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ダンソニ中編【SCANDAL Chapter 6】

2025/12/22 15:42
【お題】ダンデ×ソニア



 二月のハロンタウンの丘を渡る風に、ソニアは首を竦めながら歩いた。
 すぐ隣とはいえ、散居住宅の家と家の距離は遠い。そこここで聞こえるウールーたちの声と、牧歌的な雰囲気に包まれながら、ソニアは真っ直ぐにホップの家を目指した。
 なんだかんだと通い慣れているその家は、今日はどこか気忙しく見える。ウールーの手入れで慌ただしくしているところに、アポなしで訪ねるのは失礼だったかもしれないけれど、なにも言わないまま先にゴシップを見られてしまうよりははるかにマシだ。
 ソニアは広い玄関先に立って、来訪のチャイムを押した。
「はいはーい」
 奥から軽やかな声が聞こえる。ぱたぱたと足早にやってきた褐色の肌の女性は、兄弟によく似た黄金の瞳をまるくして、ソニアを迎え入れてくれた。
「あらソニアちゃん、いらっしゃい」
「おばさま、急にごめんなさい。今日は忙しいんですよね?」
「ああ、ウールーの手入れね。いまちょうど休憩中だから平気よ。作り置きのホットベリータルトでお茶にしようと思ってたの。よかったら、ソニアちゃんもどう?」
「あ、手伝います」
 キッチンに向かうホップの母に続いて、ソニアは勝手知ったる幼馴染の家に入る。おおきなキッチンスペースの真ん中にある作業台には、数枚のベリータルトのほか、ピクニック用のバスケット、保温ボトル、ティーカップなどが用意されていた。
「いま、ご近所さんとお祖父ちゃんたちが、裏の丘で作業をしているの。そこへ持っていこうと思って……ソニアちゃん、紅茶を淹れてくれる?」
「はい」
 ティーポットには茶葉が入っている。ソニアはケトルを持ち上げてお湯を入れると、傍らの砂時計で時間を計った。その間、ホップの母は手際よくタルトを切り分けていく。
「それで? なにか用事があったのかしら?」
 手を止めないままに、ホップの母がソニアに問う。ソニアはじっと砂時計の砂が落ちるのを見つめてから、意を決して頭を下げた。
「……ごめんなさい、おばさまっ。わたし、とんでもないことしちゃった……」
「ええ? なあに、とんでもないことって……やだわ、ソニアちゃん、まさか、ダンデをふっちゃったの?」
「えっ?」
「やだわぁ~、おばさん、それだけはやだわぁ。ねえ、なにがあったか話してくれない? おばさんでよければ、ダンデにお灸を据えてあげるから」
「え、あ、違う、おばさま、違うの、そうじゃなくて……」
 とんでもない誤解に、ソニアが目を白黒とさせる。昔から、ソニアのことを気に入っている彼女が、冗談半分にダンデとの間を取り持つようなことを言うことはあったけれど、いまは軽口をたたく余裕はない。
 改めて居住まいを正し、ソニアは真剣なエメラルドグリーンの瞳を、真っ直ぐに旧知の女性へ向けて言った。
「実は……わたしの軽率な行動のせいで、ホップとの間に、捏造のゴシップ記事が出たんです。もちろん、事実無根です。でも……大切な息子さんをお預かりしているのに、よりによってわたしのことで、世間にあらぬ誤解を与えてしまって、本当に申し訳ありません」
 一息に言って、ソニアが深々と頭を下げる。
 いまは、幼い頃からお世話になった大好きなおばさまではなく、責任もって預かっていた少年の保護者に向けて、こころからの謝罪を示す時だ。固い声音の語尾が震え、体の前で合わせた指先が、氷のように冷たくなった。
 そのままわずかに沈黙が下りて、オイルヒーターの稼働音だけが耳に響くその数秒のあと、ホップの母がちょっとだけ楽しそうに言った。
「……捏造記事? まあ~、あのホップがねぇ……ソニアちゃんと? ふふふっ、あの子もおおきくなったこと」
「おばさま……」
 顔を上げたソニアが、困ったように眉を寄せる。そんな彼女に、ホップの母は穏やかに言った。
「謝罪は受け入れました。ソニア博士が息子の成長と将来に多大な貢献をしてくださっていることに、私はいつも感謝しています。捏造記事が出たとしても、そのことであなたへの信頼や感謝が揺らぐことはないわ」
「おばさま……ありがとうございます」
 思わず息をつめて、ソニアがぎゅっと瞳をつぶる。
 早くに母を亡くしたソニアになにくれと気を配り、力になってくれていた女性は、両の腕を伸ばしてソニアを抱き寄せた。ほっこりと暖かな母の匂いに包まれて、ソニアの涙腺がゆるむ。
「まあまあ、そんなに緊張しないの。おばさん、ソニアちゃんがなにをしたって、たいていのことは許しちゃうわよ? あ、でも、ダンデをふる時は、よくよく相談してね?」
「おばさまったら……」
 くすくすと、ソニアが涙声で笑う。こんな時まで冗談を言って和ませてくれる大好きな『母』に、ソニアは甘えるようにほほをすり寄せた。
「……正直ね、わたしも驚いた。いつの間にか、わたしとホップって、傍目にはそんなふうにも見えるんだ……って。びっくりしたっていうか、信じられない」
「そうよねえ……ホップのおむつを取り替えて、ミルクを飲ませてくれて、吐き戻しの処理までしてくれたソニアちゃんがねえ……」
「ねえ? いやあ、わたしも年を取るわけだ……」
「あら、この子はまた、おばかなことを。女ざかりの若き美貌のポケモン博士が、情けないことを言うもんじゃありません」
「はあい、ママ」
 くすくすと笑いながら言うソニアに、ママねえ……、とホップの母が呟いた。
「事実、そうなってもいいんだけどねえ。この際、ホップでもいいわよ? 捏造記事、本当にしちゃう?」
「えっ?」
「将来有望だと思うのよねえ、あの子も。まあ、おむつの世話をした子を相手にするのは、ハードルが高いかしらねえ」
「そうね、それは無理だわ~」
 アハハ、と笑いながら、ソニアが顔を上げる。至近距離で、謎めいた黄金の瞳がきらりと光った。その色が、思いがけないほどダンデに似ていて、ソニアは思わずドキリと胸を高鳴らせる。
「じゃあ、やっぱりもうひとりの方ね。同じようにお世話にはなってるけど、まだ挽回できるでしょ」
「え?」
「あ、ソニアちゃん、紅茶そろそろじゃない?」
 言われて、ソニアは砂時計に目をやる。すでに落ち切った砂に慌てて、ティーポットの中身を保温ボトルに注いでいった。
 二本目のボトルをいっぱいにすると、ホップの母はちいさめのバスケットとともに、それをソニアに持たせる。
「小屋の方にも、手伝いがいるのよ。そっちにこれを持って行ってくれる?」
「はい」
 素直に頷いて、ソニアは荷物を片手に玄関へと向かった。その背中に、ホップの母が声をかける。
「ソニアちゃん」
「はい?」
 振り返った彼女に、やわらかな笑顔を浮かべた母親が、穏やかに言った。
「『息子』をよろしくね」
「……はい!」
 改めて言われて、ソニアは嬉しそうに答えた。そんな彼女の様子に、ホップの母は、測りがたい笑顔を浮かべて頷いた。



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