚偽情報については、正式に法的根拠による措置をとり、すべて公式な情報として開示する用意があります。これらは現在までの情報には行使しません。一両日中の是正を求めます」
 それから、ダンデは一瞬だけ瞳を伏せ、にやりとくちびるを曲げる。笑顔というには圧の強い、王者の睥睨がそこにはあった。
「――オレからの警告は以上。今後は、透明性の担保された、開かれたポケモンバトルを、リーグ委員長として約束するぜ」
 その締めの言葉にかぶせるように、国民に愛されたかつての王者は、ニッと太陽のような笑顔を浮かべる。
 そのまま、画面はなんの脈絡もなくブラックアウトした。

「――……」

 次の瞬間、パッと切り替わったスポンサーのコマーシャル。そのわざとらしいほどの明るさと、ポケモンたちの陽気な映像が、かえってうそ寒く感じて、ソニアはぶるりと背筋を震わせた。
「……恐怖映像だったね」
 ぽつりと呟いたユウリの言葉に、静まり返っていた研究所の時が動く。
 彼女の傍らで、思わず詰めていた息を吐いたホップが、深呼吸してから言った。
「とんでもない圧を感じたぞ……アニキ、マジモードだな」
「うぅ~、チャンピオンシップを思い出したよぉ。あの時のダンデさんの目力と、まんま一緒だった」
「普段が普段だからな、ああいう目を向けられると、ゾッとするんだぞ」
「そうだよねえ。でも、これでダンデさんの本気が、ガラル全土に示されたわけで……」
 言いながら、ユウリがちらりとソニアを見やる。ソニアは青白い顔をしながらも、安堵したように頷いた。
「そうね。これで、ユウリたちの記事も、わたしの記事もきれいに削除されるはず。今後も、いままでみたいな無茶苦茶なゴシップは控えられるんじゃないかな」
「完全に消滅するのは難しいだろうけどな。でも、リーグの正式な声明を発表したのはでかいぞ。十年以上前に、ローズ前委員長がテレビや雑誌の報道を規制したのと同じように、これからはネットの方もだいぶ整ってくるはずだな」
 ホップがマグカップを傾けながら言う。ソニアは、自分たちの時代にローズが整えてくれた道を、今度はダンデが踏襲するということに、なんともいえない感慨を感じていた。
「それにしても……アニキ、いつの間にこんな大掛かりなこと準備してたんだ?」
 ホップの疑問に、ぼんやりしていたソニアがハッとする。それから、ワンパチ型マグカップの縁にくちびるをつけながら苦笑した。
「なんかね、ずいぶん前から問題視はされてたみたい。ほら、ホップも言ってたでしょ。ジムチャレンジャーにもつきまとって噂を集めるような、強引なやつもいるって」
「そうなんですよね。わたしたちの時もいたし、最近はもっと露骨になってきてて、リーグでも話は上がってました。でも、色々準備が必要だから、リーグが声明を出すのはもっと先だって聞いてたんだけどなぁ……」
 ユウリが小首を傾げている傍らで、ホップは素知らぬ顔のソニアをちらりと見やる。
「……ソニア、なんか知ってるだろ」
「え~? 知らないよ?」
「嘘だな、その顔は……あぁもしかして、一週間くらい前のアニキとのケンカがきっかけか? あの時は確か……性懲りもなく、アニキのゴシップが上がってたよな……」
 記憶を手繰るようにホップが呟くのに、ソニアは断固として顔色を変えない。
 実際、ホップの推測は当たっていた。和解したダンデから聞いた話では、ソニアと仲違いをした電話のあと、昼夜を問わず詰めに詰めて、一気にリーグのゴシップ対策を形にしたらしい。
 未だに完全な法整備は難しいネットの世界で、限りなく透明性を担保した情報を管理するには、様々な制約や合理性が必要だった。締め付けが過ぎれば言論の弾圧とも見做され、報道の自由にまで抵触しかねない。ガラルを牽引するポケモンリーグだからこそ、新たなルールの構築には微に入り細を穿つ慎重さが必要だった。
 けれど、ダンデはやってのけた。自分につきまとうゴシップの影にも辟易していたが、なによりも、今後ソニアをはじめとする大切な存在が、ゴシップの矢面に立つのは耐えられないと。
 本気を出したガラルの王様の影響力と行動力に、ソニアは今更ながら舌を巻いた。
「さぁて、それじゃあわたし、そろそろ帰るね。今日は、シュートに戻らなきゃなんだ」
 その時、時計を見やったユウリが、ほんわかと言った。
「そっか。じゃあ、オレ送ってくぞ」
 当たり前のように立ち上がって、ユウリの荷物と一緒に、自分のバッグも抱える弟子を見やり、ソニアは細い手を振る。
「はいは~い。研究所は来週末までお休みするから、ホップもゆっくりしてきな~」
「そのつもりだぞ。アカデミアも休暇だしな」
「わ。じゃあじゃあホップ、いっしょにイベント出ようよぉ。チャレンジャー向けのバトル感想戦とか、ジムリーダーとのエキシビジョンマッチとかあるんだよ」
「え、ジムチャレの時期にそんなのやるのか。まあいいけど、オレは無名のトレーナーだから、盛り上がるかわからないぞ」
「だいじょぶだいじょぶ、ジムリのみんなもファイナルに向けた調整試合って感じでいろいろ面白い作戦練ってくるんだよ~。ホップの勉強の成果を出すいいチャンスじゃん!」
「うぅ~ん、いいのかなあ」
 はしゃいだユウリに背を押されながら、ホップも満更ではなさそうな顔で研究所を後にする。それを見送ったソニアは、さてと、と呟いた。
「わたしもようやく、ゆっくり休暇だな~」
 校了後のご褒美、疲れ切った心身を休めるお楽しみを、ようやく果たすことができる。
 二月のガラルはまだまだ寒い。身も心もゆっくり癒すには、キルクスタウンの温泉が一番……

