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ダンソニ中編【SCANDAL Chapter 5】
2025/12/20 13:43【お題】ダンデ×ソニア
のどかなハロンタウンの南西にある、可愛らしい一軒家。
家屋の向こうはまどろみの森に続く道しかなく、街はずれのそこにはあまり外部の者は訪れない。なので、見慣れない人間がいればひどく目立つため、現ガラルポケモンチャンピオンの生家といえども、普段は閑散としたものだった。
草木の生い茂るこぢんまりした家屋を見上げて、ホップはちいさくため息をつく。ここに来るのは、今週もう二度目だ。
「いまって結構忙しいと思うんだけど、長くお休みもらえてるんだね、ユウリ」
傍らに立つソニアが、ぽつりと呟く。その言葉に、ホップはわずかに重々しく答えた。
「……オレとのゴシップが流れて、リーグ広報部が対応に追われたんだ。いろんな取材とか、イベントのスケジュールを白紙にして、調整する間、実家にいた方がいいってことになったらしい」
「……やっぱねえ。ジムチャレ中だし、どうしたってチャンピオンに注目は集まるよね……」
本来なら、成人年齢に達した著名人の恋愛問題はそれほど騒ぎ立てられない。ガラルの気風において、自由恋愛は大人としての当然の権利、通過儀礼に見られるからだ。
けれど、いまは時期が悪かった。あと二か月後に控えたセミファイナル、そしてチャンピオン防衛戦を見据えたいま、少女と女性の過渡期にあるユウリに向けられる眼差しは、必ずしも寛容ではない。
ジェンダーバイアスが薄いガラルといえども、チャンピオンという華やかな立場を背負う女性に対する世間の目は、男性へ向けるそれよりも厳しいと言わざるを得ない。男にうつつを抜かして王座を陥落するなどということは、十年玉座を守り続けた伝説のチャンピオンダンデの功績にも泥を塗る。そんなふうに騒ぎ立てる層もいて、玉座に座って三年目のユウリには、未だ苦労が多かった。
「それがわかってるんだったら、リーグ広報部も、もっとちゃんとネットの記事に規制をかけるとか、対応するべきじゃない」
苦々しげに言うソニアに、ホップも頷いた。
「その通りだぞ。でも、ユウリが言うには、そういう話は水面下で動いてるとか……」
そこまで言った時、玄関ポーチに続く門柱付近で立ち止まっていたホップとソニアに、開け放たれた窓の向こうから朗らかな声がかけられた。
「ホップ、ソニアさん! そんなところでなにしてるの?」
「ユウリ!」
ハッと顔をあげたホップが、リビングから顔を出すユウリに声を上げる。ユウリはにっこりと笑いながら、玄関を示した。
「早く入って!」
「う、うん」
促されたホップとソニアが、玄関へ向かう。扉の向こうからぱたぱたと足音がして、間髪入れずにそれが開いた。
「いらっしゃ~い」
相変わらずのほほんとした笑みを浮かべて、ユウリがふたりを迎える。ホップのあとに続きながら、ソニアは馴染みの薄いユウリの自宅を見回した。
「ユウリ、今日おばさまは?」
「今日は、ホップのおうちにウールーの冬毛の手入れに行ってるの。あとでわたしも合流する予定なんだ~」
「あ、もうそんな時期か。え、ホップ、あんた手伝わなくていいの?」
「用事があるからって言ったら、免除されたんだ。でも、ユウリが行くならオレもあとで行く」
ここに来る途中、ハロンタウンのあちこちで、冬毛のウールーが固まっていた。毎年冬の終わりになると、蓄えた冬毛を梳いて整えるのが恒例行事で、幼いダンデもソニアと一緒に手伝っていた。
ふたりでもこもこのウールーにダイブして、その厚い毛並みの海で一日中笑っていた思い出。うっかりそんな記憶に気を取られていたソニアに、ユウリがにこにこと声をかけた。
「ソニアさん、紅茶でいい? ココアもあるんだけど」
「あ、ユウリ。今日はね、先にちゃんと話さなきゃいけないことがあるんだ」
