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ダンソニ中編【SCANDAL Chapter 4】

2025/12/18 16:51
【お題】ダンデ×ソニア



「ソニア!」
 突然駆け込んできたホップの声に、出勤したばかりの研究所で朝のルーティンをこなしていたソニアは、ぎょっとして肩を揺らした。
 本来なら、まだ休暇中のソニアだったが、昨日得体の知れないGIの渉外担当と対峙してから、ずっと正体不明の不安が付きまとっていた。気分を変えるために、とりあえず仕事に逃げるべく研究所へ避難している。慣れ親しんだ空間に身を置いて、少しずつ気味の悪いものを浄化していくような気分だった。
 そんなソニアに、ホップは褐色の肌を少しばかり青くさせながら、真剣な表情で近づく。
「ソニア。GI見たか?」
「え……」
 ざわり、とソニアの肌が泡立つ。正体不明だった不安が、実感を持って彼女を苛んだ。
 ホップは手にしたスマホロトムを持ち上げて、彼女に示す。ソニアが目を向けると、そこには大きくこう書かれていた。

《若き美人博士の禁断の愛? 研究所で育まれる、師弟の蜜月》

 その記事の下に、いつ撮られたかわからない、ソニアとホップの仲睦まじいスナップ写真が掲載されていた。街中で肩を寄せて歩く姿。夜の研究所に入っていく様子。驚いたことに、遠景ではあったが、ワイルドエリアでキャンプを張ろうとしている写真まである。
 ソニアは震える指でスクロールした。

《我らがガラルポケモン研究所所長のソニア博士について、興味深い情報が寄せられた。彼女は数年前、ブラックナイトの真実を著したことで一躍有名になり、ポケモン博士の称号を得るに至ったが、その頃から可愛がっている研究員がいる》

《彼らは昼夜を分かたず常に一緒に行動し、時にはひとつのテントで寝起きするなど、親密な様子だった。しかし、驚くなかれ、その研究員はいまだ成人に達しておらず、ソニア博士の庇護下にある》

