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ダンソニ中編【SCANDAL Chapter 2】

2025/12/14 15:18
【お題】ダンデ×ソニア




 久しぶりに、大ゲンカしちゃったなぁ。
 ぼんやりとワンパチのお尻を揉みながら、ソニアはそっとため息をついた。
 ダンデとの気まずい電話を終えてから、まる三日。その間、ソニアは畳みかけるように執筆の仕事を進めて、一気に校了を迎えた。あとは、数か月後に無事に店頭に本が並べば、またそれで様々な仕事が立て込むだろうが、とりあえずいまは小休止。
 数か月休みなく働いた自分へのご褒美に、だいぶ長めの休養を設定したことを、今更のように悔やんでしまう。こんな時は、なにも考えずに仕事に没頭していたいのに。
 こころがざわざわして、落ち着かない。
 ダンデとのやり取りを、何度も何度も反芻しては、無駄に自分を苛んでいる。
 ここまであからさまに諍いを起こしたのは、何年ぶりだろう。下手をすれば、十年以上ぶりに、子供のように角を突き合わせた。
 いや、正確には、ソニアの方が興奮して、一方的に喧嘩を売ったに等しい。ダンデはいつの間にか大人の分別をつけて、ソニアに『落ち着け』とまで言っていた。
 その温度差が、また悔しく悲しい。ダンデにとっての自分など、しょせん適当にあしらっておける存在なのだと、思い知らされるようで。
 その証拠に、この三日間、彼の方からも音沙汰はなかった。いつもこういう微妙な時期に、知らんふりで仲直りのきっかけを作ってくれるのは、ダンデの方なのに。今回はまるで、駄々っ子の頭を冷やすように、彼の助け舟は来ない。
 彼からの『よう、ソニア』の声を、無意識に待ちわびていたソニアは、そんな自分が情けなくて、ますます意固地に首を振った。
「ぬわふっ」
 その時、大人しくソニアの膝の上でされるがままだった献身的な相棒が、ぴくりと頭を上げて鳴いた。かれの視線の先、研究所の出入り口に立つ薄明色が、高い位置にある曇りガラスに滲んで見えて、ソニアはどきんと鼓動を揺らす。
「だんでくん?」
 くちびるの中で呟いて、ソニアが立ち上がった。ワンパチと共に急いで扉にとりつくと、勢いよくそれを開ける。
「わっ……ソニア?」
「あ……ホップ」
 いままさに、扉を開けようとしていたホップが、驚いたようにソニアを見下ろしていた。ソニアは、いつの間にかダンデとそれほど変わらない位置になったホップの髪色を見上げ、それからしゅんと肩を落とす。
「……どうしたの? 研究所はしばらくお休みだよ?」
 言いながら、自分だって他に居場所がなくて、ここにいるくせに、と思う。仕事がないならないなりに、人生を楽しむべきなのに。ダンデとの諍いが、ソニアの生活を真っ黒に塗りつぶしている、その事実が情けなかった。
「ああ……そうなんだけど」
 珍しく、ホップが苦々しい声音で答えた。いつも明朗な弟分の沈んだ様子に、ソニアはようやく気付く。自分の悩みはいったんわきに追いやって、彼女はホップの腕をグイと引いた。
「まあ、入りなさいな。なんか悩み事?」
「うん……あ、でも、ソニアもなんかあったんだろ?」
「いいから。あんたの方が先よ」
 お姉さんぶったソニアの強い視線に、ホップは苦笑して肩を落とした。十七歳の少年なりに、虚勢を張ろうとしても無駄である。おむつの世話さえしてもらったという、この姉代わりにはなにも隠せない。
 ホップを雑談テーブルに座らせると、ソニアは落ち着く時間を与えるように、ゆっくりといつもの紅茶を淹れた。ふわんとただようやわらかな香りに、ホップの強張っていた身体が徐々にリラックスしていく。
 ことん、と目の前に置かれた紅茶の湯気に、ホップはじんわりと瞼を閉じた。
「ありがとう」
 ちいさく礼を言い、こくりと紅茶を傾ける。ソニアの味だ。慣れ親しんだそれに、ホップはほっと息をついた。
「それで?」
 対面に腰を下ろしたソニアは、紅茶を喫すなり遠慮なく問いかけた。こういうところは、筋金入りの理系脳であるソニアらしい。ホップももう戸惑うことなく、素直に口を開いた。
「ゆうべ……GIにオレとユウリのゴシップ記事が出たんだ」
「えっ?」
 思いがけない言葉に、ソニアが高い声を上げる。ここしばらく、ロトムの着信音に敏感になりすぎるからと、通話とメッセージ以外の通知はすべて切っていた。だから、ゴシップサイトの動向も全く知らなかったのだが、まさかの事態にソニアが慌ててロトムを呼ぶ。
「ロトム、GIを見せて」
 慣れた挙動でサイトを開くと、一番目立つ記事の文字が目に飛び込んできた。

