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ダンソニ中編【SCANDAL Chapter 7】

2025/12/24 17:16
【お題】ダンデ×ソニア


 ソニアは真っ直ぐに、ホップの家の先にあるウールーたちの小屋へ向かって歩いた。
 遠くの丘を見やると、まだ何十頭かのウールーがひしめいている。半分ほどのウールーは、きれいに毛を梳いて整えられて、ご満悦で小屋に収まったのだろう。向かう先の小屋を見つめながら、ソニアは子供の頃を思い出していた。
 ウールーの冬毛の手入れは、毛刈り前の大切な作業で、毛玉を取ったりブラッシングをしたりと、健康チェックも兼ねつつの一大作業だ。子供ながらに手伝いを買って出ていたダンデとソニアも、もこもこの冬毛をスッキリと整えたウールーの群れを先導したり、小屋に入れて寝藁を世話したりと、一日中てんてこ舞いだった。
 一番気の合う幼馴染、一等大事な友達。そんな距離のダンデは、屈託なくソニアの手を取って走り、ソニアもはしゃぎながら彼の手を握り返した。
 そんな、思い出が。
「……さむっ」
 ひゅうと吹き流れていった二月の風に、ソニアが首を竦める。なにも掴まない手のひらが、ことさらに寂しく思えて、ぎゅっと握った。
 幼い頃のダンデを思い出すと、自動的に現在のダンデの顔が浮かんだ。もう、何日も見ていない。声さえ聞いていない、幼馴染。
 まだ、怒っているのだろうか。最後の電話で、自分がとったひどい態度を思い出して、ソニアはため息をついた。
 結果的に、彼の杞憂は現実となり、不躾に聞き流された忠告は金言だった。一言一句、彼の方に正当性がある。完膚なきまでに、ソニアの負けだ。
 いや、勝ち負けではない。彼は徹頭徹尾純粋に、ソニアとホップのことを心配してくれていた。特に、大切な弟であるホップのことは、ソニアを信頼して任せていてくれたはずで、それを裏切ってしまった後悔が苦い。
 いくらホップが許してくれても、ユウリが気にせずにいてくれても、ホップの母が寛大であってくれても、ダンデとの諍いは、彼との信頼関係に傷をつけるのに十分なものだった。
 どうやって、謝ろうか。
 とぼとぼと歩きながら、ソニアは考える。
 思えば、ダンデとの些細な喧嘩は、あとに引きずらずカラッとしたものばかりだった。その中でも、ほとんどの場合、ダンデの方から歩み寄ってくれた。鷹揚なのか無頓着なのか、ソニアとの気まずさなど吹き飛ばすような勢いで、彼女を振り回し、元の鞘に収まる。
 そんなある種のいい加減さに、頭にくるときもあったけれど。
 彼の優しさ、器の大きさに、どれだけ助けられていたのだろう。これほど苦い諍いを久しぶりに味わいながら、ソニアはじわじわと胸がつぶれる思いだった。
 とにかく……今日中に、連絡しよう。
 忙しいのか、それともわざとソニアを避けているのかはわからないけれど、なんとかアポを取って、謝りに行こう。
 誠心誠意、こころを込めて謝れば、きっと許してくれる……よね?
 不安につぶされそうなこころを吹き飛ばすように、ソニアはぶんぶんと首を振った。そしてそのまま、目の前に迫った小屋の扉に手をかける。少しだけきしむ重い扉は、ソニアの両手の力でやっと開いた。
「お疲れ様で~す」
 中にいる作業者に声をかけると、そこはぐめめぐめめとひしめく冬毛のウールーでいっぱいだった。きちんと柵に囲われたスペースに入る前に、すべてのウールーが寄り集まっている。寝藁の準備は整えられていて、おそらく最後の健康チェックでもしているのか、ウールーの中心地で作業しているらしい人影が見えた。
「あの、休憩どうぞ」
 再び声をかけても、帰ってくるのはウールーの鳴き声だけ。もこもことした毛並みの海の中、作業をしているにしては動きのない影を見やって、ソニアは眉を寄せる。
「よい……っしょ、ちょっとごめんね、通してね~」
 ウールーをかき分けながら、ソニアは中心地へと向かった。仲が良さげにひしめき合ったひつじポケモンは、ソニアの進行を妨げるような、従順に避けるような、勝手気ままな動きで迎える。
 そうしてようやくソニアがウールーの中から顔を出し、中心にいる人物を目にした時。
 彼は、おおきな身体を投げ出して、冬毛のウールーに包まれていた。
「ダンっ……!?」
 思わず叫びそうになって、ソニアが慌てて口を抑える。まさかこんなところで会えるとは思ってもみなかった幼馴染の登場に、ほとんどパニックになった。