《ソニア博士の、その研究員に対する想いは並々ならず、彼女は我々に接触を図り、涙ながらにこう言った》

《『彼は前途ある若者です。彼の未来は、なににも代えがたい宝物。私は彼を守るためなら、この身を犠牲にすることも厭いません』》

《事実、博士は単身で我々に会い、身を挺して若い弟子を庇った。その必死な様子には、彼女の彼に対する甘美な愛情を感じずにはいられなかった》

 その記事の下には、ソニアが硬い表情でナックルシティのカフェに単身入っていく姿、席についてモザイク加工された男性と対峙している姿が、隠し撮りのアングルで掲載されていた。
「……やられた……」
 呆然と呟いて、ソニアが蒼白になる。彼女の傍らで、ホップが彼らしくもなく表情を険しくさせた。
「じゃあ、これは事実なのか、ソニア!?」
「っ……ごめん、わたし……」
 ホップの本気の怒りに、ソニアは震える喉で囁いた。
 可愛い弟分を助けたくて、頼られたことが誇らしくて、自分にできる最大の援助をしようと気負っていた。所詮、ネットの片隅でグレーゾーンを泳ぐ三文記事だと高をくくって、ポケモン博士の権威を示せば引き下がると簡単に考えた。
 けれど、相手は一枚も二枚も上手で、ソニアの頭脳をもってしても太刀打ちできなかった。いや、この場合博士の権威も知能も、むしろ逆に作用している。彼らは、普段ソニアが対峙する世界の理は通用しない、まったく無法な生き物だった。
 一般的な世界で生きる者とは、異なる人種。頭ではわかっていたけれど、ソニアには、狡猾な彼らと対峙する覚悟も準備も足りなかった。
 結果、最悪な形で弟分に迷惑をかけている。ユウリの時とは比べ物にならないくらい、前途ある少年の未来を汚す、醜悪なゴシップ。そんなものを生み出したことは、彼の保護者として、姉代わりとして、致命的だった。
「ご、ごめん……ごめん、ホップ!」
 謝るしかできない。どれほど彼の信頼を失ったか、目の前で怒りに震える黄金の瞳を見れば分かる。いままで大切に培ってきた絆さえ、自分のせいで揺らいでしまった気がした。
 蒼白のソニアの目の前で、ホップは思い切り怒鳴った。
「――バカ!! なんでこんな無茶したんだよっ!?」
「っ」
 その言葉に、ソニアは思わず目をまるくした。どれほど罵倒されても仕方がないと覚悟していたのに、目の前で輝く金の瞳には、ソニアに対する心配の色、彼女を案じる深い愛情しか見えない。
 ホップは怒りと見紛うほどの激しさで、姉と慕う存在に怒鳴った。
「ひとりで行くなんてあり得ないだろ! どうして、オレに相談しなかったんだよ!? こういう時のための弟子だろ! いつだってソニアの傍にいるんだから、肝心な時には頼れよ!」
「……っ、ホップ」
 自分よりもずいぶんと背が高くなった弟分は、けれどちいさな子供に戻ったように、うっすら涙さえ浮かべていた。悔し気に顔を赤くして、本気で憤っている彼は、ソニアの肩に手を乗せて問う。
「なにもされなかったか!?」
「う、うん……」
「いやなこと言われただろ!」
「っ、うん」
「バカ! ソニアのバカ、馬鹿野郎!」
 言いながら、ホップはくしゃりとソニアの頭を小突いた。ソニアはホップを見上げて、それからぼろりと涙を零す。
「う……うわ~ん、ホップ、ごめ~ん!」
「ゆるさないぞ! 今度オレに内緒で危険なことしたら、アニキに言いつけるからな! ソニアになにかあったら、オレ、アニキになんて言えばいいんだよ!!」
「うっ、う、え、ダンデくん関係ない~~~」
「まだ言うのかよ! あ~……もう、泣くなよアネキ!」
「っ」
 言われて、ソニアはさらに大粒の涙を零し、ホップの胸に顔をうずめた。
「ほ、ホップ~! わ、わたしお姉ちゃんだよね、あんたのお姉ちゃんだよね!」
「ああもう、あったりまえだろ! だから怒ってんだぞ、オレは!」
「ううっ、ごめん、ごめんね、ホップ……」
 泣きじゃくるソニアに、ホップは仕方なくポケットを探って、少しばかりよれよれのハンカチを押し付けた。ソニアの顔じゅうをそれで拭うと、しばらくされるがままだった彼女は、我に返ったように叫ぶ。
「……いっ、いったいな! ちょっとホップ、もっと丁寧に拭いてよ!」
 弟分の適当さに怒りながら、ソニアはパッとハンカチを奪い取る。それからくるりと背を向けて、目元を拭った。
「うわぁ~、もう、最悪! お化粧ぜんぶ落ちちゃったじゃん」
「オレのハンカチも死んだんだぞ」
「ごめんごめん、新しいの買って返すよ」
「いいけど、別に。顔洗ってくれば」
「そうする。あ、のど乾いちゃった、お茶よろしく~」
 すっかりいつも通りのように言って、ソニアはパタパタと奥へ向かった。ホップはやれやれとため息をつき、それから従順にキッチンブースへ向かう。
 湯気の立つ紅茶が二人分のカップに注がれたころ、ようやくソニアが戻ってきた。きっちりメイクを直してはいるが、目元は赤く、鼻の頭も少し赤い。
 ばつが悪そうに目をそらしながら、正面の席に着いたソニアは、改めて深々と頭を下げた。