《女王に恋の予感? かつてのライバルと親密な時間を過ごすディフェンディングチャンピオン、ファイナルバトル前のつかの間の安息》

 安っぽい三文記事とともに掲載された写真は、ふたりの親密さが十分伝わってくる可愛らしいものだった。どう見ても隠し撮りだが、お互いに嬉しそうにほほ笑みながら街を歩くその距離が、恋人というには硬いけれど、友人というには無理がある。
 けれどそれは、本当にいつも通りのホップとユウリで。ことさらにべたべたするわけでもないが、かといって余人に付け入る隙を与えないほど親密な雰囲気は、見慣れすぎていて違和感すらわかない。
 しかし、こんなふうに煽り立てられれば、いくらでも邪推できるやり方に、ソニアは苦々しく舌を打った。
「なによこれ。リーグの情報部はなにやってんの」
 チャンピオンの情報統制は、ポケモンリーグの管轄のはずだ。事実、ユウリとホップの近すぎる親密さも、これまでまったく取りざたされていなかった。こんな三文ゴシップ記事を、掲載させた時点で職務怠慢である。
 けれど、ホップは沈痛そうに首を振った。
「今月で、ユウリは十八になったろ。成人年齢に達した後の情報統制は、リーグの手をある程度離れるんだ……そういうふうに、ユウリも聞かされてた」
「なにそれ……」
 ソニアは思わず呟いたが、そう言われれば無理のない話だ。
 ユウリがダンデを降して新たなチャンピオンに立った時、まだ十五歳の未成年だった彼女を、ポケモンリーグは徹底的に守り、育てた。それは、弱冠十歳の幼い王者として君臨したダンデの頃から変わらない方針で、チャンピオンとしての振る舞いやパブリックイメージを叩きこむ一方で、その立場を脅かす一切の雑事をリーグが請け負い、完璧に退けてきた。
 けれど、そのリーグの庇護も、成人年齢に達するまで。社会的に一人前と認められた後は、スポンサーやリーグイメージを損なわない限り、チャンピオンとしての裁量はユウリ個人に任せられる。
 それは、煩わしかったリーグ規制からの解放でもあるが、今回のように、ゴシップなどの雑事に対処する必要が生まれるということ。ホップは、理解していたはずの現実に打ちのめされて、思わず苦々しくため息をついた。
「言われてたはずなのに、うかつだった。まさか、ジムチャレの時期に、チャンピオン相手にこんなゴシップを書き立てるなんて、思ってもみなかったんだぞ」
 その言葉に、ソニアははっと目を見開く。そうだ、いまはちょうど、再来月に控えたチャンピオンシップの前哨戦、ジムチャレンジの真っ最中で、ユウリの周辺もピリピリし始めるころだ。
「ますます、リーグで管理すべきじゃん。こんなことが万が一、ポケモンバトルに影響したら……」
 ソニアの言葉に、けれどホップが首を振る。
「実際、ジムチャレ中の選手にも似たような記事が書かれるんだ。ジムを破って、名前が売れれば売れるほど記者たちが目をつける。そういう活動が規制されない限り、チャンピオンだけを守るのも限界があるんだ」
 それでも、ユウリが未成年のうちはリーグにも大義名分があった。けれど、成人したチャンピオンには、もう子供ではないという社会的レッテルが貼られる。ガラルの気風において、大人と子供の線引きはあらゆる面でシビアだった。
「でも、中には結構えげつない記事もあって、その影響がジムチャレにも関わるかもって論争が、最近多いんだ」
「ああ、なるほど……」
 ソニアやダンデがジムチャレンジしていた時代も、そういう話はあった。大人が子供を食い物にするような風潮が問題視され、ダンデがチャンピオンになって以降は、雑誌や新聞での露骨な情報戦はある程度規制されている。
 けれど、最近ではその目を掻い潜るように、ネットの片隅で真偽不明な『噂話』を集める娯楽サイトが幅を利かせてきた。
 表向きは『エンタメ考察サイト』のように、あくまでも根拠のない裏読みだと言いながら、一般人の情報提供者に報酬を与えるやり方で、たまに金星を掴む。運営もライターもほぼ匿名、責任の所在は霧の向こうに隠された、胡散臭いことこの上ない団体だが、いまのところ現行法に触れる行為はない。