 ダンデは、何匹かのウールーが転がるその毛並みに背を預け、目をつぶっている。作業着の白いつなぎの上半身を脱いで、腰のあたりで縛っていた。下に着た黒いシャツは半そでで、見るからに寒そうだったが、ひしめくウールーに温められた小屋の作業ではちょうどいいのだろう。うっすらと汗を浮かべた二の腕が光っている。
 ソニアはなかば呆然と、久しぶりの幼馴染の寝顔に見入っていた。
 ウールーに囲まれて眠るダンデは、背格好こそ大人になったが、寝顔は幼い頃のままだ。相変わらず、冗談みたいに長い睫毛を伏せて、精悍な眉を下げる様子に、思わず微笑みが浮かぶ。
 ソニアはそっと、彼の傍らに膝を折った。穏やかに上下する胸に落ちる、薄明の髪。ポニーテールにしているそれに、ウールーの毛や寝藁があちこち刺さっていて、そろそろと手を伸ばす。
 冷たいダンデの髪に触れて、ソニアはちいさく囁いた。
「ダンデくん……ごめんね」
 眠る彼には素直に言える。そんな意気地のない自分に、ソニアは自嘲するようにため息をついた。
「――なにに対する、『ごめん』だ?」
「っ!」
 思いがけず届いた声に、ソニアがびくっと震える。慌てて目をやると、相変わらず瞳をつぶったダンデが、そのままの様子で再び口を開いた。
「なにに対して謝ってるんだ? ソニア」
「ダンデくん……」
 頑なに瞳を開けない彼の、いつもとは違う拒絶の雰囲気に、ソニアは怖気づく。それでも、口をきいてくれたことが嬉しくて、彼女はギュッと拳を握った。
「……この間の電話。わたし、ダンデくんの忠告を頭から無視して、怒らせちゃって……」
「そんなこと、怒ってない」
 静かに答える。長い睫毛を伏せて、彫刻のように無表情で言うダンデに、ソニアは少しだけ怖くなった。
 彼の傍らに膝をつき、ウールーたちの呼吸音を聞きながら、ソニアはちいさな女の子のように俯く。
「……大事なホップの経歴に、傷をつけちゃった」
「あんなゴシップで傷がつくほど、オレの弟はヤワじゃない」
「……世間の目を甘く見てた」
「そこは反省してほしいけど、ソニアだけが悪いんじゃない」
「……ダンデくん」
「……」
「目、開けて……」
 そっとお願いしても、ダンデは頑なに瞳を瞑ったままだ。彼の不機嫌の原因を当てなければ、きっとあの黄金には会えない。
 ソニアは俯いたままに、弱々しい声で続けた。
「……ホップに相談しないで動いたこと?」
「……」
「ユウリに、チャンピオンに、迷惑かけた……」
「……」
「……自分の力を過信して、突っ走った」
「……」
「……ごめん、なさい……」
 思わず語尾が震えて、ソニアが喉を鳴らす。この上涙を見せてしまっては、恥の上塗りだ。
 ホップには見せられた涙は、けれどダンデには見せられない。
 彼に涙を見せることは、他の誰に見せるよりも、ソニアにとっては決定的なことだった。
 そう思い、ソニアはぐっとくちびるを嚙みしめた。そんな彼女の視線の先で、ダンデの眉がしかめられる。瞳は閉じたままだったが、彫刻のような無表情が崩れたことで、ソニアはほっと安心した。
 ダンデは精悍な眉根を寄せて、それからそっとくちびるを開ける。
「――オレは、怒ってるんだぜ、ソニア」
「……うん。ごめんなさい」
「なんで怒ってるのか、わかってないな」
「え、いま言った……」
「全部外れだ」
 簡潔に言って、ダンデの腕が動く。仰向けにウールーにもたれかかる彼は、真っ直ぐにそれを突き出していた。
 ソニアはそれを見て、思わず目をまるくする。これは、この合図は。
「えっと……ダンデくん?」
「……」
「あの~……たぶんそれ、いまやったらちょっと、あんまりよくない……」
「……」
「……はぁ~」
 ソニアはため息をつきつつ、赤くなったほほを俯かせた。
 この合図は、子供の頃のふたりに通じるものだ。ウールーの冬毛に倒れこんだどちらかが、起き上がらせてほしいと腕を伸ばす。最初は本当に、それを望んでいたはずだったのに、力の足りない子供同士は、相手を起こすどころか一緒になって倒れこみ、ウールーの毛に包まれて笑い合った。
 そんな、合図を。
 こんなにおおきくなって、おとなになって、子供じゃなくなったのに、まだ。
「……もう!」
 差し出された腕に、ソニアは手を伸ばした。ダンデが望むなら、子供じみたおふざけに付き合いましょう。ウールーの冬毛の手入れ作業で、童心に返ったらしいダンデを思い切り引っ張り上げるべく力を込めると、それは案の定あっさりと引き戻された。