「ホップ。ほんとにごめん」
「もういいぞ」
「いや、けじめつけさせて」
 真剣な声音で言って、ソニアが真っすぐホップを見つめる。そのエメラルドグリーンの瞳と視線を重ねて、ホップも表情を改めた。
「今度のことは、全部まるっとわたしの落ち度。甘く考えて、余計なことして、結果あんたに迷惑をかけた。本当に、申し訳ありませんでした」
 ぴしりと背筋を伸ばすソニアに、ホップはふう、とため息をつく。
「いや……もとはといえば、オレのためだったんだろ。ソニアに相談した時に、こういうこともあるって予想してなかったオレも悪かったぞ」
「いや、わたしのせいだって。向こうから会いたいって言われて、のこのこ向かったのはわたしの独断だもん」
「それはそう。そこは許せないぞ。大体、ああいう連中の後ろには、どんな奴がいるかわかったもんじゃないんだぞ。それを、女の人ひとりで会いに行くなんて……」
「ごめんってば~。でも、ちゃんと考えて、待ち合わせはわたしの馴染みの店にしたし、周りにひとがいる状況は固持したよ」
「当たり前だぞ。そのくらいの警戒すらしてなかったなんて言ったら……」
 言葉を区切り、ホップはぶるりと震えた。この件を報告する時の兄の顔色を想像すると、いますぐ他国に留学したい。
 ソニアは、そんなホップの様子に気づかずに、しゅんと肩を落とす。
「うん……でも、結局その警戒も意味なくて、利用されちゃったんだけどね……」
 隠し撮りをされていたなんて、まったく気づかなかった。そもそも、自分がGIの人間と会うことが記事にされるかもしれないなんて、欠片も用心していなかった。
 なにもかも、甘すぎた。ここにきて、数日前のダンデとの口論が苦く思い出される。
「……はぁ……ダンデくんの、言うとおりだった……」
 くちびるの中でちいさく呟いたソニアの言葉は、ホップの耳には届かなかった。彼はスマホロトムを操作しながら、それにしても、と苦く呟く。
「こんな写真、いつ撮ったんだ? 少なくとも、最近のものじゃないよな」
 ワイルドエリアでキャンプを張ったのは、修羅場に入る前、一か月以上経つ。それ以外のふたりの写真も、昨日今日のものとは思えなかった。
 ソニアも改めて写真を見やり、苦々しくため息をつく。
「多分……ユウリとあんたの記事を書く上で、集めた写真の一部だろうね」
 GIのようなサイトの運営には、玉石混交の情報が膨大な量寄せられるのだろう。そこに価値を作るかどうかは、まさに腕次第。ユウリの周囲に張り巡らせた網にかかったホップの周りにまで、さらに網を広げていたとは恐れ入るが、今回のソニアの行動がなければ、こんなものは記事にもならなかったはずだ。
 改めて自分の軽率さに落ち込むソニアに、ホップはため息と共に言った。
「じゃあ、オレがソニアを巻き込んだんだな。ごめん、ソニア」
「は、いやいや違う、逆だってば! わたしが……」
「とにかく、今後どうするか、だぞ」
 堂々巡りになりそうだったソニアに、ホップが改めて視線を合わせる。ソニアは思わず目を伏せて、そうだね、と呟いた。
「この記事を取り下げるように要求するのは……現時点では、悪手だね」
「騒げば騒ぐほど、あいつらが喜ぶだろうしな。そもそも、こんな三文記事をまともに信じるやつはいないし、いたとしたって、オレとソニアじゃ、早々に風化するだろ」
 ソニアは一応有名人だが、アカデミックな世界に名を知られているだけで、芸能人というわけではない。ユウリが相手ならば騒ぎも長引いただろうが、一般人同士の事実無根な記事なんて、一瞬で忘れられるだろう。
 そう言いながら、でもなぁ、とホップが呟く。
「ちょっと……ちゃんとしなきゃいけないところは、あるよな……」
 この記事を読んだ兄が、どういう行動に出るか、まるで想像できない。確実に言えるのは、ただでは済まないだろう、ということだ。
 ソニアは、ダンデの男心を甘く見ている……というか、全然気づいていない。彼女の軽率な行動、弟だからと油断した脇の甘さ、それらに対して、いよいよダンデが動き出すのは時間の問題だ。
 そんなことを思いながらぶるりと身体を震わせていたホップに、ソニアは改めて頷いた。
「そうだね。ちゃんと、けじめをつけよう」
 珍しく、ダンデとの関係にきちんと向き合おうとしているらしいソニアの言葉に、ホップはおおきく頷いた。
「おう、そうだな」
「じゃあ、アポとって」
「え、オレが?」
 間抜けな声を上げるホップに、ソニアは生真面目に頷いた。
「あんたが連絡するのが筋でしょう。わたしと一緒に、誠意を見せるよ」
「え、ソニア、誰に連絡を取るつもりだ……」
 素直にアニキに連絡するようには思えず、嫌な予感に恐る恐る問う。そして返ってきた答えに、ホップはあああ、と項垂れた。
 この一件は、思った以上に複雑な顛末になりそうだ。



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