《ロトロトロト~、ダンデから着信ロト~》

「……」
 ちょうどいいタイミングの着信に、ソニアは思わずジト目でロトムを見やった。
 いつもいつも、狙ったように連絡を寄こす幼馴染……出来立てほやほやの恋人に、ソニアは嬉しさ半分、照れくささ半分でほほを染める。
「……ハイ、ダンデくん」
 いつもの癖で、ちょっとだけ意地っ張りになってしまった硬い声に、ソニアは思わずソーナンス顔になった。恋人になりたての第一声にこれはない。
 けれども、そんなソニアの複雑な乙女心など知らぬげに、ダンデは相変わらずダンデだった。
『ようソニア、元気か?』
 その屈託のない声音に、ソニアはほっと息をつく。先ほどまで見ていた『臨戦態勢のダンデ』の迫力などみじんも感じない爽やかさに、自然と笑みが浮かんだ。
「元気だよ、ってか、昨日会ったばっかでしょ」
『それもそうだな。ところでいまなにしてる?』
 珍しく急かすような問いに、ソニアはう~ん、と呟く。
 本当のことを言ってもいいかな……まあいいか、今更だし。
「いまから荷造りするよ。週末ちょっと出かけるの」
『キルクスか?』
「えっ!? なんで知ってんの!?」
 ぎょっとしてソニアが声を上げる。キルクスの温泉に行くなんて、ホップにも誰にも伝えていないし、今朝思いついたから、まだ宿も取ってないのに……
 そんなソニアの疑問に、ダンデは至極当たり前のようにあっさり答えた。
『数日前に、数か月にわたる仕事を片付けただろ。そういう時、ソニアは少し長めの休みを取る。で、二月のガラルは寒い。ときたら、あったかいところに行くか、温泉に浸かるか……外国に行くには中途半端な休みだから、キルクスに決まったってわけだ』
「……ご明察~。なんなのダンデくん、いつから探偵になったわけ?」
 呆れ半分、賞賛半分でソニアが言う。するとダンデは、嬉しそうに弾んだ声で言った。
『じゃあ、昼すぎに迎えに行くぜ。準備してろよ』
「え?」
『キルクスの宿はもう予約してある。露天風呂付の部屋を取ったぜ』
「は!?」
 どんどんと進む話に、ソニアは慌ててロトムを掴んだ。ダンデの襟首を掴むような勢いで、哀れなロトムに力を込める。
「ちょ、ちょっと待ってダンデくん、聞いてないよ!?」
『いま言ったぜ』
「あ……あのねっ、なんでわたしがダンデくんと、キルクスの宿に泊まるのよ……っ」
『休暇だろ?』
「わたしはひとりで……」
『ソニア……この間の電話で、オレの忠告を頭から無視しただろう。あれは、堪えたぜ……』
「怒ってないって言ったじゃん!!」
『怒ってないが、傷ついたぜ』
 しれっと言うダンデの言葉に、ソニアは真っ赤になってわなわなと震える。恥ずかしいのと、頭に来るのと、でもこころのどこかでは、浮かれている自分を認めたくなくて、精一杯の意地を張った。
「あのねえっ、つ、付き合ってすぐにお泊りするような、軽い女じゃないんですけど、わたし!」
『そうなのか? いい宿なんだが』
「そういう問題じゃ……」
『ポケモンも入れる客室露天風呂』
「……」
『大型ポケモン歓迎、満足のホスピタリティ』
「……」
『ホウエン地方をモデルにした、異国情緒たっぷりの宿だ』
「……うぅ~ズルい!」
 恐ろしいくらいにソニアの急所を理解した攻撃に、ソニアは真っ赤になって唸った。
 ホウエン地方をモデル……ってことは、ホウエン由来のあれやこれやを堪能できる……グラグラと揺れる理性と欲望の狭間で、ソニアの耳はしっとりと色を灯すダンデの声色に追い打ちをかけられた。
『リザードンも、オノノクスたちも楽しみにしてるんだが……ダメか?』
 しゅんと耳を垂れて小首を傾げるワンパチのようなそれに、ソニアはとうとう白旗を上げて項垂れる。
「……キルクスの地酒、めっちゃ飲んでやるぅ……」
『もちろん、サービスに入ってるぜ。ソニアの好きなキルクス料理のコースもな』
「……至れり尽くせりぃ……」
 そう呟いたソニアの言葉に、電話越しのダンデは、蕩ける蜜のような声で言った。
『恋人だからな』
 心底誇らしそうなその声に、ソニアは真っ赤になったまま笑った。



END. ...?

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