「ぅわっ、もうっダンデくん!」
 わかっていたこととはいえ、ダンデの胸に引き倒され、ふたりしてウールーの冬毛に包まれた瞬間、ソニアは耐えきれず声を上げた。子供の頃のような、無邪気なやり取りではない。もう十分に成長した二人は、互いの体温を分け合うような関係じゃない。
 そう思いながらも、けれどもソニアは、自分を包むダンデのぬくもりに、心底から安堵していた。
 ダンデはソニアと一緒にウールーに包まれながら、顔をこちらに向ける。そのままゆっくりと、長い睫毛を上げ、熱された黄金のように蕩ける瞳をソニアにあてた。
 その強さに、ソニアの鼓動が跳ね上がる。ごまかしのきかない距離だった。
「ソニア」
 静かなダンデの吐息に、ソニアが思わず視線を揺らす。彼女の動揺をどうとったのか、ダンデはおおきな手のひらを、そっと白いほほに這わせた。
「オレが怒ってたのは、ソニアにじゃない。自分にだ」
「え?」
 思いがけない言葉に、ソニアの瞳が再びダンデに向けられる。彼女の輝くエメラルドを見据えながら、ダンデはここ数日彼を苛んでいた後悔と、自責の念を懺悔した。
「ソニアになにかあった時、真っ先に頼られる存在じゃないことが苛立たしかった。ソニアが無茶をした時、公明正大に怒れない立場が嫌だ。なにより、きみが誰かと噂になった時、文句を言って暴れられないなんて、とんでもないストレスだ」
「ダ……ダンデくん」
「それら全部、自業自得だっていうのがなにより腹が立つ」
 静かなダンデの独白に、ソニアの胸は張り裂けそうだった。
 きっといま、自分は信じられないほど赤くなっているだろう。ほほを包むダンデの掌が、火傷しそうなほどに。
 そんなソニアの狼狽の先で、けれどダンデは自分の想いを伝えることだけに夢中だった。
「いつかいつかと先延ばしにしていたツケが、こんなにキツイとは思わなかった。相手がホップだったからまだマシだが……いや、正直に言って、可愛い弟だからギリギリ耐えられた。他人だったら、オレはいまごろ犯罪者だったかもしれない」
「は、はあ?」
 突拍子もない言葉に、思わずソニアが声を上げる。その咎めるような調子に、ダンデの瞳が細められた。
「だからといって、ホップならいいというわけじゃないぜ。ある程度の節度は必要だ」
「だ、ダンデくん……ちょ、ちょっと待って」
「なんだ?」
「いまのこれって……わたし、告白されてる?」
 恐る恐る確認すると、ダンデは呆れたように目をまるくした。
「なに言ってるんだ、ソニア。どこをどう聞いてもそうだろう」
「いや、どこをどう聞いても、犯罪者の自白だよ」
「未遂だぜ」
「わかってる。あーもうそうじゃなくってさ!」
 ソニアは言って、もぞもぞと体を動かす。ダンデの腕の力がゆるみ、肘をついてわずかに起き上がった彼女は、仰向いたダンデを上から覗き込むように、真剣な瞳で彼に問う。
「ダンデくんは、真っ先にわたしに頼られたいんだよね?」
「ああ」
「公明正大にわたしの無茶を怒りたいんだよね?」
「そうだ」
「わたしがこの先誰かと噂になった時、めちゃくちゃ怒るんだ?」
「多分、法を犯す……」
「だったらさ! 言うことあるでしょ!?」
 赤い顔をしてソニアが怒鳴ると、ダンデは金の瞳をまるくした。それから、思い出したように笑う。
「……そうだな、ソニア」
 それから再び、ゆっくりとソニアの頬に手を添えた。落ちかかる彼女の黄昏の髪を指にかけ、そっと払う。
「好きだ」
 たったそれだけの告白に、ソニアは全身に満ちる幸福感にぶるりと震えた。子供のように素直な、まるでおままごとのような告白。けれど、ウールーの冬毛に囲まれたこの場所では、なによりもソニアのこころを蕩かせる告白だった。
「わたしも、好きだよダンデくん」
 ばら色に輝いたほほで、ソニアが笑う。ダンデは嬉しげに瞳を細め、そっとソニアを引き寄せると、やわらかくくちびるを寄せた。
 触れるだけのキスに、ソニアがくすぐったそうに身をよじった。子供の頃、ふざけて重なった事故のようなファーストキスを思い出す。そういえばそれも、ウールーの毛の中だった。
「ウールー味のキスだね」
「冬の風物詩だな」
 ダンデは笑いながらソニアを抱き寄せた。腕の中にちょうどよく収まるそのぬくもりに、彼はうっとりと瞳を閉じる。
 二月のハロンタウンの真ん中で、ダンデとソニアはどこまでも心地よいあたたかさに包まれていた。



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