 明確な名誉棄損や侮辱罪に当たるわけでもない憶測では、ゴシップを書かれた方の泣き寝入りが定石だった。
「オレのことはいいんだ。別に、書かれて困ることなんかたいしてない。でも、ユウリは……」
 悔しげに呟いて、ホップが項垂れる。消沈した様子に、ソニアはなんと言っていいかわからずに眉を寄せた。
 ホップとユウリの関係は、三文記事にあるようなはっきりした恋人ではない。お互いがお互いを唯一と思いながらも、その関係は親友やライバルといった、子供の頃からの延長上に留まっている。
 けれどそれは、ふたりが自分の進むべき道を自信をもって歩くため。いまはまだ、胸を張って互いの手を取れないからこそ、彼らは最大限に相手を尊重して、慈しみ合っている。
 そんな中でのゴシップは、純粋な彼らの気持ちをひどく傷つけた。特に、ホップにとっては痛恨事だったろう。単なる学生で、駆け出し研究者の端くれである自分よりも、チャンピオンとしてガラル中の耳目を集めるユウリに与えられたダメージの方が、はるかにおおきい。そのことが痛いほどわかるからこそ、ホップはいてもたってもいられずにここへ来た。
 大切な弟分が頼る先に選ばれたことを、ソニアは誇らしく思う。そして、なにがなんでも彼らの力にならねば、と強く感じた。
「……話はわかった。ホップ、なんとかするよ」
「え?」
 ソニアが言うと、ホップは驚いて顔を上げた。それから、期待するような眼差しで問う。
「なんとかって?」
「とにかく、記事を取り下げてもらわなきゃね。リーグが動かないなら、ユウリが動くのがいいんだけど、ジムチャレの件もあるし、『チャンピオン』は表に出ない方がいい」
 言いながら、ソニアが立ち上がる。そのまま颯爽と情報収集用のPCに向かう彼女に、ホップも慌てて立ち上がった。
「取り下げるっていったって、どうするつもりだ?」
 キーボードを鳴らすソニアに、ホップが問う。ソニアはPC用の眼鏡を光らせながら早口で答えた。
「まずは正攻法。「削除申請フォーム」や「ご意見メール」に、正式なポケモン研究所名義で抗議する」
「え? いや、それは」
「あんたはうちの最大戦力だよ。あんたを敵に回すってことは、研究所を敵に回すってことだと、相手に知らしめるのが先決」
 高速で動くソニアのタイピングに、ホップは若干焦って言った。
「いや、ソニア、それじゃ研究所に迷惑がかかるぞ。オレは、これからのユウリとの付き合いで、どういうふうに気を付けたらいいかとか、そういうことを相談したかったんで……」
 ホップの言葉に、ソニアはじろりと上目遣いに睨んだ。
「別に気を付けることないでしょ。悪いことしてないんだから」
「いやでも、世間的に……」
「世間!」
 図らずも、三日前のダンデとの諍いを思い出すキーワードに、ソニアは漠然とした苛立ちを再燃させた。
「世間世間って、こっちはなんの後ろ暗いこともないのに、勝手に書き立てる相手が悪いに決まってるじゃん! 反抗しなきゃ黙認したってことにされるよ!」
「いや、でも……あっ、そうだ、アニキに相談しようぜ!」
 ソニアの暴走じみた勢いに押され、ホップはすがりつくようにロトムを取り出した。
 この件で真っ先に相談相手に選んだソニアには、女性視点からの今後の注意点を教えて欲しかっただけで、外敵に対する援護射撃を望んだわけではない。そういった面ならば、兄に相談するのが一番だ。
 けれど、ぴたりと手を止めたソニアは、静かな怒りを背中に背負ってにっこりとほほ笑む。
「ダメ。ダンデくんはいま、ウチ出禁中だから」
「えっ……あぁ~、それでさっきから、ソニア変なのか……」
「変じゃない! とにかく、ダンデくんに相談したら、きっと『火のないところに煙は立たないぜ、日ごろの自覚が足りないからそうなるんだ』とか、お説教されるのが関の山だよ」
「えぇ……そんな馬鹿な」
「そういう男なの!」
 ぎゃん! と吠えて、ソニアは再びキーボードを叩く。ダンデへの怒りがぶり返し、ここ三日ばかりの鬱屈がむしろ燃料となってソニアを燃え上がらせた。
