challenge
5.甘い熱だけ残して
2025/11/20 19:58【お題】バルト×マルー
ゆっくりと浮上した意識に、マルーはちいさく咳をした。
「けほっ……」
それが呼び水になって、ぼんやりと瞼が開く。
そうして見えたのは、浅黒い顔。ちいさなころから見慣れた、自分の顔よりも馴染みのある従兄の顔は、どこかこわばっていた。
「……わか?」
「……はぁ~……」
マルーが囁くと、バルトは思い切りため息をつく。それから、ずるずるとマルーの胸元に頭を伏せて、金の髪を散らばらせた。
「どうしたの、若……? あれ、ここどこ……」
まだぼんやりとする頭のままで、マルーがあたりを見回す。そこは薄暗く、埃臭い部屋。大量のリネンが重なった棚が見えて、マルーの記憶の点と点がつながった。
「あっ……そか」
おそらく自分が意識を飛ばしたのは、ほんのわずかだったのだろう。その前に起きたとんでもなく気まずい一幕を思い出して、マルーは顔を赤くしながら起き上がろうと――
「うえっ」
して、自分の惨状に声を上げる。
ぐしゃぐしゃになった衣服は、ところどころほつれていた。たらんと伸びた襟元から覗く首筋が、外気に触れてすうすうと冷たい。薄手のカットソーは腹まで捲れて、そこにバルトの手が添えられているので妙に暖かかった。
「わ、わか~?」
寝そべっているのは、多分リネンの上。バルトが跪く傍らに、ぐしゃぐしゃに散らばったそれらが見えるので、恐らく自分を寝かせるために、派手にやらかしたのだろう。
で、どうして自分は寝そべる羽目になったのか……息も止まるほどの激しいキスと、その後の嵐のような愛撫、力づくのようで、ひどく優しい一幕を思い出して、マルーはさらに顔を赤くさせた。
自分の上に顔を伏せ、まるで反省した肉食獣のようにおとなしい従兄は、無体を働いた自覚があるのか、断罪を待つように沈黙している。マルーはぎしぎしと痛む身体をそっと身じろがせて、ようやくバルトの頭に手を伸ばした。
「……若、顔上げて……」
「……」
言われるまま、バルトはのっそりと顔を上げた。一粒の碧玉が、恐る恐るマルーを見つめる。なんとも哀れを誘う、反省の色だった。
マルーは反射的に笑ってしまいそうになり、けれどけじめはけじめだと、慌てて表情を引き締める。バルトの乾いた金髪を指に絡めて、低く呟いた。
「……どうしてこんなことしたの?」
「……」
ちいさな子供に問うようなマルーの声音に、バルトはわずかに眉を寄せ、それから太く息をついた。
「――すまん」
「謝ってほしいんじゃないよ。理由が知りたいだけ」
静かなマルーの言葉に、バルトは今更のように真っすぐマルーを見つめ、答える。
「おまえが欲しかった」
「……どうして?」
「だから……」
この期に及んで恥じ入るようなバルトに、マルーは意地悪くくちびるを尖らせる。
「……手近な相手だったから?」
「違う!」
「都合がよかった?」
「違うって……」
「じゃあ、なんで?」
チェックメイト、とうそぶくマルーに、バルトはようやく観念した。
言いたくなかったわけじゃない。ただ、どこまでも照れくさい、不器用な自分を叱咤するように、バルトは深く息を吸う。
「おまえが、好きだ」
たったそれだけの、他愛もない告白。けれども、幼馴染ではない、従兄妹同士でもない、ただの男と女としての好意はひどく新鮮で、まるで知らない者同士のような恥じらいとときめきが生まれた。
バルトの視線の先で、マルーは真っ赤になってほほ笑んだ。
「……うん、ボクも若が好きだよ」
「……ああ」
知ってる、と言わんばかりの態度が少し癪に触って、マルーは意地悪気に瞳を細める。
「でもね、若。いくら好きな相手だからって、好き勝手にこーゆーことしていいわけじゃないよ」
「……」
「若はとにかく、言葉が足りない! 最初のキスだって、そのあとのやつだって、なんにも言ってくれないんじゃ、ボクだって不安にもなるよ」
「……」
「それに、こ、こーゆーのだって……」
口ごもりながら、マルーは恥ずかし気に瞳を伏せる。乱れた衣服と気怠い身体、至る所にあるバルトの痕跡は、愛おしいけれど、口惜しい。
「もっとちゃんと、お互いの気持ちを確認してから、してほしかった……。こ、恋人同士っぽく、ムードとか……好きって気持ち、確かめ合いながら、とか……そういうこころの準備させてくれたら、ボクだって、……嬉しかったのに……」
マルーは呟いて、ため息をつく。
バルトのことがずっと好きだった。それは子供のおままごとのような家族愛から、苦しいほどの献身と、罪悪感に苛まれた思春期を経て、複雑に絡み合った執着のようなものに育った。
けれど、根っこの部分ではずっと、バルトと結ばれる、ただ単純にそのことだけを願っていたのだと、改めて気づく。
だから、いまの状況は願いが叶った嬉しさはあるのだけれど……やっぱり、きちんとそれなりの段階というか、情緒を踏まえて、結ばれたかった。
こんなふうに、埃っぽいリネン室で、あわただしく済ませるんじゃなく――
「……気持ち、確認したらいいのか?」
「え?」
バルトの低い声色が、とろりとした蜜のようにマルーの耳朶に吹き込まれた。
反省した犬のようだった様子が一転して、鋭く光る一粒の碧玉を向けている。バルトの迫力に、マルーはひゅっと喉を鳴らした。
「俺たちは、両思いだな」
静かに問うバルトに、マルーは気圧されたまま頷いた。
「う、うん」
「お互いの気持ちは、通じたな」
「そ、そだね」
「そしたら……『してほしかった』んだな?」
「ん?」
言葉尻を捕えられて、マルーが瞬きをする。それから、少し慌てて言った。
「だ、だからそれは、さっきの話でしょ! ちゃんと両想いになって、それからきちんと順番通り、してほしかったって……」
「まだしてない」
「は?」
簡潔な言葉に、マルーはわけがわからず目をまるくする。そんな彼女を見下ろして、バルトはにぃっとくちびるを曲げた。
「まだ、してない。肝心なことはな」
「へ……えっ??」
「おまえ、途中でぶっ倒れたんだよ。だから、セーフ」
「は、あああ!??」
思わず叫んで、マルーはがばりと起き上がる。それから、乱れた着衣をパタパタと確かめた。
「えっ、この、袖のよれよれは」
「勢いあまって引っ張った」
「裾、捲れてるけどっ」
「まあ、手は突っ込んだな」
「だっ、じゃ、あっ、……っ」
「自分がなにをされて……なにをされなかったのか、わかんねぇの?」
にやにやと、厭らしく意地悪く笑うバルトに、マルーはかぁぁっと真っ赤になったまま叫ぶ。
「わっ、わっかるわけないじゃん!! だって、だって、ボク」
「あー、はいはい。心配すんな、今夜わかるから」
「へっ」
言いながら、バルトがひょいと立ち上がる。リネン室の薄暗い光を背に、陰になった彼の顔は、まるで悪魔のように狡猾に笑っていた。
「ちゃんと『気持ち確かめ合って』『こころの準備をした』ら、嬉しいんだよな?」
「う、ううぅ……」
「楽しみだな……マルー?」
舌なめずりするような恋人の声音に、マルーはなにも言えずに羞恥に悶えた。