玄関先ではなんだから、とリビングに通されたあと、ソニアは改めてユウリに向き直った。久しぶりに会うユウリは、お茶の間を賑わせるポケモンバトルの映像とは別人のように穏やかで、ほんわかしている。
その、こっくりとした不思議な色合いの瞳の先で、ソニアはぴしりと頭を下げた。
「ごめん! わたしの迂闊のせいで、ホップとの間にあらぬゴシップが出ました!」
「へ?」
ソニアの勢いに、ユウリがきょとんと目をまるくさせる。その傍らで、ホップが居心地が悪そうな顔で俯いていた。彼の様子と、ソニアの頭頂部とを交互に見やってから、ユウリが小首を傾げる。
「そなの?」
「あ、まだ知らなかった? じゃあ……あの、できれば見ないでほしい。事実無根の、ものすごい悪意のある捏造記事だから」
顔をあげたソニアが重々しく言うと、ユウリは場違いに明るく笑った。
「えぇ~、そこまで言われたら興味あるなぁ。どんな記事?」
「えぇと……いや、ほんとによくある捏造で……」
「わたしの時みたいな、事実を上手に織り込んだようなやつじゃなく?」
「ユウリ……」
真っ赤になったホップが唸る。ユウリはそんな彼に向って、くすくすと悪戯っぽく笑った。
「冗談だよお。でも、ホップとソニアさんでゴシップ作るなんて、ネットのひと、だいじょうぶなのかな?」
「え?」
ユウリの言葉に、ソニアがぽかんと口を開く。ネットの人……GIのような後ろ暗いネット娯楽の存在に対して、ユウリが気を配ってやる必要などなにもない。
そんなソニアの不思議そうな顔に、ユウリはにっこりと朗らかに笑った。
「ソニアさんに手を出すなんて、取材不足だよねぇ。完膚なきまでにぼこぼこにされちゃうんじゃないかな?」
「は?」
ますますわからない。けれども、ユウリはそれについての説明をする気はないようで、傍らでもぞもぞとしている少年に顔を向けた。
「それでホップ、今日はソニアさんと一緒に、わたしに謝りに来てくれたの?」
「いや……まあ」
「ふうーん」
煮え切らないような様子のホップに、ユウリが意地悪そうに瞳を細める。そんなふたりに、ソニアは改めて言った。
「いくらバカバカしい捏造でも、隙があったのは事実だし、それは全部わたしの責任。ユウリには、わたしの口からきちんと謝りたいって言ったのよ」
そうは言いながらも、ユウリとホップの様子を見るに、これは少々お節介だったかもしれない。幼い可愛い初恋同士だと思っていたが、きっと彼らには彼らなりのやりとりがあって、ソニアの出る幕ではなかったらしい。
保護者のけじめとして、ユウリにはきちんと弁明した。これで自分の役目はすんだとばかりに、ソニアが立ち上がる。
「じゃあ、あとのことはホップと話して。わたしはもうひとつ、通さなきゃいけない筋があるから」
「えっ」
思わずのようにホップが声を上げる。そんな彼の傍らで、ユウリが小首を傾げた。
「通さなきゃいけない筋?」
「うん。実は、こっちが本命なんだ。でも、ユウリがゴシップ読んで、嫌な気分になってたら申し訳ないと思って、まずはあなたに会いに来たの。気にしないでいてくれたらありがたいけども、今後はこんなことがないように、わたしも気をつけるからね」
「あ、はぁい。わざわざありがとう、ソニアさん」
あっけらかんと言うユウリに、ソニアは少しばかり肩の荷が下りたような気分で、ほっとほほ笑む。それから、複雑な表情をしている弟分を見やって、ひらりと手を振った。
「じゃあ、お先に」
そのままさっさと出ていくソニアを見送って、ユウリとホップはリビングに立ち尽くした。ホップは常日頃の彼からは想像もつかないほどもじもじと、居心地が悪そうな顔で明後日を見やっている。
その隣で、ユウリは薄茶色の髪をさらりと揺らし、小首を傾げた。
「……ホップ、どうしたの? さっきから、メッソンみたいにもじもじしちゃって。お手洗い我慢してるなら、行っといでよ」
「違う! ああ、もう」
パッと顔を向けて、ホップが黄金の瞳を瞠る。赤くなった彼の褐色の肌を見上げて、ユウリは堪えきれずに笑った。