 戦闘モードのソニアから恐る恐る距離を取り、ホップは足元に戯れるワンパチをそっと抱き上げた。
「ワンパチ……オレ、相談する相手を間違えちゃったぞ……」
「わぱぁ~……」
 のんきなこいぬポケモンですら、主人の勢いにしり込みするように、情けない声を上げる。
 それから数十分、断続的にソニアのキーボードを叩く音は続いた。ホップは手持無沙汰になり、紅茶のカップを洗ったり、温室の植物に水をやったり、ワンパチにおやつを与えたりと時間をつぶしながら、ソニアの勢いが止まるのをひたすらに待ち続けた。
「――さて。これくらいやれば、十分でしょ」
 やがてゆっくりと息をつき、ソニアがかちゃりと眼鏡を外す。ようやく止まった勢いに、ホップは恐る恐る彼女へと近づいた。
「ソニア、だいじょうぶか?」
「ん? だいじょぶだいじょぶ。正式なポケモン研究所所長名義の抗議文を、ありとあらゆる方法で送っといたから」
「いや……それ、全然だいじょばないやつだぞ……」
 こんなことにポケモン研究所の名前を使うなんて……と、ホップが唸る。それに対して、ソニアは毅然と胸を張った。
「なに言ってんの。こういうのは、個人名よりも企業・団体名がモノを言うんだから。相手はどうせ、後ろ暗い連中なんだから、権威を見せつければ尻尾を巻いて逃げ出すよ。こんな時に使わないで、なんのためのポケモン博士よ」
「ソニア……嬉しいんだけど、ものすごく心配なんだぞ……」
 思わず呟くホップに、ソニアはぎゅっと眉を寄せる。
「あんたが心配すべきは、こっちじゃなくてユウリでしょ」
「!」
 はっとしたようなホップに、ソニアは細い指を振りたてた。
「とにかく、ちゃんとフォローはしなさい。きっといま、ユウリだって不安なんだから」
「うん……。電話するぞ」
「電話じゃなくて、会いに行く!」
 きっぱりと言ってのけて、ソニアは弟分の背中をぐいぐいと押しやった。ホップは慌てながら振り返る。
「えっでも、いま会うのはまずいぞ!」
「だから、とにかくこっそり会いに行くの! ユウリに連絡して、変装とかチョクで家に行くとか、見つからないように工夫しな!」
 ぐいぐいと玄関から押しやって、最後にひとつ、目を見て言う。
「あのね。あんたたちは、なにも悪いことしてない。だから、こんなふうに人の目を気にするのは本意じゃないでしょう。でも、いまはとにかく、ユウリのことだけ考えて。あの子が落ち込んだり、悲しんだりしたときに、誰よりも傍にいるためにがんばってるんでしょ!」
「!」
 はっと目を瞠ったホップに、ソニアはニッと悪戯っぽく笑うと、バシン! と力いっぱいその背中を叩いた。
「痛って!! ……っ、サンキュー、ソニア! 行ってくるぞ!」
 しなやかな身体を翻し、若鹿のように駆けていく弟分を見送って、ソニアが満足そうに笑う。それから部屋の中へ戻ると、つけっぱなしだったPC画面をチェックした。
「おっと……」
 何本も投じた釣り糸に、目当ての魚が引っ掛かったようである。細い糸を手繰るように、ソニアはメールを開いた。

《ご意見ありがとうございます。こちらGalar Insight運営部です……》

 友好的な導入に、ソニアの視線が動く。無機質に続く文面には、記事の削除依頼について、誠実に対処したい旨が記されていた。
 が、読み進めるうちに、みるみるソニアの眉間にしわが寄る。

《……しかしながら、貴殿が本物のポケモン博士だという確証がなければ、特別措置は難しく――》

 なんだかんだと慇懃無礼に言いながら、結局は「おまえが本物なら面を見せろ」ということだ。
 八割がたこちらをハッタリだと決めつけているような、なんとも言えない舐めた雰囲気に、ソニアがすうっと瞳を細める。
 売られた喧嘩は、買うのが筋よね。
 ここしばらくの鬱憤を晴らす、いいチャンスだ。長めの休養が、思いがけず役に立ったと、ソニアは再びキーボードを叩き始めた。



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