「あはは、ホップ真っ赤!」
「っ、だって……まさか、こういうことになるなんて、思わなかったんだぞ」
「こないだ来てくれたときは、カッコよかったのになぁ。オレのせいでユウリに迷惑をかけてごめん! って、潔く謝ってくれたのに、今日は違うの?」
数日前、まさにこの場所でホップはユウリに頭を下げた。自分の軽率さと、考えなしのせいでゴシップ記事をすっぱ抜かれたことに、責任を感じていた。
それに、ユウリは同じだけ頭を下げた。軽率だったのは自分も同じ、ホップにだって迷惑をかけちゃった。ごめんね。
それは純粋に、夢に向かって頑張るライバル、夢の道を歩む親友のための言葉。
自分たちの近しい距離が、誰にも文句を言わせないほどの力を、まだ持たない子供同士の言葉。
でも、今日は。
「……あのさ、ユウリ」
赤くなりながら、ホップは真っ直ぐにユウリを見下ろす。ここ数年で、だいぶ背丈が伸びた彼は、もう仰ぎ見ないと視線も合わない。ユウリは、ふっくらと白いほほをピンクに染めながら、誰にも代わりはできない、大切な男の子の言葉を待った。
「ソニアとのゴシップ記事……オレ、ユウリに謝っていいかな」
「……」
「オマエに嫌な思いをさせてごめんなって、言っていい?」
照れくさそうなホップの言葉に、ユウリは満面の笑みで彼に飛びついた。
「いいよ! こころから謝って、ホップ! わたし、すごくすごく嫌な気分だよ!」
「わっ、はは、ごめん! ごめんな、ユウリ!」
ユウリの身体を抱きとめて、そのあまりの薄さ軽さに驚きながらも、ホップはその腕に力を込めた。ユウリはそれにうっとりとしながら、彼の匂いに包まれる。
それからやっと、胸の奥に刺さったちいさな棘が、ほろほろと抜けていくような心地にため息をついた。
自分とホップのゴシップが出た時の、彼の『ごめん』は切なかった。本当なら、謝ることなんかないのに。誰になにを聞かれたって、ホップのことが世界で一番大好きだと、ユウリは胸を張って言えるのに。
でも、彼はまだ、ユウリの隣に立つ準備ができていないと言う。
待ってて、とか、いつか必ず、とか、そんなふうな言葉もくれない。
ただ真っ直ぐに、ひたすら前を見て、愚直にユウリを大切にする、そんな男の子に恋をした。
だから、ユウリにできることはただひとつ。
ホップが夢を叶えた時のために、彼に恥じない自分でいることだけ。
そう思っていたのに。
「ホップが他の子と噂になったら、わたしが嫌な思いをするって知ってて。この先も、万が一そんなことが起きたら、真っ先に会いにきてね。それで、誠心誠意謝って。わたしのこと、慰めて機嫌を取って」
「うん」
待ってて、とか、いつか必ず、とか、そんな言葉はいらないから。
ただ真っ直ぐに、自分のところへやってきて、誠心誠意、気持ちを見せて。
「約束ね」
「約束だぞ」
顔をあげたユウリを見下ろして、ホップが太陽のように笑う。その眩しさに、ユウリは何度目かの恋に落ちた。
そしてそのまま、ユウリは幸せいっぱいにふふふっと笑う。ふわふわと浮足立つような心地のまま、ホップの胸にぐりぐりと額を押し付けて言った。
「ソニアさんだって例外じゃないけど……でも、ふたりが仲いいの、見てて好きなんだよなぁ……。ソニアさん、本当のお姉ちゃんみたいなんだもん。ホップも、ソニアさんと一緒にいると、いい顔するよ、悔しいくらい」
「そうか?」
「うん。しょうがないから、そこは大目に見てあげる……あっでも、わたしはいいけど、あっちはどうかな……」
「ああ……」
ユウリのつむじにほほを乗せながら、ホップが唸るように呟く。
「どうかなあ……わかんないぞ。少なくとも、他の男が相手よりは、大目に見てくれそうな気もするけど」
「どうだろうねえ。まあ、そこはあのふたりの問題だから。ホップは気にすることないよ。ホップが気にしなきゃいけないのは、こっちなんだからね」
大人びたようなことを言って、ユウリが胸先に懐くのを、ホップは苦笑しながらぎゅうっと抱きしめた。
